蝶ヶ岳、常念岳 2日目

どういうわけかなかなか寝付けなかった。

夜中には風が強くなってきて、結露のしずくが顔に降りかかってくる。便宜上「テント」と書いてはいるけれど、実際はシングルウォールのシェルター。モンベルでは「これはテントではありません」と表記している。

おまけに雨まで降り出してきた。これは想定外。一気に意気消沈して、これでは往路を下山するしかないと諦め気分になった。

朝はうすら明るくなってから起きるつもりだったが、どうにも寝付けないので、4時前には起きて棒ラーメンとコーヒーの朝食にした。

そうこうするうちに雨は止んだようだ。ひょっとしたらそれほどの雨ではなかったのかも知れない。風も収まって、おだやかな天気になってきた模様。

少し明るくなってから出発の準備を始めた。ご来光が拝めそうな感じ。

5 時 25 分、テント場を出発した。槍穂高は昨日よりははっきり見えている。

ヒュッテのそばのピークでご来光を待ち受ける人たち。

まだ日の出まで少し時間がありそうなので先に進む。

そして 5 時 38 分、雲海の向こうから美しいご来光。

朝日を浴びる槍穂高連峰。

横尾へ下りる分岐を越えて少し登って蝶槍。

ここからはしばらく下る。標高差 200m くらい下って樹林帯に入って、ここが最低鞍部かと思ったら、このあとも標高差 100m くらいのアップダウンが3回もあった。蝶・常念ってこんなにきつい稜線だったのか・・・。中学生の集団でこんな道をよく歩いたものだと思った。

最後のジャンクションピークからの常念岳。あと1時間くらいだろうか。

ここから後は岩のゴロゴロする歩きにくい道が続く。昔の記憶は皆無だ。

アップダウンの繰り返しがボディブローのように効いてきてきついが、ここで立ち止まるとずるずると落ちてしまいそうなので何とか歩き続ける。登山地図のコースタイムが距離の割には長いと感じていたが、こういうことかと納得した。

急な斜面をぐいっと上がったら目の前に山頂が見えた。

8 時 35 分、常念岳の山頂(2857m)に到着した。山頂は写真待ちの行列。

40 年ほど前に友人と二人で登った槍ヶ岳の北鎌尾根。私の登山歴の中で5本の指に入る思い出の山行だった。

乗鞍岳(右)と御嶽(左)。

大天井岳(左)と燕岳(真ん中手前)。

南アルプスも。

富士山も見えていた(下の方)。

山頂直下にイワギキョウ。

ひとしきり展望を楽しんだら、前常念の方に下る。槍もこれが見納めかな?

少し下ったところでおにぎり休憩にした。

そしてしばらく下って前常念岳(2661.9m)。

少し下ったところに岩小屋がある。避難小屋のようにしつらえられていて、中に入ることができる。しかし水が無いので非常時のみという感じ。

ここからしばらくは大きな岩がゴロゴロした非常に歩きにくい道(?)が続く。危険ということではないが、万が一、足を踏み外して岩の間に足を落としたりしたら大怪我になりかねない。安全第一で慎重に下る。

もう 30 年以上も前に一度ここを下ったことがあるのだが、その頃はまだ一般路にはなっていなかった。それにしてもこんなに歩きにくい道だったとは・・・。

後から考えるとひどい場所はそれほど長くはなかった。次第に普通のアルプスの稜線のような道になって標高 2350m くらいで突然樹林帯に入った。

その後、一度だけ腰を下ろして数分休憩して、急斜面をジグザグに下りていった。

今回のシューズはサロモンのゴアテックストレランシューズを履いてきた。このシューズはソールが滑りやすいのだけれど、HOKA に比べると造りがしっかりしているので、荷物が重いことを考慮してこれを選択した。

やはりと言うべきか、急斜面や段差などで何度も足を滑らせて、大腿四頭筋の脚筋疲労を感じるようになってきた。

このシューズももう数年履いているので、今回でお終いにしよう。

ようやく昨日通った分岐まで下りてきた。登山指導所がすぐそこに見えている。

それにしてもこの下山ルートはなかなか厳しい道だった。標高差も 1500m くらいある。登ってくる人にもわりと出会ったが、ここを登るのは厳しいと思う。

先の分岐の道標のそばに看板があって、このルートは長くて厳しいので体力に自信のない人は行かないようにと注意書きされていた。例年、疲労による救出事故が発生しているらしい。そりゃあそうだろうと思う。ちなみに手元の登山地図のコースタイムでは登り7時間、下り5時間半となっている。

12 時 33 分、無事、駐車場に戻ってきた。駐車場にはまだかなりの車が停まっていた。

荷物を整理して、穂高温泉の「しゃくなげの湯」に向かう。ここは初めて。お湯は中房温泉から引いているらしい。

露天や水風呂はもちろん、洗い場もたくさんあって、いい温泉だった。

さすがに四連休の最終日ともなれば渋滞間違い無しだろうと覚悟はしていたが、普通の渋滞だけではなく事故渋滞にも出会って、5時間で来た道を帰るのに7時間以上かかった。

今回の目的は久しぶりのアルプス稜線でのテント泊。そしてご来光を眺めて、展望を楽しむことだった。そのすべてを味わうことができて、満足のいく山行だった。

さらに、このコースを歩いている人たちのマナーの良さはうれしかった。白山とは随分違う。このルートを選んだのは正解だったと思った。

蝶ヶ岳、常念岳 1日目

天候に恵まれた四連休だったが、残念ながら二日目の日曜日に随行の仕事が入っていたので、出かけることができるのは後半の二日間しかなかった。

7月はほぼ月末まで梅雨で、8月も週末の天候は今ひとつだった。

たまにはテント泊もやりたいと思っていたが、なかなかチャンスが無かった。

そんな中、先の連休は後半の二日間もそこそこの好天が期待できそうだったので、ぜひどこかへと思って数日前から行き先を探っていた。

人気エリアはかなり混雑しそうで、それなりに楽しめて人もあまり多くなさそうな場所というのはなかなか思いつかない。

久しぶりに比良でのテント泊というのも考えたけれど、どうも今ひとつ気持ちが盛り上がらない。

大峰や台高、鈴鹿などは適当な周回コースを見出すことができなかった。

八ヶ岳も考えてみたけれど、混雑しそうな気がする。

散々迷ったあげく、出発二日前にようやく蝶ヶ岳から常念岳の周回コースに決めた。上高地は混雑間違い無しなので、東側の三股から周回することにした。ここならそれほどの大混雑にはならないのではないかと思った。

中学三年生の時、初めて登った北アルプスの山が常念岳と蝶ヶ岳だった。

学校のワンダーフォーゲルクラブの夏山で、東側の一ノ沢から登って常念小屋に泊まって、翌日、常念岳から蝶ヶ岳、そして徳沢に下山して宿泊した。前年の白山はずっと雨だったけれど、この時は好天だった。ご来光を見たのを覚えている。確か雲海もこの時に初めて見たような気がする。

そんな懐かしい記憶を思い出しながら出発の準備をした。

21 日の早朝に家を出て、途中で朝食を取りながら三股の駐車場に向かった。

林道に入ってしばらく進むと、駐車場まではまだかなり距離がある場所から路肩駐車の車が出てきた。まさかこれ、駐車場からはみ出した車? まだ駐車場までは 4km くらいある。

路肩駐車はよくこれほどきっちりと停めたものだと感心するくらいずらっと並んでいた。

下山する人もいるはずなのでどこかに空きスペースがあるはずと期待して進んだが、最終の三股駐車場まで見事に車がびっしりと停められていた。

一瞬、行き先を変えるべきか悩んだ。まさかここまで人が多いとは思ってもみなかった。とにかくまずは少し戻って再度スペースを探すしかない。

1km 以上戻ったいちばん下の駐車スペースで周囲をうかがっていたところ、一台の車が出て行った。ここから登山口まで車道を歩くのはたまらないが、もはやここしか停める場所が無い。

覚悟を決めてここに車を停めて出発の準備をしていたところ、3台ほどの車が上から降りてきた。空きスペースができたことは間違いない。しかしそれがどこかはわからない。

もう一度戻ってみるかどうか迷った。一度はもうここから歩いて行こう思ったが、はやり諦めきれずに上に行ってみることにした。

先ほどは無かった路肩のスペースが見つかったが、念のために登山口の駐車場まで行ってみた。そして中を回ったところ、空きスペースを発見!! 歓喜した。もし下の駐車スペースから歩いて上がってきてここに空きスペースがあったらひどく落胆して登る気力が失せてしまうと懸念していた。

もう 11 時前なので、次々と登山者が下りてきている。ほどなく目の前に2台のスペースができた。戻ってきて本当に良かった。

10 時 55 分に出発した。駐車場の奥から登山道に入る。

未舗装の林道を 10 分ほど歩いて登山指導所へ。ここで計画書を記入して提出する。

降りてくる予定の常念岳からの道を見送って、力水で気合を入れる。冷たくておいしい。

斜面は結構急で、木の階段が次から次から出てくる。

もう昼なので下山者が多い。昨今は「登山道では登り優先」というルールはもはや有名無実化していて、街中の自転車ルールと同じような状態になっているのだが、ここで出会う登山者は大半がこのルールを守ってくれている。

中には私が登るのを止まって待ってくれている人の横をすり抜けて下りてくるような不届き者もいなかったわけではないが、多くの下山者とのすれ違いがそれほどストレスを感じずにやり過ごすことができた。

「ゴジラみたいな木」。

出発して1時間半ほどで「まめうち平」。

ここを過ぎたあたりから先行者に追いつくようになってきた。抜いたり抜かれたりはわずらわしいので、ここでおにぎり休憩にした。

このところ脚力の低下を痛感していて、昨年 11 月の中辺路以来のテント泊なのでしっかり登りきれるかどうか不安があったのだが、ここまでは何とかおにぎり休憩以外はノンストップで歩き続けている。

ようやく大滝山への稜線に出た。

午後 2 時 17 分、出発して 3 時間 20 分ほどで蝶ヶ岳ヒュッテのテント場に到着した。

下での車の多さから登山者の混雑ぶりは覚悟していたとは言うものの、それにしてもここまで混んでいるとは・・・。下での路肩駐車並みにテントがびっしりと建てられていて、苦労してようやくギリギリのスペースを確保した。

その後もテント客が何人もやってきて、「よくこんな場所に張れるなぁ」と感心するような場所にもテントが張られていった。

最近はテントも軽量化が進んでいて、昔よくあったような大きなテントはまったく見かけなくて、パーティーで来てもテントは一人ずつ。複数人で同一テントというのは夫婦かカップルくらいのようだ。

おかげで夜遅くまでべちゃくちゃしゃべっているようなテントはまったく無くて、夜の8時にもなれば聞こえてくるのは寝息だけという状態だった。

テントを張り終えたらそばの 2677m 地点まで行った。

地形図では「蝶ヶ岳」という単独のピークは無くて、このあたりのいくつかのピークの総称になっている。ここがその中の最高峰。

槍穂高は上部がガスに覆われている。

テント場では携帯は圏外だったけれど、ここまで来ると通話可能になった。

大船山

9/20 は講座で北摂の大船山(おおふなやま)へ行ってきた。

JR三田からバスで波豆川口(はずかわぐち)で降りて、しばらく車道を歩く。正面のピークの左の方が大船山。

まずは大舟寺(だいしゅうじ)に参拝。

天然記念物のカヤ。

そして登山道に入る。

昔はここの上の方に舟寺(大舟寺)があったので、町石が残っている。

舟寺の跡地。

少し登ると稜線に出る。最初の写真にあった二つのピークの間の峠。

峠から 15 分ほど急登を登って、大船山の山頂(653.1m)に到着した。

正面は六甲山系。

木の間の突起が有馬富士

ゆっくり昼食をとって、十倉に向けて下山。

集落に降りてきた。

十倉のバス停に到着。

このあたりではわりと有名な山で、好天の日曜日にもかかわらず、出会った人は単独行の男性一人だけだった。

清滝から嵐山

9/9(水)は久しぶりの講座で、京都一周トレイルコースを清滝から嵐山まで歩いてきた。

今日の集合は清滝バス停。だいたいいつもは JR 保津峡駅から歩いて行くのだけれど、今日は JR 嵯峨嵐山駅から車道で行くことにした。

途中からパラパラと小雨。40 分ほどで試峠(こころみとうげ)。

ここはミラーが道路の上に設置されている。道路の傾斜が急なので普通の設置方法では反対側の道が見えない。しかし今は本道はトンネルでこの下を抜けるので、車は滅多に通らない。

出発して 45 分くらいで清滝のバス停に到着した。

集合してから駐車場横のトイレに寄って、愛宕山表参道の鳥居に立ち寄ってから清滝川沿いに下りる。

昨今の大雨のためであろう、ところどころ道が荒れている。

落合の広場で早めの昼食にした。ここを過ぎるとずっと車道になる。

ちょうど 12 時くらいから小雨が降り出した。

車道に上がってから、まずは保津峡の展望場所に立ち寄る。

車道をしばらく登って六丁(ろくちょう)峠。

反対側に下って鳥居本。これが愛宕山参道の一の鳥居。

ここからは嵐山の観光エリアに入る。二尊院。


向井去来(芭蕉の弟子)のお墓。

平日とは言え、このあたりがこれほど観光客が少ないのは初めて。

小倉池にハスの花。この季節にここに来るのは初めて。

亀山公園に入って展望台へ。保津川の右岸の建物は「星のや」。チョー高い。山腹の建物は大悲閣。

渡月橋のあたりも観光客は少ない。人力車が必死で集客していた。

午後3時前に阪急嵐山駅で解散した。

これまではいつも個人的に二回戦を楽しんでから帰ったのだけれど、そういう意欲も減退してきた。天気もすっきりしないので、すんなり帰宅した。

大台ヶ原 筏場道

大台ヶ原は観光客だらけであまり近寄りたくない場所だけれど、台高山脈はなかなか魅力的な山域である。

ただ、台高山脈も大峰山脈と同様に、一部山域以外は山脈の東西の道が少なく、道路事情も悪くて日帰り周回コースが取りにくい。公共交通機関は北端の高見山と南の大台ヶ原以外は無いに等しい。

おかげでこの二箇所以外の山域は歩く人が少なくて、豊かな自然がたっぷり残っている魅力的なエリアだ。

大台ヶ原の少し北にある大台辻という峠がどんな所なのか、一度訪れてみたいと思っていた。

川上村の筏場(いかだば)から大台ヶ原に至る道で、ドライブウェイができる前まではかなり歩かれていたらしいが、昨今は随所で崩壊も進んでいてあまり整備されていない。奈良県では通行禁止にしている。ちょうど筏場から上がった稜線の峠が大台辻である。

谷崎潤一郎の「吉野葛」によると氏は明治の末か大正の始め頃にこの辺りを歩いたように思われるが、白洲正子の「かくれ里」には氏は実際にはここまでは行っていないはずという、考古学者の末永雅雄博士の話も書かれている。

いずれにしても昔はそれくらい一般的な道だったということだろう。

基本的には通行禁止なのであくまでも自己責任ということで、大台ヶ原から大台辻を訪ねてみることにした。

9/5 の土曜日、途中でパンとジュース、コーヒーの朝食をとって、家から3時間ほどで大台ヶ原の駐車場に着いた。ここは休日は早朝から一杯になるという話も聞いていたのでちょっと心配だったけれど、コロナの影響かどうかはわからないがまだまだ余裕たっぷりだった。

ビジターセンターのそばの日陰に車を停めた。

ついでなのでまずは日出ヶ岳に向かう。7時40分にビジターセンター横の登山道に入った。

この時間だとまだハイカーはあまりおらず、駐車場でもすでに標高が 1500m を越えているので、気持ち良く歩ける。

展望台からの熊野灘の方は雲がかかっていて海は見えない。

駐車場から 30 分少々で日出ヶ岳の山頂(1695.1m)に到着した。三重県の最高峰。

展望台からの大峰山脈。主要な山々がほぼ全部見える。

さて、ここからは良い子は入ってはいけません。

当然ながら踏み跡はあるような無いような・・・。トリカブト。

ネットに阻まれて、下に向かう踏み跡があったので少し下ってみたが、どうも来た道に出てしまいそうだったので上に戻った。

ほどなく巴岳。標高不明。

川上辻に向かって下る。ササに覆われていて地面が見えないので非常に歩きにくい。

9時過ぎに川上辻。ドライブウエイはすぐそば。

ここから先は多少は踏み跡が明瞭になった。少し進むと筏場道への分岐。右へ進む。道標は無し。

道は明瞭。しかしずっと山腹をトラバースする道で、沢と交差する所がことごとく崩れている。

安心橋というらしい。確かに丈夫そうでした。

たぶんこれが金明水。冷たくておいしかった。

所々に道標は残っている。

まるで古寺の庭のよう。

10時36分、大台辻に到着した。標高約 1200m。目的地の標高がコース上で最も低いという奇妙なルート。

ここで腰をおろしておにぎり休憩にした。

筏場道はここから北西に川上村に下っていく。そちらの道も私が歩いてきた道も、いずれもロープが張られて立ち入り禁止になっている。通行が許されているのは台高山脈主稜線の北側のみという場所。

さて、これで目的の大台辻を訪れることができたので、大台ヶ原に向けて引き返す。ただし西側にあるいくつかのマイナーピークを踏むために、コブシ峠から稜線に上がる。

ここは道はまったく無し。しかし所々に古いテープが残っている。稜線は明瞭なのでルートファインディングに苦労は無い。

標高が 1600m あたりになると周囲が開けてササ原になってきた。稜線に向けて薄い踏み跡が見えるが、ずいぶん疲れてきた。大して登ったわけでもないのに・・・。

12時過ぎ、大台辻から1時間15分くらいでようやく稜線に出た。ここで腰を下ろしてフルーツゼリーを食べた。凍らせてきたけれどすでにとけてた。

左手に次なる目標の大和岳。実はここより低い。

何かと思ったらロボット雨量計。

12時20分、大和岳(1597m)に到着した。

真ん中右が山上ヶ岳。真ん中左が大普賢岳。左端に釈迦ヶ岳。

あとは大台ヶ原へ戻るだけだが、しばらく登り返しになる。一箇所だけトリカブトの群生。

一登りで三津河落山(さんづこうおちやま)。

少し進んで如来月(1654m、読み方不明)。


あとは下るのみと思っていたら、想定外の登りが。帰ってから地図をしっかり見たらナゴヤ岳というのがありました。この登りはわずかだったけれど苦しかった。

何とか登りきって下りになったが、これがまた道が不明瞭で、しかもあの地面の見えないササ原の下りで、非常に歩きにくかった。

午後1時13分、川上辻の車道に出た。

ドライブウェイは登りだったので走る気にはなれず、15分ほどの歩きで駐車場に戻ってきた。

車に戻ったのは午後1時半だった。歩行距離も標高差も大したことのないコースだったのに、思いのほか疲労感が大きかった。

で、初めて行ったのが「あすかの湯」。明日香村からはずいぶん離れていて、実は橿原市。

駐車場も大きくて、風呂もいろいろあって、もちろん露天も。水風呂もあって、洗い場もたくさんある。お湯は無色透明であまり温泉ぽくないけれど、全体的に非常に良かった。週末は 750 円。最近行った銭湯の中では一番良かった。

坂本から比叡山

比叡山は何度も歩いているけれど、これまで歩いたのはほとんどが京都側からの道で、滋賀県側の道はあまり歩いたことが無い。

京都人の感覚では比叡山は京都の山なのだけれど、最高峰の大比叡(おおひえ)は京都滋賀の県境で、延暦寺は滋賀県である。

延暦寺の僧侶たちはだいたい大津市の坂本あたりに住んでいるので、比叡山は滋賀県の山と言ったほうが適切なように思われる。

比叡山で修行した最澄は坂本の生まれで、延暦寺の主要エリアもすべて滋賀県側なので、滋賀県側の道も歩いておかなければならないという気持ちは以前からあった。

まだまだ下界は酷暑なのでできれば標高の高い山へ行きたいところだけれど、週末の予定などの関係で近場の比叡山に向かうことにした。

8/30 の土曜日、電車で JR 比叡山坂本駅に向かった。

駅のそばの木陰のベンチで準備して8時過ぎに出発した。日吉大社の参道を西に向かう。鳥居の右側に見えるのが八王子山。禿げている部分が金大巌(こがねのおおいわ)のある所。

道がよくわからず、案内板を見てまずは東本宮へ。

ここから急な林道を 20 分ほど上がって、右が牛尾宮、左が三宮。

この二つの建物の間の奥に金大巌。

琵琶湖がきれいに見下ろせる。

ここのすぐ下までは林道で、ちょうど作業の軽トラが停まっていたが、ここからは神宮寺道の山道に入る。少し進むと右の斜面に踏み跡があったので辿ってみたところ、八王子山の山頂(381m)に出ることができた。

道に戻って数分で神宮寺跡に建つ奥総社。

しばらく登山道を行くと、朽ちた林道に出た。

左側にある三石岳(みついしだけ)へ登れる道がないか探しながら進んだが、左側はずっと壁のような状態で踏み跡らしきものは見当たらない。

三石岳を越えて少し進むと左に朽ちた林道の分岐があったので、そちらに向かったところ、最後はヤブ斜面を少し登って三石岳の三角点(675.6m)に出ることができた。

また林道に戻ってしばらく行くと恵心僧都御墓。恵心僧都(えしんそうず)は良源(りょうげん。元三大師)の弟子で、『往生要集(おうじょうようしゅう)』を撰述した。仏教僧のお墓なのに鳥居が立っている。

さらに進むと恵心院。

お次は秘宝館(重要文化財)。これって何?

10時27分、元三大師堂に到着。元三大師(がんざんだいし)は平安時代の天台宗の僧侶で、「延暦寺中興の祖」と呼ばれている。

中からお経が聞こえていた。靴を脱ぐのが面倒なので中には入らず。山門前のベンチでちょっと休憩。

横道に入って、元三大師御廟。ここも前に鳥居が。

横川中堂。

11時ちょっと前に横川のバスターミナルに出た。ここからはしばらく馴染みのルートになる。

せりあい地蔵から一周トレイルコースに入って、玉体杉。

この前で御所を遥拝します。

この道は 20 回くらいは歩いていると思うけれど、南へ向かうのはおそらく初めて。おかげでトレイルランナーと頻繁にすれ違う。

青龍寺への道に少し入った木陰でおにぎり休憩にした。

そして西塔の釈迦堂。

浄土院。

トレイルコースから分かれて根本中堂方向に向かう。坂本に下りるのでタダで入れてもらう。

大講堂まで来ると観光客がいっぱい。

根本中堂は改装中。参拝料を払っていないので中には入らず。

坂本に向かって、途中で法然上人得度の跡地。法然上人は浄土宗の開祖で、比叡山で修行した。

しばらくコンクリートの坂道を下る。

ほどなく未舗装路になって、午後1時12分、本坂を日吉大社まで下りてきた。

日吉大社は入山料がいるので中には入らず。

すぐそばにあった走井元三大師堂。

朝に来た道を下って行くと、「女人牛馬結界石」を発見。

さらに下ると最澄生誕の寺と言われる生源寺(しょうげんじ)。

最後は着替えとビールのために平和堂に向かって、午後1時36分にゴールした。

本坂は昼過ぎでも登ってくるハイカーに何人か出会ったけれど、横川への道は一人も出会わなかった。朝だったので下ってくる人はいない時間帯だったと思うけれど、歩く人は少なそうな感じだった。

しかし稜線のトレイルコースはやはり人が多くて、仕事でもなければもういいという感じ。比叡山を歩くのならトレイルコースをはずした回峰行の道が良さそうに思う。

宍粟五山

この週末は天気予報では今ひとつだった。しかし終日雨というわけではなくて、西の方ほど降水確率が低い。それならばということで、普段馴染みの薄い兵庫県に出かけることにした。

兵庫県は氷ノ山(1510m)をはじめとして 1000m を超える山がたくさんある。地図を眺めたところ、宍粟市に 1000m 超の山がいくつか並んでいて、うまい具合に周回できるエリアを発見した。

千町ヶ峰、段ヶ峰、杉山、笠杉山、大段山はぐるっと周回できる。ただし大段山だけは 1000m に満たない。

下千町の登山口までは車で2時間半くらいで、何とか日帰りできる範囲だ。

それではということで土曜日(8/22)の朝4時半に家を出た。途中でパンとジュース、コーヒーの朝食をとって、7時前に朝来ICを出た。

google のナビで林道に入ったところ、どう見てももはや車は通っていないと思われる悪路だった。雨水が流れた溝が深く切れ込んでいて、こんなところにはまり込んだら脱出できなくなってしまう。並の車高の SUV では到底ムリ。

致し方なく戻って、手前にあった舗装された林道の標識を見たところ、この道を行けば今日の周回コースの途中と交差する。そのあたりに車を止める場所があればそこから周回すればいい。

道端を注視しながら進んだところ、山道の標識が見つかった。そこから少し進むと絶好の駐車スペースがあった。

この「千峰」というのは何の意味だろうか。ここからさほど遠く無い場所に「千ヶ峰」という山があるが、方角が反対。この場所からは見えない。

とにかく、いい場所が見つかったので、このそばに車を置いて7時 40 分に出発した。

先ほど見つけた標識の場所に向かって車道を戻った。千町小屋という案内の標識が左に向かっていたが、稜線を忠実に辿るつもりで笠杉山へ少し登り返す。

ほどなく稜線に出会ったが、どうもまったく歩かれていない様子。

強引にそちらに向かったが、少しして車道に出てしまった。そこを渡ってさらに下っていくが、ヤブが濃い。さらに下ると沢筋に出た。

左岸をへつって進んだが、かなり危険。斜面は急だったけれど、頼りなさそうな草木を掴みながら稜線に這いずり上がった。

そうしたら何と、笠杉山への標識が現れた。

一瞬、状況が理解できなかったが、上にあった千町小屋への標識をそのまま下っていたらここに出たのだ。つまりこれまでの苦労はまったくのムダだったということ。と言ってもせいぜい 30 分くらいのことだったけれど。

ほんの数分で千町小屋に出た。人の気配は無し。

ここで林道と交差する。

散策路があったのでそちらに入ったが、しばらくして道が無くなった。川の右岸を行かなければならないはずが、左岸に来てしまっている。

結局、元に戻って、先ほどの林道を進むことにした。

少し行くと右に朽ちた林道が分かれていた。

ひょっとしたらこちらかもと思って入ってみたが、これもまた変な方向へ向かってしまって、またまた元に戻ることになってしまった。

結局は林道を淡々と進むことになった。アプローチの車道に始まって、最初からミスの連発で、気分はブルー。

15分ほどで上千町の集落に出た。正面にこれから登る大段山。

標識に従って登山路に入る。

急登の部分もあったが、9時39分、登山口から 35 分ほどで今日最初のピークの大段山(966m)に到着した。

ここで腰を下ろして凍らせてきたゼリー飲料を食べた。今回は小さな保冷剤を入れてきたのでまだ凍っている。半分残しておく。

正面にこの次のピークの千町ヶ峰がどっしり。

30分ほどの下りで車道に出た。当初の予定ではここまで車で来るつもりだった。車は一台も停まっていなかった。

キャンプ場の施設は朽ち果てている。最近、キャンプが流行っているとか聞くけれど、キャンプ場も人気不人気がはっきりと分かれているのだろうか。

鬱蒼とした沢筋の道を淡々と進む。

1000m を越えた稜線間近の場所でも水が流れていたので不思議だなと思っていたら、こんな場所に「弘法の池」という水溜り。

たぶん雨水が溜まっているのだろう。水を飲まなくてよかった。

11時18分、登山口から1時間少々で千町ヶ峰(1141.3m)に到着した。

ようやく気分も持ち直してきた感じで、三角点の石に腰掛けておにぎり休憩にした。デザートは半分残していたゼリー。

正面には次なるピークの段ヶ峰。

思ったよりも時間がかかっているので早々に先に進む。しばらく進んだら車道に出た。

正面の林道に入ったが、どうも違う感じ。またまた車道に戻って、車道を進む。

車道を 20 分ほど進んで、千町峠から登山道に入る。

標高差は大したことはないけれど、結構距離がある。

このあたりから疲労感を感じるようになってきた。単なる疲労というより、少し頭がフラフラするような感じ。水に濡らしたネッククーラーやサンシェード、しばしばハッカスプレーなどで暑さ対策はしているけれど、元々体質的に暑さは苦手だ。

12 時半、ようやく段ヶ峰(1103.4m)に到着した。

千町ヶ峰を振り返る。あそこから1時間少々で来た。

残すはあと二山。左が杉山で右が笠杉山。

あれは氷ノ山?。

補給したかったが日陰が無いので先に進む。樹林帯に入ったので腰を下ろしたら今度はアブがまとわりついてきて、なかなかゆっくりさせてくれない。

杉山への登りは苦しくなってきた。アブが去ってくれたのでどら焼き、そしてもう一つのゼリーを補給した。

午後1時 10 分、ようやく杉山(1088m)に着いた。

段ヶ峰を振り返る。

さて、残すは笠杉山のみ。しかし体力回復を期待した補給の効果もあまり感じられない。しばらくは下りだが、本音はあまり下りたくない。

左に林道が見えて、「笠杉山迂回路」という標識があったが、そのまま稜線を辿った。ちょっとした登りだったがつらかった。が、悲しいかな、すぐ先で車道に下りてしまった。ムダな体力を使ってしまった。

おそらくこれが最後の登りになるだろう。

ここからの登りはここしばらく記憶にないくらいに苦しかった。何度もポールに体を預けて立ち止まって呼吸を整えなければならなかった。

最後の方は進めば進むほど頂上が遠のいていくような感覚で、永遠に頂上にたどり着かないのではないかと思えるほどだった。

最後の頂上(1032.1m)に到着したのは午後2時 12 分だった。

午後2時 26 分、ようやく駐車場所に戻ってきた。正面に千町ヶ峰を望むことができた。

軽い気持ちで設定したコースだったが、序盤の様々なトラブルなどで思った以上に体力、気力を消耗してしまった。

消耗したわりには満足感にはほど遠い感じで、すっきりしない山行だった。

神子畑(みこばた)選鉱場跡」の映像はかつて何かで見た記憶があったが、実は今日走ってきた道がその前を通っていた。行きに気がついたので、帰りにはぜひ立ち寄ってみようと思った。

昭和 62 年まで稼働していた施設なので、廃墟という印象では無いけれど、それにしてもこのスケールの大きさには驚かされる。

そして今日の温泉は福崎の福ふく温泉。なぜか玄関に雪女。小ぶりな温泉でした。

伊吹山行道岩

とにかく毎日暑い。せめて標高 1000m は越えなければ、ということで、日曜日(8/16)は伊吹山へ行くことにした。

伊吹山はかつては修験道の山で、行場の跡などが所々に残っている。そんな中で、以前から気になっていたのが行道岩(ぎょうどういわ。平等石、行導岩、行堂岩とも)。

スキー場跡を通る登山道を上がると、五合目を過ぎたあたりで左上に岩とちょっとした建物が見える。しかしここに至る道は無い。

ここは三修、円空が修行したと伝えられる場所。

記録を探ってみたが見つかるのは積雪期ばかりで、無雪期のものは見つからない。

しかし写真で見る限りではそんなに厳しい場所でもなさそうなので、斜面を適当に行けば何とかなるのではないかと思った。何と言っても昔ここで修行した人が何人もいるのだから。

スキー場跡からのコースはおそらく人だらけなので、まだ歩いたことの無い京極氏遺跡から登ることにした。

google のナビでとんでもない細道に誘導されてあわてたが、何とか戻れて、京極氏遺跡そばの駐車場を発見することができた。

7時15分に駐車場を出発。伊吹神社への参道に入る。道のそばには京極氏の遺跡が並んでいるが、立ち寄るのは帰りにする。

神社への石段の横から山道に入る。

結構な急斜面だけれど、道が適度な傾斜でジグザグに造られているので歩きやすい。弘法大師の道龍門岳とは大違い。

山道に入って 30 分少々で上平寺(じょうへいじ)城跡まで来たが、立ち寄るのは帰りにしてスルーする。

さらに登ると弥高寺跡への分岐が。

弥高寺跡がどこにあるのか知らなくて、少し入った所にあるのかなと思ってそちらに向かってみたが、本来の方向からどんどん離れていくので結局ここまで戻ってきた。

尾根に登りあげると前方に伊吹山が望めた。意外と遠いな。

出発して2時間で五合目に合流した。やはり人が多い。

しばらく登山道を登って、六合目の道が右に曲がっていくあたりで左の斜面に突入した。左上に行道岩が見える。

写真では大した傾斜には見えないけれど、ハゲた斜面で滑るとかなりずるずると落ちてしまいそうなので、できるだけ灌木のある部分を選んで進む。

あと少し。

9時50分、行道岩に到着した。

岩の上から琵琶湖を望む。

建物のそばで腰を下ろして、凍らせてきたカルピスを飲んだが、すでにとけていた。冷たさは残っていたけれど。

それにしてもこの建物は何のためだろうか。何かの物置のような感じで、さほど古いものではない。四畳半くらいの大きさで、ドアの鍵は開いていて、中は何も無し。宗教的な物は何も見当たらない。

決して放っておかれているわけではなくて、何らかの保守はされている模様だが、踏み跡のようなものはまったく見当たらなかった。

山頂方面を望む。

登山道に戻るのは大変なので、このまま上に登りあげる。踏み跡などはまったく無く、あるのはシカのフンだけ。

10時20分、無事稜線にたどり着いた。気のせいか展望台の観光客がこちらを見ているような気がする。

行道岩を見下ろす。

足下にキオン。

遊歩道に入って、アカソ。

ルリトラノオ。

駐車場から 30 分くらいで来られるので、このあたりは人だらけ。日本武尊像。

弥勒堂。伊吹山修験道の中心的な施設だった。

10時40分に三角点(1377.3m)に到着した。

空いているベンチに腰掛けておにぎり休憩にした。やはり多少は涼しい。10分ほどの休憩で下山。

ツリガネニンジン。

シモツケソウ。

サラシナショウマ。

伊吹山は修験道の山だったので、その上部は女人禁制だった。夫を追って上がってきたその妻を、一陣の風が吹き飛ばそうとしたが、妻が岩にしがみついた指跡が残っているという手掛岩。

八合目あたりまで下りてくると行道岩が見える。

その案内板。

避難小屋の下からはショートカットして下山路に入る。登ってきたので迷いは無かったけれど、初めてだったらわかりにくいだろう。

どんどん下る。それにつれて暑くなってきた。

上平寺城本丸跡に立ち寄る。16世紀に京極高清が築いた。

随所に標識が建っているけれど、いずれも人工的に地面が削られた跡が残っているだけで、建物の跡のようなものはまったく無い。

12時44分、伊吹神社まで戻ってきた。石段を上がって参拝。

本殿の横には京極氏一族の墓。

12時56分、灼熱の駐車場に戻ってきた。出る時は他には車は無かったけれど、数台が止まっていた。

伊吹は花が有名だけれど、実は薬草でも有名。そこで薬草の里文化センターの薬草の湯へ。エントランスの向こうに伊吹山が望める。

空いていたので良かったけれど、かなり小さかった。実は大浴場と小浴場があって、日によって男女で振り分けているようで、たまたまこの日は小浴場が男風呂になっていたもよう。

なかなか充実感のある一日でした。

龍門岳、烏ノ塒屋山

梅雨も明けて好天の三連休だったけれど、法事があったりしたせいで山に行けるのは 10 日だけだった。前日発の遠出もできず、近場の日帰りしかできなかった。

吉野から北の方を眺めると、龍門岳の東(右)に顕著な突起がある。これは西吉野の梨子堂のあたりからの眺め。

真ん中が龍門岳で、その右の方の突起が烏ノ塒屋山(からすのとややま)。以前から気になっていたので、ここへ行ってみることにした。

吉野運動公園の駐車場に車を置いて、7時過ぎに出発した。

まずは前回、龍門岳に来た時にも訪れた菅生寺(すぎょうじ)に向かう。出発して数分経ってからポールを車に忘れてきたことに気が付いたが、取りに戻るのが面倒なのでそのまま先に向かった。

菅生寺は菅原道真が生まれたという伝承がある。役行者の像があるはずなのだけれど暗くてよくわからず。

その後、前回は訪れなかった薬師寺へ。案内板も何も無く、鎌倉時代制作の宝篋印塔(ほうきょういんとう。上部の相輪は後の時代のもの)が確認できたのみ。

そして吉野山口神社へ向かう。途中で龍門岳が望めた。真ん中の奥の方。

吉野山口神社。

すぐそばに高鉾神社。この神社はかつては龍門岳の山頂に祀られていたとか。

ツルマンリョウは花は終わって実はまだという時期でした。

いよいよ山に入っていく。ちょっとした駐車スペースと公衆トイレ。車が2台停まっていた。

朽ちた林道になって、これも鎌倉時代の龍門寺下乗石(げじょうせき)。

少し進むと左の沢筋に細い道。龍門の滝への道ではないかと思ってそちらに入った。

龍門の滝。

滝壺のそばには芭蕉の句碑。

林道に上がってから道を少し横にそれて、龍門寺三重塔の礎石。

さて、ここを過ぎたら本格的な山道に入る。この道は山頂まで結構な登りが続く。

8時50分に山頂(904.1m)に到着した。

腰を下ろして、凍らせてきたフルーツゼリーを食べた。先週もゼリー飲料を2個凍らせて持ってきたけれど、最初に食べた時にすでに溶けて冷たさも残っていない状態だったので、今回は早めに食べることにした。

保冷パックも少ししっかりしたものを買ったおかげで、まだ半解凍状態でちょうどおいしかった。

さて、今日の本番はこれからである。北へ少し進んでから不明瞭な分岐を北東に向かう。大変な激下りで、ポールを持って来なかったことを後悔したが、もはや後の祭り。

本来の道の部分はおそらく梅雨の多雨でかなりの雨水が流れたであろう様子で、横の枯れ葉の斜面をゆっくり下る。

急な部分はそれほど長くは続かなかった。薄い踏み跡を辿っていたら、足下に手書きの標識があった。

これによると烏ノ塒屋山へはここから右へ入るのが近いらしい。それに従ってその方向へ向かってみたが、ほどなく踏み跡すら見当たらなくなってしまった。

gps で確認するとやはり方向がおかしいので、正しいと思われる尾根に向かって斜面をトラバースした。

しばらく尾根を辿っていると、中龍門岳(673.1m)という三角点に出た。

龍門岳への矢印のある方向に踏み跡があって、龍門岳から来たのになぜ別の方向にそういう標識があるのか理解できず、そうでない方向に向かった。

一段と踏み跡が薄くなったが、朽ちた木の階段が出てきたので、これでいいのだろうとしばらく下ってふと gps を見ると、全然違う方向に下っていた。

結局、中龍門岳の三角点まで戻って、龍門岳への標識の出ている道に行った。

少し進むと送電線の鉄塔があって、この先はどこもヤブでウロウロさせられた。いくつかの方向に古いテープがあって、どれが正解なのかわからない。

結果的には gps のおかげで正しいルートに戻ることができたが、それにしてもわかりにくい地形だ。gps 無しでは到底歩けない。

しばらく進むとわりと新しい植林のネットが出てきた。ネットに沿って下って行ったら、またもやいつの間にかルートをはずれていた。

突然、視界が開けて、桜井方面の展望が得られた。真ん中が額井岳。左の香酔峠を隔てて香酔山、さらに左に貝ヶ平山。

龍門岳から烏ノ塒屋山まで1時間少々くらいで行けるのではないかと思っていたが、すでにそれくらいの時間が経過していて、まだまだ先がある。しばしばロストして、道も倒木だらけですんなりとは歩けない。

ようやく最後の登りにさしかった。さすがに予想通りの急登だが、木の枝を頼りに這いずり上がって、10時55分、ようやく烏ノ塒屋山(659.1m)に到着した。残念ながら展望は無し。

ここで腰を下ろしておにぎり休憩にした。そしてデザートに残りのフルーツゼリー。すでに溶けてしまっていたけれど、冷たさはまだ少し残っていた。

送電線の鉄塔の間から高見山。

下りもわかりにくかった。送電線を過ぎてから直角に曲がるポイントは、gps で確認しないとまずわからないのではないかと思われた。

ほどなく朽ちた林道跡のような道になった。このあたりは意外と上部まで植林になっている。

このあたりは「恋の谷」というロマンチックな地名がついているのだけれど、その云われは不明。

その「恋の谷」をそのまま下ると車道部分が長くなるので、途中で西への分岐に入る。道が残っているのかどうか心配だったけれど、何とか行けそう。

ちょっとした峠を越えて、別所の集落に出た。

このあと猛暑の中の車道を 5km ほど走って、12時35分、吉野運動公園に戻ってきた。

津風呂湖がすぐそばなので展望場所が無いかと探してみたが、散策路の間からちょっと見えただけだった。

思ったよりも厳しかった。展望もほとんど無く、烏ノ塒屋山は登るよりも眺める山だと思った。まぁ登ったから言えることだけれど。あまりお勧めはしません。

堂山

今月からようやく文化センターの登山講座が再開になった。この講座は二月以来の5ヶ月ぶり。

7/19の日曜日、コロナの関係で遠方は避けて、湖南アルプスの堂山に向かった。

前日までの天気予報では降水確率が高かったのだけれど雨にはならなさそうな雰囲気で、むしろ蒸し暑くなりそう。

JR石山駅からバスに乗って、新免から歩き出す。

右を見ると今日の目標の堂山。

新宮神社で準備を整える。

登山道に入ってしばらくするとアルプス風情になってきた。

わずか 384m の山なのだけれど、風化した花崗岩の急登が続く。

気候のせいか、お一人熱中症のような症状でしばし休憩。

何とか落ち着いてこられたので遅れて稜線に出たところ、ここでまた別の方がダウン。

堂山の山頂はここから少し西へ行ったところだけれど、下山は南東方向に向かうので、私はダウンした方と一緒にここで待っていることにした。

ここからは琵琶湖越しに比叡山。

北の方には金勝アルプスの竜王山。

みなさんが堂山から戻ってこられてからここで昼食にした。

昼食後は鎧ダムに向かう。鎧ダムは地形図では池のような表記になっているけれど、砂で埋もれてもはやそれほどの水量は無い。

そして鎧堰堤。金勝アルプスのオランダ堰堤と同じくヨハネス・デレーケ氏の設計による。

さらに下ると迎不動堰堤。これは近年のもの。

ほどなく天神川の車道に降り立った。このあたりは人だらけ。

あとは車道でバス停まで。

午後3時過ぎ、バスの出る数分前にアルプス登山口のバス停に到着した。

かなり余裕を持った行程だったのだが、結果的にはちょうどバスの時刻にぴったりで終わった。