鯖街道へ

明日はいよいよ鯖街道ウルトラマラソン。私は初参加だが、クラブのベテランで何度も参加されている人たちに合流させてもらう。
明朝6時のスタートなので前泊が必要になるが、小浜の会場近くの公園でテント泊。通称『パークホテル』とのこと。テントで寝るのは慣れているのでまったく問題無し!。と言うか、ホテルや旅館よりもこっちの方がいい。
調子は悪くない。左のアキレス腱にちょっと疲労性の痛みを感じることがあるが、このところよくある程度の軽いもので、走り出して温まればすぐに消える。
どうするか悩んだが、明日は完全に空身で行こうと思う。雨が降る可能性が高いので、ライトジャケットを腰に結びつけて行こう。
このところのトレイルレースではいつも荷物をすべてかついで走っていたので(荷物運搬料節約のため)、たまには身軽で走ってみたい。エイドも充実しているので大丈夫だろう。大きな荷物は主催者が運んでくれるし。

『Sydney !』

村上春樹シリーズ第二弾は『Sydney !』。タイトルからもわかる通り、2000年のシドニー・オリンピックの観戦記だ。
なぜかプロローグが有森裕子のアトランタでの走りから始まっている。有森はシドニー・オリンピックには出場していない。代表選考会の大阪国際女子マラソンに出場はしたが、序盤で早々とレースから脱落していた。すでに33歳で、彼女の活躍はほとんど誰も期待していなかっただろう(おそらく本音では本人も)。
これに続いて犬伏孝行の合宿風景が語られる。犬伏はマラソンの代表としてシドニーを走ったが、38kmあたりでリタイアしてゴールすらできなかった。私を含めて多くのマラソンファンが期待感を持っていたので、勝負になる前に脱落してしまったのにはかなりがっかりさせられた。
村上春樹氏自身はマラソン以外はオリンピックに対してさほど興味が無いようである。はっきりと公言もされている。しかし出版社からの依頼ということで、せっかくの機会なので行ってみようということになったらしい。
『走ることについて語るときに僕の語ること』を読んだ直後だったので、この時ほどの新鮮さは感じなかったが、相変わらずの読ませる文章に引き込まれて行った(実際に書かれた年代では『Sydney !』の方が数年早いが)。
氏の基本姿勢としては『オリンピックがいかに退屈でつまらないか(マラソンを除いて)』というスタンスで文章が綴られている。特に開会式や閉会式はその最たるもので、開会式では氏はその退屈さに耐えかねて、入場行進の序盤で退場している。氏の感性から推測すると『そりゃそうだろうな』と納得してしまう。私だっておそらく同じように感じるだろう。
サッカーや野球、テニスなどはオリンピックには不要という意見も、まったく同意する(すでに野球は廃止が決まっているが)。
そしてエピローグでまた有森裕子と犬伏孝行が登場する。
有森裕子はオリンピック後の10月に行われたニューヨークシティマラソンに出場したらしい。本人の期待とは裏腹に、極めて不満な結果に終わったようだ。
この頃はすでにリクルートを退社して小出監督から離れており、そのあたりの影響もあったのかも知れない。いずれにしてもシドニー・オリンピックとは何の関係も無い出来事のようにしか思えない。
犬伏孝行は帰国後の記者会見などの様子。監督の総括のような話も述べられていたが、私はプロローグを読んだときに犬伏がこういう結果に終わった理由がわかったような気がした(『オマエなんかにわかるもんか!』と言われそうだが)。
犬伏は『とにかくオリンピックに行きたかった。種目は何でも良かった』と言っていたそうだ。つまり代表に選ばれた時点で彼の夢は実現してしまっていたわけである。もちろんメダルを目指すという気持ちもあったには違いないが、心の奥底にはほのかな満足感が漂ってしまっていたに違いない。このあたりは金メダルを取った高橋尚子とはまったくの正反対である。
こういう選手の失敗分析は、何を語られてもただの言い訳にしか聞こえない。
失敗した二人をプロローグとエピローグに持ってきたのは意図的なものであると氏は述べている。これがなければこの本の印象も随分違ったものになったに違いないと書かれているが、私の印象としてはこれらは不要である。むしろこれが無ければもっと好印象で読了できたのではないかと思うくらいだ。
普通のオリンピック観戦記には無いような視点での文章は非常に楽しかったが、プロローグとエピローグには違和感を感じた。それが私の印象である。もう一度読み返したいとは思わない。
さらに一緒に借りてきた『意味がなければスイングはない』を開いてみた。このタイトルは言うまでもなく、デューク・エリントンの名曲『スイングがなければ意味はない(It Don’t Mean a Thing (If it Ain’t Got That Swing))』のパロディ。タイトルからジャズ関連のエッセイかと思ったが、実際にはかなり広い範囲の音楽が選ばれており、ちょっとついて行けない感じ。ジャズ関連の章をいくつか読んだだけで、やめにした。
文章がちょっとくどい。氏の博識はよくわかるが、こっちはそんなレベルじゃないよという感じ。
こういうタイプの文章、どこかで出会ったことがあるような気がするなぁと思った。よく考えてみるとそれは、菊池成孔だった(と思う。図書館で借りたので手元に残っていない)。菊池成孔もかなりの博識だが、どうも好きになれない。音楽も(さほど多く聴いたわけではないが)、ハートよりも頭でやっているように感じられて、うまいとは思うがそれ以上でもそれ以下でもないという感じ。坂本龍一と同様に。
そんなこんなでここ1週間ほどは村上春樹マイブームと言った感じだったが、それもこれで終了と言ったところだ。幸か不幸か小説を読みたいという気持ちにはならなかった。

山田池ジョグ

今日は山田池へ行った。
昨日の淀川ではそこそこのペースで上がることができたが、もう少し心拍数を上げた走りをやっておきたいと考えて、スピードよりも心拍数を意識して走った。
少なくとも140。できれば150くらいの走りにしたいと思ったが、おおむね予定通りの走りで、ペースも個人練習では久しぶりにトータルでキロ4’58″で行けた。
明日と明後日は軽いジョグだけにするつもり。
どうも日曜日は天気が悪くなりそうだ。

淀川ジョグ

このところ暑い日が続いたので木陰の無い淀川は避けていたが、今日はわりと風があって、夕方は暑さもおさまってきていたので、淀川へ向かった。週末の鯖街道ウルトラは途中に20kmほどのフラット(やや下りぎみ)な車道があるので、平坦なロードをリズミカルに走ることもやっておきたかった。
前半は思ったほどペースが上がらなかったが、折り返してからは意識して少しペースアップして、後半はおおむねキロ5分少々くらいで気持ち良く走りきることができた。
それにしても鯖街道に対しては緊張感も無く、どうしたことか期待感もほとんど出てこない。おんたけウルトラが走れなくなったので、ある意味では今年のメインイベントになるであろう大会なのだが。六甲縦走キャノンボールの時とはまったく正反対の精神状態だ。
考えられる要因は二つで、一つ目は『ペースミスやアクシデントが無ければ完走はできるだろう』と感じていること。もう一つは先月の試走でコース状況がおおむねわかっており、その時の印象でこのコースに対する期待感があまり無いこと(要するにあまり好印象ではないということ)。
おそらく大会の雰囲気は素晴らしいのだろうと思う。キャノンボールの往路の時のように、期待していたエイドが無いというようなことは絶対に無いはずだ。手ぶらでスタートしようかと思っているくらいなのだ。
モチベーションを上げるのが難しい状態になってしまっているが、こういう時はその結果がプラスに出るかマイナスに出るか、どちらかの極端になる可能性が高い。気楽にスタートして好結果になるかも知れないし、気持ちが乗らずに悲惨な結果になるかも知れない。
もちろん、好結果になることを願っているのだが・・・。

『走ることについて語るときに僕の語ること』

唐突だが、私はかなりひねくれた性格である(と思っている)。
とにかく世間での流行やブームと言ったものにまったく関心が無く、むしろ反発すら感じてしまう。われながら『何もそこまで・・・』と思ってしまうのだが、持って生まれた性分は如何ともしがたい。
私は大阪在住だが、このところの大阪駅周辺の賑わいにはまったく関心が無いし、ディズニーランドやUSJ、東京スカイツリーなど、行ったことも無いし行きたいとも思わない。むしろそんな人混みには近づきたくないとすら思う。
そんなわけでここ何年かの、社会現象とも言えるくらいの村上春樹ブームには目を背けていた。
学生時代には粋がってドストエフスキーの全集を集めたりしたが、はっきり言ってただ字面を追っていただけだ。ジャズ喫茶での単なる時間つぶしでしかなかった。
その後はフィクションにはほとんど興味を感じなくなり、小説はもとより映画、ドラマなどもほとんど接することが無くなったまま今日に至っている。
村上春樹の作品ではなぜか『ノルウェイの森』を読んだが、正直言ってよくわからなかった。この作品のいったいどこがおもしろいのだろうかという感想しか持たなかった。ストーリーもまったく覚えていない。
その後の村上春樹ブームはまったく無視でやり過ごしてきたのだが、最近の新刊のブームのせいで、暇つぶしのネットサーフィンをやっていると至るところで村上春樹関連情報に行き当たる。
氏がマラソンランナーであることは漠然とは知っていたけれど、どのくらいのレベルなのか、どれくらい入れ込んでおられるか、ということはまったく知らなかったし、強いて言えば興味も無かった。
ところがたまたま最近見かけたコラムのようなもので氏がマラソンについて少し語っておられるのを読んで、反射的に『これはホンモノだ!』と感じた。運良く図書館で氏の『走ることについて語るときに僕の語ること』がすぐに借りられたので、さっそくひもといてみた。
あまりのおもしろさに魅了されて、ほとんど一気に読了した。そして読了するやいなや最初のページに戻って、2回目を読み始めた。氏はこの本を『エッセーではなくメモワール』と言っている。確かにいわゆるスポーツ・ノンフィクションではなく、あくまでも氏の個人的な心の動きを語ったものだ。
氏も言うように、作家でランナーという人はかなりめずらしいと思う(ここで言う『ランナー』というのは、客観的な走力は別として本人の気持ちは競技志向で取り組んでいる人のこと。気分転換にジョギングを楽しむだけの人のことではない)。私が知る限りでは他には灰谷健次郎(故人)くらいだろうか。
一般的なイメージとして、作家や音楽家。画家などの芸術家というのは不健康で退廃的な人たちという印象が強い。そうでなければ良い作品を産み出すことはできないとすら思われている。氏もこのことを認識されており、実際にそういう側面があることを肯定されている。
しかし氏の場合はマラソン(もしくはトライアスロン)を続けてきたことが作家としての成長のベースにあって、本当の心の底のドロドロしたものを掘り下げてそれを作品に仕上げていくためにはとてつもない体力が必要で、『不健康なイメージの作品を創り出すためには健康でなければならない』というふうに考えておられるようだ。そういうとらえ方は理屈としてはわかるような気がする。
この本で一番印象的だったのは、氏が自らの老いについて語っておられるところ。氏がこの文章を書かれたのは今の私とほぼ同じくらいの年齢の頃だ。
氏の場合は40台後半あたりから記録の低下が始まったらしい。私は記録の低下という意味ではもう30台後半から始まっているが、体感とのずれが生じるようになったのは50歳を過ぎてから。氏はちょうどこの本を書かれている頃がそういう時期にさしかかっていたように思われる。
一言で言えば『練習がレースの結果に結びつかない』ということ。レースにおいても、終盤に思いもよらないペースダウンに見舞われる。たとえ序盤をセーブしたとしても。
一流選手も引退前のレースはそんな感じだ。瀬古利彦、高橋尚子、有森裕子、高岡寿成・・・。それが『老い』というものなのだ。
ただ幸いなことに、氏や私はプロランナーではないので、どんなに衰えても引退する必要は無い。自分が納得できる限り、走り続けることができる。
調子に乗って、また図書館で『Sydney !』と『意味がなければスイングはない』を借りてきた。私は学生の頃からずっとジャズに親しんできたが、氏も20台の頃はジャズ・クラブのようなものを経営されていた。たぶんそんなことも氏の文章に共感を感じるベースにあるのかも知れない。
これらの感想はまた改めて。
しかし本業の小説を読んでみたいとはまだ思わないなぁ・・・。

ほしだ園地・交野山マラニック

昨日はクラブのイベントでほしだ園地・交野山マラニックへ行った。これで3週連続で同じような所へ。

より大きな地図で マラニック2013 を表示
最後はスパバレイに下りてくるので、ここに自転車を置いて河内森まで走って行く。仲間と二人で走っていたら、スピードランナーが後ろから追いついてきた。三人で集合地へ。
コースはいつもと同じでほしだ園地に入って星のブランコを渡って、きさいちカントリークラブを横切ってくろんど園地経由で交野山へ。
ここ2年は不安定な天候で一時小雨に降られたりしていたが、今年は暑いくらいの好天。たっぷり汗をかいて、気持ち良く温泉に突入した。
運良く昨日は母の日ということで、大人の女性は無料とのこと。父の日には男性が無料になるのだろうか。

競技場インターバル

今日は小雨の中、競技場でインターバル。
気持ちは進まないが、今の季節は競技場ならインターバルしかない。
1本目の途中で、以前に1本すら走りきれなかった時のような身体のしびれを少し感じて、『今日もダメか・・・』と思ったが、以前が単独走だったのに対して今日は数人のグループだったので、何とか持ちこたえて3’54″で走り切れた。
しかしあと4本走り切れる自信は無かった。
このところインターバルをやるとどうしても『5本やりきる』ということにとらわれて、そういうペースにしてしまっている。本当に追い込むところまでの走りができていないので、本来のインターバル練習になっていないのだ。
今日は何とかこの壁を乗り越えたいと考えていた。
2本目は4分以上かかったのではと思ったが、ギリギリの3’59″だった。
3本目になると少し身体が慣れてきたのか、気持ちに若干の余裕が出てきた。タイムはまたまた3’59″。
4本目も3’59″で、ラストは思い切ってペースアップしたつもりだったが、またもや3’59″。
ギリギリではあるけれど5本とも4分を切れた満足感と、ラストでペースアップできなかった不満の入り交じった複雑な心境だったが、とにかくも一人では絶対にできない練習ができたということは間違いのないところだ。
今日の練習は90点ということにしておこう。

続・ある山スキーヤーの死

その後の詳しい情報によると、亡くなったS氏は頭部に落石を受けたにもかかわらず、頭部や顔面の損傷はそれほどひどくなかったらしい。ただ、救出時は耳からかなりの出血があったようで、重度の脳挫傷と思われる。
個人的な面識は無いのであくまでもS氏のホームページやお知り合いからの情報だが、氏は山では常にヘルメットをかぶっており、同行経験のある人たちによれば『こんなところで』と思えるような場所でもヘルメットは放さなかったらしい。
事故時も当然ヘルメットをかぶっておられたが、なぜか割れていなかったらしい。
ヘルメットは、ある程度以上の衝撃を受けると割れるように作られている。割れることによって衝撃を逃がして、頭へのダメージを軽減させるためである。極端に強く作っても、どうせ生身の身体が耐えられない。
山ヤから見ても非常に慎重に見えたS氏が、よりによって頭部への落石で亡くなられるというのは、何とも皮肉としか言いようが無い。
自然は非情だ。その人が慎重か無謀か、社会的地位が高いか低いか、金持ちかビンボーか、人から好かれているか嫌われているか、そんなことは一切お構いなしである。
残されたご家族のショックはいかほどのものか、計り知れない。3人のお子さんはまだ十台のはずだ。
院長を務めておられたクリニックも地域の中核病院のような位置づけのところなので、今後の運営にも大きな影響が出るだろう。ただ、S氏の個人経営では無かったので(いわゆる『雇われ院長』)、すでに新しい院長が配置されて、表面的には平静を装っているように見える。こういうところは組織のありがたみと言うか、非情さと言うか・・・。
雪崩は直近の降雪状況や天候、気温、雪質などで、危険性をある程度推測することができるが、落石は難しい。今頃の季節は冬に凍った岩の割れ目の氷が溶けて非常に脆くなっている時期ではあるが、そんな場所は至る所にあるので、とにかく耳をすませて常に注意を払っているくらいしか対処方法が無い。
特に恐いのは雪の斜面を落ちてくる落石で、これは音がほとんど聞こえない。強風で風の音が大きかったりしたらなおさらだ。ずいぶん前のことになるが、京都のベテランクライマーがカラコルムの氷河で頭部に落石を受けて亡くなられたことがあったが、この時もまったく音も無く飛んできたらしい。
人の命に重いや軽いは無いけれど、S氏のような方がこんなにも突然、あっさりと亡くなってしまわれるというのは、とにかく残念と言うしか無い。

ある山スキーヤーの死

私は元々山ヤで、体力不足を補うために始めたランニングがいつのまにかメインになってしまったというタイプだ。しかし山も辞めてしまったわけではなく、満足のいく走りができなくなって一時期レースから離れていた時は、また山がメインの生活に戻っていた。その頃一番好きだったのは山スキーだ。
その山スキーもここ3年ほどはすっかりご無沙汰になってしまっているが、その頃情報収集のためにいくつかのホームページを参考にさせてもらっていたが、山スキーから離れた今も毎日更新を楽しみにしているページがある。
ここの主は金沢のお医者さんで、山スキーの世界では知らない人はいないカリスマスキーヤーである。
いつものように今朝、ここを訪ねてみると、思いもよらない情報に出くわした。何と、高山市の産科クリニックで院長を務めながら、少ない休みを有効に使って通な山スキーを続けてこられたベテラン山スキーヤー昨日亡くなったと知って、驚愕した。
非常に慎重な方で、雪崩等の危険に対する察知力も素晴らしく(おそらく)、山で事故に遭いそうな気配はまったく感じられなかっただけに、改めて自然の恐ろしさを再認識させられた。
私自身もかつては岩登りや冬山を楽しんできたが、今思うのは『死ななくてよかった』ということである。
親しい友人を山で失ったことはないが、面識のある程度の人なら5人以上は山で亡くなっている。
かつてはそういう危険が一種の魅力でもあり、リスクの無い行為には満足感が得られなかったが、今はそういう気持ちはほとんど無くなった(まったく無くなった訳ではないが・・・)。
知人で山で亡くなった人も、どちらかと言うとベテランが多い。山ではどれだけ経験を積んでも安全が保証される訳ではないし、むしろ経験を積めば積むほど困難なルートに行く機会が増えて、それだけリスクも高まるということになる。
しかしこのドクターは一般路(積雪期なので夏山のような一般路ではないが)で落石に遭遇ということで、何とも残念としか言いようが無い。非常にテクニカルなルートでの滑落などであれば気持ち的にはもう少し救われるような気もするのだが。
ご冥福をお祈りいたします。

淀川ジョグ

今日は久しぶりに淀川を枚方大橋まで往復した。
昨日は祝日だったが、土日にそこそこ走り込んだので完全休養にした。今日は気温が低めで、これなら淀川でも快適に走れるコンディションだったので、フラットなところを快適にジョグしようと思った。
思ったよりは速めのペースで、トータルでキロ5’40″ペース。たぶん後半は5分台の前半だったと思う。
週末の疲れもほとんど無く、気持ち良く走ることができた。