六甲縦走キャノンボールラン

一昨年のこの時期に初めて参加してから4回目のこの大会。これまで須磨スタートゴールを1回、宝塚スタートゴールを2回完走してきたので、今回2回目の須磨スタートゴールを完走して卒業ということにしようと考えていた。
スタートは須磨浦公園を午後9時。少し寒かったが、いきなり石段の登りが続くので、ノースリーブのメッシュシャツと長袖ジップシャツ、ロングタイツという定番スタイルで走り始めた。2回目を除いては荷物はすべて担いでいるが、念のために今回もそうした。
割と前の方からスタートして、階段もそれほどの渋滞にはならずに旗振茶屋まで上がる。体調はいい感じ。
栂尾山のピークカットはうまくいったが、横尾山のトラバースは見落としてしまった。須磨スタートのコースは目をつぶっていても大丈夫と思っていたので、ちょっと残念。
1時間足らずで須磨アルプスにさしかかる。ここは何度通っても緊張するが、夜だと下が見えないので楽に通過できる。
東山を越えたあたりで集団の先頭に出されてしまう。しかし特に不安も無く進んでいたのだが、ジャンクションピークを越えるところで『これで良かったかな?』と少し不安が頭を過ぎった。
少し行くと鉄塔があった。こんなところの鉄塔は記憶に無い。しかし道はしっかりしているのでそのまま進んでいたら、板宿への道標が現れた。やはりコースミスしていた。後ろには 10 人あまりが続いている。
ところが後ろにいた一人が、このままでも本来のコースに合流できると言って、みんなそのまま行こうとした。しかし私は方向がおかしいと思って、一人で元に戻ることにした。ここで戻ればロスタイムは数分くらいで済むはずだ。はやりジャンクションピークでは左に曲がらなければならなかったのだ。あのまま進んだ人たちはあの後どうしたのだろうか。
横尾の住宅街に向かって下っていく。道が広くてなだらかな、広い間隔で木の段のある場所になってきて、左側に住宅街が見えてきた。ここで安心して気が緩んだのか、足を何かにひっかけて前に転倒してしまった。
両手をついたが、勢いで側頭部と右膝を少し打った。両方とも擦り傷は負っていると思うが、それほど影響は無いだろうと感じた。右膝は本当なら少し止まって休んだ方がいいくらいだったが、走れないほどではないので、走っているうちに痛みも収まるだろうと思って、すぐに立ち上がって住宅街を走り続けた。
序盤からコースミスや転倒など、やはり気が緩んでいるのだろうと思った。いくら慣れたコースとは言え、トレイルは一瞬のミスが大ケガにつながる場合がある。ヒザの痛みは自然と収まった。
妙法寺の交差点を渡って少し行くと、ショートカットできる箇所がある。気を引き締めて十分に注意していたつもりなのだが、うっかりと見過ごしてしまった。見慣れない光景になったので気が付いて振り返ったら、50m ほど行き過ぎていた。あわてて戻る。
高取山の登りに入ると前の集団に追いついてきた。こういう登り勾配の箇所では私はそこそこのペースで行けているようだ。
高取山の下りに入るといつの間にやら集団の先頭の位置になっていた。しかし下りでまた道が不安になる。参道を下って途中で左側の公園のようなスペースに分かれるのだが、ずっと手前でそこと間違えそうになった。
う〜ん、どうもよくない。おまけにこのあたりから一旦痛みの収まった右膝がまた痛み出した。ちょっと不安な痛みだ。
丸山の住宅街に入る。ここからはしばらく登り基調になるので、ヒザの痛みもさほど気にならなくなった。
鵯越を越えて、水道局のところで今日初めてのエイド。ビールが盛況だが私はそこまでの余裕は無いので、小さなおにぎりと具入りスープをいただく。
この後も右に入る道があって一瞬不安を感じたが、無事菊水山の登りに入った。
スタートして3時間少々で菊水山を通過した。コースミスのロスタイムを考えると悪くないタイムだ。夜景が素晴らしい。
山頂はカットしてそのまま下りに入る。走りやすい尾根道への分かれはしっかりと確認できて、ちょっと気分良くなる。ヒザが少し不安だが、もうすぐ登りになるので何とかなるだろう。
天王吊り橋を渡って鍋蓋山の登りに入る。ここの登りはいつも気分的にこたえるのだが、それほど長く続くわけではないので、息が上がらない程度のペースで一気に登り切る。
それにしても今日はよくシューズをひっかける。転倒したのは一度だけだが、登りですら何度か引っかけている。気の緩みが一番だろうが、筋力の低下というのもありそうだ。また転倒して同じヒザを打ったりしたらそこで終わってしまいそうだ。
鍋蓋山の下りに入ると、右膝の痛みが一段と大きくなってきた。着地の時の足の動きを少し調整しなければならないくらいで、普段通りのスムーズな動きでは痛みが大きくてたまらない。
大龍寺で今日二つ目のエイド。豚汁をいただく。ここまでほぼ4時間。
市ヶ原では沢を渡ってからの上がり口がはっきりわからず、またもやムダに行き過ぎてしまった。こんな所でミスをするのは初めてだ。
トイレに寄って、いよいよ往路最大の登りに入る。おおむね1時間程度だが、以外に細かいアップダウンがあって、走ったり歩いたりの繰り返しになる。
登りが急になってきて、大きな岩の間を手を使って登ったりするようになると、かなり上部にさしかかってきている。なぜか gps の高度が 308m のまま変わらないので、どのくらいまで上がっているのかわからないのだが、前方が見える場所で確認したら摩耶山の鉄塔の明かりが思ったより先に見えた。
念のためにとジェルを補給したが、そこからは数分程度で山頂エリアに出た。スタートして 5 時間 10 分くらいだった。
掬星台では麺類とカレーの二つのエイドがある。食事のできるエイドはできれば離れた箇所にバランス良く配置してほしいのだが、参加費 3500 円の草レースなので、エイドがあるだけでも感謝しなければならない。
さすがにここまで上がってくると寒いので、あたたかい麺類が食べたかったのだが、どうも準備に時間がかかりそうな雰囲気だったので、カフェテラスのカレーの方へ行った。カレーはセルフサービスで、ご飯もルーも自分でよそうようになっていたので、すんなりと補給できた。おいしいカレーだったが、香辛料もしっかりと効いていて、後から身体が冷えそうな感じ。
ここまで来ると大きなヤマを越えたと感じるのだが、今日はいかんせんヒザ痛を抱えている。それでなくてもロードでペースが上がらないのに、一段とスローペースになってしまう。序盤は今日の往路は8時間少々くらいでいけるかもと思っていたが、9時間くらいになりそうだ。それよりもヒザの調子を考えるとむしろペースを落として復路に備えた方が良さそうな気もする。
みよし観音手前のエイドであたたかいスープをいただいて、一軒茶屋のエイドではソーセージを一つつまむ。このエイドではバラ肉の焼き肉もあったが、どちらかと言うとこういう大会のエイドでは炭水化物系の方がありがたいのだが。そう言えば大龍寺のエイドではフライドチキンがあった。
ここでスタートしてから7時間少々。おそらく往路は9時間くらいだ。
ここが今日の最高地点なので、これからずっと下り基調になる。しかし東六甲縦走路はなだらかなアップダウンが長く続いて、いつもならなかなか標高が下がらずにイライラさせられるのだが、今日のヒザの具合ではむしろありがたい。ずっと下りが続くと壊れてしまいそうだ。
5時を過ぎるとうっすらと空が白んできて、塩尾寺に近づく頃にはほぼ夜が明けていた。
休憩時に飲む味噌汁用の水を、塩尾寺で調達しようと考えていたのだが、門が閉まっている。横の方に隙間があったので、こっそりと境内に入ってみたが、手洗水のようなものが見あたらない。以前に一度境内に入ったことがあって、そんなものがあったように記憶していたのだが、記憶違いだったようだ。
がっかりして車道を下ると、ヒザの痛みが一段とこたえる。今回は往路のみで終わりにしようかという気持ちが大きくなってきた。篠山に続いての連続リタイアは極力避けたいところだが・・・。
レースではなくて個人的な行動でも途中でケガをしてしまう可能性はある。むしろそういう場合の方が自己責任で下りてこなければならないので、それに備えて六甲のようなほぼどこでもリタイアできるようなコースでケガを負いながら行動を続けるというのも大切なトレーニングかも知れない。
取りあえずは往路ゴールの塩尾寺下の広場で休んで様子を見ることにした。往路は 8 時間 55 分だった。
持参したおにぎりを食べて、アルミのレスキューシートに入って横になる。復路スタートは8時だが、7時頃から雨が降り出してきた。モチベーションが一気に下がった。体力的にはまだ余裕はあるが、精神的に前向きになれない。
おそらく復路はもう走ることはできないので、上部のドライブウェイでも歩くしかないだろう。それも雨の中、足を引きずって。そこまでやって自分を納得させるか、その後のダメージを避けて早く次の目標に向かうかという葛藤で、結局今日は往路で終えることにした。
ここから宝塚駅までは急な道をしばらく下って行かなければならないが、ヒザの調子は休んで良くなるどころか一段と痛みが増していた。まともに前に足を出して着地できない状態で、やはり止めて良かったと思った。駅の階段の下りもつらかった。
ヒザ痛のことは横に置くとしても、もう大会に参加するのは終わりにしようという気持ちが非常に大きくなった。このところずっとそういう気持ちがくすぶっていたが、いよいよ決心がついたという感じがする。
今のところエントリーしているのは7月のおんたけウルトラトレイル 100k のみで、9月の UTMF は抽選待ちだ。UTMF は当初から当たってほしいような当たってほしくないような微妙な気分だったが、今となっては当たってほしくないという方に大きく傾いた。そうすれば気持ちもすっきりする。
もし当たったらどうするか? この後の二日間、じっくりと考えておきたいと思う。

いよいよ六甲縦走キャノンボールラン

いよいよ今晩から恒例の六甲縦走キャノンボールラン。
これまで参加した3回はいずれも好天で、悪天率の極めて高い大会で奇跡的な幸運だったが、今回はついに日曜日に雨になりそうだ。ただ、気温はさほど低くならなさそうなので、雨対策はウルトラライトのジャケット、パンツにする。
今回は折り返しが塩尾寺下の広場になるので、コンビニはおろか自動販売機も無い。さすがに下のローソンまで行くほどの余裕は無いので、昨年買ってまだ山では使ったことが無いアルコールストーブを持って行くことにする。
燃料のアルコールを含めても総重量 100g 程度で、チタンカップでお湯を沸かして味噌汁やコーヒーを飲もうと思っている。なので、何とか復路のスタートまでは天気が持ってほしい。
楽しむことが第一とは言っても、やはり一つくらいは目標を設定しておきたい。と言うことで、これまでまだ達成したことが無い、復路 10 時間切りというのを目標にしようと思う。
少しくらいは昼寝をしておきたいのだが、こういう時に限って眠れないというのもいつものこと。
ぼんやりしていると、須磨浦公園の駅前の風景が目に浮かんでくる。

山田池練習会

今日はほぼ1ヶ月ぶりくらいで練習会に参加した。
しかし年1回の総会があったので、練習そのものは普段よりは短めで、ベテランの方たちのジョググループに入れてもらって、おしゃべりをしながらのファンランとなった。
昨年、一昨年は総会の日がキャノンボールと重なったので、3年ぶりの出席だった。私にとっては5回目の総会(出席は3回目)だったが、年度の途中で加入した初回を除いてはこれまで3回連続で練習会参加数上位10人に入っていたのが、今回はついにランク外となってしまった。
この1年ほどは久しぶりに故障に悩まされた。ちょうど1年前も実はキャノンボールはヒザの故障で DNS だった。この故障は結構長引き、秋にも2ヶ月ほどほとんどまともに走れない時期があった。
昨年末あたりからようやくそういう状態は脱して、このところは足のどこかに違和感を感じることはあっても、走れないほどの状態には陥らずにすんでいる。
故障で走れない時は、これで疲れが取れてリフレッシュできるかも知れないと前向きに考えたりもしたが、実際に故障が癒えて走り出すと、リフレッシュどころかまさかと思うほど走力が落ちてしまっていて、愕然とした。
49歳から50歳にかけての1年の間に一気に走力が落ちたが、ほぼ10年後に同じような時期が再びやってきたという感じだ。
今度のキャノンボールは次の週末。これまでの11回のうちの8回が雨や吹雪という悪天大会なのだが、私の参加した3回はちょうど悪天にならなかった大会という相性の良さで、今回も今のところは悪天ではなさそうな感じ。
実は1回だけ参加したハセツネが雨で、八ガ岳スーパートレイルも一時豪雨、昨年の志賀高原エクストリームトライアングルも序盤雨で、ロングトレイルの天候相性はあまり良くない。
六甲と言えどもこの時期に上部で風雨にさらされると篠山の再現になりかねないので、いくら防寒具を持って行くとは言っても悪天は勘弁してほしい。

高取山

今日は登山教室で高取山へ行ってきた。個人的には『高取山』と聞くとどうしても六甲の方を思い出してしまうのだが、今日は奈良県の方。
天候が不安だったが、幸いたまの小雨程度で終えることができた。

壷阪山駅からバスに乗って、壺阪寺から歩き始める。
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壺阪寺はわざとらしい大きな仏像などがたくさんあって、観光客目当てのビジネス寺という感じ。中には入らずに通り過ぎる。
登山道を少し上ると五百羅漢。これは年月を感じさせるものだ。
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時折展望が開ける場所からは二上山、葛城山のダイトレが一望できる。
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八幡神社へ寄り道。
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歩き出して1時間ほどで高取城趾のエリアに入る。
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さすがに日本三大山城と言われるだけあって、立派な城壁がたくさん残っている。
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本丸のあった場所が高取山の山頂(584m)。
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山頂エリアからは高見山などの台高山脈が望める。
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ここで昼食を取って、下山は大手道へ。途中の展望台からは奈良盆地が一望できる。畝傍山、耳成山、天香具山が足元に。
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途中には猿石。
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土佐の街では雛めぐりが開催されていた。
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街道には土産物屋がたくさん出ているが、商売臭がぷんぷんしてどうにも馴染めない。
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土佐街道に入ったところで解散したが、私は非常にゆっくり歩いたにもかかわらず最速で駅に着いてしまった。
前日までの予報のわりには天気がひどく崩れずにもってくれたのが幸いだった。

マラソン代表選考

久しぶりにマラソンの代表選考が話題になっている。世界陸上の女子マラソンだ。
マラソンの代表選考が話題になるのはおそらく1968年のメキシコオリンピックでの君原選手と采谷選手の選考以来、ソウルの瀬古選手と工藤選手、バルセロナの有森選手と松野選手、アテネの高橋選手落選などの伝統行事だが、ここしばらくは世間の話題になるほどのことは無かった。この原因は選考過程が明確になったという訳ではなく、誰が出てもメダルには届かないという後ろ向きの理由が最も大きいと思われるのだが。
『誰が出てもメダルには届かない』という点は今回もあまり変わらないと思うが、今回大きく話題になったのは増田明美さんが陸連にかみついたのがメディアで大きく取り上げられたからだろう。大阪で終盤失速して3位になった重友選手が、横浜で優勝した田中選手を差し置いて代表に選ばれたという点に大きな疑問を感じられた模様。
私がマラソンを始めた頃は増田さんが現役だったので、ピークは過ぎていたとは言え大阪国際でのカトリン・ドーレとの争いなどは記憶に残っている。
今はスポーツコメンテーターとして大人気だそうだが、私個人としては解説で聞きたくない人のナンバーワンである。
とにかく増田さんの解説は舞台裏のプライベートな話題がメインで、選手の能力よりも人間性を褒め称えるような話ばかりで、彼女が解説していると反射的に音声を消してしまうくらい毛嫌いしている。
しかし増田さんの競技を見る目の確かさは高く評価している。
オリンピックや世界陸上などで、女子の中距離種目などで日本選手が出場しないレースの解説を何度か聞いたことがあるが、純粋に競技の技術だけに着目した解説は、男性解説者ナンバーワンと思っている宗茂さんに匹敵する質の高さだと思った。どうして国内の女子の大会でそういう解説をしてくれないのか、残念で仕方無い。
そこで今回の選考だが、私は横浜、大阪、名古屋のいずれも家にいなかったので、実際のレース模様はまったく見ていない。したがってその後のメディアでの解説からしか判断できないのだが、そういう文面からの印象で言えば、陸連の判断はそんなにおかしいものではないと感じている。
はっきり言って田中選手の優勝はタナボタと考えざるを得ない。しかもあのタイムだ。それに対して重友選手は積極的に攻めていた。
今の日本選手に大きく欠けているのはレースにおける積極性だと思う。男子で川内選手に人気があるのは、あの積極的な走りが大きな要因だろう。無難な走りでそこそこでまとめようとする選手が多い中、リスクを取ってチャレンジしていく姿勢が大きな支持を得ているのだと思う。
陸連が積極性を強調したのは間違っていないと思う(ただし選考条件にそういう文面は無かったようだが)。
ただ、個人的には天満屋の選手には期待していない。天満屋の選手がいい結果を出すのは選考レースだけで、本番で力を発揮した選手はいないから(強いて言えばシドニーの山口選手とアテネの坂本選手が7位入賞くらい?)。
なので、重友選手には私を黙らせるような結果を残してほしいと願っている。

新聞購読を止めて

新聞購読を止めて 10 日が経った。
いざ止めるとどういう気分になるだろうと自分で自分のことが興味深かったが、最初の2、3日はちょっと物足りなく感じたものの、新規導入したタブレット端末のおかげでもう慣れてしまった。少なくとも情報収集という点に関してはまったく何の問題も無い。
天声人語もネットで読めるし、ポータルサイトを利用すれば他のメディアの情報も効率よく得ることができる。
長文のコラムやインタビュー記事などが無料では読めないのがちょっと残念なところだが、そのためだけにまた月 4,000 円も払おうとは思わない。これでは新聞購読者数が減少しているのもむべなるかなというところだ。
売り上げが減少しているために広告単価が下がって、それを補うためにたくさんの面積を広告が占める。そうすると私のような人間が新聞を止めてしまうという循環になっているのかも知れない。
昨秋にあった地平線会議のイベントで久しぶりに再会した人は、東京の大学で週に何コマかの講座を持っているのだが、最近の大学生で新聞を読んでいるのは2割くらいしかいないとのことだった。
広告の主戦場がネットに移っているのは時代の流れとして必然なのだろうと思う。
私自身、テレビ(NHK のニュース以外はほとんど見ないが)や新聞の広告がきっかけで何かを購入したということは記憶に無いが、ネットの広告が目に入って、それがきっかけで何かを購入したということは何度かある。
google や amazon などにいつの間にか個人情報が蓄積されているのはあまり気持ちの良いことではないが、便利さとの兼ね合いを天秤にかけると、これをシャットアウトしてしまうのはちょっともったいないという気持ちもある。
最近ではシューズやウエアなどもほとんどネットで買っているが、サイズがまったく合わなかったということは一度も無い。
シューズなどは、ほしいけれど定価や1割引きくらいでは買う気にならないようなものが、まれに在庫処分のような価格で出ることがある。こういうのがネットでは個人向けにカスタマイズされた広告に表示されるのだ。
毎日大量に入る新聞の折り込み広告などは本当に資源の無駄遣いだと思う。ウチではたまに野菜を包むのに使うくらいで、ほとんどはまったく見ることも無く古新聞入れ行きになっていた。
新聞の無い生活というのは生まれて初めての経験だが、いざやってみるとほとんど困ることは無いということがわかった。
とは言ってもネットはガセネタが多いので、そのあたりを適切に峻別する眼力は必要だとは思うが。

剣尾山から妙見山

今日は好天が期待できそうなので、昨日の雨で道は良くないかも知れないが、このところ考えていたコースへ行くことにした。
昨秋に登山教室で三草山へ行った時、北に見える剣尾山が気になった。しかしこのあたりは交通の便が悪く、山も山脈というほどではないので、なかなかうまいルートが引けない。普通の歩きなら剣尾山だけでもいいのかも知れないが、こんな不便な場所まで来て山一つだけではもったいないし、バスの本数が少ないので、下山は何とか電車の駅に下りたい。
と言うことで地図を眺めて考えたのがこのルート。

朝早い時間のバスで山辺口まで行って、下山は能勢電鉄の妙見口駅。カシミールのルート作成で 33km くらいだったので、実際には 35km くらいになるだろう。もし時間切れになったら妙見山から直接下山すれば良いと思った。
数少ないバスの時間に合わせて、家を出たのは5時過ぎ。始発の次だった。京阪、JR、能勢電鉄、阪急バスを乗り継いで、8時前にようやくスタート地点の山辺口に到着した。コンビニの陰で支度して、スタートしたのはちょうど8時だった。
天気はどんよりとした曇り空で、気温はやや高めという感じ。しばらくは車道を行く。
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右に入る土道があったのでそちらへ行ってみたが、少し行くとフェンスで行き止まり。フェンスを強引に乗り越えたが、結局車道に戻ることになってしまった。行者口はこのすぐ先だった。
ようやく登りになったが、まだしばらくは舗装道路。剣尾山への道標を見つけてようやく登山道に入ったが、しばらくは階段続きであまり気分は良くない。
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スタートして 40 分ほどで行者山の岩場に到着した。
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しばらく行くと六地蔵。
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このルートは史跡の看板がたくさんあって、随分人手が入っている様子。しかし今日このあたりで出会ったのは一人だけだった。
山頂の少し下にはかつて月峰寺という寺があったらしい。
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9時7分に剣尾山(784m)に到着。今日の最高地点だ。
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展望は今ひとつだが、三草山は確認できた。
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下りは青少年野外活動センターの方へ。20 分ほどで車道に出て、しばらく車道を行くことになった。道ばたの草むらでシカが身体を地面にこすりつけていて、これはおもしろいと写真を撮ろうとしたら、逃げられてしまった。
暮坂峠への道に入ったが、ここも舗装道路。急なヘアピンカーブの所を強引にショートカットした。
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暮坂峠も車道で越えて、しばらく下ってようやく土道に入った。
またシカが目の前で道を横切って行って、ほどなく篠口峠を越えた。
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またすぐに車道になり、ルートがよくわからない部分もあったが、それほどのロスはなく歌垣山への登山道に入った。10 時 47 分。ジェルを補給する。
鬱蒼とした沢筋の道で、結構な傾斜だ。あっさり登れるだろうと思っていたが、なかなか手強い。gps ではもうすぐ頂上のはずだが、とてもそうは見えない。
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地図の道と実際の道がずいぶんずれていたようで、11 時 25 分にようやく頂上付近に出た。少し北に休憩所があるようなので、そこで一息入れることにする。
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今日初めて腰を下ろしておにぎり休憩。車道が多いせいか、思ったより早く進んでいる。
歌垣山は頂上が二つあるようで、南の方が三角点(553m)のようだ。
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妙見山が望める。遠いような近いような・・・。
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堀越峠はすぐだった。車道を渡るとまた舗装道路。雑な作りのセメントの道路になって、少し上がって峠に出た。
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今日のルートはかなりの部分がおおさか環状自然道路に重なっている。おかげで道標がわりとしっかりしているのが助かる。野間大原の集落のあたりなどはわかりにくかった。
また車の多い車道を少し行って、いよいよ妙見山への登りに入る。いきなりの急な階段。
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歩く人が少ないようで、落ち葉がたくさんたまっている。急でステップも狭いので、これが下りだったら緊張するだろう。
登り切ったら本龍寺。本堂の周りを『南無妙法蓮華経』と唱えながら何周も回っている人がたくさんいる。
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お参りもほどほどにして先を急ぐ。至る所に祠などがあって、まるで御嶽山のようだ。霊感の強い人ならビンビンくるんじゃないかと思うくらい。
なかなか厳しい登りだったが、1時前に妙見山に到着した。
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山頂(660m)エリアには違和感のある建物が・・・。
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山門はそれなり。
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ここで腰を下ろしてどら焼き休憩にした。
時間があるので光明山などを廻ることにするが、その方向へ行く道の分かれがわからない。取りあえず登ってきた方に引き返したら、それらしい分かれが見つかった。
またしばらく車道を行って、道標に従って登山道に入る。少し行くとよくわからない分岐。登山地図では登山道は光明山の山頂を経由して天台山へ向かっているのだが、光明山と天台山が別の方向を向いている。
とにかくまずは光明山ということでそちらに向かう。少しトラバースぎみに進んで、右へ急カーブして登って行く。一旦南の方へ行ってからまた北へ戻っているのかと思った。ほどなく光明山(639m)に到着。
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『妙見山 天台山』の示す方向が変な感じがするが、道はテープでしっかり目印がついているのでその方向へ進む。しかし方角を確認すると何と東へ向かっている。本当なら西に向かわないといけないはずだ。それに車道からも随分離れているように感じる。
これはやはりおかしいと思って、最初の不審な分岐まで戻ることにした。そしてここから天台山の方向へ進む。すぐ右下には車道が見えている。これで正しいはずだ。
少し行ったら左側に光明山への道標が立っていた。ここから登れば良かった。
後から gps のトラックを確認したら、分岐から南へ行ったと思ったのは実は東へ行っていて、そこから南西方向に頂上へ向かっていた。しかし頂上からの『妙見山 天台山』の方向は明らかにおかしい。もっと南方向に向かなければならないはずだ。
この山塊は観光スポットの妙見山のすぐそばで、それほど見所のある場所でもないので、訪れる人が少ないのだろうと思う。この先、妙見口に下りるまで、道がよくわからない箇所は何カ所もあった。
天台山は山頂と思われる場所が何と工事していた。
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青貝山への分岐もわかりにくく、長年のカンで何とか道を発見したという感じ。
青貝山(391m)は3時前に到着した。
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この後もよくわからない分岐があったり、車道に下りてから変な方向に向かってしまって適当にショートカットしたりして、15 時 28 分に妙見口駅にたどり着くことができた。
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観光地なのでもっと立派な駅を想像していたが、思ったよりこぢんまりした駅だった。
今日のコースは最近の新規開拓コースの中ではあまり質は高くなかった。ちょっと車道部分が多すぎる。トレイルというよりは東海自然歩道を行っているような感じだ。
まぁでもトータルで約 36km。篠山リタイアのモヤモヤは解消できたように思う。
次のトレイルは月末の六甲縦走キャノンボールだ。もはや新鮮味は無いけれど、安心して楽しめる大会ではある。このところは体力低下がまた顕著になってきているので、油断せずにまじめに取り組みたいと思っている。

篠山マラソン

昨日は篠山マラソンだった。初フルがちょうど 30 年前の篠山で、30 周年記念ということでちょっとした思い入れを持って臨んだ。
しかし天気予報通り朝から雨。貸し切りバスの出る枚方市まで、自転車はやめて電車で向かった。
どしゃぶりという強い雨ではないが、気温が低いのでかなり厳しいレースになりそうだ。寒さ対策で、上はメッシュのノースリーブに半袖Tシャツ、その上に長袖Tシャツで、下はロングタイツにした。そしてゴアテックスの帽子をかぶる。手袋もメッシュのインナーの上にランニング用手袋と二重にした。
未公認だったので、スタート地点に並んでから 30 ほど待たされる。ただ、心配したほどは寒くなさそうだった。
今回の戦略も年末の加古川同様、余裕のあるペースできっちり完走を目指す。加古川では終始キロ5分15秒ペースだったので、このあたりを基準にして、身体が動けば若干速めにしようと考えていた。
10時50分にスタート。しばらくは渋滞してスムーズに走れなかったが、3km あたりからようやく自分のリズムで走れるようになった。おおむねキロ5分。加古川の時よりは少し頑張っている感じはあるが、これくらいならムリは無い。
雨はだんだん小降りになって、ほとんど止んでくれた。しかし天気予報では昼頃に強くなるらしい。
5km の通過は 25’38″。スタート直後の渋滞を考えるとまぁまぁのタイムだ。
しばらくは沿道の人の多いあたりを何度もカーブしながら進む。調子は悪くない感じで、時折キロ4分台まで上がっている。
ちょっと厚着しすぎたかもと思っていたら、再び雨が降り出してきた。10km を通過して、この 5km は 25’07″。気分が乗ってきた。
エイドでは少し歩きながらスポーツドリンクを補給する。そう言えば篠山のエイドは最後まで水とスポーツドリンクしか無かったのを思い出した。沿道でアメやチョコレートなどを配ってくれる人たちがたくさんいる。
道路の水たまりを避けたりしながら順調に進む。しかし少し身体が冷えてきた。
15km までの 5km は 25’18″。24 分台を期待したが、逆に少しペースダウンしていた。しかしこれくらいなら問題無い。
沿道のチョコレートをもらって口に入れる。かんだチョコレートが口の中で渇いた小さな粒のようになって、呼吸がしにくい。
時折のアップダウンをこなして、20km までの 5km は 25’20″。徐々に落ちきてはいるが、加古川のタイムは上回れるだろうと思っていた。
しかしハーフ地点の坂を越えたあたりから疲れを感じてきた。何よりも寒い。走っていてもどんどん体温が下がる感じ。
25km までの 5km は 25’44″。しかしまだ余裕はある。篠山のポイントはここから折り返しの 30km 過ぎまでの緩い登り坂。ここを余裕を残して走りきることが重要だ。これまではいつもこの登りで力を使い果たしていた。
ペースが落ちていることはわかっていたが、ここでムリをしてはいけない。30km までの 5km は 26’06” だったが、それでも加古川の平均ペースよりはまだ速かった。しかし急激に体力が消耗していることを感じてきた。
折り返して下りになってもまったくペースを上げることができない。と言うより、さらにペースダウンしてきて。いつものパターンに陥ってきた。
寒さで身体が硬直してきて、ほんのわずかな間に、走り続けることすら難しいと感じるようになってきた。
32km を通過して、あと1時間でゴールできるだろうかと不安になった。と同時に、もはやこれ以上走り続けるのは危険とすら感じるようになって、少し歩いて体調の回復を願った。しかし寒さのせいで、歩いても一段と身体が硬直するばかり。
ちょうどトイレが空いていたので入って一服してみたが、明らかに低体温症の状態に陥っていた。
トイレを出て少し進んでみたが、もう次のエイドまで行くのはムリだと感じて、ここでのリタイアを決めてトイレの場所に戻った。
トイレの場所はちょっとした倉庫のような建物があって、その前で簡易の救護場所になっている。すでに3人ほどがシートをかぶったりしてリタイアしている様子だった。
使い捨てカイロをもらったが、身体が冷え切っているのでまったく暖かくならない。少しうずくまっていたが、寒さはつのる一方で、しかも正式なリタイアポイントではないので、収容バスがいつ来るのかわからない。
覚悟を決めて 2km ほど先のリタイアポイントまで何とか行こうと思って腰を上げたが、50m ほど歩いてはヒザに手を置いて止まってしまう状態。おまけに少し風もあって一段と寒い。しかし前に向かうしか無い。
絶望的な気分になっていたら、道の反対側で折り返しへ向かう人が最終ランナーになったようで、その後ろに収容バスが見えた。これで助かったと安堵の気持ちがこみ上げてきた。
救われた思いでバスに乗り込んだが、バスの中は期待したほど暖かくない。これまでに途中棄権でバスに乗ったことは何度かあるが、たいていは用意されている毛布なども無い。運転手は暖房は強くしていると言っていた。気のよさそうな人だったので、おそらくその通りだったのだろう。バスは会場から少し離れた場所に着くそうなので、下りてから旅館に戻るまでが心配だ。
このままずっと最後尾をゆっくり走るのかと覚悟していたが、途中でコースを離れて会場に向かったようだ。それでもちょうど会場から最も離れた場所でリタイアしたので、何だかんだで戻るまで1時間くらいかかった。
下車してから旅館までは数百メートルだったが、やはり寒くて震えがきた。完走メダルを下げて帰ってくるランナーを見ているとなさけない気分に襲われたが、昨日はリタイアして正解だったと思う。あのままムリをしていたら最悪の結果を招いていたかも知れない。
旅館へ戻ってすぐに風呂に入ってあたたまって、ようやく心身とも平静を取り戻すことができた。
これまでフルは 50 回以上走っていると思うが、間違い無くこれまでで最も厳しい気象条件だった。唯一の救いは風があまり強くなかったこと。これで風が強かったら大会そのものが相当悲惨な状況になったと思う。
このところロードレースに対するモチベーションが急速に低下してきているが、これでその勢いに一段と拍車がかかったと思う。おそらく当分ロードレースにエントリーすることは無いと思う。
今のところエントリーしている大会は今月末の六甲キャノンボールと、7月のおんたけウルトラトレイル。UTMF は一応エントリーするだけはしておいたが、おそらく抽選になるだろうし、当選したとしても最終判断する時間はまだある。
トレイルもレースにはもうあまり積極的になれない。レースだと昨日のようなコンディションでもやらざるを得ないし、悪天候だったから印象に残ったということもまれにあるものの、はやり楽しいものではない。
レースの唯一のメリットは、レースでなければ出てこない何かが自分の中から出てくることがあること。こういうことはやはりレースでないと経験できない。実はそういうことが印象の強弱に大きな影響を与えているのだ。
しかし今の自分にとってどういうやり方が一番楽しいかと言えば、自分で地図を見てルート設定をして、天候を見ながら決行して結果を得ることだ。これなら関門など関係無いし、厳しめのコースを設定すればそれなりの満足感も得られる。
50 を過ぎてからフルをまともに走れなくなって山スキーなどに主戦場を移したが、次第に体力の低下を感じるようになった。おそらくロードレースをやらなくなったせいで追い込んだ走りをしなくなったのが体力低下の原因だろうと思って、55 歳から陸上クラブでまた追い込んだ練習をやるようになったが、結果的に言えば期待したようなものは得ることができなかった。
正直言って、これ以上レベルを落としてタイムにこだわる走りを続けたいとは思わない。
ただ、走ること自体は好きだし、ある程度追い込んで走ることの気持ち良さもあるので、クラブはクラブで続けて行きたいと思うが、しばらくはロードレースはたまの気分転換くらいにしようと思う。
このところの低山歩きのおかげで近場でも行きたいところがいくつかあるので、そろそろ暖かくなってきたのでその方面に足を延ばしてみたいと思っている。