ウィングヒルズ白鳥

11/29(月)は今シーズン初スキーで岐阜のウィングヒルズ白鳥へ行ってきた。ここは 10 年以上前に何度か来たことがある。

今月中旬のオープン当初はまるでゴルフ場にトイレットペーパーを転がせたような状況だったが、先週後半の降雪で一気にスキー場らしくなってきた。

とは言っても実際に滑れるのは多少は幅が広くなった人工雪コース1本だけなので、混雑が予想される週末は避けて平日に行くことにした。

高速の深夜割引を使うために朝3時に起きて出かけたが、さすがに途中で眠くなってパーキングで居眠りして、リフト運行開始の8時を過ぎてからようやく到着した。

平日なので駐車場はタダ。昔は週末もタダだったような気がするが。屋根付きのエリアはすでに結構いっぱい停まっていた。

一見、全面滑れそうに見えるが、実際は真ん中の盛り上がった部分のみ。

出だしの部分がちょっとだけ急斜面になっているので最初はちょっと緊張したが、心配した雪質もそれほど悪くなかったのですぐに慣れた。オープン当初の人工雪だけの時は午前中はアイスバーンのガリガリだったようだが、先週後半の自然雪のおかげでかなり状況は改善された模様。あせって早く来なくて良かった。

コースは1本だけだが距離が 1000m くらいあるので、それなりの滑った感は得られる。

平日の割には人が多いようにも感じたが、それはコース1本でリフトも1本しか動いていないからで、リフト待ちは多くても5台待ちくらいで、リフトを下りたらすぐに滑って、そのままリフト乗り場に直行というのをずっと繰り返した。

上からは対岸にスノーウェーブパーク白鳥高原が見える。ここもすでにオープンしている。

昼食とコーヒーブレークの2回の休憩をはさんで、リフト終了の4時までネズミの回し車のごとく滑り続けた。

先週後半の全国的な降雪のおかげで随所でスキー場がオープンしている。この雪が根雪になるかどうかは今後の天候によるが、早く前面滑走可能になってほしい。もちろん山スキーができるようになるのが一番いいのだが、それにはまだしばらくかかりそうだ。

峰床山

11/21(日)は講座で京都北山の峰床山へ行ってきた。

JR堅田駅からバスで葛川中村へ。ここから山に入る。

しばらくは江賀谷の朽ちた林道を行く。

50分ほどで右の谷に入る。

飛び石伝いに沢を渡る。

近年の豪雨などで道は荒れている。

かなりの急登や急斜面のトラバースなどを1時間あまり繰り返して、ようやく八丁平のエリアまでたどり着いた。

ここからはわずかで八丁平の広場に出て、ここで昼食にした。

昼食後は高層湿原のエリアをぐるっと周る。あまり湿原という感じはしない。

昔、新心荘のあった場所。

午後1時過ぎに峰床山(969.9m)に到着した。完全に京都にある山の最高峰。皆子山(971.3m)は滋賀県との県境にある。

遠くには愛宕山が見えた。

少し下った展望場所から皆子山。

しばらく下って林道を渡る。

下山は大悲山口のバス停に向かうのだが、バスの時間にはまだまだ余裕があるので、三本杉を経由して行こうということになった。しかしすでに疲れている人が二人ほどおられたので、この先でそのお二人を私がショートカットルートにお連れすることになった。

ところがここで大失敗!!。谷を下りなければならないのだが、そこにあった道標をちらっと見て朽ちた林道の方へ進んでしまった。

何か変だなと思っていたら稜線を辿ってきた本隊と再会してしまった。その後、稜線を忠実に辿る本隊と分かれてそのまま林道で下ったのだが、ずいぶん大回りになってしまって、お二人には大きな迷惑をかけることになった。

三本杉は我々が辿った道からも寄り道できるので立ち寄ってみたところ、ちょうど下りてきた本隊と同じタイミングだった。

ここは来るたびに近寄れなくなってきて、前回辿った道は迂回路を行くようになっていた。

峰定寺(ぶじょうじ)は入れなくなっているらしい。

林道を歩くうちに日が暮れて、午後5時を過ぎて暗くなってからようやくバス停に到着した。

それにしても何たるミス!!。しっかりと地図で確認すべきだった。以前に歩いたことがあるとは言っても7年前の一度だけ。決してあってはならないことである。猛省。

江文峠、薬王坂

11/10(水)は京都一周トレイルの講座で江文峠、薬王坂を歩いてきた。

戸寺のバス停を出発して、高野川の川縁から金比羅山(左)。一つ小さなピークをおいて翆黛山(右)。

比良山系も見える(真ん中奥)。

江文神社でトイレ休憩。

沢沿いを少し登って、いったん車道に出て江文峠へ。

静原の集落を歩く。

静原神社のそばの公園で昼食にした。

薬王坂への途中の板碑は木が倒壊して無残に倒れていた。

ひと登りして薬王坂(やっこうさか)に到着した。

いつも通り、横道にそれて竜王岳へ寄り道。

20分ほど登って竜王岳の山頂(500m)へ。

ここからは鞍馬寺を眺めることができる。

鞍馬に下りてから駅と反対の花背峠の方に少し歩くと、江戸時代の町屋の形態を残している「匠斎庵(しょうさいあん)」がある。

鞍馬寺は多少は観光客が戻ってきている様子。

2時20分に鞍馬駅に到着して解散した。

1年ほど続いた市原から鞍馬までの土砂崩れによる不通が9月にようやく復旧したので、無事電車で帰ることができた。

くろんど園地

11/8(月)は講座でくろんど園地(生駒市北部)に行ってきた。くろんど園地はかつてのトレラン定番コースでこれまでに何十回も行っているが、このところはすっかりご無沙汰している。

出発は京阪の河内森駅。

まずは天田神社に参拝。ずいぶん古い神社らしい。

このあと獅子窟寺に向かうが、かなりの急坂が続く。

獅子窟寺は役小角(役行者)の開基で、行基が堂塔を建てたという歴史のあるお寺。その後、空海もこの山で修行した。国宝の薬師仏がある。

修行の山らしく、大きな岩が随所にある。

八丈岩に登る。これはほんの頭の部分だけで、実は非常に大きな岩。ただし上からの眺望はほとんど無かった。

くろんど園地のエリアに入って、展望台で昼食にした。

ここの上からようやくくろんど池が見えた。

昼食後はくろんど園地最高地点の鉄塔へ。ここには三角点がある(318.7m)。

山名がついているようだが・・・。

ようやく八つ橋で良く知っている林道に合流した。

そして久しぶりのくろんど池。

そばには相撲部屋の稽古場が設えられていた。

その後は私市(きさいち)に向かう。

岩窟の奥に小さな滝がかかっている。

月の輪の滝。正直言ってショボい。

午後2時半、京阪私市駅で解散した。

くろんど園地には何度も行っているが、今回歩いたのは大半がこれまで歩いたことのない道で、なかなか新鮮で楽しかった。

別府大分観光

別府へ来たのは 1992 年 2 月の別府大分毎日マラソン(別大マラソン)以来なので 29 年ぶりということになる。別大マラソンは私の人生で最も大きなイベントだったので、たまにはノスタルジーに浸ってみたいと思った。

泊まったホテルは別府タワーの近くで、ちょうど別府駅から海に向かった道の海岸のそばにあった。

浜辺には的ヶ浜公園という公園がある。

初めて別大マラソンに参加した 1988 年は別府のホテルに泊まったので、散歩に出てこの公園を散策した。

その時たまたまこの公園に「別大マラソンの森」という一画があるのを発見した。それは歴代優勝者の出身(所属)県の県木が毎年植樹されていた。

当然、毎年増えていくし、年数が経てば木も育って大きくなっていくので、はたして今はどうなっているのだろうかと興味を持って探してみた。

見つかったのは「森」ではなくて顕彰碑に変わっていた。後ろの石板に歴代優勝者の氏名と記録が描かれたプレートがはめ込まれていた。

この公園に面した道は別大国道と呼ばれた国道 10 号線で、別大マラソンのコースになっている。大分をスタートしてこの道を北上して、別府港のあたりで折り返す。

このあたりからも鶴見岳がよく見える。昔はそんなことまったく意識していなかったけれど。

その後、別大マラソンで走ったコースを辿って大分市営陸上競技場に向かった。海岸沿いのあたりはかつては片道2車線だったけれど、いつの間にか3車線になっていた。海岸を埋めて拡張したのだろう。

29 年ぶりに訪れた大分市営陸上競技場は以前とほとんど変わっていなかった。古いままで、一部耐震補強がされていたくらい。

中に入れたのでトラックに出てしばし思い出に浸って佇んでいた。そして以前は上がったことのなかったスタンドに上がってフィールドを眺めていた。

あの頃のような気持ちで一生懸命何かに取り組むということはその後は無かったし、ましてや今後も絶対に無いだろうと思う。

おそらくもう二度とここに来ることは無いだろうと思いながら別府に向かって引き返して、途中で高崎山に立ち寄ってみることにした。

高崎山は野生のサルで有名だが、これまで来たことがない。ワクチンキャンペーンをやっていて、運良くタダで入ることができた。

なかなか楽しかった。

道の反対側(海側)には「うみたまご」という水族館があって、今の別大マラソンはここがスタート地点になっている。私が参加していた頃は陸上競技場がスタートゴールだった。

水族館にはあまり興味が無いので(入場料がずいぶん高かったし)、別府に戻って的ヶ浜の有料駐車場に停めて別府の街に出た。

別府駅はずいぶんきれいになっていたような気がする。

むかし来たときは駅のそばに「ほうちょうだんご汁」という旗のかかった店があって、何度かそこでだんご汁を食べて帰った。しかし駅前は様変わりしていて、昔の店は無くなっていた。だんご汁と壁に描かれた古い建物があったが、営業はしていなかった。

別府の温泉は全国的に有名だが、有馬などにあるような土産物店が並んだ街並みは見当たらない。昔もそうだったが、駅前のメインストリートにも土産物店はあまり見当たらない。

そのかわりにしばしば見かけるのがこういう銭湯。ここは昔来たときに入った記憶がある。

だいたいどこでも 100 円から 200 円で入れる。由布院で入ったのもこういうタイプの銭湯だった。

今日の夜のフェリーで帰るので最後に温泉に入って帰ろうと思っていた。本当はこういうタイプの銭湯を何件かハシゴするというのが温泉の楽しみ方の王道なのだろうが、そこまでのマニアでもないし、やはり石けん、シャンプーのある温泉に行きたかったので、フェリーターミナルの近くの「かっぱの湯」に行った。

今回の山旅は現地 12 日間で、到着日と最終日は観光にあてたもののそれ以外の 10 日間は連続で山に登った。10 日間も連続で山に登ったということはこれまでに無い。

九州の山はほとんど火山で、上に上がるほど傾斜が急になって岩場が出てきたりするが、山の大きさという点ではあまり大きな山は無い。今回の 10 山もほとんどが登山口から2時間以内で山頂や山頂エリアに到達していて、すべて半日行程だった。

直前の噴火の影響で阿蘇山には登れなかったし、九州最高峰の屋久島の宮之浦岳には近づいてもいないけれど、九州の山はこれでほぼ満足した感じがする。

今回も天候に恵まれたおかげで充実感に満たされてフェリーの人となった。

鶴見岳

いよいよ九州山旅の最終登山日(11/1)となった。今回の山旅もほとんど好天で、開聞岳からまさかの 10 日連続登山となった。

由布院の宿は朝食もボリュームたっぷりで、これだけ食べれば昼食は必要ないと思ったので、ちょっとしたお菓子程度で鶴見岳の登山口に向かった。

鶴見岳は山頂直下までロープウェイで上がることができる。ロープウェイ乗り場の駐車場からは山頂まで見ることができる。

9時45分、駐車場そばの登山口を出発した。

別府湾から山頂まで駆け上がるルートが整備されている。

出発して30分少々で御嶽権現へ。

上部ではクサリ場も出てきた。

急に視界が開けてロープウェイの山頂駅が見えた。

少し進むとロープウェイ駅からの散策路に合流した。好天のせいか人が多い。

山頂直下に夫婦岩。新婚時にこの岩の下を通ると子宝に恵まれて夫婦円満になるとか。

11時半に鶴見岳山頂(1375m)に到着した。今回最後の山頂。

別府湾を見下ろす。

山頂エリアには七福神が置かれている。

別の展望場所から由布岳。

午後1時10分、駐車場に戻ってきた。

小学生の時に家族旅行で九州に来て、その時に別府の地獄めぐりに行ったことを覚えている。いくつ廻ったのかは覚えていないのだが、この「血の池地獄」だけは鮮明な記憶が残っている。なつかしい。

今日も別府のホテルに泊まる。

明日は山へは行かずに別府と大分を観光する予定。

由布岳

九州山旅もいよいよ終盤になってきた。連日の好天で開聞岳以来8日間続けて山に登ることができた。

昨夜は久しぶりに本降りの雨だったが朝には止んでいた。上部は雲がかかって見えないが、天気予報では次第に晴れてくるはず。

早朝までの雨で道がぬかるんでいる可能性があるので、今日(10/31)は念のためにポールをザックに付けて出発した。

午前7時半、駐車場から車道を渡って登山路に入る。

しばらくなだらかな草原を進む。前方に先行者が何人か見えるが由布岳は雲に隠れて見えない。

30分ほどで山道になった。

円錐形の火山で斜面の傾斜は次第にきつくなるのだが、九十九折れの道がうまく作られているので順調に高度を上げられる。

しばらく登ると阿蘇山が望めるようになってきた。

さらに高度を上げると上部が見えてきた。思いのほか岩でゴツゴツしている。

9時ちょうどに西峰と東峰の鞍部に出た。

まずは最高峰の西峰に向かうが、意外と厳しそう。

急なクサリ場もいくつか出てきた。

劔のカニの横這いのような切れ落ちたトラバースもあったが、9時15分に由布岳西峰の山頂(1583.3m)に到着した。

お鉢巡りもできるようで、この時に山頂にいた何人かはそちらに向かって行ったが、結構危なそうな感じがしたので私は行かないことにした。

いったん鞍部に戻って、9時45分に東峰(1580m)。

日向越えに向かって下りる。序盤はクサリ場の連続。

1時間足らずで日向越えまで下りてきた。

時間があるので日向岳(1085m)に寄っておく。後ろにチラホラ咲いているピンクの花はやはりミヤマキリシマ。ここでおにぎり休憩にした。

ここから日向越分岐までの道は地図に迷いやすいという表記があったが、テープマークがしっかりしているにもかかわらず次が見えにくい場所もあって、確かにわかりにくい道だった。一度少しルートをはずしたがgpsのおかげで方向がおかしいことに気づいて事なきを得て、無事日向越分岐に戻ってきた。

草原に出てしばらくしてから振り返ると由布岳が見えていた。

駐車場には12時過ぎに戻ってきた。今日は日曜日なので無料駐車場は満杯で、向かい側にある有料駐車場もかなり埋まっていた。

今日は由布院に宿を取っている。時間はあるが温泉街を観光するような気にはなれないので、車の中で昼寝したりして時間をつぶしてから今宵の宿に行った。

温泉街から車で10分くらい離れた場所で、古民家を改装したロッジのような宿。4部屋しかない宿で、今日の宿泊客は私一人のよう。

大きな岩のある風呂で、二人くらいしか入れない。私一人なので自由に入れたが、複数客の時はどうするのだろうか。

ネットの評判によると夕食のボリュームがすごいらしい。たしかにその通りで、200gくらいありそうな地鶏と牛肉の炭火焼き。そして大きなアユとエビの焼き物。さらにフライドチキンが4切れ。

どう考えても二人分くらいのボリュームだったが、一人なので残すのも申し訳なくて、何とか完食した。

英彦山

八女のホテルに泊まったのは筑紫君磐井の墓とされている岩戸山古墳を訪ねるため。筑紫君磐井は古代最大の内乱と言われる「磐井の乱」(6世記)で継体天皇時代のヤマト王権と戦ったこのあたりの豪族で、日本書紀などのヤマト側の史料ではヤマトに歯向かった反乱者ということになっているが、こちらでは地元民を守るために戦ったヒーローという位置づけになっている。

当時の朝鮮半島における戦いに対する対応の違いが原因で内乱になったようだが、すでに新羅と交流関係を築いていた磐井と、ヤマト王権の思惑が食い違ったというのが根本原因のよう。

日本書紀では磐井は敗れて死んだことになっているが、「筑紫国風土記」には逃げて生き延びたという記述が残っている。

生前から自らの古墳の構築を進めており、その規模はヤマトの歴代の天皇の古墳にも劣らないほどの巨大なものである。

その岩戸山古墳はホテルから車で 10 分くらいの場所にあった。古墳のそばに「いわいの郷」と呼ばれる歴史文化交流館が併設されており、その前に磐井の像が建てられている。

交流館は立派な造りで展示物もたっぷりあったが、何と入場無料。

一通り眺めて裏から外に出るとそこが岩戸山古墳。宮内庁の治定にはなっていないようで(ヤマトの反逆者だから?)、自由に入れる。

1時間ほど過ごしてから福岡県と大分県の境にある英彦山(ひこさん)に向かった。この山は当初の予定にはまったく入っていなかった山なので地図を用意してきていない。たまたまスマホで地形図を眺めていて見つけた山。

弥彦山(新潟県)・雪彦山(兵庫県)とともに日本三彦山に数えられている。

ここを登ったあとには由布院まで行くので、最短距離の高住神社から往復する。

2時間少々走って12時頃に高住神社に着いた。紅葉のためか観光客が多かった。

12時15分に駐車場を出発した。

登山道がどこなのかわからないが、とりあえず参道を上がって本殿へ。高住神社は神仏分離されるまでは「豊前坊」とか「豊前窟」と呼ばれる修験道の行者たちの修行の場だった。大峰、羽黒山とともに「日本三大修験山」の一つに数えられているということは帰ってから知った。

本殿のすぐそばに登山道の入り口があった。

さすがに修験道の山だけあって岩のゴロゴロする急登が続く。溶岩の壁。

人気の山のようでハイカーが多い。もう昼過ぎなので下山者と頻繁にすれ違う。

こんなところも。

30分ほどで尾根に乗り上げると道はいくぶん穏やかになった。

展望場所から東の方向の眺め。尖っているのは由布岳だろうか。

出発して50分で北岳(1192m)に到着した。

右に中岳と左に最高峰の南岳。中岳の山頂には建物の屋根が見える。

ここから先の鞍部はブナ林。

紅葉の美しいところもあった。

北岳から20分ほどで中岳に到着した。広いスペースがあってたくさんのハイカーが休憩していた。

1200メートルの表記のある標柱が立っていたが、ここは1200mではない。

中岳の山頂にある上津宮は倒壊の危険があるとかで近づけないようになっている。

上津宮の麓を回り込むようなかたちで数分で南岳(1199.5m)に到着した。

山頂には神社。

お参りしたら来た道を引き返す。途中でおにぎり休憩をしながら南岳から50分ほどで下りてきた。

さて、これから由布院まで移動する。

由布院は長年のあこがれの温泉で、一度はここで宿に泊まってみたいと思っていた。直前に翌日の宿は予約したが、今日は由布岳登山口で車中泊するので、その前にひと風呂浴びていく。

3時間ほどかかってようやく由布院に到着したが、最初に目的にしていた温浴施設にどうしても辿り着けず、代わりに行ったのが乙丸温泉館。

まさに地元の人御用達という銭湯で、受け付けも無くてここに200円を入れて入る。

鹿児島初日に買った石けん、シャンプーの残りをとっておいたのがここで役に立った。

その後コンビニで食料を調達して、由布岳登山口の駐車場にたどり着いた。

普賢岳

10/29は湯快リゾートでバイキングの朝食をとってから雲仙ロープウェイの仁田(にった)峠駅に向かった。ホテルからほんの 10 分程度だった。

昨夜のテレビのニュースでこのあたりの紅葉が見頃になっていると放送されていたのできっと観光客が多いだろうと思ったが、通行開始の8時半過ぎに来たのでまだそれほどでもなかった。

準備を整えて9時に出発した。一旦ロープウェイの駅に行ってルートを確認してから仁田峠の登山道に入った。

普賢岳は以前に大きな噴火をしているので山頂にはいけないだろうと思っていたのだが、実は山頂にも行けるようだ。ただしこのあたりの最高峰の平成新山には登れない。

25分ほどでロープウェイの妙見岳駅に到着した。

雲仙の温泉街とおしどりの池が見える。湯快リゾートも見えているはず。

しばらく進んで妙見神社。妙見岳の山頂は通らないようだ。

さらに国見岳に向かう。

最後の登りはなかなか厳しい。

山頂(1347m)は大賑わい。

普賢岳だと思って撮った写真は実は平成新山だった。

少し戻って風穴をまわる。明治以降に絹糸の生産のための蚕の卵を冷蔵保存する目的で利用されたらしい。

平成新山の麓を行く。ところどころ噴煙が上がっている。

11時9分、普賢岳の山頂(1359.3m)に到着した。小学生の団体など、ハイカーで溢れていた。後ろは平成新山。

駐車場から見える風景はそれほど紅葉の見頃とは思えなかったが、このあたりはきれいだった。

12時前に駐車場に戻ってきた。平日にもかかわらず駐車場は満杯に近かった。

今日はこれから佐賀県の吉野ヶ里遺跡に向かう。連日の長距離移動で、ガソリン(軽油)の残量が少ないのに長い間ガソリンスタンドが無くてかなりあせったが、何とかガス欠になる前に給油することができた。しかし高かった。ガソリン価格が高騰しているが、それにしてもかなり高かった。

3時間くらいかかって午後3時過ぎにようやく吉野ヶ里遺跡に到着した。

思っていたよりもはるかに広大な遺跡で、時間的にとても全部をまわることはできない。まぁ時間があったとしても全部はまわらないとは思うけれど。

弥生時代の生活風景が再現されているとのこと。とは言ってもあくまでも上流階級の人たちのこと。

歴代の王の墓と考えられている北墳丘墓。

とにかく広大なエリアなので場内を走るマイクロバスが運行されている。それに乗って入り口に戻って、今宵の宿の八女グリーンホテルに向かった。

このホテルは夕食朝食付きということで予約したのだが、夕食は併設されている沖縄料理居酒屋での食事券だった。これに気づいた時は予約をキャンセルしようかと思ったのだが、また新たに探すのも面倒なのでそのまま行くことにした。

いざ行ってみるとこの沖縄料理居酒屋はなかなか良かった。料理もおいしかったし、店の人の対応も親切だった。

私は若い頃に一度口にした焼酎があまりにも口に合わなくて、それ以来焼酎は一度も呑んでいない。しかし九州と言えばやはり焼酎という印象なので、あえて挑戦してみることにした。

その旨を店の人に伝えてお勧めを請うたところ、ここは沖縄料理店なので泡盛を呑んで欲しいと言われた。

泡盛は名前こそ知っているものの、どんな酒なのかまったく知らないし、それが沖縄の酒ということすらもこれまで知らなかった。

勧められた銘柄(何だったか忘れた)を一口呑んでみたところこれが思いのほか呑みやすい口あたりで、昔の焼酎のイメージとはまったく異なっていた。

最後にいただいた沖縄そばも絶品で、大満足で店を出た。今回の旅で初めて本当においしいと思えるものに出会うことができた。

久重山

今日(10/28)はいよいよ九州本土最高峰の久重山に向かう。

6時半に駐車場を出発して、車道を少し進んでから登山道に入る。

下山してくる予定の分岐を過ぎて少し進むと道が突然沢筋に下りて、何と渡渉!! トレランシューズなのでさほど不快感は無いが、出発早々にシューズが濡れたのはあまり気持ちのいいものではなかった。

少し進むと林道に合流した。こんな道があるのならこちらを辿れば渡渉しなくてすんだのにと思ったが、あとで地図を見てみるとかなりの大回りだった。

またすぐに登山道になって、ぐいぐい高度を上げると阿蘇山が望めるようになってきた。

樹林帯を抜けると上部が見えた。

急な木の階段やロープなども。

あとわずか。

8時3分、出発してほぼ1時間半で久住山山頂(1786.5m)に到着した。

阿蘇山はガスの向こう。

九重山(このあたりの全体を「九重山」と呼び、このピークを「久住山」と呼ぶ)の最高峰はここの北東にある中岳なので、ぐるっと回ってそちらに向かう。風が強くて寒いのでジャケットを羽織った。

一度少し下ってから稲星(いなぼし)山へ。

8時36分に稲星山(1774m)。

また少し下って今度は中岳に向かう。

9時ちょうどに九州本土最高峰の九重山中岳(1791m)に到着した。

御池とその向こうに久住山。

稜線を辿って天狗ヶ城。

北の硫黄山からは噴煙が上がっている。

少し下って久住分れ。

ここには避難小屋がある。このそばでおにぎり休憩にした。

星生山(ほっしょうざん)への道がよくわからなくてあやうくショートカット道に入ってしまいそうになったが、避難小屋のそばにあったトレースを辿ると稜線に向かって行った。道標は無かった。

しばらく誰にも出会わなかったので星生山に登る人は少ないのかと思ったが、そういうわけではなかった。

30分ほどがっつり登って、混雑した星生山の山頂(1762m)に到着した。

稜線を下ると西千里浜に出た。

星生山を振り返る。

少し登り返して下山路への分岐。

登りの感じからしてかなりの激下りなのではないかと覚悟していたが、急な部分はそれほど長くはなくて、穏やかな道になってきた。

分岐から50分ほどで登りの道と合流した。

12時4分、駐車場に戻ってきた。

さて、今日はこれから雲仙に向かう。阿蘇山が直前の噴火で登れなくなってしまったので、代替案に雲仙の普賢岳に向かうことにした。熊本からフェリーで島原へ渡る。

フェリーの時刻はまったく調べていなかったのだが、運良く出港の15分前くらいに港に着いた。

今日の宿は雲仙の湯快リゾート。鹿児島に着いて以来、ずっとコンビニやスーパーの惣菜での車中泊ばかりだったので、そろそろまともな宿に泊まってみたいと思って直前に予約した。

湯快リゾートに泊まるのは初めてだったが、まぁおおむね予想通りの質というところ。1泊2食で 8800 円(プラスアルコール代と入浴税)なのであまり期待してはいけない。