ニセイカウシュッペ山

11/12(日)は日曜日なので人の少なそうな山ということでニセイカウシュッペ山に向かうことにした。

ニセイカウシュッペ山は石狩川を挟んで黒岳の北側にある山で、今の私の体力でも何とかなりそうと思った。山名はアイヌ語で「峡谷の上にいるもの」という意味。

R273からはずれて狭い未舗装の林道を30分余り進んだところが登山口。駐車スペースはそこそこの大きさがあった。

1台停まっていて、準備をしているうちにあと1台やってきた。

8時前に出発した。

しばらくなだらかで穏やかな道を進む。

歩き出して1時間少々で目標の山が見えてきた。

そしてほどなく雪が出てきた。

しばらく進むと雪がしっかりついてきたのでチェーンスパイクを着用した。

ちょっとした岩場を越えるところが何ヶ所かあって、雪や氷が乗っていて、おまけに左側が急斜面なので慎重に越えた。

このあたりからはルートがほぼ見渡せる。

出発して2時間20分ほどで「あと1km」の標識。このあたりから逆に雪が少なくなってきた。

前に見えているのは前衛峰だが、これは左側をトラバースする。

あと少し。

11時ちょうど、ニセイカウシュッペ山の山頂(1878.9m)に到着した。

山頂には先行していた二人と、私を抜いていった三人がおられた。

天塩岳方面を望む。

三角点と山頂の標識があるが、実は真の最高地点(1883m)は少し東へ行ったところにある。

旭岳方面を望む。

写真を撮ったら早々に下山する。他の人たちはすでに下りていった。

岩場の通過は下りになるので行きよりも緊張した。

難所が終わって、雪が切れたところでようかん休憩にして、チェーンスパイクを脱いだ。

あとは淡々と下りるだけなのだが、小雨が降ってきた。

しばらくしたら雨が強くなってきたので雨具の上とザックカバーを着用した。

午後1時40分、登山口に下山した。雨は止んでいた。

下山中に、登ってくる二人パーティとすれ違った。日曜日にもかかわらず4パーティ、総勢8名の入山者だった。

温泉は「当麻ヘルシーシャトー」へ。JAF割り引きで630円。

ラジウム鉱泉ということで、長万部二股温泉ラジウム鉱石を使用している。本当の意味の温泉ではなさそう。

湯冷めしにくいやわらかなお湯とのことだが、効果のほどはよくわからない。

昨日と同じく、スーパー経由で道の駅に帰った。

三段山

10/11(土)は吹上温泉から三段山へ向かう。このコースは雪の季節に二度訪れているが、無雪期は初めて。

土曜日なので駐車場の混雑を懸念して早めに来たが、6時半にはまだまだ空きスペースがあった。

7時前に出発した。積雪期は正面のキャンプ場の広場をそのまま登っていくのだが、段差が結構あるので道がどこなのかわかりにくかった。

道ははっきりしている。

しばらく行くと急な階段が出てきた。

三段山の山名の由来は三つの段差があるということ。アイヌ語の当て字ではない。

雪が出てきた。どうも私が今日の先頭のようで、笹原の雪払いをして進まなければならない。

自然の創り出す芸術的な霜柱。

霧氷を払いのけながら進む。

森林限界を超えて山頂が近づいてきたころ、エゾシマリスが無防備に歩いていた。

あと少し。

9時20分、三段山の山頂(1748m)に到着した。

三段山は私にとって初めての北海道で最初に登った山なので思い出が深い。

十勝岳方面がガスがかかって見えない。

昨日おとずれた安政火口を上から見下ろす。

昨日のルートは完全に吹き晒しの地形だったので、あそこで止めておいて正解だった。

寒いので写真を撮ったら早々に引き返す。

前十勝の山腹から噴煙が上がっている。

ほんの30分ほど前は雪をかぶっていた笹原はもうすっかりとけていた。

11時半、駐車場に下りてきた。

さて、今日のお楽しみは白銀荘。

これまでここには二度来ているのにここの温泉には入ったことが無い。ここは保養センターという公営の温泉宿。研修施設などもある。日帰り入浴700円なり。

山を望める露天もあり、温度の異なる浴槽がいくつかあって楽しめた。

真ん中が前十勝で左後ろが十勝岳。

あとは旭川郊外のスーパーで買い物をしてから道の駅へ。

安政火口、三段山1600mまで

10/10(金)は富良野に向かう。

夜は寒かった。

これまで10月後半に2回ほど北海道へ来ていて、ニセコで雪に降られたりしたこともあったが、気温そのものはまだ秋という感じだったので、その時の印象で装備を準備してきたのだが、昨晩は寒かった。

シュラフはダウンだが冬用ではないのでそれほど厚くない。

大阪ではまだ昼間は30度になる日もあるくらいだったので、頭ではわかっていても身体が冬モードにはなれず、ウエアも大阪なら暑すぎという程度で来た。

おまけに多少厚みのある中綿ジャケットを持ってくるのをうっかり忘れてしまったので、防寒着はトレラン用のペラペラの中綿ジャケットだけ。

秋用のヤッケ上下はあるけれどさすがにこれは山でしか着られない。

まさか何万円もする暖かいウエアをこちらで買うわけにもいかないので、あるもので耐えるしかない。

最近は体力に不安があるので山はそこそこにして、今回は温泉を楽しもうと思ってやってきた。

十勝岳温泉の駐車場には10時半頃に着いた。3年前に富良野岳へ行った時に訪れた。実は今日の一番の目的は下山後の凌雲閣の温泉。

10時45分くらいに出発した。

記憶にある広い道を15分ほどで三段山への分岐。

富良野岳方面に進むと安政火口が見えてきた。

富良野岳へはヌッカクシ富良野川を渡ってヘアピンカーブになるのだが、ちょうど沢を渡ったところに案内板があった。

道標に従って沢の左岸の踏み跡を辿ったが、ほどなく行き止まりになった。急斜面の上に出てしまって沢に下りることができない。

沢筋を見渡したら向こう側に案内の矢印が岩に書かれているのが見えたので、引き返して沢筋を遡ることにした。

安政火口が目の前に広がってきた。

道なき道を進む。

このあたりまで来ると硫黄臭が漂ってきた。あまり深入りすると危ないかも。

立ち入り禁止などの看板は無いが、このあたりでおしまいにしようと思う。

来た道を引き返す。

三段山の分岐でまだ12時前だったので、三段山に向かうことにする。

少し行くと小さな沼があった。

落石の危険があるので立ち止まるなという警告。

このあとしばらく厳しい登りになった。途中でポールを出した。

30分ほど急登を登って平坦なところに出たら富良野市街が広がっていた。

このあたりから冷たい風が吹きつけるようになってきたのでジャケットを羽織った。

ハイマツ地帯になると風が吹きさらし。

山頂までは標高差であと100m少々くらいだが、このコンディションでこういう場所に長居するのは危ないと思って、ここで引き返すことにした。

1時40分頃に駐車場に降りてきた。

フロセットを携えて凌雲閣へ。

入る前に建物の裏側の展望場所から富良野岳方面を眺める。

凌雲閣は全国に100ヶ所少々ある「日本秘湯を守る会」の会員温泉。ただし立地条件で言うとさほど辺鄙な場所ではない。

「日本秘湯を守る会」の温泉はこれまでに何ヶ所か訪れているが、共通しているのは入浴料金が高いということ。だいたいどこでも1000円で、ここも1000円だった。そのわりにはカランやシャワーなどの設備が貧弱なところが多い。

ここは源泉が二ヶ所あって、一つは含鉄泉なのでお湯が赤い。白いタオルが少し染まった。

露天は温度が低めで、のんびり長湯できる感じ。

いいお湯でした。

その後、セイコーマートで買い物をして美瑛の道の駅に車を停めた。

コンビニのコーヒーは安いわりにおいしくてお気に入りなのだが、このところずいぶん値段が上がって、一昔前は100円だったのが今はセブンイレブンで140円、ローソンは何と160円になっている。ところがセイコーマートは108円のまま。

私レベルなら味の違いはさほど感じないし、ある程度の品数を買うと無料でレジ袋に入れてくれる。

まさに正義の味方というコンビニなのだが、惣菜やレトルトなどの品質はセブンイレブンには見劣りする。まぁ値段相応というところか。

賤ヶ岳

10/6(月)は講座で湖北の賤ヶ岳へ行ってきた。

集合は北陸本線の余呉駅。

少し車道を歩いて登山口に向かう。

大岩山へ立ち寄る。

大岩山山頂。

賤ヶ岳の合戦で戦死した中川清秀のお墓。

昼過ぎに賤ヶ岳山頂(421m)に到着して、ここで昼食にした。

反対側は琵琶湖。

正面に雲のかかった伊吹山と、右の方は鈴鹿山脈。

下山は一気に下って飯浦切通へ。

南側に少し下ったところにあるお地蔵さん。

ほどなく余呉湖畔まで下りてきた。

あとは湖岸の東側を車道を歩いたり芝生を歩いいたりして駅に戻る。

3時前に余呉駅に戻ってきた。ようやく秋です。

雲母坂

9/24(水)は京都一周トレイルの講座で比叡山の雲母坂を登ってきた。

叡電の修学院駅に集合して、まずは鷺森神社へ。

参道にヒガンバナの白花。

神社の本殿にお参り。

正面奥に比叡山。右はてんこ山。

右手に武田薬品の薬用植物園。

曼殊院門跡。

いよいよ雲母坂に入る。

40分ほどがっつり登って水飲対陣に到着した。

すぐ上の展望場所はだんだん視野が狭まってきた。

浄刹結界跡で昼食にした。

この上の展望場所から京都市内を望む。

千種忠顯の碑に立ち寄る。

ケーブル駅そばの展望場所からは大阪市内もうっすらと見えていた。

ケーブル比叡駅で解散した。

観音峯山

9/21(日)は講座で大峰の観音峯山へ行ってきた。個人的には何度か訪れているが、こんな遠方に公共交通機関で日帰りするとは思わなかった。

近鉄の下市口からバスで観音峰登山口へ。バスは大淀から来ると思っていたので、日曜なのですでに混雑しているだろうと懸念していたのだが、乗った便はここが始発だった模様。

バス停で降りてから休憩所で準備。

少し登ると観音の水。

なかなかの厳しい登りで観音平へ。

さらに急登を這い上がって展望台に出た。ここで昼食にした。

真ん中に大日山と稲村ヶ岳。右はバリゴヤノ頭。

八経ヶ岳と弥山は雲に隠れて見えない。

この先はしばらく笹原。色褪せたトリカブト。

笹原を振り返る。

午後1時前に観音峯山の山頂(1347.6m)に到着した。

このあとはしばらく細かなアップダウンを繰り返す。

が、ここでアクシデント発生。一人の方が斜面を滑落されて、頭部をケガされた。

応急措置を施したら何とか自力で歩けるようになられたので、何とか頑張っていただく。

急斜面を慎重に下って、法力峠に出た。

なだらかな道を45分ほど進んで、母公堂への分岐に到着した。

15分ほどで母公堂に下山した。

あとは車道を淡々と洞川へ向かう。

道端にアケボノソウ。

修験道の道場の蛇之倉七尾山。

1時間少々の車道歩きでバスターミナルにゴールした。

夕刻になると急に気温が下がった。

瓜生山

9/10(水)は京都一周トレイルの講座で瓜生山から修学院まで歩いてきた。

集合は白川通りの浄土寺橋。

まずは北白川天神宮へ。

バプテスト病院脇から登山道に入る。

河原には幼稚園の子どもたち。

瓜生山への道に入る。

茶山で一休み。

白幽子巌居蹟。白幽子(はくゆうし)は、江戸時代前期から中期にかけての隠士・書家。

清沢口石切場跡。

このあと一人の方が遅れたので、私はその方について後からゆっくり行くことになった。

瓜生山山頂(301m)で軽く昼食にした。

その後、本隊の昼食休憩に追いついた。

鳥居はまだ建っていた。

沢を3回渡って水飲対陣へ。

ここで一周トレイルコースをはずれて沢筋を住宅街まで下りてきた。

音羽川から比叡山を眺める。

白川通りに出たところで解散した。

今日も暑い一日だった。

笠置山

9/1(月)は講座で柳生から笠置山を歩いてきた。

近鉄奈良駅からバスで柳生へ。

時間があるので旧柳生藩家老屋敷へ寄り道。中に入るのは有料。

お次は大和柳生古城跡に寄り道。

上には剣塚。

車道を歩いて十兵衛杉へ。落雷ですでに枯れている。樹齢350年とか。

打滝川そばを歩いて阿対(あたや)の石仏へ。室町時代の作。

京都奈良県境の標石に寄り道。

しばらく車道を歩いて、笠置寺の手前の広場で昼食にした。

すぐそばには般若台六角堂跡がある。

笠置寺に到着した。

時間はあるが酷暑なのでこのまますんなり笠置駅に下りることにした。

午後1時半頃、笠置駅に到着した。

鎌倉幕府を倒そうとした後醍醐天皇と北条幕府軍との大きな戦いが1331年に笠置であった。

天皇軍3,000人に対して幕府軍75,000人という圧倒的な戦力差にも関わらず、天皇軍は地形をうまく利用して善戦したのだが、最終的には火を放たれて敗れた。

そして捉えられた後醍醐天皇は隠岐に流刑になった。

暑い一日でした。

一体山、柳生街道

6/22(日)は奈良北部の一体山に登って、その後、柳生街道を歩いてきた。この山は名前を聞くのも初めて。

近鉄奈良駅に集合して、バスで大柳生口へ。

しばらく車道を歩く。正面奥が一体山?

夜支布山口神社に参拝。

荒れた林道を行く。

マムシ!!

出発して1時間半ほどで一体山の山頂(594.8m)に到着した。

山頂には役行者の像。

そばの鉄塔のところで昼食にした。

同じ道を引き返す。

京都方面の眺め。

ホタルブクロ。

たんぼのそばにガマの穂。

南明寺に立ち寄ったがロープが張られていて入れず。以前に個人的に訪れた時もそうだった。

そして「おふじの井戸」。

それから20分ほどしっかり登って、かえりばさ峠に到着した。

少し下って、疱瘡地蔵。

そして柳生の集落に出た。

さらに天乃石立神社に寄り道。

さらに奥には柳生一刀石

芳徳寺は以前にも訪れていたがまったく記憶無し。

前回は中には入らなかったが、今日は入山料を払って入った。

柳生家のお墓。

荒れた道を下って車道に出て、柳生のバス停にゴールした。

それにしても蒸し暑い一日だった。自動販売機で500mlのジュースを買って、一気に飲み干した。

大文字山

6/11(水)は京都一周トレイルの講座で雨の中を大文字山へ行ってきた。

地下鉄の蹴上駅に集合して、まずは蹴上の発電所を眺める。煉瓦造りの建物は今は稼働していないが、後ろの白い建物は現役。

三条通りを渡って「ねじりまんぼ」を通る。

義経地蔵。

源義経が鞍馬山から奥州へ向かう道中の安全祈願に日向大神宮を参拝した。その途中東海道中の日ノ岡峠にて、平家の関原与一ら9人の一団とすれ違う。その際、一団の馬が蹴り上げた泥水を義経にかけてしまい、衣服を汚してしまう。謝ることなく通り過ぎた一団の無礼に怒り、義経は9人をその場で切り殺したと伝えられている。

切り殺された9人の菩提を弔うために村人が石仏を安置したという話と、我にかえった義経が自分の行為を悔やんで村人に弔いを頼んだという話も。

「蹴上」の地名の由来はこの話しから来ているとか。

インクライン。

そして参道を通って日向大神宮へ。

石段を上がってまずは外宮。

さらに奥の内宮へ。

山道に入るとまずは天の岩戸。

木の根の張った道を進んで思案処へ。

いつもの展望場所は木も繁ってきて、さらに今日は雨で雲がかかって何も見えないので通過。

日向大神宮から1時間半ほどで大文字山手前の分岐まで来た。

そしていつものように大文字山の山頂(465.2m)で昼食にした。ここはいつも人混みだが、さすがにこの雨では誰もいない。

展望はゼロ。

京都一周トレイルのコースは先ほどの分岐から沢筋を鹿ヶ谷の方へ下るのだが、今日は雨で沢筋の道が歩きにくそうなので、火床の方に下ることにした。

火床の最上部に出たが相変わらず何も見えず。

石段を下って大文字の文字の真ん中へ。

ガスが晴れてきました。

「大」の字の左の払いを辿って仙人束へ。

そして銀閣寺前に下山した。

あとは参道を通って公衆トイレの前で解散した。

その後、私はかねてから一度訪ねてみたいと思っていた法然院の谷崎潤一郎の墓に向かった。

法然院は京都一周トレイルのコースのそばなのでこれまでに何度も立ち寄っているが、講座中なので個人的な寄り道はできない。

お墓のエリアに入ったがなかなか見つからず、ネットで検索してようやく探し当てることができた。

谷崎自筆の「寂」と彫られている左の石が谷崎潤一郎の墓。

右の「空」と彫られているのが谷崎の最後の妻の松子夫人の妹の重子夫妻の墓。

これまでに著名人のお墓は何度となく訪れているが、いずれも案内板のようなものがあって、お墓には誰かがお参りしているような花などが添えられていたのだが、ここに関してはそういうものが一切なく、もの寂しい雰囲気だった。

谷崎潤一郎ほどの作家のお墓とは思えない「寂しさ」を感じた。