とにかく毎日暑い。せめて標高 1000m は越えなければ、ということで、日曜日(8/16)は伊吹山へ行くことにした。
伊吹山はかつては修験道の山で、行場の跡などが所々に残っている。そんな中で、以前から気になっていたのが行道岩(ぎょうどういわ。平等石、行導岩、行堂岩とも)。
スキー場跡を通る登山道を上がると、五合目を過ぎたあたりで左上に岩とちょっとした建物が見える。しかしここに至る道は無い。
ここは三修、円空が修行したと伝えられる場所。
記録を探ってみたが見つかるのは積雪期ばかりで、無雪期のものは見つからない。
しかし写真で見る限りではそんなに厳しい場所でもなさそうなので、斜面を適当に行けば何とかなるのではないかと思った。何と言っても昔ここで修行した人が何人もいるのだから。
スキー場跡からのコースはおそらく人だらけなので、まだ歩いたことの無い京極氏遺跡から登ることにした。
google のナビでとんでもない細道に誘導されてあわてたが、何とか戻れて、京極氏遺跡そばの駐車場を発見することができた。
7時15分に駐車場を出発。伊吹神社への参道に入る。道のそばには京極氏の遺跡が並んでいるが、立ち寄るのは帰りにする。
神社への石段の横から山道に入る。
結構な急斜面だけれど、道が適度な傾斜でジグザグに造られているので歩きやすい。弘法大師の道や龍門岳とは大違い。
山道に入って 30 分少々で上平寺(じょうへいじ)城跡まで来たが、立ち寄るのは帰りにしてスルーする。
さらに登ると弥高寺跡への分岐が。
弥高寺跡がどこにあるのか知らなくて、少し入った所にあるのかなと思ってそちらに向かってみたが、本来の方向からどんどん離れていくので結局ここまで戻ってきた。
尾根に登りあげると前方に伊吹山が望めた。意外と遠いな。
出発して2時間で五合目に合流した。やはり人が多い。
しばらく登山道を登って、六合目の道が右に曲がっていくあたりで左の斜面に突入した。左上に行道岩が見える。
写真では大した傾斜には見えないけれど、ハゲた斜面で滑るとかなりずるずると落ちてしまいそうなので、できるだけ灌木のある部分を選んで進む。
あと少し。
9時50分、行道岩に到着した。
岩の上から琵琶湖を望む。
建物のそばで腰を下ろして、凍らせてきたカルピスを飲んだが、すでにとけていた。冷たさは残っていたけれど。
それにしてもこの建物は何のためだろうか。何かの物置のような感じで、さほど古いものではない。四畳半くらいの大きさで、ドアの鍵は開いていて、中は何も無し。宗教的な物は何も見当たらない。
決して放っておかれているわけではなくて、何らかの保守はされている模様だが、踏み跡のようなものはまったく見当たらなかった。
山頂方面を望む。
登山道に戻るのは大変なので、このまま上に登りあげる。踏み跡などはまったく無く、あるのはシカのフンだけ。
10時20分、無事稜線にたどり着いた。気のせいか展望台の観光客がこちらを見ているような気がする。
行道岩を見下ろす。
足下にキオン。
遊歩道に入って、アカソ。
ルリトラノオ。
駐車場から 30 分くらいで来られるので、このあたりは人だらけ。日本武尊像。
弥勒堂。伊吹山修験道の中心的な施設だった。
10時40分に三角点(1377.3m)に到着した。
空いているベンチに腰掛けておにぎり休憩にした。やはり多少は涼しい。10分ほどの休憩で下山。
ツリガネニンジン。
シモツケソウ。
サラシナショウマ。
伊吹山は修験道の山だったので、その上部は女人禁制だった。夫を追って上がってきたその妻を、一陣の風が吹き飛ばそうとしたが、妻が岩にしがみついた指跡が残っているという手掛岩。
八合目あたりまで下りてくると行道岩が見える。
その案内板。
避難小屋の下からはショートカットして下山路に入る。登ってきたので迷いは無かったけれど、初めてだったらわかりにくいだろう。
どんどん下る。それにつれて暑くなってきた。
上平寺城本丸跡に立ち寄る。16世紀に京極高清が築いた。
随所に標識が建っているけれど、いずれも人工的に地面が削られた跡が残っているだけで、建物の跡のようなものはまったく無い。
12時44分、伊吹神社まで戻ってきた。石段を上がって参拝。
本殿の横には京極氏一族の墓。
12時56分、灼熱の駐車場に戻ってきた。出る時は他には車は無かったけれど、数台が止まっていた。
伊吹は花が有名だけれど、実は薬草でも有名。そこで薬草の里文化センターの薬草の湯へ。エントランスの向こうに伊吹山が望める。
空いていたので良かったけれど、かなり小さかった。実は大浴場と小浴場があって、日によって男女で振り分けているようで、たまたまこの日は小浴場が男風呂になっていたもよう。
なかなか充実感のある一日でした。