藤原京跡から吉野宮滝 〜 持統天皇吉野行幸の道

三連休は台風 18 号が日本列島を縦断した。しかし関西エリアは日曜日の夜中に通過して、月曜日(祝日)は好天が期待できそうだった。
そこで、かねてから構想していたけれど、暑さのために回避していたコースに行ってみることにした。台風で山道は荒れていることが予想されるので、ほぼ下道というコース。
飛鳥時代の歴史を眺めていると、斉明天皇が宮滝に離宮を造営して以降、代々の天皇がここを訪れている。
特筆されるのは持統天皇で、夫の天武天皇が崩御してから孫の文武天皇に譲位するまでの 11 年間に 31 回もここを訪れている。通算では 33 〜 34 回に及ぶらしい。
その理由はいろんな人が様々な意見を述べられているけれど、共通しているのは持統天皇の吉野宮に対する愛着の強さという点。
死期の迫っている実父・天智天皇を近江京に残して、夫の大海人皇子(のちの天武天皇)と吉野に逃れて、壬申の乱に立ち上がるまでの数ヶ月間をここで過ごしたことへの思い入れが強く残っていたからだろうと言われている。
持統天皇は在位中に藤原京遷都を果たした。そこで、持統天皇の吉野行幸の道と言えば藤原京跡をスタートとするのが一般的だろう。
奈良盆地から吉野へ行くにはいくつかの道があって、いずれも峠を越えなければならない。それらの峠は西に行くほど標高が低くなるけれど、その分、距離は長くなる。
おそらくこの道を通っていたのだろうと思われているのが、飛鳥川を遡って芋ヶ峠(芋峠)を越えて、千股川沿いに吉野川に降り立つというルート。
今は県道が通っているけれど、車なら西や東にもっと走りやすい道があるので、交通量はあまり多くない。そこに、県道から少し離れた位置に古道が残っていて、道標が整備されている。
奈良県がコースガイドの情報をホームページに掲載しているので、これを参考にしてコース設定をした。

スタートは交通の便と藤原京跡への近さを考えて、近鉄の大和八木駅。駅前で準備して、ちょうど午前 8 時に出発した。
適当に間の道に入って、下ツ道を南へ向かう。
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東に折れておふさ観音。
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20 分ほどで藤原京跡の中心部に到着。向こうの山は天香具山(手前の丘)。
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台風が通過したばかりなので足元の芝生は水たまりだらけ。
次は天香具山に向かう。ただし山には登らず、麓をなめるだけ。
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前を通ったので天岩戸神社。
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大官大寺跡を通って明日香村中心部へ向かう。いい風景だ。
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明日香村のいいところは、飛鳥時代の風景もそれほど大きくは違わなかったのではないかと感じられること(本当はそんなことはないのだろうけれど)。
奈良県は観光客は京都に取られ、宿泊客は大阪に取られで、観光客誘致に必死になっているらしいけれど、個人的には今くらいで推移していってほしいと思う。あまり廃れるのは困るので。
飛鳥寺は何度も訪れているけれど、実は飛鳥大仏は眺めたことが無かった。9時開門のちょうどだったので、空いていてチャンスだと思って 350 円を払って中に入った。
「写真撮ってもいいですよ」ということで、飛鳥大仏。
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仏像ファンという人たちがたくさんおられるそうだけれど、私には価値はわからない。
5月に遺跡めぐりで来た時の伝飛鳥板蓋宮跡からさらに南へ行った所にまたもや「伝飛鳥板蓋宮跡」。たぶん広い敷地だったのだろう。
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石舞台には寄らずに祝戸へ。
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しばらく車道を行くと、ちょっと横に入った場所にマラ石。何てリアルな!!
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稲淵の棚田の風景は美しい。車がたくさん停まっていた。
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稲淵の綱掛神事の男綱(おづな)。
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栢森(かやのもり)には女綱(めづな)。
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このすぐそばには高取山の猿石への道が分かれている。
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栢森の家並み。
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入谷(にゅうたに)へ少し向かったあたりから古道に入る。
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今日、初めての山道。
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小峠の手前あたりは結構な急坂だった。この坂を篭を担いで登るのは大変だっただろうと思う。もちろん飛鳥時代も同じ道だったかどうかはわからないけれど、篭に乗せられていても中でバランスを維持するのは非常に疲れただろうと思われる。
壬申の乱で吉野から美濃へ向かう時、桑名のあたりで持統天皇(その時は鸕野讃良皇女)が疲れ果ててそこに留まったという話がある。さもありなんという感じ。
小峠(466m)に到着。
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ここからしばらくは走れそうな下りなのだけれど、台風の影響か、小さな枯れ枝がたくさん落ちていて、これが絡まって走れない。しばらく下って、車道に合流した場所に役行者像。
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またすぐに山道に入って、三軒茶屋跡。
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登り切ったと思われる場所に道標。
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竜在峠は今年1月に御破裂山から竜門岳へ向かった時に通った。
峠の頂点はまだ上にあるのかと思って急登を少し上ってみたけれど、ずっと登りが続く感じ。はたと「ここが芋峠の頂上という意味だ」と思って、下りてきた。まぎらわしい表記だ。
ここから少し下ると県道に出た。11 時 20 分。
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先の道標は、県道の芋ヶ峠は本当の峠の頂では無いという意味なのだろう。
ちょうど車道と出会う場所にあった案内板。
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詩歌を愛でるような高尚な感性は持ち合わせていないけれど、古道を歩く楽しさはそれなりに感じている。
ここからも高取山への道が分かれているけれど、随分人通りが少ない感じだ。
このあとはずっと車道になりそうなので、山道に少し入った所で大福休憩にした。
ここからは車道を南へ下る。少し下った場所にこんな道標が。
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芋峠から下ってきたのに下る方向を向いて道標が立っている。それはないだろうと思って、そのまま車道を下った。
少しして gps を見てみると、何とルートからはずれてきている。
今日は例の奈良県のホームページにあったガイド図と共に、ヤマレコで見つけたこのルートを歩いた人のトラックデータを gps に入れてきている。
ガイド図ではここは車道を下ることになっていたのだけれど、ヤマレコの人は古道を歩いていた。そうか、あの道標は実は吉野に向かう古道だったのだ。
まだ十分に戻れる距離だったので、先ほどの道標の場所まで登り返した。
それにしてもこの道標の向きはひどい。人通りの少ない道では道標が間違って設置されているということが時々あるのだけれど(あらぬ方向を向いてしまっている?)、この道標はわりと新しく設置されたもののように思える。
この道も荒れていた。道路が舗装された場所でも一面コケに覆われて、人が歩いている様子がほとんど無い。
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峠から 30 分ほどで県道に合流して、千股川せせらぎ公園。峠からの下りで吉野川が見える場所があるのではないかと期待していたけれど、残念ながらそれは見あたらなかった。
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それから約 20 分、標高が下がって暑くなってきた車道をジョグで下って、吉野川に降り立った。
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ここから宮滝へは吉野川の右岸を行くのだけれど、その道は R169(R370)で交通量が多いので、妹背大橋を渡って左岸の道を行く。
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20 分少々のジョグで、また右岸に渡る柴橋まで来た。暑い!!。
下流の景観。
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上流。
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橋を渡って、宮滝遺跡。ただしこの遺跡は縄文、弥生時代の遺跡。
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実は今年の7月に大普賢岳へ行った時に、ここを車で通っている。下山が早かったので、帰りに立ち寄る時間は十分にあった。
その時はすでに今日のコースの事を思いついていた後だったのだけれど、「宮滝を訪れる時はぜひとも芋ヶ峠を越えて自分の足で」という思いが強かったので、あえて立ち寄ることをしなかったのだ。
R169 を渡って、吉野歴史資料館へ。
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せっかくなので 200 円を払って中に入ったけれど、ショボイ。休日の昼過ぎだというのに誰もいなかった。
やや右の奥に見えるのが青根ヶ峰だろうか。
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柴橋のそばの自動販売機でジュースを買って休憩して、来た道を戻って、さらに近鉄の吉野神宮駅に向かった。
駅前がちょうど吉野神宮への登り口になる。
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駅に着いたのは午後2時ちょっと過ぎ。幸か不幸かあと3分くらいで電車が来る。
本当は着替えて、ビールでも飲んでゆっくりしたかったのだけれど、電車は1時間に2本しかない。まぁ「2本もある」とも言えるかも知れないけれど。
どうもこういう時にのんびり構えられない性格なので、着替えもせずにやってきた電車に乗り込んだ。着替えは阿部野橋駅までお預けとなってしまった。
やはり奈良の歴史街道歩きは楽しいと改めて思った。途中でお寺や資料館などに立ち寄ってゆっくりしながら、約 33km、6時間ちょっとの旅でした。

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