厚岸

2/27(金)は厚岸(あっけし)に行ってみることにした。

厚岸にはちょうど2年前のこの時期の列車旅で一泊したが、夕方遅くに着いて翌早朝に釧路に向かったので、ほとんど通過しただけという感じだった。

まずは愛冠(あいかっぷ)岬へ。

「あいかっぷ」なんて名称は出来過ぎと感じてしまうが、実は元はアイヌ語でアイ・カップ(矢の上のもの)という意味で、矢の届かないところから「できない、届かない」という意味も持っている。それにこの漢字を当てている。

9時半頃に駐車場に着いたが、案の定誰もいなかった。

右にある碑は松原のぶえの「愛冠岬」という歌の歌碑。

このあたりは冬場はスノーシューのツアーが行われたりしているようだが、雪はほとんど無し。

少し行くと右手にアイカップ自然史博物館。ただし冬季閉鎖中。

さらに進むと先端部が見えてきた。

愛の鐘ベルアーチ。

海を望む。

柵そいに少し行って筑紫恋(チクシコイ)方面を望む。

戻ってきたら反対方向へ踏み跡があった。道標は朽ちている。

行ってみたら朽ちた道が海岸まで下っていて、下に何か建物が見える。

障害物を越えて下る。

結構しっかりした建物。

北海道大学の厚岸臨海実験所とのこと。

何と車が停まっていた。

車で来られるということがわかったら急に興味が薄れて、少し先にある建物までは行く気がしなくなった。

来た道を戻って、お次は別寒辺牛(べかんべうし)湿原へ。

別寒辺牛とはアイヌ語のペカンペ・ウシに由来し、「ヒシの実が群生する場所」という意味だとか。ヒシは水面に浮く水草で、その実が多く採れた場所を指すそうです。

このあたりには釧路湿原のような展望台などは無く、厚岸水鳥観察館があるだけ。

ここの前を花咲線が通っている。2年前に列車から撮ったビデオにたまたま映っていた。

ちょうど昼時なので道の駅に行った。

建物の向こう側からは厚岸湖が見下ろせる。

厚岸と言えばカキ。しかし私はカキはあまり好きではない。

とは言ってもやはりここでは味わっておくべきだろう。二年前に泊まったホテルの夕食に大きな焼き牡蠣が出て、それはなかなかおいしかった。

ということでレストランのメニューを眺めてみたが、食べやすそうな和風のメニューはどれもとても高かったので、手頃価格のシーフードドリアを注文した。

カキはたくさん入っていたが、ドリアの味が強くて、それにしっかり火が入っているので、あまりカキっぽくなかった。まぁそれはそれで良かったのかも。

道の駅で入手した厚岸の観光案内を見て、ピリカウタ展望台へ行ってみることにした。

駐車場から展望台が見えるが、舗装道路はこの反対方向にぐるっと遠回りしている。

面倒なのでこの斜面を直登した。

展望台の上から左に小島、右に大黒島が望める。大黒島は日本有数の海鳥繁殖地だそうである。

ここで釧路に戻るのも何となくもったいない気がして、霧多布湿原に向かうことにした。

45分ほど走って霧多布湿原センターへ。

霧多布という名称はアイヌ語の「キイタップ」が語源。本来の言葉の意味は「ヨシ(萱)を刈る場所」または「茅(かや)を刈るところ」で、霧とは無関係。

このセンターは少し標高の高いところにある。

そろそろ釧路に戻ることにする。

厚岸のイオンでビールなどを調達してからホテルに戻った。

釧路湿原

2/26(木)は釧路へ向かう。

ホテルの窓から苫小牧港が見えた。それにしても雪がまったく無い。

ホテルでサービスの朝食をいただいて、釧路に向かう。

苫小牧から釧路までは280kmくらいあって、高速を使っても4時間くらいかかる。

途中で休憩しながら12時半頃に釧路湿原の温根内に到着した。ここは昨秋に歩いたところ。

トレッキングシューズに履き替えて園内に入る。

ビジターセンターは冬季閉鎖中。

スノーシューでスノーハイクなんてことを考えていたのだが、とてもそんな状況ではない。

木道にも積雪無し。

昨秋に歩いたところは一部工事中で立ち入り禁止になっていた。

展望台のところで腰を下ろして軽食を補給した。

シカがたむろしていた。何を食べているのだろう。

その後、イオンでビールなどを購入してから釧路市内のホテルにチェックインした。

ここのスーパーホテルは昨年末に妙高で泊まったスーパーホテルと同じく温泉が併設されている。そして同様に非常に小さい。定員3名。なので室内のテレビで混雑状況が確認できるようになっている。

泉質は「ナトリウム・カルシウムー塩化物強塩冷鉱泉」。無色無臭。

北海道へ

1月の中旬に10日ほど東北へ行く計画を立てていたのだが、東北地方の豪雪のために2週間ほど延期することにした。雪の竜飛崎へ行ってみたかったから。

しかしながら下旬になっても積もった雪はそれほどは減らず、特に青森では幹線道路以外はまともに走れないような状態が続いていた。

そこでこの冬の東北は諦めて、札幌以外ではそれほどの積雪ではなさそうな北海道へ行くことにした。流氷ウォークなどもいつかやってみたいと思っていた。

この時期のフェリーは空いているので直前でも予約は取れるのだが、冬場は天候が荒れることが多く、これまで冬場に二度フェリーを利用しているが、いずれも往路か復路のいずれかでスケジュールが変更になった。出発当日の朝にキャンセルの連絡があって、宿の予約の都合もあるので旅そのものを諦めざるを得なかったこともあった。

さすがにこの時期の車中泊は厳しいので、全日程で宿を予約している。

苫小牧着は予定通りでも夜の8時半なので、往路だけは定刻で運航してほしいところだ。

出航前の案内では今のところ海の状況は安定しているとのことで、3/24(火)の午後12時前に敦賀を出港した。

往路の楽しみは翌日の夕刻に津軽海峡を抜ける時に竜飛崎を眺めること。今回もしっかり眺めることができたが、予想外に雪が少ない。青森の豪雪はもう収まったのだろうか。

日没。

苫小牧にはほぼ定刻に到着した。

まずはガソリンスタンドで燃料を満タンにして、マックスバリュでビールなどを調達してからホテルに向かった。入りくんだわかりにくいところだった。

愛宕山

先週の比叡山が思った以上に快適だったので、またどこかへ行きたくなった。

それなりの標高差があって、交通の便が良いところと言えばやはり愛宕山だろう。

ということで、2/12(木)は愛宕山に出かけることにした。

個人的に愛宕山へ出かける時はいつも保津峡駅からのルートで登っている。保津峡駅を午前10時に出発した。

橋を渡って登山口へ。

このルートは序盤に急登がある。今の心臓の状態でこの急登を上がり切れるかどうかいささか不安だったが、ポールを持って取りついた。

10分少々で何とか登りきって、なだらかなところまで来た。

昨日は久しぶりの本降りの雨だったのでところどころ地面に水溜りがあったりしたが、おおむね気持ちのいい道で、11時過ぎに荒神(こうしん)峠まで来た。

水尾へ行く道を左に見送って、稜線をガシガシ登る。

峠から40分ほどで表参道に合流した。

数分で水尾の分かれ。

少し行くと石段になる。いよいよ雪道になってきたので慎重に登って黒門へ。

出発から2時間以上かかって、ようやく神社のエリアまで来た。

本堂への階段は一部が除雪されている。

12時半過ぎに本堂に辿り着いた(924m)。

「火廼要慎」のお札を買って、石段の麓の東屋でおにぎり休憩にした。

下山は月輪寺の方へ。

35分ほどで月輪寺。

ここはいつもそばにシカがいる。

午後2時15分に林道に下りてきた。

林道を十数分歩いて一周トレイルのルートに合流した。

ここから10分足らずで表参道上り口の二の鳥居。

そのまま清滝川沿いの一周トレイルのルートを進んで、落合で腰を下ろしてカップケーキ休憩にした。

水尾への車道を歩いて、午後3時50分に保津峡駅に戻ってきた。

ちょうど4年前のこの時期にほぼ同じコースを歩いている。その時と比べるとやはり時間はかかっているが、おおむね加齢による体力、筋力の低下の影響という感じで、心臓の影響はあまり無かったように思う。

先週の比叡山もわりとしっかりと歩けたので、体調さえ悪くなければまだそこそこは歩けそうに思う。

このままの調子が続いてくれればいいのだが。

比叡山

昨年末に講座で敗退してからは山へはまったく行っていない。行ったらどうなるかという不安が大きかったし、行きたいという気持ちもあまり湧いてこなかった。

その一方で、もしこのまま行かなかったらもうお終いになってしまうんじゃないかという恐れも感じていた。

行ってダメだったらそれはそれで諦めがつくのではと思って、思い切って出かけてみることにした。

久しぶりなので気軽に半日くらいで歩けるところということで、2/5(木)に比叡山に行くことにした。

八瀬駅を10時15分に出発した。

ケーブルは冬期運休中。

このあと車道の急登があって、早くも弱気になってきたが、一人なのでゆっくりペースで歩いた。またもや敗退かという気持ちが頭を過ぎる。

急登を何とかしのいで、精華学園のグラウンドの脇から登山道に入る。

登山道に入ると落ち葉がびっしりで足元がどうなっているのかわからずに歩きにくい。歩き慣れた階段を上がって、ようやく登山道らしい道になった。

ジグザグを繰り返しているうちに次第に身体が慣れてきた。

浄刹結界跡。

出発から1時間少々の登りで何とか峠までたどり着いた。

さて、一般道から外れていつもの稜線ルートに向かう。

このあとしばらく急登が続く。ロープが垂れている箇所もある。

展望場所から京都市内を望む。霞んでいる。

何かの建物跡。

この先の進む方向が雪べったりだったので、ここでチェーンスパイクを装着した。

12時過ぎに蛇ヶ池スキー場跡に出た。

ドライブウェイの駐車場そばの展望場所から琵琶湖を望む。ここも霞んでいる。

12時27分、大比叡の山頂(848m)に到着した。

この少し先でおにぎり休憩にした。

下山は延暦寺の方へ。

中には入らずに一周トレイルのコースの方に向かう。

そして元三大師参道へ。

展望場所から岩倉方面を望む。

午後1時47分、峠に戻ってきた。ここでどら焼き休憩。

午後2時42分、ケーブル駅に下山した。

その後、コンビニでコーヒーを買って、そばのベンチで残りのパックサンドを食べながら後片付けをした。

GPSによると11kmほど歩いており、標高差も700mくらい上り下りしたので、意外としっかり歩けたように思う。自分のペースで歩けばまだこれくらいは歩けそう。ただし体調不良の日もあるので、それは歩いてみなければわからないというのが不安なところだ。

北陸回りで帰阪

12/26(金)は北陸回りで帰阪する。

朝起きたらまず外の天気を確認した。幸い、小雨程度で雪は降っていなかった。

朝風呂を楽しんでから無料サービスの朝食をいただいた。パンはここで焼いている感じで、暖かさが残っていてサクサクしておいしかった。

まずは直江津へ。

乗り継ぎが40分ほどあるので、ホームの待合室に入った。風が強くて寒い。しかし待合室は暖房は入っていない。

まずは富山県の泊まで。

日本海の波がすごい。

しばらく進むと長いトンネルに入る。このあたりは高速道路もトンネルだらけだ。

何と、トンネルの中に駅があった!! 筒石駅という駅で、長い階段を登ると地上の改札口に出るらしい。鉄道ファンには有名な駅らしい。日本海まで出ると筒石漁港がある。

泊で金沢行きに乗り換えて富山に向かう。

富山ではかなり混んでいた。

富山ではぜひ海鮮を食べようと思っていたので2時間ほど時間を取っている。

ちょうど昼時で、改札の近くの店は行列になっていたので駅を出て、近くのビルの食堂街の店に入った。

普通の海鮮丼とはちょっと違う盛り付けで、ご飯の上ににぎり寿司のような形状のネタが並べられていて、どれも新鮮で品質が良く、とてもおいしかった。

これまでに北海道でも何度か海鮮丼を食べたが、それらと比べてもいちばん美味だった。もちろんビールも。

富山からは新幹線とサンダーバードでサクッと帰る。

幸い、これまで列車の遅延はなく、このあとも予定通りの運行だそうだが、サンダーバードが湖西線強風のために米原経由になり、京都着が30分ほど遅れると案内されていた。

予定の新幹線に乗り込む。

急に雪が舞ってきた。

立山連峰はまったく見えず。

これまでに旅は何度も行っているが、これほど天気に恵まれなかったのは初めて。八ヶ岳も浅間山も立山も、いずれもまったく見ることができなかった。

ただし大雨や大雪、強風に見舞われることは無かったので、最悪というほどではなかったと思う。

小諸

12/25(木)はまずは小海線終着の小諸まで行く。

宿でチェックアウトの時に菊芋のお土産をいただいた。

列車は佐久のあたりはそこそこ混んでいた。

佐久海ノ口から1時間20分ほどで小諸に到着した。

小諸という地名にはなぜか以前から郷愁のようなものを感じていて、いつか訪れてみたいと思っていた。

小諸も昔は人気の観光地だったと思うのだが、駅前は閑散としている。北陸新幹線の影響で観光客が減ったのかも。

小諸では少し観光しようと思って2時間半ほど時間を取っているのだが、浅間山はまったく見えない。

小諸と言えば島崎藤村の「小諸なる古城のほとり・・・」。ということで城跡に行ってみる。

城跡全体が懐古園という名称の公園になっている。入り口は三の門。

小諸城は城主が何度も変わっており、12世紀の築城後、武田信玄や織田、北条、徳川などが争奪を繰り返した。

懐古園は大きなエリアだが天守閣のような建物は残っておらず、残るのは城壁のみ。

入場券を買って中に入ってしばらく行くと藤村記念館がある。

藤村は小諸義塾で教師として勤めていた。

胸像。

記念館を出てきたら雨が降っていた。

少し離れたところに詩碑がある。千曲川旅情の歌の「小諸なる古城のほとり・・・」。

入場券があるので小山敬三美術館に向かう。

その途中に鹿島神社。

小山敬三画伯は浅間山の絵をたくさん描いていて、文化勲章を受賞されているそうだが、美的感性のまったくない私には未知の人である。

正直言って、こういう絵画の値打ちはまったくわからない。岡本太郎の絵などはすごいなと感じるが。

戻ってきて、懐古神社に寄り道。

最後に小諸城址歴史宝物館の徴古館(ちょうこかん)に入る。

小諸城の歴史の解説と兜や人形などいろんなものが展示されていた。

その後、駅のそばのカフェでカレーを食べて、北陸新幹線のせいで第3セクターになったしなの鉄道で長野に向かった。

このところローカル線の各停旅が楽しいと感じている。一昔前までは列車というのは単なる移動の手段で、乗っている間は本を読んだり音楽を聞いたりして時間潰ししていたのだが、最近は車窓からのんびりと外を眺めている。

2時間くらいぼんやり眺めていてもまったく飽きることもなく、特に民家の少ない郊外はとても楽しい。

そういう意味では小諸から長野までの沿線はわりと住宅街で、さほど楽しい区間ではなかったけれど、長野から先はまた楽しい区間になった。

妙高高原に近づくとようやく雪が出てきた。

妙高高原からは妙高はねうまラインになる。

北上しているのに沿線の雪は消えた。

二本木という駅ではスイッチバックに出会った。

木次線のスイッチバックでは運転手が車両の先頭側に移動して運転していたが、ここではそういうことはなく、運転手は後方に控えたままで電車が反対方向に進んだ。

午後4時頃に宿泊地の上越妙高に到着した。新幹線と接続しているので駅は立派。

今宵の宿は駅のすぐそばのビジネスホテル。

ここはビジネスホテルだが天然温泉がある。ただし定員数人程度。

天気予報では今年最大の寒気がやってくるとのことで、特に北陸地方は交通機関の乱れが予想されるとニュースで言っている。

明日は北陸回りの富山経由で帰る予定なので、モロにこれにぶち当たる。

最近の天気予報はかなり大袈裟に予想する傾向が感じられるので、実際にはそこまでひどくはならないんじゃないかと期待している。

小海線、野辺山宇宙電波観測所

12/24(水)は小海線に向かう。

宿のロビーに飯田線の歴史を解説したパネルが設置されていた。あのアイヌの川村カ子トが測量を担当した。

まずは天竜峡で乗り換え。

その後、飯田と上諏訪で乗り換えて、午後1時過ぎに小淵沢まで来た。

乗り継ぎの間に改札を出て立ち食い店でかき揚げソバを食べた。このあたりの名物の山賊焼ソバもあって興味をそそられたが、あまりお腹が空いていないのでやめておいた。鳥の唐揚げは重すぎる。

小海線は非電化なので気動車。こういう色の車両は初めて見た。

出発してほどなくエンジン音を響かせて必死に登っていく。

せっかくの小海線なのだが天気が悪くて八ヶ岳はまったく見えない。

清里を過ぎたところでJR鉄道最高地点(1375m)を通過。伊吹山(1377.2m)とほぼ同じ標高。

午後2時過ぎに野辺山駅に到着した。ここは駅では日本最高(1345.67m)。

清里や野辺山はかつては超人気リゾート地だったはずだが、季節外れのせいもあるのか閑散としている。

ここで降りた目的は、野辺山宇宙電波観測所に行ってみたかったから。

誰も歩いていない直線路を進む。小雨が降ってきた。

30分ほどかかってようやく入り口に到着した。入場は無料。

少し進むと携帯禁止エリアになる。機内モードに設定。

大きなパラボラアンテナがど〜んと設置されているのかと思っていたが、実はいくつものアンテナが林立していた。

移動のためのレールが敷かれている。

次の列車の時刻がせまっているので、15分くらいで回った。

野辺山には1時間半くらいの滞在で、今日の宿のある佐久海ノ口駅に向かった。

そばのセブンイレブンで翌朝のパンと牛乳、そしてコーヒーを買って、駅の待合室でコーヒーを飲んでから宿に行った。

和泉館は駅から徒歩5分くらい。ここの温泉は源泉から引かれている。

私の好みの、源泉そのままという低温(37度くらい)の浴槽があって、長く浸かっていられる。ただしほぼ定員1名なので混んでいたらのんびりはできなさそう。

今日は宿泊客が少ないということで、夕食は部屋で食べることができた。

宿泊費(夕食付きで1泊1万円)から考えると非常に立派なメニューで、信州名物の馬刺しがあった。

以前に馬肉のすき焼きを食べたことがあるが、馬刺しは初めて。あっさりしていてクセもなくて、とてもおいしかった。

飯田線、夏焼集落

たまたま見たテレビ番組でJR小海線のことを紹介していて、一度乗ってみたいと思っていた。

小海線は山梨県西端の小淵沢から長野県の小諸を結ぶ路線で、小淵沢に行くなら名古屋から中央本線で行くのが一番都合がいいのだが、ついでなのでこれも一度乗ってみたいと思っていた飯田線を経由して行こうと思った。

12/23(火)の朝に出発して、まずは新幹線で豊橋まで。

ここから各停で飯田線を北上する。駅の成城石井でお昼の巻き寿司を買っておいた。

思ったよりも住宅街が続く。

2時間以上走って、ようやく天竜川が望めるようになってきた。巻き寿司を頬張りながら車窓から眺める。

午後1時過ぎに最初の目的地の大嵐(おおぞれ)駅に到着した。

何とも魅力的な駅名。もちろん無人駅。

そばに鉄橋があって、天竜川の対岸にちょっとした集落があるので、電車の時刻に合わせてバス便が運行されている。

山肌の崩れやすい急斜面のことを「ザレ」と呼んだりするが、このあたりの天竜川の河岸はそういう地形が多いので、その「ザレ」がなまって「ゾレ」になったとか。

が、それが目的で下車したわけではなくて、ここから少し離れたところに夏焼(なつやき)集落という廃村がある。絶壁にへばりつくような地形から「天空の集落」とも呼ばれている。そこを訪れてみたいと思ってやってきた。

まずは1km少々のトンネルを抜ける。

狭いトンネルだがトンネルを抜けた先は行き止まりなので、車で通るのは夏焼集落目的の人くらいしかいない。トンネルは短いのと長いのと2つある。

まるで胃カメラの映像を見ているよう。

ヘッドランプを持ってきているのだが、蛍光灯が点いているので着けずに進む。部分的に真っ暗になるところもあった。

向こうから一人の人がやってきた。同じような人がいるのだ。

トンネルを抜けたら佐久間湖が広がっていた。

集落の方へ行こうとしたらロープが張られていた。

入るなということかと思ったが、そういう表記も見当たらないので、突入することにした。

道は少し崩れているところもある。

この先には荷物運搬用のモノレールの残骸があった。座席も二人分ある。

この先から急な石段が始まる。

振り返ると佐久間湖が見下ろせる。

茶畑の跡。

階段を5分ほど上がると集落にたどり着いた。

郵便配達の人は大変だっただろうと思う。

建物の間を上がると神社がある(諏訪神社?)。

戸を引いてみたら開いた。

床にこんなものが置いてあった。

せっかくなので「大阪から来ました」と記しておいた。

このあたり、祠がたくさんある。

この横にも建物があったので戸を引いてみたらここにも祠。

祠の扉を開いてみると、

モノレールの終点。

家の玄関の戸に手をかけてみたら開いた。

最後の住民が2015年に離村して廃村になった。

人が住み始めたのは16世紀の頃で、戦いに敗れた一族が住み始めたらしい。

春に焼畑をして生活を始めたので夏焼という名称になったとか。

今でもたまに旧住民が訪れているらしい。

帰りはトンネルでヘッドランプを着用した。

時間があるので駅の先に行ってみたら、こんな立て看板があった。

どこが大嵐峡なのかわからない。

今宵の宿はここから数駅先の平岡駅にある。

飯田線には魅力的な駅名がたくさんあるのだが、中井侍(なかいさむらい)駅というのはちょっとびっくりした。

調べたところ、かつてこのあたりに中井姓の侍がたくさん住んでいたということで付けられた駅名とか。

宿は平岡駅の駅舎を兼ねた龍泉閣。

1泊2食で8000円という格安料金。夕食はシンプルな定食レベルだがボリュームはしっかりあるので満腹になった。

風呂は天然温泉。ただし源泉から引いているのではなく、天龍温泉から運んでいる。

ヌルヌルのアルカリ泉で、分析表によるとpH9.7。いわゆる美人の湯。

夕食の前後に2回入って温まった。

巻向山敗退

12/21(日)は講座で奈良の巻向山(まきむくやま)に向かったが、サポート役の私自身が途中敗退という結果に終わってしまった。

今年の始めに不整脈が発覚して、3月にカテーテルアブレーションの措置を受けたのだが、その後の体調はあまり芳しくない。

少しずつでもトレーニングすれば改善するかと期待したのだが、一時的に多少好転したものの、その後は原因もわからないままにまた悪化してきた。

ここ2ヶ月ほどは山での体調不良が顕著で、10年以上続けてきた随行の仕事も辞めることにした。

この日が最後だったのだが、朝から不安を抱えたまま近鉄の大和朝倉駅から出発した。

小雨の中、しばらく舗装路を歩く。

上り坂になってきた。

山道の登りに入ると一気に不調になって、息が上がって歩き続けることができない。

しばしば立ち止まって呼吸を整えて、遅れながら30分ほど登ったが、さすがに心配された先生から下山を勧められた。

ノーと言える状況ではなかったし、自分でもこれ以上登り続けるのは危ないという感触もあったので、ここで下山させていただくことにした。

10年以上続けてきた仕事のフィナーレにしてはあまりにも情けない終わり方だったが、万が一心不全でも起こしたらとんでもないことになる。

雨の中、傘をさして駅に戻るのは本当に情けない時間だったが、ぶっ倒れるような非常事態は避けられたので、それだけは良かったと自分を慰めながら歩いた。