恵庭岳、そして敦賀へ

11/2(木)はいよいよ最終日。苫小牧からのフェリーの出港は夜遅くだが、これまでは最終日は万が一を考えて山へは行かなかった。

しかしウポポイは昨年二度行ったし、これまでも観光での時間つぶしはとても楽しいとは思えなかったので、今回は最終日も山に行くことにした。

天気も良さそうなので、あまり長くないルートで、苫小牧から遠くない山ということで、恵庭岳に行くことにした。実は恵庭岳は昨年のこの時期にも予定はしていたのだが、前日の羊蹄山で結構疲れたので、行先をウポポイに変更したのだ。

ニセコの道の駅から2時間近く走って、幌美内峠の駐車スペースに車を停めた。

恵庭岳へは東側の恵庭岳登山口から登るのが一般的なのだが、ルート検索した結果、登山口の標高の高い北尾根ルートで行くことにした。

準備を整えて9時12分に出発した。

すぐにオコタンペ湖への道に入る。案内板によると今日の昼前に車両は通行止めになるらしい。

車道を10分少々歩いたら左側に踏み跡っぽいものが目に入った。

道標は無いがピンクテープがついていたのでここが登山口だろうと思って這い上がったら、やはり踏み跡が続いていた。

あまりポピュラーなルートではないようで、踏み跡が不明瞭なところもところどころある。おまけに前日の雨で足元が滑りやすいので、早々にポールを出した。

なかなかの急登で、古いロープが随所に出てくる。

出発してから1時間20分ほど登ったら上部が見えてきた。上部は思いのほか厳しそうだ。

男女二人のパーティが下ってくるのとすれ違って、少し登ると本峰と西峰の間のコルに出た。出発してちょうど2時間だった。

本峰(左の突起)はなかなか厳しそう。記録ではピークまで登っているのもたくさんあるが、ガイドブックには山頂部分は崩壊していて登れないと書かれている。

足元は支笏湖。

コルから見えた手前の突起はトラバースして、本峰の最後のガリーを這い上がる。

11時24分、恵庭岳の山頂(1320m)に到着した。

しかし真の山頂は向こうの突起と思うので、ここにザックを置いて突起まで行った。

山頂からのパノラマ。

オコタンペ湖を見下ろす。

時間があるので西峰の方に行ってみようと思ったが、中峰から見える西峰はまだ距離があって、おまけに結構厳しそうだったのでここで引き返した。

ズルズルの急斜面を登っている時は下りも苦労するんじゃないかと思ったが、思ったよりはスムーズに下れて、コルから1時間半くらいで車道まで下りてきた。

案内板の通り、ゲートが閉じられていた。

駐車スペースに戻ってきたのは午後1時27分。トータル4時間15分。予想よりも登りごたえのある山でした。

行動中は飲み物しか補給しなかったのでおにぎりなどを食べてから支笏湖の駐車場に向かった。

ここは冬は無料なのだが夏は有料になる。11月に入ったのでそろそろ無料になっていないかと期待したが、まだ有料(500円)でした。

後ろは昨年登った風不死岳と左に樽前山

こちらはつい先ほど登ってきた恵庭岳。

WiFiが使えて椅子のあるビジターセンターで時間つぶし。

日が暮れてから定番の苫小牧の「なごみの湯」へ。

貸しタオルと1000円くらいの食事がついて1580円というセットメニューがあったので(平日のみ)、それにした。以前からあったのだろうか。

2階の休憩室でのんびり時間つぶしして、マックスバリュでビールと翌日の朝食などを調達してからフェリーターミナルに向かった。

7月はインターハイ帰りの高校生の大集団に愕然としたが、今日は閑散としていた。

帰りも海は穏やかで、静かな船旅ののちに翌日の夜に帰宅した。

羊蹄山

昨年のちょうど今ごろ羊蹄山に登った時、山頂に来るのはこれが最初で最後だろうと思った。体力的になかなか厳しかったし、それなりの満足感もあった。

その羊蹄山にわずか一年後に再訪することになったのは、他に適当な山が見当たらなかったというだけの理由だ。

ただしコースは別のルートを選ぶ。昨年の京極ルートは厳しかった。今日は、2年前の春に山スキーで途中まで登った真狩(まっかり)ルートで登ることにする。

10/31(火)の朝、2年前の記憶の残る駐車場に車を停めて、6時45分に出発した。昨年と違って上部も雪はチラホラ程度。

キャンプ場の車道を10分少々歩いて、いよいよ登山道に入る。

それにしてもこの木は一体何のために設置しているのだろうか。

真新しいもので、土が流れて木が露出しているのではない。歩行の邪魔にしかならない。まったく理解不能。

さっそく急登が出てきたのでポールを出した。

登山道に入ってから15分くらいで一合目。

この少し先で立ち止まって地図を眺めていたら、後ろから単独行の白人男性がやってきて、長い足ですいすいと先に行った。

単調な道を淡々と登る。昨年の京極ルートとは違って歩きやすい。

ちょうど三合目の標識のところで先ほど抜いていった白人男性が休憩していた。スイスから来たとのこと。

ここで私が先行することになった。彼は速く歩けそうに見えるのだが、私と少し離れた後ろをついてくる。正直、うっとうしい。

下界が望めるようになってきたが空気はあまり澄んでいなくて、遠方は見えない。ただし今になって見ると右遠方は洞爺湖と有珠山のように思える。

8時35分、五合目まで来た。一応半分ということ。標高 1100m くらい。

出発して3時間くらい。外輪山が近づいてきた。

道に雪が出てきて、九合目。方向を示す板が反対に打ち付けられているのはこの時はまったく気がつかなかった。

道が完全に雪になって、朝でまだ堅いので、チェーンスパイクを着用した。その間にスイス人男性が抜いて行った。

10時23分、ようやく外輪山に出た。

やはりこの眺めは雄大だった。

ピークはずいぶん遠く見える。

スイス人男性と少ししゃべっていたら下からまた白人男性が一人で上がってきた。半袖Tシャツで腕にはタトゥー。フランス人とのことだった。

さて、最後の難儀な岩稜に向かう。

昨年は逆方向で、歩きにくくてルートもわかりにくかったが、今年も同様だった。突起の上を行くこともあればトラバースすることもあり、迷う人が多いのか間違ったトレースがあちこちにある。

11時14分、ようやく羊蹄山の山頂(1898m)に到着した。

山頂では先着したスイス人が休憩していて、私もここでおにぎり休憩にした。

山頂からのパノラマ。昨年は遠方まで見渡せたが今年はそこまでの展望は無かった。

15分ほど休憩してお鉢巡りへ。

数分で三角点(1892.7m)

昨年登ってきた京極ルートを右に見送る。

12時過ぎに真狩ルートへの分岐に戻ってきた。ここからのパノラマ。

昨年より雪が少なかったせいもあると思うが、二度目で様子がわかっているので昨年よりも楽で、時間も早かった。昨年はお鉢巡りするかどうか迷ったが、今年は迷うことも無かった。

あとは下山するのみ。雪も緩んでいるのでチェーンスパイクは付けなかった。

避難小屋が見える。ずいぶん立派そうだが見に行こうとは思わない。

四合目あたりまで下りてきたら洞爺湖と有珠山、昭和新山を眺めることができた。

洞爺湖のウィンザーリゾートと、その向こうにうっすらと駒ヶ岳が見えた。

午後3時少し前に登山口まで下りてきた。

車道を10分ほど下って駐車場に戻ってきた。昨年の京極ルートより1時間くらい早かった。

山中では白人男性二人以外とは誰にも出会わなかった。お鉢巡りでも誰にも合わず、他のルートのことはわからないが、まさか今日羊蹄山に登ったのはスイス人一人、フランス人一人、日本人一人の三人だけ?

セイコーマートでコーヒーを飲んで、昨日と同じく綺羅の湯で汗を流してから道の駅で一人打ち上げにした。SpringValleyを奮発した。

イワオヌプリ、ニトヌプリ、チセヌプリ周回

10/30(月)は目国内(めくんない)岳と雷電(らいでん)山に向かう予定。新見峠の登山口に向けて走っていたところ、何とすでに道路が冬季閉鎖になっていた。

もう一つ予定していたイワオヌプリ、ニトヌプリ、チセヌプリ周回ルートも登山口の神仙沼レストハウスが通行止めで、今入れるのは冬でも開いている五色温泉しかない。

イワオヌプリ、ニトヌプリ、チセヌプリ周回ルートは五色温泉からでも行けるので、こちらにコース変更することにした。

五色温泉の駐車スペースは私が着いた時は他には誰もいなかったが、出発の準備をしている間に2台やってきた。

8時10分、駐車場を出発して登山道に向かった(正面の橋)。

イワオヌプリという道標に従って進む。

ところが実は道標の方向を見誤っていて(帰ってきた時に気づいた)、余計な遠回りをしただけだった。正しい道に戻ったら後から来た単独行の女性が先行していた。

30分ほどでイワオヌプリへの分岐に来た。イワオヌプリは昨年の一月に山スキーで来ているのだが、せっかくなので寄り道していく。

ニセコのこのあたりは何度も来ているが、こういう完全な無雪期に歩くのは初めてだ。このあたりでこういう光景に出会うのは初めて。

ちょっとした平坦地にケルンがあった。山頂は右奥。

稜線を辿って一番高いと思われる場所まで来たのだが、昨年来た時にあった標識が見当たらないし、それにこんな岩々した地形ではなかった。

しかしGPSでもここが山頂のはずなので下山ルートの方に戻ったところ、昨年来た山頂に出ました。

頭が混乱したので地図で確認したところ、昨年来た時にこちらの方が高いのではないかと思って行きかけたのがさっき登ったピークで、事実標高はこちらが最高地点(1116m)のよう。しかしなぜか山頂の標識はここに立てられている。

山頂からのパノラマだが、遠方は曇っていて見通せない。

下山はザレた斜面を適当に下る。

1時間10分くらいでイワオヌプリを周回して戻ってきてニトヌプリに向かう。

ニトヌプのピークは夏道から少し南の方のはずなのだが、なぜか道のすぐそばに標柱があった。

この標柱と反対側にちょっとしたピークが見える。本当はこちらが山頂なのでは?

登山地図には不明瞭な踏み跡が記載されているが、それらしい踏み跡は見当たらず、ヤブも結構うるさそうだったので諦めて先に向かうことにした。

お次はチセヌプリへ。

歩きにくい道になってきたのでポールを出した。

足元に車道が見えるが、すでに閉鎖されているので車は走っていない。

車道に出たところでカロリーメイトを1本食べた。すでに3時間ほど歩いている。

それにしても岩がゴロゴロの歩きにくい道が続く。北八ツを思い出す。

このあたりは雪の季節しか来たことがなかったのでこんなに歩きにくいとは予想していなかった。しかしもともと火山なので当たり前と言えば当たり前。

ようやく山頂が近づいてきた。

12時過ぎにようやくチセヌプリの山頂(1134.2m)に到着した。本日の最高地点で、唯一の三角点がある山頂。

山頂にはニトヌプリで出会った単独行の女性がおられた。彼女は来た道を戻られるとのことで、私は沼周りで戻るために先に進んだ。一人ならここでおにぎり休憩にしたかったのだけれど。

足元にはこれから先の道がくっきり見える。正面にシャクナゲ岳。当初はここも訪れるつもりだったが、時間と体力を考えるとちょっとムリ。シャクナゲ岳の右奥のピークが当初の目的だった目国内岳。

こちら側の斜面の道はそれほど歩きにくくはなかった。平坦になってきたあたりで後ろからクマ鈴の音が聞こえてきた。先ほど出会った女性が「私もこちらにしました」と言って通り過ぎていかれた。

長沼との分岐のあたりで腰を下ろしておにぎり休憩にした。

長沼まではわずかだった。

沼の縁も歩けそうだったが、足元がぐちゃぐちゃだったらイヤなので少し離れたところのトレースを追った。

最後に長沼にお別れのご挨拶。背景はチセヌプリ。

このあたりは沼地で、足元がどうなのかちょっと心配だったのだが、おおむね木道になっていて問題無かった。

次に神仙沼。妖艶な雰囲気でした。

このあと車道を渡るのだが、渡ったあとの道がわかりにくかった。駐車スペースのすぐ横からなのだが近づかないとテープが見えない。

車道から45分ほどかかってようやく大沼まで来た。ほとんど平坦な道だが距離はたっぷりあった。

しばらく行ったら硫黄鉱山跡。

建物跡のようなものは何も見当たらない。

ここからしばらく、往路にあった分岐まで緩い上りが続く。

駐車場に戻った時は4時10分を過ぎていた。8時間かかった。

インフォメーションセンターの建物のそばでは先に出会った女性がシューズを洗っておられた。「明日はどちらへ?」と聞かれて「羊蹄山かな」と返事しておいた。

自分でも明日はどうしようかと歩きながら考えていたのだが、これ以上奥の方には行けないので羊蹄山くらいしか行く山がない。

五色温泉の露天でニセコアンヌプリを眺めながらのんびりしようと思ったのだが、なぜか建物の玄関のドアが開かない。駐車場には車も何台か停まっていて、中は照明がついて人がいることは明らかなのに。

ドアを叩いてまで入りたいというほどではなかったので、手頃でお好みのニセコ駅前の綺羅(きら)乃湯へ行った。

コンビニで食材を買い出しして、今日もニセコの道の駅に車を停めた。

恵山

恵山(えさん)のことを知ったのは北海道に出かけるほんの1ヶ月ほど前のこと。たまたま見ていたNHKの「にっぽん百低山」という番組で知って、これはぜひ訪れてみたいと思った。

10/28(土)の朝、一晩過ごした道の駅から1時間半ほど走って、恵山の火口原駐車場に到着した。目の前にはさっそく期待通りの光景が広がっていた。

土曜日なので人が多いだろうと思っていたが、それほどでもなかった。

準備を整えて8時50分に出発した。

今日はショートコースで時間があるので、恵山展望台に寄り道していく。

こういう殺伐とした風景は好みだ。

分岐から15分ほどで恵山展望台に到着した。恵山を見るための展望台かと思っていたら、海を望む展望台だった。

海もさることながら、紅葉が素晴らしかった。

噴煙を眺めながら元の道に戻る。

こんな殺伐とした、遮るもののないところにシカが一頭。

最後はちょっとショートカットして登山道に戻った。

そして恵山への登山道に入る。

所々に細かい数字の距離表示の標識が立っている。実際より長めなんじゃないかと思ったが、後からGPSで確認したらそこそこ正確だった。

写真ではよく見えないが、地面から煙が出ている。地面を触ってみると少し暖かかった。

分岐から40分ほどで恵山の山頂(617.6m)に到着した。

山頂の少し先に神社がある。

戸を開けてみると、恵山大権現。

山頂の少し下からの眺め。

元の道に戻って周回路に向かう。所々にガンコウラン(たぶん)。

恵山岬灯台が見える。フェリーではこの少し沖を通過しているのだが、往路も復路も暗い時間帯なのでフェリーからは見ていない。

岬展望台にちょっと寄り道。

あとは平らな道を戻るだけなのだが、まだ昼前で時間があるので、恵山の向かい側にあるちょっとしたピークの山腹に見える顕著なトレース(この写真ではよく見えない)に行ってみようと思う。あのピークの上に出るのだろうか。

ピークに出るのかと思ったらピークには上がらずにさらに奥に向かっていた。しかし踏み跡は急に薄くなってきた。

少し進むと人工的な建物の跡があった。

下山後、駐車場の案内板に米軍のレーダー跡と書かれていた。

道はさらに不明瞭になって、うっすらと現れたり消えたり。目の前に見えるピークまで行ってしまおうと思った。

麓の分岐から20分ほどでピークとおぼしき場所まで来たが、ただのヤブで何も無し。後から見たら地形図で 461m の標記のあるピークだった。

向かいの恵山には雲がかかっていた。

下まで降りると人がいると思うのでレーダー跡でおにぎり休憩にしたが、急にガスがかかってきたので急いで下りる。

あとは平坦な道を駐車場に戻る。

登ってきた 461m ピークはガスがかかっていた。

12時半過ぎに駐車場に戻ってきた。

今晩は函館駅に歩いて行けるところにある船だまりという場所に車を停める予定だが、時間潰しに五稜郭に行ってみることにした。

後ろには五稜郭タワー。何でこんなものを作ったのかよくわからない。五稜星形を上から眺めるため?

箱館奉行所庁舎跡。

それから銭湯の桜成浴場センターへ。ここも地元の方々御用達という感じの街の銭湯。480円なり。せっけん、シャンプーはありません。

マックスバリュで朝食の買い出しをしてから船だまりへ行った。

船だまりは釣り客や漁業関係者が車を停めておくための場所で、一応トイレがあるが大小それぞれ一つのみ。水道はあるが歯を磨いたり顔を洗ったりはちょっとムリ。

正面に函館山が望める。

JR函館駅までは歩いて15分くらい。駅前の表通りと思われる道なのだが、土曜日の夜というのに意外と店が開いていない。

少しウロウロして、ジンギスカンの店に入った。

これまでに北海道でジンギスカンは何度か食べたが、いずれも焼かれたものが盛られて出てきた。それはそれでおいしかったけれど、今日は初めて目の前で自分で焼いて食べるスタイルで、おそらく肉もわりと質が良かったのだと思うが、おいしかった。

満足して夜景を眺めながら船だまりに戻る。

礼文華峠

10/27(土)は今回の旅の最重要イベントなのだが、前日の夜半から雨。一時はかなりの豪雨だった。

早朝もまだ雨で、天気予報ではずっと雨模様とのことだったのでこれは予定変更するしかないと思った。しかしどうしたらいいのかうまい代替案が思い浮かばない。

そうこうするうちに雨が小降りになってきたので、取りあえず善光寺に向かう。

ここはイザベラ・バードが訪れたお寺で、

「このお寺は非常に壮麗で、天蓋はすばらしく、祭壇の青銅や真鍮の仏具は特に立派である。・・・・」

と記している。しかし私が訪れたのは朝の7時半。誰もおらず、本堂もまだ閉じられていた。

寺社仏閣の価値はあまりわからない人間なので、イザベラ・バードが訪れたお寺に来たということで満足して、礼文華(れぶんげ)峠への旧道の入り口に向かうことにした。

森林公園の駐車場まで行ってしまったが、GPSで確認すると入り口はもう少し手前の模様。少し戻ったら朽ちた林道が分かれている近くにちょっとしたスペースがあった。

雨は完全に上がって、空の雲もそれほど厚くない。雨雲レーダーを見るとこのあとしばらくは本降りの雨は無さそうな予報だ。

これなら今日、行ってしまおう。

今日のゴールは函館本線の小幌駅。電車で一駅の礼文駅に戻って、そこから車まで歩いて戻る。しかしこの方向は何と一日2便しかない。乗る予定は15時50分の便。

とにかく何も無い駅なのであまり早く着いても困るが、道の状況がどうなのかわからないのである程度の余裕は見ておかなければならない。

トラブルが無ければ4時間あれば着けそうだが、余裕を見て5時間。11時に出発すれば十分と思ったが、車の中でぼんやりしているのも苦痛で、雨の止んでいるうちに歩いておいた方がいいかもと思って10時過ぎに出発した。


✳︎青線は戻った時の経路

すぐのところから朽ちた林道に入る。

少し行ったら林道が左カーブしていて、あれっと思って目を凝らしてみたら微かな踏み跡が右の方に見えた。

ほとんど人は歩いていない感じだが、最低限度の保守はされているように感じる。しかし意外と急な九十九折れが続く。

イザベラ・バードが通ったころは、

「道は深い森林の中をものすごく急な坂道となって登り、急に下ったかと思うとまた登り坂となり、ときには真っ直ぐに梯子を登るような急峻な坂道で、深く溝がついており、溝の底には大小の石の破片が詰まっていた。」

そうである。

この道は生活道路であるにもかかわらず非常な難路だったので、明治時代にも何度か改修されているので、今残っている旧道はその当時とはかなり異なっているだろう。

今朝までの雨のせいもあるだろうが足元がぐちゃぐちゃの場所が多く、ゴアテックス のシューズで来て良かった。そんな道を30分ほど歩くと朽ちた林道に出た。

最初、反対方向に進んでしまったが、引き返してしばらく林道を進む。旧道が無くなっているのか、旧道を広げて車道にした痕跡なのか、よくわからない。

そんな道が40分ほど続いて、また荒れた旧道っぽい道になった。何の標識も無いがおそらくここが礼文華峠だと思う。

また旧道っぽい道になって、足元のぐちゃぐちゃを気にしながら20分ほど歩くと左側(海側)が開けてきた。

「ああ、しかしなんとすばらしかったことか! まことに壮大な景色であった。これこそ本当に天国である。ここにはあらゆるものがある。・・・」

あの切れ込みが小幌駅のあたりだろうか。

12時過ぎに車道との合流地点に出た。このあとしばらく車道を歩くことになるので、ここでおにぎり休憩にした。

R37に出るところにこのルートで最初で最後の道標があった。

これで目的の礼文華峠越えは完了だが、このあと海に向かって下って、小幌駅に向かう。

しばらく国道を歩く。道幅はそれなりにあるのだが歩道部分は白線が引かれているだけで、トラックなどが頻繁に走り過ぎるので、かなり怖い。

大きな橋を二つ越えて、トンネルの手前でようやく国道から離れることができた。

立入禁止の看板を無視して入ってしばらく行くと、岩屋観音への古い道標が出てきた。

さらにまた道標に導かれて海に向かう。

歩きにくい沢筋の踏み跡を15分ほど下ると海が見えてきた。

海に出る手前に橋があって、対岸にロープが伸びていたのでそちらに向かった。

結構な登り返しなのだが、ふと足元を見ると海辺に二人の若い男性の姿が目に入った。

なぜこんなところにいるのだろう、どうやってここに来たのだろうと不審に思いながら急登を登り返して、岩屋観音がどこにあるのか見渡しながら平坦になった道を進んだところ、海岸そばから20分足らずで小幌駅のすぐそばまで来てしまった。いつの間にか通り過ぎていたのだ。

まだ時間はたっぷりあるので引き返す。大きな岩の崩れたようなところでここだろうかと思ったりしてみたが、スマホが繋がったので調べてみたところ、実は先ほどの海岸のところだということがわかった。先ほどの二人の男性は岩屋観音へ行っていたのだ。

あの急登をまた下りて登り返すのはうれしくないが、ここまで来て、しかも時間もあるのにパスするわけにはいかない。

二人の男性が戻ってくるのとすれ違って、海岸に降り立った。

やれやれと一安心したが、まだ午後2時。予定の電車までは2時間近く時間がある。

一旦、駅へ行って、様子を見てみた。

この駅は鉄道マニアでも有名な秘境駅だそうで、この駅を訪れることだけが目的で来る人も少なくないとのこと。と言うか、近くには民家も道路も何もないので、それ以外の目的で来る人といえば私のように山道を歩いてたまたまここが終着点だったという人以外は鉄道マニアしかいない。

ここはトンネルとトンネルの間のわずか 100m 足らずのスペースに設けられた駅で、何のためにこんなところに駅を作ったのだろうと不思議に思うが、もともとは信号場(鉄道の運行のために必要な設備で、乗客が乗り降りする場所ではない)として設置されたものが、いつ頃からか駅として扱われるようになったとのこと。

乗る電車までまだ1時間以上あるので文太郎浜へ行ってみる。

午後3時50分、定刻に電車がやってきた。乗る客は私以外は若者二人、それ以外におそらく鉄道マニアであろう中年男性が二人の五人だった。

ほぼトンネルを数分走って礼文駅で下車した。

自動販売機でコーヒーを買って飲みながら、車を置いている取り付きに向かった。

車道を40分ほど歩いて取り付きに戻ってきた。午後4時40分。そろそろ薄暗くなってきた。

風呂は長万部へ。温泉ホテルという名称だが地元の人が利用するような大衆銭湯。もちろん温泉だが480円なり。せっけん、シャンプー有り。

どういう訳か長万部のあたりには道の駅が無い。海岸沿いを走り続けて森町の道の駅のさらに先の「つど〜る・プラザ・さわら」まで行って、ここを今宵の宿にした。写真は撮り忘れた。

有珠山、洞爺湖

有珠山は活火山で有名な山なので登れないだろうと思っていたのだが、調べてみるとわりと登っている記録がある。それならということで最初の目標として有珠山を目指すことにした。

ウトナイ湖の道の駅から有珠山の登山口までは2時間以上かかる。10/26(木)の朝6時頃に道の駅を出発した。

これまでに何度か走ったことのある道で白老や登別への分岐を超えて洞爺湖に向かう。

だいぶ近づいてきて、有珠山(右)と昭和新山(左)が見えてきた。

2時間少々かかって登山口に到着した。登山口には放置されたような建物があって、少しスペースがあった。


軽自動車が1台停まっていたので先行者がいるのかと思ったが、実は年配の女性が乗っていて、その後下りて行った。

準備を整えて8時25分に出発した。

少し登ったら林道に出て、林道を進むと火山回道の道標が現れた。


道標に従って進むが、だんだんGPSに入れてきたルートから離れてきた。有珠山は正規の登山ルートというのは無いので、ひょっとしたらさっきの林道をそのまま進むのかもと思って引き返した。

しばらく林道を進んでみたが、これもまたルートからはずれてきた。まさか有珠山に登れずに終わるのだろうか不安になったが、また戻って先の火山回道を登り返した。

先ほど引き返した場所から少し進んだらまた道標があって、それに従って進んだら次第にGPSのルートに近づいてきた。

しかしまたルートからはずれてきて、また戻って地形をよく見たら別の道標の後ろにかすかな踏み跡があるのに気がついた。



ようやく予定のルートに乗ってきた。濡れてずるずるの急な斜面があって、たまらずポールを出した。持ってきて良かった。

急斜面を登って上部の稜線に出て、そのまま少し下ったら林道に合流した。

こんなところで林道に出会うとは思わなかったが、わりと新しい車のわだちがあった。

しばらく進むと有珠山の頂上部分が望めた。以外と遠そうに見えた。

林道が終わった先がよくわからなかったが、何とか赤テープを見つけることができた。


しばらく薄い踏み跡を辿ったが、そのうちに消えてしまった。ヤブはさほど濃くないので適当に上に向かう。

上部はもっと火山ぽい景観を予想していたのだが、どうも山頂まで植生がある模様。

部分的にヤブがうるさい部分もあったが、何とか山頂近くまで来た。少しだけトレースがある。

岩塔がいくつかあってどれが山頂なのかわからない。最初に上がったところは山頂ではなく、その先の岩塔に向かった。山頂の標記は無かったが岩にボルトが打たれていたのでこれが山頂(733m)だろうと思った。

山頂から昭和新山を見下ろす。

そして洞爺湖。下山後は中島へ行くつもり。

火口の周回ルートに行く。ここは薄いトレースがあった。

しばらく進んだら左手に噴煙の上がっている大きな噴火口が見えた。有珠山の噴火口はこちらだったのだ。


そしてその噴火口の縁に沿って稜線にトレースが続いている。稜線ギリギリのところにトレースがあって心臓に悪い。右側は意外とヤブが濃くてちょっと歩けない。


しばらく進んだが、右手のヤブが少し薄くなっていて今ならまだ登ってきたところに下りられるので、ここで切り上げることにした。

帰りは四十三(よそみ)山(251.6m)に寄り道した。

展望台に上がってみたが木が茂っていて展望は今一つだった。

12時半に登山口に戻ってきた。

午後は洞爺湖で遊覧船に乗るつもり。

羊蹄山の山頂部分は雲がかかっていた。

遊覧船は平日にもかかわらず団体客がいて混雑していた。

つい先ほど有珠山の山頂から見下ろした洞爺湖から今度は逆に有珠山(左のピーク)を見上げる。

25分ほどで中島へ。

船は30分間隔で運行されているので30分だけ上陸する。

なぜか神社がある。祠が三つあった。

真ん中には菅原道真が祀られている。

それほど古いものではないように思われる。

個人的には北海道で神社やお寺というのはどうも違和感を感じる。

博物館があったが有料なので入らなかった。

中島から眺める有珠山と昭和新山(左)。

次の便で戻って、洞爺温泉へ。

夜は有珠の道の駅あぶたに車を停めた。

虚空蔵山

10/22(日)は講座で丹波の虚空蔵(こくぞう)山へ行ってきた。ここはずいぶん以前に講座で一度登ったが、もう記憶は無い。

集合は福知山線の藍本(あいもと)駅。遠方だが集合時間が遅め(10時20分)だったのでそれほど面倒ではなかった。

車道を少し歩いてまずは酒滴神社を参拝。

石段を上がって本殿へ。

そばには立派な御神木。

道標に従って車道を進む。前方の山は虚空蔵山ではありません。

高速道路のガードをくぐってから登山道に入る。

参拝前に手を清めたという石船。

そして虚空蔵堂へ。

次第に上りが厳しくなってきた。

役行者の石像。

山頂の手前の展望場所。

六甲が全貌できる。六甲の右奥は淡路島。

12時半に虚空蔵山の山頂に到着して、ここで昼食にした。

地形図ではもう少し北が山頂になっているので、ちょっと行ってみた。道の横のヤブに小さな標石があったが、三角点ではない。

北摂の山々。

急な下りを30分少々で立杭陶の郷のそばまで下りてきた。

そしてバス停でひとまず解散した。

前回来たときは平日だったので観光客はほとんどいなかったが、今日は日曜日で、おまけに何かイベントのようなものが開催されているようで、観光客が多かった。

集落にあった大アベマキは倒壊していた。

現役の登窯には説明員の方がおられた。

前回来た時はこのそばの店でとっくりを買ったのは覚えている。このとっくりはまだ愛用している。

その後、バスで相野駅まで行って帰ってきた。

細峠、三津、竜在峠

竜在峠から細峠にかけての道はこれまでに何度か歩いている。しかし細峠(ほそとうげ)は稜線を通過しただけである。

細峠は奈良から吉野へ出る主要なルートの一つで、かつては峠付近に集落や宿もあった。芭蕉もここを通っている。その古道がかすかに残っているそうなので、そこを訪ねてみようと思った。

吉野側に少し下ったところに三津(みづ)という集落があるので、ここもどんな集落なのか一度見てみたいと以前から思っていた。

アプローチは桜井からコミュニティバスで多武峰まで行くことにした。

10/18の水曜日、桜井からバスで多武峰まで行った。

正面は談山神社へ行く参道。そばのコンビニは休業日で、公衆トイレは閉鎖されていた。

10時20分に出発。しばらく車道を行って、新鹿路(しんろくろ)トンネルの手前で旧道に入る。道標が立っている。

鹿路というだけあって鹿が何度か道路を走って行った。

30分ほど歩いて旧道のトンネルの手前で荒れた林道に入る。

10分ほどで荒れたコンクリート舗装が終わって、ようやく古道へ。

かろうじて残っている踏み跡を数分であっさり細峠に到着した。

芭蕉の句碑。「雲雀より空にやすらう峠哉」。

さて、今日はここから吉野側に下る。

アケボノソウ。

10分ほど下ると庚申塔があった。

そばに立派な作業道完成の碑があったが、そんな立派な作業道はそばには見当たらない。

このあたりが昔の集落の跡のようだ。「細峠むらあと」。私の生まれた昭和30年頃はまだ住んでいる人がいたらしい。

石垣。

車道に出る前に間違って変な方向へ少し行ってしまったが、無事旧道の車道に出た。

車道部分は意外と長くて、20分ほど歩いてようやく分岐と思われる場所まで来た。

しかしその前に三津の集落に向かう。

坂の車道を上がるとほどなく集落が現れた。生活感があって、以前に訪れた滝畑とはずいぶん違う。

バスも来ているもよう。

ここで引き返して、地形図にある細峠の北東の鞍部につながる道を行く。

かつて林道だったような広い道。

道なりに10分少々進んだら石垣の跡が出てきたので、このあたりも以前に集落があったのかと思ったら、実は先ほどの集落跡に戻ってきていた。

地形図に記載されている道とどこで分かれたのかまったくわからなかった。

12時半過ぎに細峠に戻ってきて、峠にある五輪塔のそばで腰を下ろしておにぎり休憩にした。

ここからしばらくは何度か歩いたことのある竜在峠への道。非常に気持ちがいい。

途中で脇道に入る。ここは以前から片側が切れた急斜面で、来るたびに危険度が増している。

細峠から20分ほどで「むかしの茶屋跡」。昔は雲井茶屋と呼ばれていた。本居宣長も訪れている。

ここは冬野や鹿路からの道も合流しているのだが、以前は無かったこんな看板が。

実は同様の看板が細峠にもあった。単に車(まさか!)やバイク(バイクのタイヤ跡のようなものは何度か見かけた)の通行を禁じているのか、誰も入るなと言っているのか、よくわからない。鹿路側ではこういう看板は見かけなかった。

ここから5分弱で竜在峠に到着。

ここからもしばらく気持ちのいい稜線歩き。展望は無いけれどおかげで日差しが遮られて快適である。思わず一人で歓声を上げて歩いた。

芋峠への分岐に到着。今日は入谷(にゅうたに)に下りる。この道は初めて。

意外と歩きにくい道を30分ほど下って、天空の展望台へ。

以前に一度訪れているが、再訪するとは思っていなかった。

展望台からの金剛山と葛城山。

少し下ったところから入谷の集落と遠方に二上山。

栢森(かやのもり)で加夜奈留美命(かやなるみのみこと)神社へ寄りたいと思っていたが、よくわからないうちに通り過ぎてしまった。以前に一度訪れているのだが、もう記憶を失っているので再訪したかった。

栢森をはずれたあたりに案内板があったのでそれで場所を確認して引き返した。前回はすんなり来ているでこんなに苦労するとは思わなかった。

祭神は名称通りの加夜奈留美命。

栢森まで来る観光客はあまりいないので、奥明日香の静かで静逸な気分が味わえる。車道のすぐそばにこんな渓流が流れている。

あたりが開けると雌綱。

こんな神事が行われている。

少し下ると飛鳥川上坐宇須多岐比売命神社(あすかかわかみにいますうすたきひめのみことじんじゃ)。日本で一番長い名前の神社。日本一ということはおそらく世界一。

以前に一度上まで上がって参拝しているので今日はパス。

そして稲渕の男綱。

稲渕は棚田が有名で、このあたりまで来る観光客は多い。

しばらく単調な車道を進んで、久しぶりのマラ岩

石舞台古墳の裏側を通って、亀石へ。

✳︎この写真は以前のもの。今日は観光客がまわりを占領していた。

その後は先日と同じルートで午後4時12分に橿原神宮前駅に到着した。

思った以上に楽しい一日だった。やはり明日香村は中心部を離れて奥に入らないとおもしろくない。また明日香村通いを再開してみようかという気持ちになった。

山上ヶ峰

10/11(水)の京都一周トレイルの講座が終わったのは午後1時過ぎ。まだまだ時間はたっぷりある。

そこで久しぶりに山上ヶ峰に行ってみることにした。

松尾山林道を遡る。

今日は当初は寄り道をするつもりはなかったのでルート確認などの準備をしてきていない。

稜線に上がる沢筋の出会いまでは30分くらいかなと思っていたのだが、いつまでたってもなかなか分岐が出てこない。まさか通り過ぎたということはないだろうと思いながらも多少不安を感じながら歩き続けた。

バスターミナルから50分くらいかかってようやく分岐に出会った。

この先、以前通った時はすごい倒木で、その後も大雨が何度もあったので、はたしてまともに歩けるかどうか心配だった。

やはり序盤は予想通り。

しかし最低限度の整備はされており、ほんの10分ほどで烏ヶ岳からの稜線に出た。

20分少々踏み跡を辿って、山上ヶ峰への分岐から山頂に向かう。

分岐から数分で山頂(482.2m)に到着した。

このあたりでは一番高いピークで、京都市内の北部からははっきりと見える。なかなか魅力的な山だと思うのだが知名度は極めて低くて、訪れる人も少ない。

好天だが展望がないので早々に下山。

少し下ると一箇所、林道に出る。

ここの右端が登山道。

この道はなかなかの難路である。下るにつれて傾斜が急になって、ロープの続く場所もある。砂地なので滑りやすく、ハイキング気分で来ると事故になりかねない。

林道から25分くらいでトロッコ列車の線路のところまで下りてきた。

トンネルで線路をくぐって、保津川の堤防をトロッコ保津峡駅に向かう。

あとは車道でJR保津峡駅に到着した。

2時間半ほどのデザートだったが、なかなかの充実感があった。

松尾山

10/11(水)は京都一周トレイルの講座で京都西山の松尾山に登ってきた。

集合は阪急の嵐山駅。

JRの嵯峨嵐山駅は観光客で平日でも非常に混雑するのだが、阪急の嵐山駅はいつもあまり混んでいない。

時間潰しに一ノ堰碑へ。

大堰川沿いを少し歩く。

松尾山へのハイキング道に入る。

ひと登りして展望場所からの嵐山と嵯峨の市街地を望む。手前の橋が渡月橋。

左に目を向けると愛宕山。

11時過ぎに松尾山の山頂(275.6m)に到着した。

ここで早めの昼食にして、西芳寺方面に向かう。

このあたりは古墳がたくさんある。

最後の展望場所から京都の南の方の眺め。

林道に下りてきた。

西芳寺の前の木が少しだけ紅葉。

午後1時過ぎにバスターミナルに到着して、ここで解散した。