白馬敗退

猛暑が続いている。このあたりの数百メートルくらいの山ではとても涼を求めることはできず、長い距離を行くことは難しい。先週は白山でも予想外の猛暑だったので、行くならもうアルプスしかない。
土日が空けられるのはこの週末を逃すとしばらく無いので、お盆とは言え好天が期待できるのであれば行くしかないだろう。
ただ、車は高速が渋滞する可能性があるし、電車も混雑しているに違い無い。
電車の予約状況を見てみると、新幹線はおおむね満席のようだが、松本へ行く「しなの」はまだ指定席が空いているようだ。
となると、かねてから気になっていた白馬岳から栂海新道のアイディアがむくむくと頭をもたげてきた。このコースは入山地と下山地が離れているので、電車でしか行けない。
以前に引いたルートは白馬駅をスタートして猿倉までの車道も含めていたので 53km くらいあって、これはちょっと長すぎると思っていたけれど、猿倉までの約 10km をバスを利用すればトータル 43km くらいで、登りの標高差も 1700m くらいになる。
これなら昨年の水晶岳よりも楽なのではないかと思った。
ただし猿倉までのバスを利用しようとすると、最終が 16 時発なので、夕方まだ明るいうちから歩き出して、眺望の得られる白馬から朝日の稜線を真夜中に通過することになる。
これはいくら何でもあんまりではないかと思ったけれど、最後に日本海を眺めながら海を目指して下っていけるのはなかなか魅力的だと思って、ほんの3日ほど前にこれを実行することを決めた。
木曜日に枚方市へ出かける用事があったので、京阪交通社で切符を買おうと思ったところ、京阪交通社は JR の端末が無いので買えないと言われた。
わざわざ買える所へ出かけるのが面倒なので、土曜日の朝に京都駅で買うことにした。
一番接続のいいのは 12 時名古屋発の「しなの」。ただし松本と信濃大町の乗り換え時間が数分くらいしかない。
土曜日は少し早めに出て、京都駅の窓口でもう1本早い「しなの」を尋ねたところ、これはすでに満席とのこと。「12 時の方が接続がいい」と勧められたので、「のぞみ」の指定まで奮発して安心を金で買うことにした。
新幹線は予定通りだったものの、「しなの」は塩尻の手前あたりですれ違いのために5分ほどの遅延が出てしまった。中央西線は単線なのだ。
大糸線の接続は「しなの」からの乗り換えを待ってくれるとのことだったが、信濃大町での乗り換えが心配だ。
松本駅の乗り換えはできたけれど、走り出してほんのわずかでしばらく停まってしまった。大糸線も単線で、すれ違いの列車で急病人が発生して、その対処をしているとか。
この時点ですでに 20 分の遅れ。信濃大町での乗り換えには到底間に合わず、となると猿倉へのバスにも乗れない。
結局、16 時前に到着予定だった白馬駅に到着したのは 17 時半のちょっと前。当然バスはもう無し。タクシーは 3800 円もかかるので相乗りでもできない限りは選択肢にならない。
乗り換えがタイトなのを心配していたのだけれど、その不安が的中してしまい、結局猿倉まで約 10km を走るしかなくなった。しかもこの 10km で標高差 500m ほど登らなければならない。
UTMF のいい練習になると自分を納得させようとするものの、この時点で今回の敗退は決まっていたようなものだった。

白馬駅に電車で来たのはもう何十年かぶりだ。
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八方尾根や五竜のスキーで車では何度も来た時期があったので、駅付近の道はぼんやり覚えている。
午後5時半にスタートして、駅から真っ直ぐに伸びる道を八方尾根スキー場に向かって走る。
白馬飯店は健在のようだ。
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八方尾根スキー場とジャンプ台が見える。
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このあたりには早くもコスモス。
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スキー場の手前の交差点を右にそれて、猿倉に向かう。できるだけ体力を消耗しないように、省エネ走法を心がける。
しばらくは歩道があったけれど、いよいよ道がせまくなってきた。
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このあたりはまだまだ傾斜が緩いので、なかなか標高が上がらない。何とか明るさの残るうちに猿倉に着きたい。
タクシーが何台か横を通り過ぎて行ったけれど、スピードを緩めて怪訝そうな感じで私を眺めていくドライバーもいた。
猿倉まではおおむね予想通りの1時間半。午後7時で、何とか真っ暗になる直前に着くことができた。
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猿倉荘は高校1年の時に白馬岳に登った時に泊まったのを覚えている。
ヘッドランプとポールを用意して、大福を一つ食べて早々に出発した。
少し山道を登ると林道に出る。林道を少し行くと白馬鑓への分岐。
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林道が終わって登山道になってしばらく行くと、白馬尻小屋。
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テントが数張りあった。
大雪渓の上部が荒れているというようなことを書かれたものが置かれていた。
ようやく登山道らしくなってきたが、なかなか雪渓が出てこない。
以前に大雪渓を歩いた時は白馬尻小屋を過ぎるとわりとすぐに雪渓に下り立ったような記憶があるのだが、雪渓の右岸に沿ってトレースがついている。ただしザレて崩れやすく歩きにくい道だ。
雪渓方向から風が吹いてくるとさすがに冷たい。風が強くないところでジャケットの上を羽織った。
地図で見ると、大雪渓のわりと上まで来ているようだ。
このままずっと右岸を行くのだろうかと思っていたら、ようやく雪渓に下り立った。アイゼンを着用する。
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結構大きなクレバスがあって、かなり荒れている感じ。
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さらに登ると、上部から崩れてきたガレが雪面を大きく覆っている所が随所にあり、もはや雪渓と言うよりはガレ斜面になってきた。
gps に入れてきたルートよりは若干右岸寄りを歩いているようなので、本来のルートに近づこうとするが、斜面が崩れやすくてなかなか思うにまかせられない。
上に上がろうとしてもずり落ちるし、踏ん張ろうとすると足元が崩れてしまう。1m ほどずり落ちることもあった。
上部を眺めると一段と厳しくて、このまま上に上がることはできない。
いつ上から崩れてくるかわからないので、かなり危険な状況だ。
部分的に草木の生えている部分に渡ったりしてみたが、それも続かない。
だいぶ左岸寄りに行ったところに水の流れる小さな沢があって、これを少し登ってみた。
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しかしすぐに段差が現れて、それ以上は進めなかった。
明るくなればルートが判明するかも知れないが、夜明けまではまだ数時間ある。こんな危険な場所で時間を過ごす訳にはいかない。
地図を見ると、葱平のすぐ下の等高線が詰まっているあたりにいるようだ。ここを抜ければ安全地帯に入れる。しかしここを登り続けるのはあまりに危険だ。あとちょっとの頑張りが事故につながることが往々にしてある。
猿倉までの 10km ジョグの疲れもあって、気力も今ひとつだった。
何よりも、一刻も早く安全な場所に行きたいという気持ちが強かった。
まだほんのプロローグ部分にしか過ぎないけれど、今回はここで引き返すのが最善と思った。
下りは本来のルートに近いルートを行ったので、登ってきた危ないガレ斜面はあまり通らずに済んだ。
元来た右岸の道に戻れた時は本当にほっとした。気持ちを落ち着けることも考えて、おにぎり休憩にした。
アイゼンを脱いでザレた道を下る。足元が崩れて尻餅をつくということが立て続けに3回あって、これでもう朝を待って登り返すという気持ちはまったく無くなった。
猿倉には午前0時過ぎに戻ってきた。
朝までは時間がたっぷりあるので、白馬駅までゆっくり歩こうと思ってスタートしたけれど、やはりこういう時はしっかり走っておいた方がいいと思い直して、ジョグで下った。
数台の車が猿倉に向けて上って行ったけれど、みんな前からヘッドランプを点けて走っている人間が来るのに出会って、ちょっとびっくりしているように感じられた。
スキー場への交差点の角にコンビニがある。駅からは 1.5km くらいだろうか。ここでビールを買って飲んで、ゆっくりと駅に向かおうかと思ったが、やはりここも一旦は駅までちゃんと走って締めようと思い直して、ノンストップで駅に向かった。
駅に到着したのは午前2時少し前だった。
駅のそばに足湯があって、夜中も開いていたので、ここでしばらく時間をつぶした。残念ながら駅の近くにはビールが買える店が無かった。
時間がたっぷりあったので、6時過ぎの始発からずっと各停を乗り継いで、家に帰ってきたのは3時過ぎだった。
わざわざ新幹線まで使って何をしに行ってきたのかという気分にもなるけれど、数字的に見れば 30km 近い距離を踏んで、標高差 1500m の上り下りを8時間半ほどかけてやったので、近場の日帰り並みのことはやったように思う。
と、自分で慰めることにしよう。
帰ってから大雪渓の最近の情報を探ってみたところ、最後に少し登った沢のさらに左岸寄りのところにちゃんとしたルートがあるようだった。
ただしこれは現場を見て記憶がまだ生々しい状態なのでわかったことで、この写真を行く前に見ていたとしても、現地で本来のルートを見つけることは不可能だったと思う。
帰りの電車の中でもう一度地図を見て今回のルートの事を考えてみたところ、大事なことをまったく失念していたことに気付いた。
これまで遠出した時はいつも車だったので、スタートとゴールは同じ地点の周回か往復コース。つまり登りの標高差が下りの標高差だったのだが、今回は実は下りがほぼ 3000m の標高差だったのだ。白馬岳の山頂(2932m)から日本海の海抜ゼロメートルまでだ。
登りの標高差が猿倉からなら 1700m なのでそんなに大したことは無いと思っていたけれど、もし予定のコースをそのまま行っていたら、終盤で相当悲惨な状態になったのは間違い無い。
親不知スタートにするとほぼ 3000m の登りになるので、このコースは私にとってはちょっと厳しすぎる。
いろんな意味で、あそこで断念して帰ってきたのは正解だったと思う。

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