天辻峠から高野山

久しぶりに好天の週末がやってきた。

車中泊で白山あたりにでもと思っていたが、コロナが拡大している。予定していた岐阜県は独自に緊急事態宣言が出されてしまって、圏外ナンバーの車で出かけるのは躊躇してしまう。

それなら電車で日帰りの範囲でということで、昨年、天辻峠でリタイアした弘法大師の道の続きをやってみることにした。

昨年、天辻峠で終わった後は、このルートはもうこれで終わりだと思っていた。日を改めて続きをやるのは無意味とすら思った。

今回、電車で行ける日帰りエリアで考えたところ、久しぶりに高野山へ行ってみたいと思った。しかし黒河道町石道、京大坂道はすでに歩いているし、正直もう一度行きたいと思えるほどではない。となると残された道はもはや弘法大師の道しかなかった。

8/2の日曜日、朝5時過ぎに家を出て、京阪、JR、南海、JR、バスと乗り継いで、9時過ぎにようやく「星のくに」の停留所に到着した。そばの道の駅大塔で準備を整えて、9時20分に出発した。

天辻峠への車道を登る途中で細い道との分岐があった。こんな分岐あったかなと思ったが、車道の方は「天誅組本陣遺跡」という案内が出ていたので、細い道の方へ入った。

昨年下った時はもっとしっかりした車道だったように思ったけれど、しばらく登ると「天誅組本陣遺跡」が現れた。昨年はこんなものに出会った記憶は無い。

少し進むと車道に合流して、そこに案内板が出ていた。昨年はずっと車道を下ったのでこの遺跡前は通らなかったのだった。

出発して 25 分ほどで天辻峠へ。この光景ははっきり覚えている。

ここからしばらくの区間は「9月から11月までは止山のため入山禁止」という案内が貼ってある。「止山」って何? 松茸山? まだ8月なので山道に入る。

少し進むと急登になった。13分ほどで大日山(897.3m)。

少し進むと道のそばにマムシ!!(たぶん)。

踏まなくてよかった。それにしてもマムシというやつは近づいても逃げない。

今日初めて例の標識に出会った。

そして激下りになった。先日の教訓で今日はポールを持ってきている。

出屋敷峠で車道に出会う。

このあとは 25 分ほどの激登りで白石岳(903m)。

昨年は天辻峠で敗退して本当に良かったと思った。あの状態で先に進んでいたらかなり悲惨な状況になっただろう。

アップダウンは少し緩やかになって、ほどなく松村山(915m)。

そしてセト山(907.5m)。

そして今井峠。

誰にも遭わなくて快適だけれど、野坂岳から三国山のような自然感あふれる道ではない。単に登山道としての魅力が無いだけと言ったら怒られるか?

走れそうな所では走る。

道が広くなってきた。かつては林道だったもよう。まるで京都北山の大見尾根のような状態。

午後1時 40 分、車道に出た。

このあとの陣ヶ峰は大会ではカットして車道を行っているけれど、私はピークに行くつもりだったので、車道を渡って薄い踏み跡を辿った。

が、ちょっと変だと思って地図を確認したところ、これは陣ヶ峰ではなくて手前の的場山だった。戻るのはシャクなので稜線伝いに車道に降りた。

そうしたら役行者像があった。

そして天狗木(てんぐき)峠。

陣ヶ峰へはここから稜線に上がるのだけれど、登り口が見当たらない。高野山方面に少し進んだら急登の踏み跡が。

こんな道が続くのかと思ったら、ほどなく広い道に出た。おそらく天狗木峠から野迫川方向に行った所に登り口があるのだろう。

路面がコンクリート敷きになっているけれど、次第に傾斜が急になって、おまけにあまり人が通っていないようでコケが生えている。とても車で登れるとは思えない。

数分登ると金刀比羅宮。

稜線を少し南へ行って、午後2時4分、陣ヶ峰の山頂(1106.2m)に到着した。

一等三角点があるけれど、展望はほとんど無し。高野山エリアでは最高峰のように思うけれど、登山者はかなり少なそう。

下山は稜線を西に向かった。傾斜はそれほどではなかったけれど、そのせいでなかなか車道に出ない。車道は右下に見えているけれど、うかうか下るとコンクリート壁で道に降りられない可能性がある。

30分近く下って、ようやく車道に降り立った。道標は無く、木にテープが巻かれているだけだった。

いよいよ高野山の街が近づいてきた。桜峠のあたりで住宅街にショートカットできるかもと思って、道端のヤブに入ってみた。

うまい具合に住宅街に出られそうになったが、今度は壁に遮られてしまった。しかし何とか降り口を発見できた。

午後3時前、奥の院への入り口まで来た。ここまで来ると観光客が多い。

そして午後3時22分、ようやく金剛峯寺に到着した。

ここまで来たらやはり根本大塔まで行かなければ。

ここで戻って女人堂へ向かうつもりだったのだけれど、道を間違えて大門の方に向かってしまった。

想定外の登りを 20 分ほどで弁天岳(984.2m)。まさかここへ二度も来るとは思ってもみなかった。

15分ほどの下りで女人堂。

京大坂道を舗装道路で下って極楽橋駅へ。

駅には午後4時45分に到着した。ここから電車に乗って帰るのは初めて。高野山にはそれなりの観光客もいて、バス停に待っている人たちもたくさん見かけたので、電車の混雑具合が心配だったのだけれど、実際にはガラ空きでした。

これで「弘法大師の道」は全コースを辿った。その印象を一言で言うと、トレランの大会のコースとしてはおもしろそうだけれど、一般的な登山者やハイカーにとってはあまり魅力のあるルートとは思えないと感じた。

大峯奥駆道のような歴史や遺跡があるわけでもないし、魅力的なピークがあるわけでもない。交通の便も悪いし、稜線上では水場はどこにも無い。

おまけに道の付け方がかなり乱暴で、急斜面でもほとんど真っ直ぐに付けられている。登りはいいとしても下り、特に雨天時などは危険である。

展望が得られる場所も限られているし、高島トレイルのような美しいブナ林などがあるわけでもない。

「弘法大師の道」と銘打たれているけれど、私の個人的な印象としてはこの道(もちろんその当時は道など無かったはず)で弘法大師が高野山に向かったとは思えない。私は前登志夫氏の意見に賛同する。

随所にある標識によると学術調査が行われたようだが、どういう調査結果が得られたのか、ネットで調べた限りではわからなかった。もし重要な痕跡などが見つかっていればそれなりの標識などが設置されるはずなので、そういうものが何も無いということはそういう発見は無かったということではないのだろうか。

ここ何年か頭の片隅にずっとこびりついていた「弘法大師の道」だが、これでようやく気持ちがすっきりした気がする。

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