和泉葛城山

先の日曜日(11/17)は講座で和泉葛城山へ行ってきた。和泉葛城山は3年前に個人的に行って以来。

登山口の牛滝山までは遠かった。好天の日曜日ということもあって、岸和田駅からのバスが超満員。ぎゅうぎゅう詰めのバスに小一時間揺られて9時半ちょっと前にようやく到着した。

まずは大威徳寺(大徳寺)へ。

紅葉が見事でした。

登山道に入って、一の滝。

このあたりはダイトレからは離れているけれど、やはり出てきた木の階段。

丁石が置かれているが、どこが終点なのか、そこが何丁なのかさっぱりわからない。

山道を1時間ほど登ったら車道に出た。しばらく車道を行く。この道は和泉葛城山頂に向かう道なので車がよく通る。

山上の駐車場に出る少し手前でブナ林の山道に入る。ここのブナ林は国の天然記念物に指定されている。

石段を上がって山頂の葛城神社へ。

高おかみ神社とも言うらしいが、こんな漢字パソコンにある?

山頂(858m)がどこなのかよくわからなかった。

展望台まで行って、そこで昼食休憩にした。

展望台から大阪湾方面の眺め。

展望台は人が多かったので、私は下の駐車場エリアに下りた。

午後は帰り道から少しそれてブナ林を散策した。

しばらく下ると杉(?)の植林になった。

林道に出て、ハシカケノ滝。

あとはひたすら車道で蕎原(そぶら)に向かう。渓流園地やレストランがあって、わりと観光客も来ている。

午後2時20分、蕎原のバス停に到着して、ここからバスで水間観音駅に向かった。

奥比叡

11/13は京都一周トレイルの講座で奥比叡を歩いてきた。

今日の集合地は前回解散したケーブル比叡駅。しかし私はいつもと同じく八瀬駅から歩いて行く。

浄刹結界の石柱も倒木に埋もれている。

峠から尾根に入るが、この道は歩くたびに踏み跡が不明瞭になってきている。しかし何度も歩いている安心感で油断していたのか、いつの間にやら山肌をトラバースする踏み跡に入り込んでしまった。

先月に下った道を上がるつもりだったけれど、トラバースになるのがちょっと早すぎるし、こんな道ではなかったように思う。

左の稜線を目指して適当に這い上がって、本来の道に戻った。今日は仕事なので一瞬不安になった。

八瀬から1時間20分ほどでケーブル比叡駅に到着した。

集合して、まずは林道を行く。蛇が池のスキー場跡。私の人生初スキーはここだった。確か小学生くらいの頃。転倒して捻挫して、その後はしばらくスキーへは行かなかった。

展望場所からは絶景が堪能できた。正面奥に蓬莱山と打見山。写真では霞んでいるけれど、右に琵琶湖が見えている。

歩きにくかった浄土院への石段は改修されていた。

浄土院は伝教大師(最澄)廟がある。これは拝殿。

そして西塔へ。

ちょっと寄り道してみろく石仏。鎌倉時代のもの。

峰道レストランのエリアで昼食休憩。好天のせいか平日にも関わらず車が多い。

レストランの展望台から眺める琵琶湖。遠方は鈴鹿山系。

玉体杉では先客が宴会をやっていた。

せりあい地蔵。

今日の一周トレイルコースは一旦ここで打ち切って横川(よかわ)へ向かう。

来月になると比叡山エリアの公共交通機関が冬場の運休に入るので、ここからの続きは来春に持ち越し。

そして横川のバスターミナルで解散した。

いつもはここからせりあい地蔵に戻って歩いて大原側へ下山するのだけれど、今日は事情があってバス、ロープウェイ、ケーブルで八瀬に下りた。

シャトルバスは大変な混みようで、横川が始発だったから良かったものの、途中の停留所では乗れない人も出た。このあたりの乗り物に乗るのは初めての経験でした。

釈迦ヶ岳、仏生岳

大峰の釈迦ヶ岳へは今年の4月に行った

この時は仏生岳まで足を延ばすつもりだったのだが、思いがけない残雪と厳しい斜面に阻まれて、逆の南の方に少し歩いてから戻って来た。

それが心残りだったので、快晴間違い無しの日曜日(11/10)に再度このコースに出かけてみることにした。

途中でカップ麺とおにぎり、コーヒーの朝食をとって、3時間以上かかって太尾登山口にやってきた。すでに正規の駐車場は満車で、手前の路肩のスペースに停めた。

準備を整えて8時前に出発した。

ここまで来る途中にも何カ所かクマの情報の看板が立っていた。でも今日は大丈夫。

「熊撃退スプレー カウンターアソールト・ストロンガー」。比良でクマに出会ったあと、ついに購入した。

本当に冷静に使えるかどうかはその場になってみないとわからないけれど、持っているというだけで安心感はずいぶんと違う。一度試してみたいという気持ちも少なからずあります。

急登を上がって稜線に出ると、大峰おなじみの光景が現れた。正面奥に釈迦ヶ岳。登山口の標高がすでに1300mほどあるので、登りは500m足らずくらいしかない。

ちょっとした出っぱりの古田の森。

まさに稜線漫歩そのもの。快適です。

かくし水は今日は流れていました。近くにテントが数張り。ここにテントを張ったら快適だろうなとは思うが、私は性格的にこういう場所でのんびり時間を過ごすということができない。

9時21分、出発して1時間25分ほどで釈迦ヶ岳山頂(1799.9m)に到着した。

山頂には10人くらいの登山者がいた。右のなだらかな山頂が仏生岳。真ん中奥が八経ヶ岳。

写真を撮ったら早々に仏生岳に向かう。いきなり古いロープの垂れた急な下り。前回敗退した箇所。滑りやすい急斜面をゆっくり下る。

前回は早々と敗退しておいて本当に良かったと思った。こんな場所にあんな装備(トレランシューズにチェーンスパイク)で突っ込んだら事故間違い無しである。

ヤセ尾根のなかなか厳しい道が続く。左側の高度感はかなりのもので、馬の背と書いてあったけれど須磨アルプスのそれとは比べものにならない。

大岩を鎖で強引に上がって空鉢岳(読み方不明)。後ろは釈迦ヶ岳。

なかなか荒々しい山容です。急斜面の細いトラバース道でちょっと緊張する。

水場は涸れていた。稜線直下なのでこんな場所に水場があるのが不思議だ。

このあたりに来ると道は穏やかになってきた。こんな道が続いてくれることを祈りながら足を進めた。それにしても釈迦ヶ岳から先は歩く人がかなり少ない感じ。おかげで静かで非常に気分がいい。

どうも奥駆道は孔雀岳のピークをトラバースしているもよう。一瞬、戻ってピークを経由していこうかと思ったけれど、どうせ同じ道を戻ってくるので帰りに立ち寄ることにしよう。

仏生岳もピークを経由していないようで、古い道標に従って山頂を目指す。

踏み跡があったのはこの少し上までで、そこから先はヤブを適当に上を目指して登った。

10時56分、仏生岳(1805.2m)に到着した。釈迦ヶ岳より少し高い。展望は無し。

ここで今日初めて腰を下ろしておにぎり休憩にした。

下りも適当で、行きに出会った道標より少し先で奥駆道に下りてきた。

そして帰りは孔雀岳を目指す。道はまったく無いので適当に進む。

仏生岳から30分ほどで孔雀岳(1779m)に到着した。

山頂からの下りは踏み跡があった。奥駆道に合流した場所には標識が立っていた。何とこんなはっきりした標識を見落としていた。

さて、いよいよ最後のいやらしい箇所の登りに近づいてきた。

このあたりの残置ロープは古くて細くて頼りない。鎖はしっかりしているのだけれど。

12時37分、釈迦ヶ岳に戻ってきた。やれやれ、これで一安心。

山頂は人だらけなので早々に退散する。

せっかくの好天なのであまりあせって下ってしまうのももったいないので、古田の森でどら焼き休憩を取った。

午後2時ちょっと過ぎ、無事駐車場に戻ってきた。

さすがに好天の日曜日ということで登山者は多かった。しかし釈迦ヶ岳から仏生岳の間では出会ったのは単独行男性二人だけ。おかげで気持ちのいい山行を楽しむことができた。

熊野古道中辺路3日目

今日の目的地は熊野速玉大社。そしてそこから新宮駅に向かう。しかし途中で那智駅のそばを通るので、時間次第では那智駅で終わることもできる。

一応の目安として、熊野那智大社が10時。那智駅に12時をタイムリミットにしようと思った。これを過ぎていたら熊野速玉大社には向かわないつもり。

那智駅から熊野速玉大社までの道はほとんど下道で、おそらく紀伊田辺から滝尻王子までのような道程になると思うので、時間によっては割愛してもいいと思っている。

定番の棒ラーメンとコーヒーで朝食を済ませて、朝5時にヘッドランプで出発した。夜中に少し雨が降ったようで、地面がちょっと濡れていた。

まずは昨日確認しておいた大雲取越の登山口へ。

5時45分に休憩所を通過。なかなか厳しい登りだった。昨日ならたとえ時間があったとしてもかなりしんどかったと思う。案内にある通り、水道が設置されていた。

厳しい石畳の登りが続く。胴切坂はいつ終わるのか。この先で終わりかと思ったら道が曲がってさらに登るということが何度か繰り返された。

ずっと樹林帯で、御来光を拝むことはできなかった。

歩き出して2時間、ちょうど7時にようやく中辺路最高地点(と看板に書かれていたが、実は先にもっと高い地点があった。ここは標高870m)の越前峠に到着した。

登山口の小口が標高65mなので、標高差800mの登りだった。ここで腰を下ろしてソイジョイなどを補給した。

行程から考えると熊野那智大社10時は厳しそうだ。

今日、初めての下りの道。かなり稜線に近い場所なのだけれど、少し下ったらしっかりした流れの沢筋になった。

越前峠から10分ほどで迂回路への分岐に出た。

ここも西側に林道で大きく迂回しなければならない。初めのうちは「これが林道?」というような荒れた道だったけれど、ほどなく林道らしくなってきた。とは言ってももはや車は通っていない感じ。

迂回路に入ってから40分ほどで元の道の地蔵茶屋跡に到着。

車道に合流したせいか、何と自動販売機がある。よく見ると下町の自動販売機より少し安い。何でこんな場所にある自動販売機が安いの? ひょっとしたら新しい機械に置き換える方がコストがかかるのかもと思った。

しばらく車道を進む。中辺路ではルート上に 500m 間隔で標柱が設置されているが、ここに来てその標柱の形状が変わった。何となくこちらの方が古くからある感じ。

ようやく大雲取越の半分を少し過ぎたくらい。もうすでにほぼ3時間かかっているので、熊野那智大社10時はムリだろうと感じた。

登り基調の車道をしばらく進んでいたら、古道に入る道標が現れた。あれっ? どうも手前で古道に入る分岐を見過ごしていたようだ。

このあとまた石畳のしんどい登りがしばらく続いた。

9時11分、ようやく舟見峠まで来た。標高883mと表示されている。越前峠よりも高い。

ここから太平洋が見えるので舟見峠という名称が付けられたようだが、今は木が茂っていてほとんど見えない。

しかしこの少し先の舟見茶屋跡の休憩所からは太平洋の絶景を眺めることができた。もう熊野速玉大社は諦めようと思っていたので、ゆっくり眺望を楽しんだ。

熊野那智大社に向けて石畳の道を下る。

おそらくワラジで歩いていたであろう昔の人にとっては問題無かったのだろうけれど、現代のゴム底の靴にとってはコケの生えた石畳の下りは最悪である。

道を石畳で整備するのは本当に大変な労力だっただろうと思う。おそらく現代に道路を舗装工事するよりもはるかに大変だったと思う。

しかし現代人の自分勝手を言わせてもらえれば、土道のままにしておいてほしかった。

タイムリミットの10時をすでに過ぎた10時12分、ようやく大雲取越の山道を越えてきた。

熊野那智大社に近づいて来たら、何とも表現できない騒音が耳に入ってきた。エンジン音のような気もするけれど、ずっとほぼ一定の状態で聞こえてくる。

わかった!! 那智の滝の水が落ちる音だ。木が茂っているのでここからはまだ滝は見えないけれど、もうあと少し。

10時33分、熊野那智大社のエリアに下り立った。急な雰囲気の変化にちょっととまどった。

とにかくまずは那智の滝へ向かう。標識に従ってガンガン下る。こんなに下って大丈夫なのかちょっと不安になる。しかし滝はまだまだ下のよう。

10分ほど下ってようやく滝壺に到着した。

ここは5年前に初の100キロマラソンの時のスタート地点で一度だけ来たことがある。しかしその時はまだ夜明け前で暗かったので、轟音が聞こえるだけだった。

熊野那智大社は那智の滝がご神体と思っていたのでこのそばにあると思い込んでいたのだけれど、実はここは別宮の飛瀧神社。熊野那智大社はどこ?

エリア全体を解説した看板をしみじみ眺めてみたら、熊野那智大社は何とこのエリアに下り立った所から少し横へ行った所だった。つまりこれまで下ってきた石段を登り返さなければならないということ。

大きく落胆したが、ここまで来て熊野那智大社にお詣りせずに先へ行くわけにはいかない。覚悟を決めて登り返す。

登り返しの途中でちょっと横道にそれて、人通りの無さそうな場所で補給休憩した。

滝から15分ほどかかって、ようやく熊野那智大社に到着した。ここまで無事に来られたことに感謝して、しっかりお詣りした。

そして表参道の階段を下る。もし最初に位置関係を把握して熊野那智大社に参拝してから滝に向かっていたら、表参道は通らずに終わってしまっていたので、登り返しも決して無駄では無かったということ。

そして大門坂の石の階段を下る。

久しぶりの王子跡で多富気(たふけ)王子社跡。

大門坂の入り口。ここから歩き始めて熊野那智大社まで行くのはなかなか大変だと思うが、大門坂を登っている人はたくさんいた。

ここを過ぎると道は何と言うことも無い普通の車道になる。

しばらく歩いて市野々王子。

ひたすら車道を進む。ずっと車道を歩いてきたせいか、このままずっと車道を行くのだといつの間にか思い込んでしまっていた。

「補蛇洛山寺・浜の宮王子」という標識を見つけてそちらに向かって、尼将軍供養塔まで行ったのだけれど、熊野古道の標識があったにも関わらず、元の車道に戻らなければならないと錯覚していて、ここまで登ってきた道を下まで戻った。

そして元の車道を少し先に進んでからミスに気がついた。しかし今さら戻る気にはなれない。なぜならこの道をこのまま進めばさほど遠くない場所でまた古道と合流できるのだ。

その古道の部分に何か見所でもあるのなら何が何でも戻らなければならないけれど、特にそういうものがあるわけでも無さそうなので、このまま先に進むことにした。このあと15分くらいでまた古道に合流した。

さらに広い車道を行く。これでも「世界遺産・熊野古道」の道ですか?



そして午後1時12分、最後の見所の補蛇洛(ふだらく)山寺に到着した。

すぐそばに浜の宮王子社跡。

那智駅はもう目と鼻の先だった。

すぐそばに道の駅(小さいけれど)や観光センターがあるので、紀伊田辺駅と同じような規模の駅かと思っていたら、実は無人駅でICカードも使えない。

列車の時刻も調べずに着いたのだが、ちょうど駅舎に入った時に乗りたい方向の列車が入ってきた。想定外の事態で、これに飛び乗っていいのかどうか判断できなかった。先の乗り換えなどを調べずに飛び乗るのは不安だったので、この列車は見送ることにした。

次の列車を調べてみたら1時間以上あと。しかし二つ先の紀伊勝浦駅で特急に乗り換えることができるので、これなら8時過ぎくらいには家に帰れそうだ。

駅の近くの酒屋の自動販売機でビールを買って、駅のそばの青空スペースに腰掛けて一人打ち上げをやった。

もうこれ以上先には進めない時間だったのでのんびり過ごせたけれど、もし自分で決めたタイムリミットより早い時刻に到着していたら非常に悩んだだろうと思う。

朝5時に出発したのですでに8時間以上、27kmほど歩いている。ここから先はほとんど下道歩きで、さらに14kmほど残っている。

もうすでに下道歩きはうんざりという気分だったので、本心はタイムリミットに間に合わなくて幸いという気持ちだった。巡礼者ではないので熊野三山へのこだわりはあまり無い。

3日間で85kmほど歩いた。熊野古道歩きはこれで一段落という感じ。熊野那智大社と熊野速玉大社の間はほとんど下道歩きなので、これのためにわざわざやってこようという気持ちにはなれない。

世界遺産の古道と言えども実は林道や車道部分はかなり多い。小辺路も10km以上車道が続くような場所もあった。

私の場合は山道を長く歩きたいというのが主目的なので、未舗装の林道ならまだしも車の走る舗装道路を延々と歩くというのはあまりうれしくない。

帰りの電車の車窓からは太平洋の海、そして美しい海岸線を楽しむことができた。


最初の目標地点までは行けなかったので、本当の意味での満足感は得られなかったけれど、この三日間に訪れたあちらこちらの光景を思い出しながら、心地良いまどろみの中に落ちていった。

熊野古道中辺路2日目

夜の冷え込みはそれほどではなくて、持参した中綿ジャケットやダウンパンツは着用する必要は無かった。

朝は6時5分に出発した。まだしばらく車道で、空が開けているのでもうヘッドランプは不要。10分ほどでようやく古道になった。

この先、沢筋のスペースに二張りのテントがあった。

しばらく進んで車道に下りて、前回迂回路だった場所に出る。今回も迂回路にまわる。

この迂回路はしっかりした登りがしばらく続いて、結構しんどかったのを覚えている。特に前回はバスの時刻に追われていたのであせった。

峠を越えて下ると林道に出る。林道をしばらく進んで、蛇形地蔵に向かう道も迂回路を行くようになっている。このことは事前の情報で知っていた。前回は蛇形地蔵の前を通ったのだけれど、今夏の大雨でその先が崩れているらしい。蛇形地蔵は前回通っているのでいいだろう。

わずかな距離の所を北側に大きく迂回して、前回出てきた場所に合流した。

湯川王子の前で腰を下ろして休憩した。出発して2時間少々。すでに肩が痛い。

このあと20分ほどの登りで三越(みこし)峠に到着した。

しばらく下って、また林道に出る。そしてこの先がまた迂回路。単調な林道歩きは肩の痛みが一段とこたえる。

9時48分、ようやく発心門(ほっしんもん)王子に到着した。ここはすぐそばまでバスで来られるので、突然観光客だらけになった。

ボランティアのような案内人が何人かおられて、ガイド付きの団体ツアー客もいる。欧米系の外国人客が多い。

少し戻って物陰で荷物を下ろして休憩した。

ここまで来ると熊野本宮大社がかなり近づいてきた感じがする。前回はここでようやくバスの時刻に間に合いそうという安心感を得た。しかし今回は熊野本宮大社はゴールではなくて、実質的なスタート地点である。ここで安心するわけにはいかない。

ここからしばらくは舗装道路で、ハイカーと観光客が一気に増えた。

水呑王子で水を補給しようと思っていたが、観光客でごったがえしていたので諦めた。

このあとはトレイルになる。今回唯一見かけた花らしい花。このあたりから翌日にかけて随所で見かけたけれど、名前はわからず。← アサマリンドウ(11/8)

三軒茶屋跡にはまたもや団体客。ここに来るのは三回目だけれど、こんなに人がいるのは初めて。

11時45分、ようやく熊野本宮大社に到着した。せっかくなのでお詣りをしていこうと思ったが、いずれも参拝者の行列ができていたので諦めた。こんなことは初めてだ。

表参道の長い石段を下りて、街のコンビニでコーラと菓子パンを買った。本当はおにぎりか総菜パンが食べたかったのだけれどいずれも無かった。橋のたもとに下りて休憩した。

今回はここが本当のスタート地点。しばらくは請川に向けてチョーつまらない車道歩き。

熊野本宮大社からほぼ1時間かかって午後1時2分、ようやく小雲取越の登山口に到着した。

熊野古道によくあるパターンで、民家のそばの細い路地を抜けて山に入っていく。

山に入って最初の頃にこちらに下ってくる何人かの人に出会ったが、1時間も進むと人にはまったく出会わなくなった。

なだらかな歩きやすい道で、しかも静かで気分がいい。

小雲取越に入って1時間40分くらいで小雲取越最高地点(おそらく。標高450mくらい)の百間ぐらに到着した。

中辺路では随一の絶景ポイントで、北西には果無山脈が見える。写真では霞んでいるけれど。

午後4時37分、ようやく小雲取越を越えて小口の赤木川にたどり着いた。

小口の集落の中の道は非常にわかりにくかった。ここも民家の軒下のような所をくねくねと通り抜ける。実は車道をそのまま行っても良かったようだが、案内に従って横道に入ったらよくわからなくなった。

大雲取越の登山口まで何だかんだで30分くらいかかった。

本当は大雲取越に入って最初の休憩所くらいまで行きたかったのだけれど、時間的にもうタイムリミット。このあたりでテントを張るしかないけれど、水が無い。

案内には大雲取越の登山口のそばで水が得られると書いてあったけれど、そんなものは見あたらない(後から考えたらあそこだったのかもというのはあった)。

ここから数分程度の所に「小口自然の家」という施設があって、そこなら水が得られるということだったのでそちらの方に向かったところ、民家の前におそらく湧き水であろう水が流れているのを見つけた。飲んで大丈夫かどうかはわからないけれど、おおむね湧かして利用するので、それを拝借することにした。

そしてそばに流れている川の河川敷に下りて、そこの河原で砂地の所にテントを張った。

昨日と同じく、真っ暗になる直前だった。時刻は午後5時半くらい。

約11時間半、37kmほど歩いた。疲れました。

残りの距離と帰りの電車の時間を考えると、明日はもっと早く出発しなければならないだろう。熊野古道をヘッドランプで歩くというのは避けたかったけれど、そうも言っていられない。明日は今日より1時間早く、5時には出発するようにしようと思う。

熊野古道中辺路1日目

熊野古道中辺路は今年の1月に二日かけて紀伊田辺から熊野本宮大社まで歩いた。

中辺路には熊野本宮大社から熊野速玉大社までの道もあるが(熊野本宮大社に向かって歩かれることが多い)、これらを直接結ぶルートは一部熊野川で船を使うことになるので、熊野那智大社を経由するルートを辿るのが一般的である。

1月に歩いたあと、残りの熊野本宮大社から熊野那智大社を経由して熊野速玉大社までを二日で歩きたいと思っていたが、天候と自分の都合が合致するタイミングがなかなか無く、標高が低いので暑い季節は避けたかったこともあって、行けないままになっていた。

そうこうするうちにちょっと考えが変わってきた。

前回は紀伊田辺発にこだわったために序盤の下道部分に予想以上の時間がかかってしまって、本当の古道部分になる滝尻王子以降がバス時刻との競争になって、いくつかの見所を駆け足で通り過ぎざるを得なかった。

その心残りが次第に強くなってきて、好天の三連休に滝尻王子から熊野速玉大社まで行きたいと思うようになった。

そのチャンスがようやく訪れた。先の三連休(11/2〜4)はまさにその絶好の機会となった。

前回とほぼ同じ電車で10時前に紀伊田辺駅に着いて、ここからバスで滝尻まで行った。滝尻に着いたのはすでに11時前だった。今回はハイカー風情の人が数人一緒に降りた。

滝尻王子の向かい側には熊野古道館という施設がある。前回は素通りしたのでちょっと立ち寄ってみたが、小さな施設で、中をぐるっと回っただけですぐに出た。

滝尻王子で出発の準備をする。

ここで水が得られるのを覚えていたので補給した。そして11時17分に出発した。

ここからしばらくは急登になる。久しぶりの重荷でいきなりの急登はなかなかこたえる。

10分ほどで胎内岩に到着。前回は中をくぐる時間が無かったので、今回は荷物を置いてくぐってみた。

出口はかなり狭い。体重70kgくらいの人なら通過できないかも。

前回寄らなかった展望台からの眺め。どこの山かわからず。

一旦車道に出る。前回すでに薄暗くなっていて見過ごした古道への標識に入る。

12時38分、前回訪れることができなかった高原熊野神社に到着した。

高原の休憩所の前の展望場所でおにぎり休憩にした。さすがに今回はしばしばハイカーと出会う。

今回もそれほど時間の余裕があるわけではないので、王子跡や茶屋跡などは写真だけ撮って足早に通過した。

歩き出して2時間を経過した頃からまた肩の裏側が痛くなってきた。今回はテントはモンベルの軽いシェルターにしたけれど、シュラフはダウンを持ってきた。前回はテントもビッグアグネスのダブルウォールだったのでその分はちょっと軽いのだけれど、今回は二泊なのでビールと酒、そして食料が多い。とは言ってもおそらく12kgだと思う。

牛馬童子には立ち寄っておく。

このあと少し進んで、近露(ちかつゆ)の集落が見える展望場所でぼたもち休憩にした。肩が痛いので気安めにロキソニンを投入。

車道に降りて、近露王子。

このあとはしばらく、一部を除いて車道が続く。肩が痛い。

さすがに4時を過ぎるとハイカーにも出会わなくなった。

4時37分、継桜(つぎざくら)王子に到着した。ここも前回は王子跡には寄らなかった所。

ここは前回、先に進むかどうか悩んだ所。ちょうどすぐそばの茶店が店仕舞いをしていて、女将らしき人がこのあとどうするのかと尋ねてきた。

「テントなので行ける所まで」と返事したら随分心配してくれた。テント泊で中辺路を歩く人はそんなにめずらしくないと思うのだけれど。

しかし時間的にはおそらく5時半くらいがタイムリミットだと思うので、どこでも泊まれるようにここの「野中の清水」で水を補給しておく。

ここも前回は訪れることができなかった。下の車道まで急な道を下らなければならず、2kg以上増えた荷物での登り返しはこたえた。

まだ車道を進む。そろそろ薄暗くなってきた。そうしたら散歩しているおじさんに声を掛けられて、また同じように「テントなので行ける所まで」と返事したら、「ウチに泊まっていけ」と誘われた。当然、丁重にお断りして、先に進んだ。

5時を過ぎて、いよいよ見通しがきかなくなってきた。そしてここも前回は王子跡に行かなかった中川王子。車道から長い階段が延びているのを見て、車道の標識を写真に撮っただけで通過した。

今回は気力で王子跡まで上がった。

どこかテントを張れそうな場所が無いかと探しながら進む。ちょうど少し先の車道の三叉路の所に東屋があるのが目に入った。ここが良さそうと安堵したところ、何と先客のテントがすでに二張り。落胆して先に進んだ。

そして5時半頃、何とかまっ暗になる前に車道から少し入った所に草の生えた小さなスペースがあるのを見つけた。地面のデコボコがさほどひどくないことを確認して、ここを今宵のねぐらにすることにした。

思ったほどは進めなかったので、翌日は夜明けから日没までの長時間行動になる。この肩の状態で歩き続けられるかどうか、いささか不安である。

霊仙山

鈴鹿の霊仙山は3年半ほど前に登ったことがある。しかしこの時は講座が終わってから出発したので、駆け足で時間との競争になってしまって、おまけに山頂エリアが風が強くて寒くて、とんぼ返りになってしまった。

最大の心残りは最高標高地点に立ち寄ることができなかったこと。

そんなこともあって、いつか再訪したいと思っていた。

日曜日(10/27)、午前8時前に柏原駅に到着して、準備を整えて8時5分に出発した。

天候は曇り。伊吹山は見えない。しかし天気予報では午後からは晴れるとのことで、歩くにはこれくらいの天候の方が楽だ。

しばらく車道の緩い登りで、数分で登山口の道標に出会った。

このあともしばらく林道で、その後ようやく登山道になって、歩き始めて40分くらいで一合目の標識まで来た。標高400mくらい。

沢沿いが荒れているのが懸念されたが、それほどはひどくなくて、尾根筋の取り付きになる二合目までは一合目から13分くらいだった。

このあと10分くらい、標高差で100mくらい上がった所でまた二合目の標識が出てきた。このあとも同じ合目の標識が二カ所に設置されているということが何度かあった。どこの山でもそうだけれど、何合目という標識はどういう基準で設置されているのかまったくわからない。

気持ちのいい道を進む。このルートは霊仙山への最長ルートだけれど、歩きやすいので距離が苦にならない。それに電車の駅から出発できるというのが非常に便利でいい。

とは言っても上の方になると滑りやすくてロープの張られたのガリーも出てくる。

出発して2時間20分ほどで樹林帯を抜けて山頂エリアまで来た。ここには避難小屋がある。

前方に経塚山が霞んで見える。

経塚山を越えて、一旦コルに下ってから最後の登り。石灰岩のカレンフェルト。

10時45分、出発して2時間40分でようやく霊仙山の山頂(1083.5m)に到着した。遠方の展望はほとんど無し。

さすがに霊仙山は登山者が多い。写真を撮ったら早々に最高標高地点を目指す。これからが今日の本番。

霊仙山から10分ほどで最高標高地点(1094m)に到着した。

御池岳などの南の方は雲がかかっていて、どこがどこだかはっきりわからない。

ここも人が多くて、おまけに風が強くて寒かったので、すぐに西南尾根の下山路に向かった。

それにしてもカレンフェルトで歩きにくい。まるで北八ツのよう。

こういう場所はトレランシューズは不利だ。きっちりした場所に足を置かないと不安定だし、そばの岩角に踝をぶつけたりする。

早く標高を下げてこういう場所から逃れたいのだけれど、あいにくの地形でなかなか標高が下がらない。

風のあたらない場所で腰を下ろしておにぎり休憩を取って、さらに先に進む。

近江展望台から鈴鹿山脈方向。

反対方向はかすかに琵琶湖が見えていたが、写真ではわからない。

このあと一気に下って、ようやく樹林帯に入った。やれやれ。

ガンガン下る。車道に出る手前に宗金寺。本当にお寺?

最高標高地点から1時間40分ほどで車道に下り立った。距離のわりには時間がかかった。

しばらく車道を行って、山道に入って汗フキ峠に向かう。

もうあとは大したことはないだろうと思っていたが、沢筋に入ると橋が崩落していた。実際は問題無く渡れたけれど。

さらに進むと右岸の道が崩壊していて先に進めない。実はこの手前で前からやってきた数人のパーティとすれ違ったので、彼らはここを下ってきたはずだ。

どうしたものかと迷っていたら、霊仙からの下りで追い抜いた人がちょうどやってきた。この方はここをよくご存じのようで、一旦沢を渡ってからまた渡り返すとのこと。何年か前の台風で元の道が崩れてしまって、その後修復されていないらしい。

普段は飛び石伝いに渡れるらしいが、今日は最近の雨で増水している。

結構な水かさで流れも早いので、浅そうな場所を探してバシャバシャと渡った。先ほどの方はすでに先に進まれている。

さらにまた渡り返すとロープの垂れている急な斜面になった。ここでまた先ほどの方に先行する。

ロープの終点まで進むとかなりいやらしい斜面になった。おそるおそる進む。が、先ほどの方が後ろから声をかけてこられて、ここは左の斜面に上がるとのこと。見返すとそういう踏み跡が見えた。

またもおそるおそる元に戻って、また滑りやすい急斜面を這い上がった。ようやく汗フキ峠に到着。

ここから霊仙への道は霊仙山への最短ルート。

ジグザグを下ると「かなや」という山小屋。営業しているようには見えない。

ほどなく林道に出るとまもなく駐車場があった。車がたくさん停まっている。先ほどの方もここに車を停めておられて、ここで別れた。あそこでこの方に出会わなかったら本当に途方に暮れたと思う。

しばらく緩い下りの車道をジョグで進む。先ほどの方が後ろから車で来られて、「乗って行きますか?」と声を掛けていただいたけれど、ここまで来て車に乗るわけにはいかない。丁重にお断りした。

30分ほどのジョグで醒ヶ井養鱒場まで来て、ここから本日最後の目標の松尾寺跡に向かう。登り口の分岐の所に霊山寺。

霊仙三蔵は最澄、空海と一緒に唐へ渡った人で、日本の僧で唯一「三蔵」の称号を贈られている。

ここの前のベンチで大福休憩にして、最後の登りに備えた。

朽ちた急な林道を登る。午後からは晴れるという予報だったのに、晴れるどころか雨が降ってきた。すぐに止むのではと思ったが、以外としっかりと降ってきたので、このままで濡れるとまずいので、仕方無く雨具のジャケットとザックカバーを着用した。

松尾寺は役行者が開いた。松尾寺の七不思議というのがあるそうで、これはそのうちの一つで「役行者の斧割水」。山の上に開く松尾寺での水を得るために、役行者が弟子に斧で自然石を割らせたところ、その割れ間から水がこんこんと湧き出たと言う話。

これ、ひょっとしてポンプで水をくみ上げているのでは?

苔むした石段を上がって、松尾寺跡。

重要文化財の石造九重塔。13世紀のもの。

山頂へはこの横からさらに登る。真新しい鎖がつけられているけれど、一体何人の人がここを訪れるのだろうか。

七不思議の一つの「影向(こうよう)石」の案内板があったのでそちらに向かってみたけれど、何も見つからないうちに道が消えてしまった。

さらに登って、ようやく松尾寺山(503.7m)に到着した。結構な登りでした。案の定、雨はほんの数分程度で上がったので、ジャケットを脱いだ。

さらに七不思議の一つの「夫婦杉」。弘法大師がここを訪れた時に、昼食に用いたお箸を突き刺したところ、芽が出て現在の杉に成長したというお話。

このあと、地形図にあった道で下りようと思ったが、そういう道は見あたらない。適当に進んでみたがどうも方向が変で、正しい方向は斜面がいやらしそうだったので、あきらめて元に戻った。

松尾寺跡への登り口まで戻って東に向かう。丁石が出てきた。

一丁は約109m。訳のわからない合目の印と違ってこれはわりと正確に設置されている。松尾寺跡から20分くらいで一丁目まで下りてきた。

松尾寺山の上には朽ちたベンチがあった。醒ヶ井からの林道脇には朽ちたゲストハウスの跡もあって、このあたりはハイキングコースとして賑わった時期もあったようだが、もはや訪れる人は非常に少ないように思える。

しかし案内板はわりときれいに整備されていて、特に上部の鎖は極めて新しかった。

当初想定していたよりは以外とまともな山道の上り下りだったので、子供連れのハイキングにはちょっと厳しいかもという感じはする。

その後、車道を走って、午後4時過ぎに醒ヶ井駅にゴールした。

駅のそばには霊仙三蔵の像が立っていた。

西南尾根を下りて車道に出た時は、これで今日はほとんど終わったようなものと思ったが、実はその後もなかなか手応えがあった。

車道の走りもそこそこあって、トータル約28kmでした。

三国山

三国(みくに、さんごく)という名前のついた山は全国にたくさんある。いずれもかつての国境に位置する山で、三つの国境になっているが、今では二つの県境になっていることが多い。

日曜日(10/20)に講座で登ったのは滋賀県と福井県の境にある三国山(みくにやま)。かつての若狭、近江、越前の境に位置している。

ちょうどこの7月に行った高島トレイルのコースとほとんど重なっている。

JRのマキノ駅に集合して、バスで白谷温泉まで行った。ここから歩き始める。

しばらく車道を行って、その後、荒れた林道を歩く。

1時間半ほど歩いて黒河峠(ころことうげ)に着いて、ここから登山道に入る。

結構な登りだったことは覚えているけれど、こんな鎖場があったことはまったく記憶に無い。

稜線に上がると展望が開けてきた。正面左は伊吹山。その右は鈴鹿連峰。

センブリ。

12時15分、三国山(876.1m)に到着して、ここで昼食にした。

赤坂山を目指して、まずは明王の禿に向かう。電車からも見えていた。

明王の禿から赤坂山を望む。

午後1時40分、赤坂山(823.6m)に到着した。

赤坂山から若狭湾方面を望む。正面奥は天王山?

あとはマキノ高原に向けて下るだけ。それにしても今日は団体客が多い。

3時半頃、マキノ高原まで下りてきた。スキー場跡はオートキャンプ場になっている。

マキノ高原温泉さららに到着して、ここで解散した。

解散とは言ってもみんな一緒にここからバスでマキノ駅へ向かった。

蒜山三山

先の三連休を楽しみにしていた方はたくさんおられただろうと思う。私は土曜日に随行の仕事が入っていたけれど、残りの二日で遠出しようと考えていた。

ところがまたもや台風。土曜日の講座は中止になった。日曜日は天気が回復する予報だったが、台風通過の最中に翌日の準備をする気分にはなれず、それに山はまた強風や大雨で荒れている可能性がある。

最後の月曜日はと言うと、関西から東はどこも降水確率が高く、とても山へ行けそうな雰囲気ではない。

しかしせっかくの三連休。どこへも行かずに終える訳にはいかない。

行くとするなら西に向かうしかない。

天気予報によると大山あたりは降水確率はそれほど高くない。しかし昼頃に雨雲が発生しそう。

以前にこのあたりを通りかかった時、蒜山の山脈が美しかったのを記憶している。端麗な三山だった。

大山は随分以前に登っている。その時の印象で言えば、バリエーションルートにでも行かない限りはまた行きたいと思えるほどの山ではなかった。もはやそんなルートには行かない。

ちょっと遠いけれど、蒜山なら早朝発で日帰りできるだろうと思った。三山を縦走してぐるっと一周すればちょうどいいくらいの行程だ。

朝4時半に家を出て、途中でカップ麺とおにぎりの朝食。そしてコーヒー。想定外の道間違いがあって、起点の塩釜ロッジに着いた時はもう8時を過ぎていた。

準備を整えて出発したのは8時半だった。三山は雲に隠れて見えない。

まずは南側の自転車道路を走って、下蒜山の登山口に向かう。

1時間足らずのジョグで登山口に入る。そばの駐車場はすでに満杯で、路上駐車も何台かある。足元はぐちゃぐちゃ。

駐車場がいっぱいだったので氷ノ山の再来を恐れながら進む。ほどなく傾斜が急になってきて、木の階段が現れた。

さらに急になって、鎖の斜面が続く。最近の雨のせいで滑りやすい。

登山者にはそこそこは出会うけれど、氷ノ山ほどは多くない。それにこの道の状況なら小学生の団体に出会うようなことは無いだろう。

急登を上がり切ったら気持ちのいい笹の稜線になった。比良の稜線のよう。ただし展望は無し。

10時20分、登山口から1時間足らずで下蒜山の山頂(1100.4m)に到着した。

展望も無いので写真を撮ったら早々に先に進む。

幻想的でいい雰囲気。ブナ林?

たまにガスが切れて下界が見える時がある。

ヤマラッキョウ。

リンドウ。

最低鞍部のフングリタワ。

また鎖斜面の登り返しがあって、11時23分、下蒜山からほぼ1時間で中蒜山(1123.4m)に到着した。

そろそろ補給したいタイミングではあったけれど、山頂は人だらけなので先に進む。少し下ったところにちょうどいい具合のスペースがあったので、そこで今日初めて腰を下ろしておにぎり休憩にした。天気予報通り、小雨がぱらついてきた。

幸い、雨は本降りになることはなく、最後のピークの上蒜山を目指す。フラットな場所は走った。ほんのちょっとだったけれど。

登りにさしかかるとまたもや鎖斜面。蒜山はどの山も結構厳しい。氷ノ山のような混雑ではなかったのはそういう山容のせいもあるのだろう。

12時5分、上蒜山(1202m)に到着した。

地形図によると少し北西にあるピークが上蒜山となったいたので、そこまでピストンするつもりだったけれど、標高はここの方が高く、標識にも「上蒜山」と書かれていたので、ここから下山することにする。

展望場所から蒜山高原を見下ろす。

シラヤマギク(ゴマナ?)。

12時51分、無事上蒜山登山口に下りてきた。

しばらく未舗装路を下る。何かを放牧しているのだと思うが(フンの臭いがぷんぷん)、今は何もいない。正面は蒜山の南側の山々。

舗装路に出たら走る。ほどなく自転車道路に合流した。

今日はウォーキングのイベントが行われているようで、ちょうどこの自転車道路がコースになっている。みんな反対向きに歩いているので、不審な目で見られる。

1時40分、塩釜ロッジに戻ってきた。

思っていたより早く戻って来られたので、温泉に寄って帰ることにする。

休暇村蒜山高原のラドン温泉へ。いいお湯でした。

蒜山三山は期待以上の山々だった。下から全容を望むことはできなかったけれど、以前に見た時の記憶ではいずれも顕著なピークを形成していて、実際に歩いてもその通りの地形だった。

結果的に今日のコース取りはベストだったと思う。急な鎖斜面がたくさんあるが、今日の方向だとそのほとんどが登りになる。今日のような雨上がりの滑りやすい状態では反対向きはかなり歩きにくかっただろうと思う。

温泉でさっぱりして気分良く帰路についたのだが、帰りは工事渋滞に巻き込まれて家まで4時間かかってしまった。

遠かったけれど、なかなかいい山でした。ただし再訪は無いと思うけれど。

雲母坂

水曜日(10/9)は講座で比叡山の雲母坂を登ってきた。

集合は叡電の修学院駅。しばらく車道を歩いて鷺宮神社へ。

曼殊院の前を通って雲母坂へ。

少し登ったところで今日初めて参加された人が早くも脱落。私が付き添って白川通りの手前まで送り届けて、再度本隊を追いかける。

水飲対陣跡の上の展望場所で追いついた。

この上の浄刹結界の碑の所で昼食。

この上にも展望場所がある。

いつもと同じく、千種忠顕の碑に立ち寄る。後醍醐天皇に仕えて、足利直義と戦ってこのあたりで戦死した。碑が建てられたのは大正時代。

その後、ケーブルの駅で解散した。

私はいつも通り八瀬まで歩いて下りるつもり。駅の裏からスキー場跡に向かって行こうと思ったところ、左の方に古い道が残っているのが目に入った。山肌をトラバースしていて、方向からしていつもの下山路に合流しそうな感じ。ただし草がかなり茂っていて、もうほとんど歩かれていない感じ。

踏み跡がしっかり残っているかどうか不安はあったが、まだ時間もあるのでダメなら戻ってくればいいと思って突っ込んだ。

途中、倒木で行く手がふさがれている場所があったけれど、強引に乗り越えて、10分くらいでスキー場跡からの道に合流した。

ケーブル駅から20分くらいで峠まで来た。

先日、思いがけない苦労をさせられた場所はうまく回避して、3時前、ケーブル駅からほぼ1時間で八瀬駅に下り立った。

乗った電車は「ひえい」でした。