屯鶴峯、二上山

先の日曜日、まだ体調は十分ではなく、天気も午前中は雨が残りそうだけれど、そういう状況だからこそというコースを用意していた。翌日は随行の仕事なのであまりムリはできないので、ちょうど実行のチャンスだと思った。
ダイトレの起点は屯鶴峯(どんづるぼう)の麓にある。ダイトレ全山をやった時はこのあたりは真夜中で、起点の石はわからず、屯鶴峯も例の奇岩をちょっと味わった程度で山頂への道はわからなかった。
そして二上山。ここもダイトレでは近くには何度も来ているけれど、山頂はダイトレのコースからはずれているのでまだ登っていない。
しかしもはやあのダイトレの木道には行きたくないので、この二カ所を目的にして、その後は遺跡めぐりにしようと計画した。

コースも短いし、雨が上がることを願って朝は遅めで、近鉄大阪線の関屋駅を出たのは9時 20 分を過ぎていた。まだ雨が残っているので雨具兼用のジャケットとパンツは着たまま。
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前回も屯鶴峯までの道はよくわからなくてウロウロしたけれど、今回も似たようなものだった。ただ、手書きのテープが所々にあった。
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近鉄南大阪線横の車道に合流したあたりで雨が止んだので、雨具の上下を脱いだ。
そして少し進むと道の脇にこんなものが。
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危険なので登るなという立て札が立っていたけれど、そう言われると登りたくなる。
雨で濡れて滑りやすい急斜面を強引に這いずり上がって、実物にご対面した。
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下りは慎重に、ちょっとした出っぱりに足を置いて踏ん張ったところ、雨で地面が緩んでいたのだろう、その出っぱりがもろくも崩れて、頭が下になってごろんと転がった。
落差は1メートルちょっとくらい。ごろんと転がったのでケガはまったく無く、ドロで何カ所か汚れたくらいで済んだ。
少し進むと屯鶴峯の入り口にさしかかって、そのすぐそばにダイトレ起点の石があった。
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帰ってから気が付いたのだけれど、転倒した時にスマホが飛び出して、カメラのレンズの部分が汚れてしまっていた。
奇岩の光景もはっきり見えない。
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小さなテープマークが所々にあって、それに導かれて山頂を目指す。
ちょっとしたピークに壊れた東屋か展望台のようなものがあって、この先は少し下っていた。標識が無いのがちょっと不思議だったけれど、おそらくこれが山頂だろうと思った。木が茂っているので周囲はあまり見通せない。スタートして1時間弱だった。
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ここから引き返して、元の車道に戻った。
ところが家に帰ってから gps のトラックを確認すると、何と真のピークはもう少し先だった。
そんなことはまったく知らずに、二上山への山道に入っていった。
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二上山は意外と遠い。送電線の鉄塔の所から初めてすっきりと望めた。
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このあたりまではほとんど人に出会わずにいい雰囲気だったけれど、二上山が近づいてくると徐々にハイカーが現れてきた。
林道に合流してからの道がよくわからなかった。
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登山道はいくつかあるのだけれど、どこも道標が設置されていない。適当に上を目指して、雌岳(473.9m)に到着した。
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そして少し戻って馬の背から雄岳(517m)へ。
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山頂を少し越えた所に大津皇子の墓があった。実際の墓はここではないという説もあるらしい。
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馬の背まで戻ってしっかりした道を下る。眺めのいい場所でおにぎり休憩。
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当初は平石峠から「近つ飛鳥風土記の丘」に下ろうと思っていたけれど、休憩の時に地図を眺めていたら、雄岳を先に登って、雌岳から岩屋峠へ下った方が良かったということに気が付いて、ほんのわずかというは言うものの岩屋峠へ登り返す気力が無くなってしまった。
と言うことで、竹内街道を目指して早々と下る。
鹿谷寺跡。
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展望台から大阪方面を望む。
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竹内街道に出て、しばらく車道を行く。
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竹内街道から分かれて科長神社へ。
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そして小野妹子の墓。
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ショートカットしようとしたら道が無くなってしまって、ヤブをかきわけて車道に出て、二子塚古墳へ。
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一部地面がむき出しで、発掘調査中なのだろうか。
そしてすぐ近くにある推古天皇陵。
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さらに住宅街を抜けて用明天皇陵へ。
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最後は聖徳太子の叡福寺。入山料を取られるのではないかと思ったが、無料だった。
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聖徳太子は我々が子供の頃のような聖人扱いはされなくなってきているらしい。
一部では「実在の人物ではない」という説もあるそうだけれど、おおむね「厩戸皇子(うまやどのみこ。聖徳太子のこと)という人物は実在したが、様々な実績は太子自身の功績というよりはその当時の政治家たち(蘇我馬子など)との共同作業の結果」という評価が一般的になっているらしい。
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また車道で上ノ太子駅を目指す。途中で住宅街の向こうに二上山が眺められた。
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近鉄南大阪線の上ノ太子駅に到着したのは午後2時ちょっと前。おおむね期待通りの楽しいコースだった。