山の辺の道

昔、東海自然歩道を箕面から室生寺まで分割して走った時、印象に残ったのが柳生街道と山の辺の道だった。
今年の2月に柳生街道を再訪した時、次は山の辺の道にも再訪したいと思った。
この週末は天気が思わしくない予報で直前まで予定が立てられなかったのだけれど、土曜日に雨が降った後、日曜日は天気が回復するという予報になったので、急遽山の辺の道へ行くことにした。土曜日の雨でまともな山道はあまり条件が良くないだろうという予想もあった。

日曜日(6/24)の朝9時前に近鉄奈良駅に到着して、そのままアーケードの繁華街を歩いて猿沢の池のそばで出発の準備を整えた。
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9時過ぎに出発して、まずは新薬師寺に向かう。案の定、山門のすぐそばに料金所があって、中はチラッと眺めるだけ。
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すぐ横に比賣神社。十市皇女(とおちのひめみこ)が祀られている。
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十市皇女は大海人皇子(天武天皇)と額田王の皇女。壬申の乱では父と夫(大友皇子)が戦火を交えるという立場にあった。大友皇子が敗れて首を取られ、その後、十市皇女は30歳くらいの頃に急死した。自殺説もある。
白毫寺に向かうが、ここも拝観料がいるので石段を眺めただけ。
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ちょっと小高い所から奈良盆地が眺められた。生駒は雲がかかっている。
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これまでずっと舗装路だったけれど、ここでようやくトレイルに入る。ただしちょっとだけ。
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やはり足元はぐちゃぐちゃで、山に行かなくて良かった思った。
このあたりは「鹿野園」というらしい。
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全国各地にある白山比咩(しろやまひめ)神社。
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宗道天皇陵。こんな名前の天皇はいない。ようわからん。
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山の辺の道はあちこちに万葉句碑が建っている。
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額田王の「三輪山を しかも隠すか 雲だにも 情あらなも 隠さふべしや」。
飛鳥から近江に向かう途中で読まれた歌。
「三輪山をみられるのも、もうこれが最後だというのに、雲よ、どうして
そんなにいじわるをするの。飛鳥を離れ、遠い近江まで行かなければ
ならないんです.この辛い寂しい気持ちを、せめてお前だけでも解って
欲しいなあ.雲よ、おまえに思いやりがあるのなら、三輪山を隠さない
で、見せておくれ」
弘仁寺にも寄ってみたけれどやはり志納金がいるで山門から眺めるだけ。
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しばらく車道を走って白川ダムへ。
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ダムの堰堤をぐるっと廻って山道に入る。石上大塚古墳に立ち寄る。石室のあと。6世紀前半のもの。
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石上(いそのかみ)神社に近づいてきたのでこのあたりでおにぎり休憩にする。この先になるとゆっくり落ち着いて食べられる場所があるかどうかわからない。
おにぎり休憩した場所のすぐそばにこんな説明板。
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天理砂岩もあります。
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12時過ぎに石上神社に到着。これは拝殿。
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神の使いの尾長鶏。
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夜都岐神社(やつぎじんじゃ)。このあたりまで来ると散策している人が増えてくる。
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竹之内環濠集落の環濠の名残。
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左手に龍王山。
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ヒエ塚古墳。かなり大きい。箸墓古墳と同じくらいの年代。
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長岳寺も入山料がいるので中には入らず。見慣れたエリアに入ってきた。
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櫛山古墳。以前に噴丘まで行ったので今日は素通り。
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行燈山古墳(あんどんやまこふん、崇神天皇陵)も通過。
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渋谷向山古墳(しぶたにむかいやまこふん、景行天皇陵)は初めて。これも大きい。
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いい眺め。背景の金剛山、大和葛城山の手前に木の盛り上がりが3つ見えるけれど、一番奥が畝傍山、その手前が耳成山。一番手前は箸墓古墳。
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県道50号をしばらく東に向かって登って、また未舗装道へ。このあたりから通行人がぐっと増える。
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檜原神社。天照大御神を祀っている。
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狭井川(さいがわ)を渡る。と言っても川幅1メートルくらい。この辺り一帯にはかつてササユリが多数自生していたそうで、その古名「サヰ」から、地名もこの川の名も付けられたとか。
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そして狭井神社。三輪山に登る場合はここが登山口。ただし午後2時が入山のタイムリミットで、今日はすでに2時を過ぎている。かつて2時1分に入山を拒否されたことがあるので、私自身は二度と行くつもりはない。
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そして大神(おおみわ)神社。この輪を指定された方向に廻ると日々の穢れが清められるらしい。日々の穢れはヤマほどありそうだけれど、こういうことはご遠慮申し上げます。宗教心の無い人間がこういうことをやると逆にバチが当たりそうな気がして・・・。
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大神神社のご神体は三輪山そのものなので、拝殿の後ろに本殿は無い。
ここを過ぎると人がぐっと減る。あと少しだけれど、平等寺の石段に腰掛けてどら焼き休憩にした。これは本堂。
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磯城瑞籬宮跡伝承地(しきみずがきのみやあとでんしょうち)に立ち寄る。
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こんな謂われがあるそうです。
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いよいよ今回の行程も最終盤にさしかかってきた。北側の展望が開けた。左の大きな山が音羽山。右が多武峰(御破裂山)。それらの手前の低い山が鳥見山。
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金谷の石仏。貞観時代から鎌倉時代あたりのもの。
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住宅街に入るとこのあたりが海石榴市(つばいち)。古代は大和川水運の拠点として賑わった。ただし海石榴市が本当にこのあたりだったのかということに関してははっきりした遺跡のようなものはこれまでは出ていない。
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海石榴市観音というのがあったらしいけれど、気が付かなかった・
少し下ったあたりから金剛山を望む。桜井や明日香村あたりから眺める二上山は何とも言えない。悲運の大津皇子を思い出す。
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初瀬川のたもとに仏教伝来の地の石碑。欽明天皇の時代に百済から仏教の経典や仏像を携えてやってきた使者がこのあたりで上陸したということだろうと思う。
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初瀬川(大和川)を渡る橋の上から、正面手前に外鎌山(とがまやま)。その右の大きな山が音羽山。
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あとはつまらない車道ジョグを10分少々で、3時過ぎに桜井駅にゴールした。
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ちょこちょこ横道にそれたりしたので、約 33km、6時間の行程でした。
久しぶりに個人的に奈良に来たのだけれど、やはり奈良はいい。奈良公園の界隈を除くとどこもあまり俗化されていなくて、少し小高い所に上がると田んぼや畑の田園風景が広がって、私が生まれ育った京都と同じ様にまわりを山で囲まれていて、心が落ち着く感じがする。
心身ともに癒された楽しい一日でした。

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