三国山

三国(みくに、さんごく)という名前のついた山は全国にたくさんある。いずれもかつての国境に位置する山で、三つの国境になっているが、今では二つの県境になっていることが多い。

日曜日(10/20)に講座で登ったのは滋賀県と福井県の境にある三国山(みくにやま)。かつての若狭、近江、越前の境に位置している。

ちょうどこの7月に行った高島トレイルのコースとほとんど重なっている。

JRのマキノ駅に集合して、バスで白谷温泉まで行った。ここから歩き始める。

しばらく車道を行って、その後、荒れた林道を歩く。

1時間半ほど歩いて黒河峠(ころことうげ)に着いて、ここから登山道に入る。

結構な登りだったことは覚えているけれど、こんな鎖場があったことはまったく記憶に無い。

稜線に上がると展望が開けてきた。正面左は伊吹山。その右は鈴鹿連峰。

センブリ。

12時15分、三国山(876.1m)に到着して、ここで昼食にした。

赤坂山を目指して、まずは明王の禿に向かう。電車からも見えていた。

明王の禿から赤坂山を望む。

午後1時40分、赤坂山(823.6m)に到着した。

赤坂山から若狭湾方面を望む。正面奥は天王山?

あとはマキノ高原に向けて下るだけ。それにしても今日は団体客が多い。

3時半頃、マキノ高原まで下りてきた。スキー場跡はオートキャンプ場になっている。

マキノ高原温泉さららに到着して、ここで解散した。

解散とは言ってもみんな一緒にここからバスでマキノ駅へ向かった。

蒜山三山

先の三連休を楽しみにしていた方はたくさんおられただろうと思う。私は土曜日に随行の仕事が入っていたけれど、残りの二日で遠出しようと考えていた。

ところがまたもや台風。土曜日の講座は中止になった。日曜日は天気が回復する予報だったが、台風通過の最中に翌日の準備をする気分にはなれず、それに山はまた強風や大雨で荒れている可能性がある。

最後の月曜日はと言うと、関西から東はどこも降水確率が高く、とても山へ行けそうな雰囲気ではない。

しかしせっかくの三連休。どこへも行かずに終える訳にはいかない。

行くとするなら西に向かうしかない。

天気予報によると大山あたりは降水確率はそれほど高くない。しかし昼頃に雨雲が発生しそう。

以前にこのあたりを通りかかった時、蒜山の山脈が美しかったのを記憶している。端麗な三山だった。

大山は随分以前に登っている。その時の印象で言えば、バリエーションルートにでも行かない限りはまた行きたいと思えるほどの山ではなかった。もはやそんなルートには行かない。

ちょっと遠いけれど、蒜山なら早朝発で日帰りできるだろうと思った。三山を縦走してぐるっと一周すればちょうどいいくらいの行程だ。

朝4時半に家を出て、途中でカップ麺とおにぎりの朝食。そしてコーヒー。想定外の道間違いがあって、起点の塩釜ロッジに着いた時はもう8時を過ぎていた。

準備を整えて出発したのは8時半だった。三山は雲に隠れて見えない。

まずは南側の自転車道路を走って、下蒜山の登山口に向かう。

1時間足らずのジョグで登山口に入る。そばの駐車場はすでに満杯で、路上駐車も何台かある。足元はぐちゃぐちゃ。

駐車場がいっぱいだったので氷ノ山の再来を恐れながら進む。ほどなく傾斜が急になってきて、木の階段が現れた。

さらに急になって、鎖の斜面が続く。最近の雨のせいで滑りやすい。

登山者にはそこそこは出会うけれど、氷ノ山ほどは多くない。それにこの道の状況なら小学生の団体に出会うようなことは無いだろう。

急登を上がり切ったら気持ちのいい笹の稜線になった。比良の稜線のよう。ただし展望は無し。

10時20分、登山口から1時間足らずで下蒜山の山頂(1100.4m)に到着した。

展望も無いので写真を撮ったら早々に先に進む。

幻想的でいい雰囲気。ブナ林?

たまにガスが切れて下界が見える時がある。

ヤマラッキョウ。

リンドウ。

最低鞍部のフングリタワ。

また鎖斜面の登り返しがあって、11時23分、下蒜山からほぼ1時間で中蒜山(1123.4m)に到着した。

そろそろ補給したいタイミングではあったけれど、山頂は人だらけなので先に進む。少し下ったところにちょうどいい具合のスペースがあったので、そこで今日初めて腰を下ろしておにぎり休憩にした。天気予報通り、小雨がぱらついてきた。

幸い、雨は本降りになることはなく、最後のピークの上蒜山を目指す。フラットな場所は走った。ほんのちょっとだったけれど。

登りにさしかかるとまたもや鎖斜面。蒜山はどの山も結構厳しい。氷ノ山のような混雑ではなかったのはそういう山容のせいもあるのだろう。

12時5分、上蒜山(1202m)に到着した。

地形図によると少し北西にあるピークが上蒜山となったいたので、そこまでピストンするつもりだったけれど、標高はここの方が高く、標識にも「上蒜山」と書かれていたので、ここから下山することにする。

展望場所から蒜山高原を見下ろす。

シラヤマギク(ゴマナ?)。

12時51分、無事上蒜山登山口に下りてきた。

しばらく未舗装路を下る。何かを放牧しているのだと思うが(フンの臭いがぷんぷん)、今は何もいない。正面は蒜山の南側の山々。

舗装路に出たら走る。ほどなく自転車道路に合流した。

今日はウォーキングのイベントが行われているようで、ちょうどこの自転車道路がコースになっている。みんな反対向きに歩いているので、不審な目で見られる。

1時40分、塩釜ロッジに戻ってきた。

思っていたより早く戻って来られたので、温泉に寄って帰ることにする。

休暇村蒜山高原のラドン温泉へ。いいお湯でした。

蒜山三山は期待以上の山々だった。下から全容を望むことはできなかったけれど、以前に見た時の記憶ではいずれも顕著なピークを形成していて、実際に歩いてもその通りの地形だった。

結果的に今日のコース取りはベストだったと思う。急な鎖斜面がたくさんあるが、今日の方向だとそのほとんどが登りになる。今日のような雨上がりの滑りやすい状態では反対向きはかなり歩きにくかっただろうと思う。

温泉でさっぱりして気分良く帰路についたのだが、帰りは工事渋滞に巻き込まれて家まで4時間かかってしまった。

遠かったけれど、なかなかいい山でした。ただし再訪は無いと思うけれど。

雲母坂

水曜日(10/9)は講座で比叡山の雲母坂を登ってきた。

集合は叡電の修学院駅。しばらく車道を歩いて鷺宮神社へ。

曼殊院の前を通って雲母坂へ。

少し登ったところで今日初めて参加された人が早くも脱落。私が付き添って白川通りの手前まで送り届けて、再度本隊を追いかける。

水飲対陣跡の上の展望場所で追いついた。

この上の浄刹結界の碑の所で昼食。

この上にも展望場所がある。

いつもと同じく、千種忠顕の碑に立ち寄る。後醍醐天皇に仕えて、足利直義と戦ってこのあたりで戦死した。碑が建てられたのは大正時代。

その後、ケーブルの駅で解散した。

私はいつも通り八瀬まで歩いて下りるつもり。駅の裏からスキー場跡に向かって行こうと思ったところ、左の方に古い道が残っているのが目に入った。山肌をトラバースしていて、方向からしていつもの下山路に合流しそうな感じ。ただし草がかなり茂っていて、もうほとんど歩かれていない感じ。

踏み跡がしっかり残っているかどうか不安はあったが、まだ時間もあるのでダメなら戻ってくればいいと思って突っ込んだ。

途中、倒木で行く手がふさがれている場所があったけれど、強引に乗り越えて、10分くらいでスキー場跡からの道に合流した。

ケーブル駅から20分くらいで峠まで来た。

先日、思いがけない苦労をさせられた場所はうまく回避して、3時前、ケーブル駅からほぼ1時間で八瀬駅に下り立った。

乗った電車は「ひえい」でした。

愛宕山

月曜日(10/7)は講座で京都の愛宕山へ行ってきた。

JR山陰線の保津峡駅に集合して、自治会バスで水尾へ。そこから裏参道で愛宕山を目指す。

急坂の住宅地を上がって、ようやく登山道に入る。登山道に入ってからもそれなりの登りが続く。登り一辺倒の道。

歩き出して1時間半ほどで水尾の分かれに到着した。ここで表参道と合流する。

ここからは階段が続いて、黒門へ。

愛宕神社の境内で昼食にした。

せっかくなので本殿にお参り。

時間があるので三角点(889.8m)に立ち寄った。正面に比叡山。ちなみに愛宕山の最高地点は愛宕神社の中で、標高 924m。

下山は表参道へ。水尾の分かれのちょっと上で東に向かう踏み跡に入る。

ケーブル愛宕駅跡。戦前には清滝からここまでケーブルがあった。ホテルや遊園地、山頂の北側にはスキー場もあったが、戦争の影響ですべて過去のものとなってしまった。

表参道を下る。かつてあった祠が昨秋の台風のせいで無残な姿に。

ようやく清滝まで下りてきた。このすぐ左側にケーブル山麓駅の跡がある。

このあと、清滝のバス停で解散となった。

私はいつもと同じく、一周トレイルのコースを辿って、JR保津峡駅に向かう。清滝川。

清滝から40分少々で保津峡駅に到着した。

好天に恵まれて、楽しい一日でした。

吉野探訪

この終末は天候もそこそこで、絶好の遠出のチャンスだったのだけれど、残念ながら月曜日に講座があるのであまりムリはできない。

で、土曜日(10/5)に吉野へ行ってみることにした。

吉野はこれまでも何度も訪れているけれどいつも奥駆道ばかりで、横道はあまり歩いたことが無い。

前登志夫氏の「吉野紀行」によると、このあたりは周辺の集落などもいろいろと見所がありそうで(と言ってももう50年以上も前の書物なのだけれど・・・)、一度歩き回ってみたいと思っていた。

そこで、まずはこれまで何度も近くまで来ていながら訪れる機会が無かった桜木神社に立ち寄って、それから吉野の山へ上がって、西側に一度下りてからまた戻ってくるという周回ルートを設定した。

5時3分の始発に乗るべく5時前に家を出て、早朝のせいで天王寺からはずっと各停で、家から3時間かかってようやく吉野神宮駅に到着した。

8時5分に出発。しばらく吉野川の左岸を走る。この道は2年前にも走った。

40分少々で宮滝の手前へ。夢のわだ。

ここからは今日が初めての道。出発して1時間足らずで桜木神社に到着した。天武天皇が祀られている。

万葉集でも読まれている像(きさ)の小川。

このあと10分ほどで車道が終わって、ようやく近畿自然歩道の山道になった。

このあたり、そばが広い駐車スペースになっている。ちょうど左の斜面に上がる階段があって、そのままの道は駐車スペースに行く道なのかと思って、その階段を上がった。

なかなかの急な階段で、階段が終わってからの山道はさらに険しい急斜面だった。

本当にこれが近畿自然歩道なのだろうかと訝ったが、一応踏み跡はある。

次第に手を使わないと登れないほどの斜面になってきた。これは変と思って gps で確認したところ、本当は沢筋を行かなければならないのが尾根に入り込んでしまっているということがわかった。

下りも苦労するような斜面だったけれど、下るしかない。何とか元に戻って、本来の道を進んだ。20分少々のタイムロスだった。

学生の10人くらいのグループと3つほど出会った。何かの学校行事のようだ。それ以外にも何人かのハイカーと出会って、無事吉野の車道に出た。

ちょうど花矢倉の少し下のあたりで、普段は登山道を歩いて車道をショートカットしている場所なので、こういう道が合流してきているということは知らなかった。

今日は余裕があるので展望台へ寄っておく。正面に金剛山(左)と大和葛城山(右)。おそらく先ほどの学生グループの関係者だろう、おにぎりや軽食、飲み物などを並べて待っている人たちがいた。

しばらく慣れた道で、吉野水分(みくまり)神社。もう何度も入っているので中には入らず。

時間があるので高城山(たかぎやま)にも寄っておく。左の一番奥の霞んでいるのが二上山。その手前のなだらかな尾根が高取山で、その右が先週行った芋ヶ峠

反対方向の南には大天井ヶ岳。

お次は金峯(きんぷ)神社。吉野山の総地主の神。世界遺産。

隠れ堂にも寄っておく。大峯修行堂の一つだが、義経がここに隠れたという謂われもある。

お次の目的地は西行庵だが、一旦上がって宝塔院跡から下ることにする。ここから先は初めての道。

そして西行庵。今の感覚ならよくこんな場所にと思うけれど、その当時は近くに寺院がたくさんあったはず。すぐそばには湧き水が流れていて、それは今も流れている。

鳳閣寺への道に戻ってしばらく快適な道を進むが、百貝岳(ひゃくかいだけ)へ向かうべく、不明瞭な尾根に入る。

ここが百貝岳かと思っていたら、鎌倉岳という表記。

百貝岳はまだ先でした。

12時13分、百貝岳(863m)に到着した。ここで今日初めて腰を下ろしておにぎり休憩。

道標に従って「石の廊塔・鳳閣寺」を目指すが、どんどん南の方に下って行く。鳳閣寺はもっと西のはずで、どんどん離れていく。石の廊塔というのは地図に載っていないのでどこにあるのかわからない。

しかし道はしっかりしているし、さほど古くない道標もあるので、そのまま下ることにする。もはや戻る気にはならない。

10分少々で石の廊塔に出た。理源大師聖宝の墓所と伝えられている。理源大師は醍醐寺の開祖。

この後、道はヘアピンカーブで北に向かった。10分足らずで無事、鳳閣寺に到着した。

車道を少し下ると鳥住春日神社。

この神社の前の細い道を下って、地蔵峠へは向かわずに県道を目指す。無事、県道に合流できた。

そして今日最大の不安要素はこのあと。県道をしばらく北上してから沢沿いに岩倉に向かう。分岐には真新しい車の轍があって一安心。このあたりは松茸山らしい。

しかし林道を進んで行くといつの間にやら変な方向に向かっていた。このまま東に向かいたいのに、南寄りの沢に入り込んでいる。

このまま進んで車道に出ればいいけれど、往々にしてこういう林道は突然終わってしまうことが多い。

県道まで戻ってさらに北へ行ってしっかりした車道で上に戻るしかないかと思って戻ったところ、ロープが張られた分岐に気がついた。実は来た時もこのロープには気がついていたけれど、その先がヤブだったので無視した。

思い切ってそこに入ってみたところ、かすかな踏み跡が残っていた。どうもこれが行きたい道のようだ。さらに進んだところ、またもや先週と同様に踏み跡は消えて、沢筋に入り込んでしまった。

ここまで来たらもう戻るわけにはいかない。「またかよ〜」とぼやきながら倒木を支えにして登ったら、民家の庭先に飛び出した。そしてほどなく車道に合流した。やれやれ。

下り基調の車道を走って、竹林院のそばに出た。何度も歩いている車道を少し行って、いつも上に上がる分岐を下に行って如意輪寺に向かう。

道標に導かれて午後2時47分に如意輪寺に到着。

そして後醍醐天皇陵へ。かつて後醍醐天皇足跡マラニックという大会に何度か参加したので、たったそれだけの理由で後醍醐天皇には近親感がある。

役行者の像もあります。

これで今日の目的地は予定通りすべて訪れることができた。少し戻って吉野駅に向かう。

吉野駅まではもうさほど時間はかからないと思うけれど、ここで一息入れたい気分になって、道ばたでどら焼き休憩にした。

スマホで電車の時間を確認したところ、次の電車まではあと30分。時間的には十分間に合うはずだけれど、乗る前にはやはり着替えたい。その時間を考えるとあまり余裕が無い。30分に1本なので何とか間に合わせたい。

ちょっと気合いを入れて走って、午後3時20分、次の電車まで17分を残して吉野駅にゴールした。

きれいな公衆トイレで着替えて、近くの売店で缶ビールを買って、電車に飛び乗った。

車道が多かったせいもあって、全行程約 31km でした。

冬野、竜在峠、芋ヶ峠

この週末はぜひ遠出したいと思っていたが、生憎の雨予報。予報では土曜日の夕方あたりから雨とのことで、ちょうど夕方から出かける予定もあったので、半日コースを探してみた。

ひょっとしたら雨が降るかも知れないので、あまり山深い場所ではないコースということで、かねてより再訪したいと思っていた奥明日香の冬野(とうの)に向かうことにした。

今回は車で行くことにした。確か石舞台古墳のそばに無料の駐車場があったはず。早朝なら空いているのではないかと期待して、朝5時過ぎに出発した。

1時間20分くらいで明日香村に到着。やはり空いていました。

準備を整えて、6時37分に出発した。

まずは多武峰に向かう。この道は2年半ほど前に歩いた。

30分ほど車道を進んで、ようやく山道へ。

途中、車道を3回ほど横切って、1時間ほどで談山神社の西端に着いた。談山神社は昔は多武峯妙楽寺(とうのみねみょうらくじ)というお寺で、明治の廃仏毀釈で神社になるまでは女人禁制だった。

車道を渡る橋の上から、左が金剛山、右が大和葛城山。

冬野までの道は前回はフラットな道と感じていたけれど、今回は結構登りがあると感じた。

冬野の集落は誰もいなかった。しかし畑は手入れされている。

集落のはずれに電気柵。こんなもの前回は無かった。ゴム底の靴を履いているので感電することは無いはずだけれど、電線の間を慎重にくぐる。

しっかりした道を竜在(りゅうざい)峠に向かって進む。このあたり、わりと頻繁に道標が出てくるけれど、距離表示はかなりいい加減。

竜在峠まで1.2kmと表示されているけれど、実際は500m程度。

竜在峠の手前、以前は崩れていた箇所も改修されていた。

8時25分、竜在峠に到着した。

ここから右へ進むと芋ヶ峠へ出る。ここは2年前に歩いた

今回はもう一つ目的があって、竜在峠の南にある滝畑という集落を訪れてみたいと思っていた。地形図には道が記載されているけれど、本当に道が残っているのかどうかわからない。

しかし時間はあるので、当初の予定通り、竜在峠から左に下る道に入った。やはりこれまでの道とはうって変わって、荒れていた。

しかし道としてははっきり残っていたので、30分ほどで滝畑に着いた。ここも人の気配はまったく無いけれど、畑は手入れされていた。

さて、問題はこの先。芋ヶ峠までの道が残っているだろうか。

舗装道路を進んでいたら行き止まりになってしまった。やはり道は消えているのかと思ったが、かすかに踏み跡のように感じる部分があったので、そこに入ってみた。

次第に踏み跡がしっかりしてきて一安心したのもつかの間で、また不明瞭になってきて、いよいよ完全に消えてしまった。

しかしこの方向に進めば稜線の道には出会えるはずなので、強引に進むことにした。まずいことに、左手に持っていた地図をいつの間にか落としていた。

沢筋の上を眺めて、何とか行けそうとふんで進む。

しかし上がるにつれて傾斜が急になって、しかも斜面が土なのでしっかりした足の置き場が無い。

おまけに木の間が空いているので手で掴むものも適当なものがあまり無い。

滑って死ぬような斜面ではないけれど、かなりずり落ちてしまいそう。

次第に厳しくなる一方だが、もはやこの斜面を下ることは不可能なので、何が何でも上がるしかない。今日はこんなアドベンチャーをやるつもりは無かったのだけれどとぼやいてみてももはや手遅れ。

そうしたら斜面をトラバースするかすかな踏み跡に出会った。安心して足を置けるほどの踏み跡では無いので、慎重に進まなければならないけれど、このまま上に向かうよりはマシかもと思って、それを辿ってみた。

ほどなく稜線に出ると踏み跡は下っていた。そのまま少し進んだが、gps で見ると進む方向がまずい。これだと元に戻ってしまう。

踵を返して、この稜線を上部に向かった。踏み跡は無いけれど、何とか歩ける。

しばらく登ると突然、竜在峠からの道に飛び出した。ちょうど668mの三角点のある所。このピークを巻く道を行こうと思っていたのだけれど、結果的にピークに突き上げることになってしまった。

やれやれと胸をなで下ろした。

ここからはしばらく、ロープの張ってある急な下りになる。ここははっきり覚えている。

滑りやすい道だけれど、正規の道に出た安堵感でルンルン気分で下った。

芋ヶ峠に出ると人に出会うかも知れないので、峠の少し手前で、今日初めて腰を下ろしておにぎり休憩にした。

そして、10時15分、芋ヶ峠に下り立った。

少し下に「芋峠神社跡」という標識があったので、そちらに向かってみたけれど、倒木だらけでどこが神社跡なのかわからなかった。

車道に出会った所に役行者像。トタンの屋根がわびしい。

小峠。昔はここから高取山が見られたらしい。今は木で視界が遮られている。

10時50分、栢森(かやのもり)の車道に出た。

栢森の集落。

このあとはずっと下り基調の車道なので走る。

飛鳥川上坐宇須多岐比賣命(あすかかわかみにいますうすたきひめのみこと)神社。

ここは前は何度も通っているけれど、いつも序盤なので上に上がったことが無かった。今日は時間があるので200段と言われる石段を上がってみる。

拝殿は閉まっていて、ちょっと残念。

稲淵(いなぶち)の棚田。ちょうどヒガンバナのシーズンで、観光客がいっぱい。

ちょっと横道にそれて、久しぶりにマラ石。相変わらず立派です。

石舞台古墳。

11時40分、駐車場に戻ってきた。

山の中では誰にも会わず、予定外のアドベンチャーもあって、終わってみれば充実した一日(半日?)でした。

三草山

9/22 の日曜日は講座で北摂の三草山へ行ってきた。

三草山はかれこれ5年ほど前に講座で行ったが、この時はマイクロバスだった。今日は能勢電鉄の山下駅からバスで森上へ。ここが出発地。

バス停から少し歩いて岐尼(きね)神社へ。ここで準備を整える。実はここも3年ほど前に講座で来ていたけれど、まったく記憶が無い。

天気予報では降水確率が高い。何とか昼まではもってほしいと思っていたが、早々と降ってきた。

しかし幸い、さほど強くなることはなく、ようやく山道へ入る。

石のゴロゴロする歩きにくい道を上がって、稜線に出る。

歩き出して1時間45分くらいで三草山の山頂(564m)に到着した。

ちょっと早いけれどここで昼食。何となく前回よりは木が茂っている感じ。六甲の上部は雲がかかっていた。

先ほど稜線に出た場所まで戻って、今日は南側の不明瞭な道を下る。

うまい具合に車道に出て、里に向かう。

県道に出て、大歳(おおとし)神社。

時間があるので木喰仏(もくじきぶつ)に立ち寄る。

中はこんな感じ。

また車道を歩いて丹州街道に向かう。

旧街道に入って少し登ると峠。

峠を越えるとほどなくまた車道に出る。

あとは単調な車道を日生中央駅まで歩いた。

のんびりとした里山歩きの一日でした。

三石山、岩湧山、一徳防山

そろそろ秋を感じたいので、岩湧山へ行こうと思った。

岩湧山だけではもったいないが、さてどういうルートにするか?

電車の駅をスタート・ゴールにしたい。岩湧山ならスタートは南海の紀見峠駅しか無い。問題はゴール地点をどこにするかということ。まさかピストンというわけにはいかない。

ルートとしてはダイトレを行って槇尾山というのが一般的だけれど、ここへ行くとバスに乗らなければならない。それに人が多そう。

和歌山線の駅は岩湧山からはかなり遠いので、残されたルートは北へ向かうしかない。

岩湧山の北にある一徳防山(いっとくぼうさん)は講座で行ったことがある。この時は逆コースで岩湧山まで足を延ばした。

講座の時はマイクロバスでの大名登山だったけれど、今日は平民登山。しかし北に下って車道を三日市町駅までなら走れそうだ。

ただ、これだけではちょっともの足らない感じ。なので、前菜で三石山(みついしやま)を味わうことにした。こんな機会でもなければ行くことが無さそう。

我ながらいいルート設定ができたとほくそえんで、難波から南海電車に乗り込んだ。途中、車内放送で、人身事故が発生してダイヤが乱れるとのこと。どこに転進するか考えていたら、事故が発生した駅はすでに通過した駅で、取りあえず紀見峠駅までは行けそうで一安心した。

9/16、午前8時17分に紀見峠駅を出発した。

今日は左に折れて三石山へ向かう。

しばらく車道を進むとショートカットできそうな山道が。

このあとも何度かショートカットして三石山を目指す。しかし歩く人が少ないようで、蜘蛛の巣だらけ。木の枝をぐるぐる回しながら歩いても、それでも蜘蛛の巣がしばしば顔に貼り付いてくる。

おそらくこれが三石山へ登る最後の山道。

なかなかの急登が続く。

9時28分、出発して1時間11分で三石山山頂(738.4m)に到着した。展望はまったく無し。

道標に従って岩湧山の方向に進む。しばらく下ったら荒れた林道に出た。

ツリフネソウ。

路面が荒れていてあまり走れない。

しばらくしたら舗装路に出た。走れる所は走っていたが、いつの間にかロスト!!

このまま進んでも岩湧山のそばの車道に繋がっていそうだけれど、おそらく遠回りになると思うので、戻って登山路を探した。さっきは死角になっていた。

登山路入り口の看板は「車両通行止」。荒れた登山路にバイクの轍があった。絶対に遭いたくない。石を投げてやりたくなる。

幸い、バイクに出会うことは無く、三石山から1時間少々でダイトレの稜線に出た。

しばし登ると快適なトレイルになる。これは走るしかないでしょう。

ただ、やはりここまで来るとハイカーがたくさんいる。

ついに出てきました。ダイトレ名物、木の階段。

岩湧寺への分岐。ここを下る予定。

岩湧山への最後の登り。

シラヤマギク(?)。

クルマユリ(コオニユリ?)。

11時7分、岩湧山(897.1m)に到着した。

展望場所から和泉葛城山(たぶん)。

ススキはまだこの程度でした。

山頂エリアは人が多いので岩湧寺への分岐に戻って、ここで今日初めて腰を下ろしておにぎり休憩にした。

そして20分ほどで岩湧寺の車道に下りてきた。

講座で来た時にどういう道を辿ったのかよく思い出せず、岩湧寺の方へ少し下ってみた。

シュウカイドウが満開。

やはり車道を上に上がるようで、ようやく一徳防山の道標に出会った。

岩湧山エリアを離れるとまた静かな山歩きが楽しめる。ただしまたもや蜘蛛の巣地獄。

編笠山(635m)。

もう少し涼しくて、蜘蛛の巣が無ければ最高なのだけれど。

下山は一徳防山手前の分岐を下る予定。

12時55分、一徳防山(541m)に到着した。そう言えばかすかな記憶がある。ぼたもち休憩。

分岐に戻る時、岩湧山の素晴らしい眺望に気付いた。

下山は尾根道で、途中から沢に下る道へ行こうと思っていたのだけれど、案の定、沢筋は荒れていて、分岐からわずかであっさり諦めて戻った。

尾根を下ると最後はゴルフ練習場のそばに出る。近づいてきたらそこらじゅうにゴルフボール。

つまりここまで飛んでくるということで、万全の注意を払いながら下った。

一徳防山から1時間足らずでゴルフ練習場まで下りてきた。あとは車道を三日市町駅まで走るだけ。

午後2時22分、三日市町駅にゴールした。

ちょうど駅のすぐ前にスーパーがあったので、ここのトイレで着替えて、ビールを買って一人打ち上げをやった。

ちょうどバルコニーから正面に岩湧山、右に一徳防山。

楽しい一日でした。

瓜生山

水曜日(9/11)は京都一周トレイルの講座で瓜生山を歩いてきた。先日、一人で歩いたばかりの道。

北白川の銀閣寺道そばに集合。今日も暑そう。

しばらく車道を歩いてバプテスト病院前へ。私はいつも朝鮮学校の校庭を抜けてショートカットしているけれど、本当はこれが京都一周トレイル東山コースの正式ルート。

大山祇神社。

登山道に入る。先日、缶コーラ片手に登った道。

茶山で休憩。東山三十六峰の一つ。

白幽子厳居跡。

瓜生山山頂(301m)に到着。

このあたりから空に雲がかかってゴロゴロと雷の音が聞こえだした。

雨の気配になってきたので、林道が上がってきている広いスペースの場所で昼食にした。食事中についに雨。

石鳥居。

そして雲母坂の水飲対陣跡へ。

今日の行程はここで一区切りにして、梅谷道を下る。

修学院離宮そばの住宅街に下山。

住宅街を歩いて修学院駅の方に向かう。音羽川を渡る。

白川通りのバス停のそばで解散して、私は叡電の修学院駅から電車で帰宅した。

それにしても異常に湿度が高くて不快な天候だった。

近江高島から釈迦岳、堂満岳

このところ酷暑がぶり返している。日曜日(9/8)も下界は最高気温 35 度の予報。

先週も暑さで京都一周トレイル東山コースを途中で断念したけれど、今週も同じようなパターンになりそう。

少しでも高い所へ行かないとたまらないけれど、標高 1000m くらいでは涼は得られない。

しかし先月は前半に2週連続で台高へ行ったり、終盤に白馬へ行ったりしたせいで、長距離ドライブはあまり気が進まない。

となると、選択肢は比良しかない。

さて、比良のどこへ?、と考えたが名案が浮かばず、取りあえず近江高島から入って、縦走路で和迩を目指すことにした。

この天候ではとても和迩まではムリと思うが、このルートなら東側に下山できるルートはたくさんある。

3年半ほど前に安曇川から和迩まで行っているけれど、高島からは久しぶりだ。

ということで、近江高島に向かった。

道中はおおむね曇りで、比良の稜線は雲がかかっていた。雨さえ降っていなければこの方がありがたいと思っていたが、幸か不幸か高島に到着した時は快晴だった。

準備を整えて、7時35分に高島を出発した。

しばらく車道を走る。あっと言う間に汗びっしょり。

長谷寺(はせでら)。天武天皇の時代に藤原不比等が建てたと伝えられている。

ここからリトル比良の登山道になる。賽の河原。

白坂。以前に講座で来た時は寄り道したけれど、今日はそういう余裕は無い。

このあと、今日もアブの攻撃を受ける。今日はハッカスプレーを持ってきている。多少は効果がありそう。アブは局所性があるようで、ある場所に密集している感じ。

8時42分、出発して1時間少々で岳山(だけやま、565m)に到着した。

山頂には石造観音三尊。

それにしても暑い。和迩なんて到底ムリ。

9時47分、岩阿沙利山(いわじゃりやま、686.2m)。

車道を渡る。

10時36分、出発して3時間で寒風峠を通過。早くも下山の誘惑にかられる。

ここから釈迦岳までの登りはなかなか厳しいので、峠を過ぎた所で腰を下ろしておにぎり休憩にする。

和迩・高島間の縦走は少なくとも2回はやっているけれど、いずれももうずっと昔のこと。

多分20年くらい前のことだったと思う。久しぶりに高島から和迩へ歩こうと思って出かけた。

その頃は体力には結構自信があったので、「行けて当然」というくらいの軽い気持ちで出かけた。いつ頃の季節だったのかはまったく記憶に無いけれど、少なくとも暑い時期ではなかったと思う。

序盤は快調に進んだものの、釈迦岳の登りになってから急激に体力を消耗して、しばしば立ち休みしなければ登り続けられないくらいの状態になってしまって、結局、釈迦岳からイン谷に下ることになってしまった。

その時の敗北感は今もはっきりと覚えているので、この先の登りには身構えてしまう。

寒風峠は標高約 600m。釈迦岳までたかだか標高差で 450m くらいなのだけれど、ロープがたれているような急登が続く。足元も滑りやすくて気が抜けない。

途中、曇って風が心地よいような時もあったけれど、長くは続かなかった。

まずはひと登りしてヤケ山(700mくらい)へ。

前方に見えているのが釈迦岳かと思ったが、実は手前のヤケオ山だった。

琵琶湖の対岸。真ん中やや左の突起が伊吹山。

急登をヒイコラ上りきって、ようやくヤケオ山(970mくらい)。

そして12時3分、ようやく釈迦岳(1060.1m)に到着した。

ジェルを補給しながら先を急ぐ。登り切った後の平坦地はわりと足が楽になるのだけれど、今日は暑さのせいか疲労感は大きいまま。

何とかびわ湖バレイまでは行きたいと思っていたけれど、最後に堂満岳を踏んで比良駅へ下りることにした。

30分ほどで北比良峠に到着。

遠方に武奈ヶ岳。真ん中、いちばん奥。

このあと、間違えてダケ道を下りそうになってしまった。そのまま下ってしまいたい誘惑にかられたが、何とか踏みとどまって縦走路に戻った。

金糞峠の手前でどら焼き休憩を取って、1時17分、金糞峠。

このあと、堂満岳への分岐を見落として縦走路を進んでしまった。元に戻るのはシャクなので、シャクナゲのヤブを強引にかき分けて本来の道に戻って、1時47分、堂満岳(1057m)に到着した。

最後の眺望を楽しむ。左端は沖島。

沢に合流した所で冷たい水をがぶ飲み。

その後、右岸の道を快調に下る。その時、ヤブでゴソゴソっという音。シカかと思ったら、目の前数メートルの所を黒い物体が斜面を駆け上がって行った。

クマ〜!!。

あまり大きくはなかったし(体調1m未満?)、目を合わせることもなかったので、恐怖感は感じなかったけれど、ひょっとしたら小熊かもと思った。もし小熊だったら親熊がそばにいるはずなので、子連れのクマというのはもっとも危険。

しばし様子をうかがって、他にいる気配が無いことを確認してから先に進んだ。

琵琶湖湖北のマキノ町では通学路にクマが出てきたりしているので、ここにいてもまったく不思議では無いけれど、関西の身近な山で実際にクマに出会ったのは50年近い登山経歴の中でも初めてのこと。

いよいよクマスプレーを本気で考えなければ。

ノタノホリ。

そして車道に出た。

普通はここからまた登山道に戻ってイン谷口の方向へ向かうのだけれど、今日はこのまま車道を下ってみる。

緩い下りで十分に走れる道なのだけれど、暑くてとても走る気にならない。

もう駅まであとわずかという所で振り返ってみる。正面中央が堂満岳。右端が釈迦岳。

最後だけ電車の時間調整のために走って、午後3時23分、比良駅に到着した。

十分満足しました。