熊野古道中辺路3日目

今日の目的地は熊野速玉大社。そしてそこから新宮駅に向かう。しかし途中で那智駅のそばを通るので、時間次第では那智駅で終わることもできる。

一応の目安として、熊野那智大社が10時。那智駅に12時をタイムリミットにしようと思った。これを過ぎていたら熊野速玉大社には向かわないつもり。

那智駅から熊野速玉大社までの道はほとんど下道で、おそらく紀伊田辺から滝尻王子までのような道程になると思うので、時間によっては割愛してもいいと思っている。

定番の棒ラーメンとコーヒーで朝食を済ませて、朝5時にヘッドランプで出発した。夜中に少し雨が降ったようで、地面がちょっと濡れていた。

まずは昨日確認しておいた大雲取越の登山口へ。

5時45分に休憩所を通過。なかなか厳しい登りだった。昨日ならたとえ時間があったとしてもかなりしんどかったと思う。案内にある通り、水道が設置されていた。

厳しい石畳の登りが続く。胴切坂はいつ終わるのか。この先で終わりかと思ったら道が曲がってさらに登るということが何度か繰り返された。

ずっと樹林帯で、御来光を拝むことはできなかった。

歩き出して2時間、ちょうど7時にようやく中辺路最高地点(と看板に書かれていたが、実は先にもっと高い地点があった。ここは標高870m)の越前峠に到着した。

登山口の小口が標高65mなので、標高差800mの登りだった。ここで腰を下ろしてソイジョイなどを補給した。

行程から考えると熊野那智大社10時は厳しそうだ。

今日、初めての下りの道。かなり稜線に近い場所なのだけれど、少し下ったらしっかりした流れの沢筋になった。

越前峠から10分ほどで迂回路への分岐に出た。

ここも西側に林道で大きく迂回しなければならない。初めのうちは「これが林道?」というような荒れた道だったけれど、ほどなく林道らしくなってきた。とは言ってももはや車は通っていない感じ。

迂回路に入ってから40分ほどで元の道の地蔵茶屋跡に到着。

車道に合流したせいか、何と自動販売機がある。よく見ると下町の自動販売機より少し安い。何でこんな場所にある自動販売機が安いの? ひょっとしたら新しい機械に置き換える方がコストがかかるのかもと思った。

しばらく車道を進む。中辺路ではルート上に 500m 間隔で標柱が設置されているが、ここに来てその標柱の形状が変わった。何となくこちらの方が古くからある感じ。

ようやく大雲取越の半分を少し過ぎたくらい。もうすでにほぼ3時間かかっているので、熊野那智大社10時はムリだろうと感じた。

登り基調の車道をしばらく進んでいたら、古道に入る道標が現れた。あれっ? どうも手前で古道に入る分岐を見過ごしていたようだ。

このあとまた石畳のしんどい登りがしばらく続いた。

9時11分、ようやく舟見峠まで来た。標高883mと表示されている。越前峠よりも高い。

ここから太平洋が見えるので舟見峠という名称が付けられたようだが、今は木が茂っていてほとんど見えない。

しかしこの少し先の舟見茶屋跡の休憩所からは太平洋の絶景を眺めることができた。もう熊野速玉大社は諦めようと思っていたので、ゆっくり眺望を楽しんだ。

熊野那智大社に向けて石畳の道を下る。

おそらくワラジで歩いていたであろう昔の人にとっては問題無かったのだろうけれど、現代のゴム底の靴にとってはコケの生えた石畳の下りは最悪である。

道を石畳で整備するのは本当に大変な労力だっただろうと思う。おそらく現代に道路を舗装工事するよりもはるかに大変だったと思う。

しかし現代人の自分勝手を言わせてもらえれば、土道のままにしておいてほしかった。

タイムリミットの10時をすでに過ぎた10時12分、ようやく大雲取越の山道を越えてきた。

熊野那智大社に近づいて来たら、何とも表現できない騒音が耳に入ってきた。エンジン音のような気もするけれど、ずっとほぼ一定の状態で聞こえてくる。

わかった!! 那智の滝の水が落ちる音だ。木が茂っているのでここからはまだ滝は見えないけれど、もうあと少し。

10時33分、熊野那智大社のエリアに下り立った。急な雰囲気の変化にちょっととまどった。

とにかくまずは那智の滝へ向かう。標識に従ってガンガン下る。こんなに下って大丈夫なのかちょっと不安になる。しかし滝はまだまだ下のよう。

10分ほど下ってようやく滝壺に到着した。

ここは5年前に初の100キロマラソンの時のスタート地点で一度だけ来たことがある。しかしその時はまだ夜明け前で暗かったので、轟音が聞こえるだけだった。

熊野那智大社は那智の滝がご神体と思っていたのでこのそばにあると思い込んでいたのだけれど、実はここは別宮の飛瀧神社。熊野那智大社はどこ?

エリア全体を解説した看板をしみじみ眺めてみたら、熊野那智大社は何とこのエリアに下り立った所から少し横へ行った所だった。つまりこれまで下ってきた石段を登り返さなければならないということ。

大きく落胆したが、ここまで来て熊野那智大社にお詣りせずに先へ行くわけにはいかない。覚悟を決めて登り返す。

登り返しの途中でちょっと横道にそれて、人通りの無さそうな場所で補給休憩した。

滝から15分ほどかかって、ようやく熊野那智大社に到着した。ここまで無事に来られたことに感謝して、しっかりお詣りした。

そして表参道の階段を下る。もし最初に位置関係を把握して熊野那智大社に参拝してから滝に向かっていたら、表参道は通らずに終わってしまっていたので、登り返しも決して無駄では無かったということ。

そして大門坂の石の階段を下る。

久しぶりの王子跡で多富気(たふけ)王子社跡。

大門坂の入り口。ここから歩き始めて熊野那智大社まで行くのはなかなか大変だと思うが、大門坂を登っている人はたくさんいた。

ここを過ぎると道は何と言うことも無い普通の車道になる。

しばらく歩いて市野々王子。

ひたすら車道を進む。ずっと車道を歩いてきたせいか、このままずっと車道を行くのだといつの間にか思い込んでしまっていた。

「補蛇洛山寺・浜の宮王子」という標識を見つけてそちらに向かって、尼将軍供養塔まで行ったのだけれど、熊野古道の標識があったにも関わらず、元の車道に戻らなければならないと錯覚していて、ここまで登ってきた道を下まで戻った。

そして元の車道を少し先に進んでからミスに気がついた。しかし今さら戻る気にはなれない。なぜならこの道をこのまま進めばさほど遠くない場所でまた古道と合流できるのだ。

その古道の部分に何か見所でもあるのなら何が何でも戻らなければならないけれど、特にそういうものがあるわけでも無さそうなので、このまま先に進むことにした。このあと15分くらいでまた古道に合流した。

さらに広い車道を行く。これでも「世界遺産・熊野古道」の道ですか?



そして午後1時12分、最後の見所の補蛇洛(ふだらく)山寺に到着した。

すぐそばに浜の宮王子社跡。

那智駅はもう目と鼻の先だった。

すぐそばに道の駅(小さいけれど)や観光センターがあるので、紀伊田辺駅と同じような規模の駅かと思っていたら、実は無人駅でICカードも使えない。

列車の時刻も調べずに着いたのだが、ちょうど駅舎に入った時に乗りたい方向の列車が入ってきた。想定外の事態で、これに飛び乗っていいのかどうか判断できなかった。先の乗り換えなどを調べずに飛び乗るのは不安だったので、この列車は見送ることにした。

次の列車を調べてみたら1時間以上あと。しかし二つ先の紀伊勝浦駅で特急に乗り換えることができるので、これなら8時過ぎくらいには家に帰れそうだ。

駅の近くの酒屋の自動販売機でビールを買って、駅のそばの青空スペースに腰掛けて一人打ち上げをやった。

もうこれ以上先には進めない時間だったのでのんびり過ごせたけれど、もし自分で決めたタイムリミットより早い時刻に到着していたら非常に悩んだだろうと思う。

朝5時に出発したのですでに8時間以上、27kmほど歩いている。ここから先はほとんど下道歩きで、さらに14kmほど残っている。

もうすでに下道歩きはうんざりという気分だったので、本心はタイムリミットに間に合わなくて幸いという気持ちだった。巡礼者ではないので熊野三山へのこだわりはあまり無い。

3日間で85kmほど歩いた。熊野古道歩きはこれで一段落という感じ。熊野那智大社と熊野速玉大社の間はほとんど下道歩きなので、これのためにわざわざやってこようという気持ちにはなれない。

世界遺産の古道と言えども実は林道や車道部分はかなり多い。小辺路も10km以上車道が続くような場所もあった。

私の場合は山道を長く歩きたいというのが主目的なので、未舗装の林道ならまだしも車の走る舗装道路を延々と歩くというのはあまりうれしくない。

帰りの電車の車窓からは太平洋の海、そして美しい海岸線を楽しむことができた。


最初の目標地点までは行けなかったので、本当の意味での満足感は得られなかったけれど、この三日間に訪れたあちらこちらの光景を思い出しながら、心地良いまどろみの中に落ちていった。

熊野古道中辺路2日目

夜の冷え込みはそれほどではなくて、持参した中綿ジャケットやダウンパンツは着用する必要は無かった。

朝は6時5分に出発した。まだしばらく車道で、空が開けているのでもうヘッドランプは不要。10分ほどでようやく古道になった。

この先、沢筋のスペースに二張りのテントがあった。

しばらく進んで車道に下りて、前回迂回路だった場所に出る。今回も迂回路にまわる。

この迂回路はしっかりした登りがしばらく続いて、結構しんどかったのを覚えている。特に前回はバスの時刻に追われていたのであせった。

峠を越えて下ると林道に出る。林道をしばらく進んで、蛇形地蔵に向かう道も迂回路を行くようになっている。このことは事前の情報で知っていた。前回は蛇形地蔵の前を通ったのだけれど、今夏の大雨でその先が崩れているらしい。蛇形地蔵は前回通っているのでいいだろう。

わずかな距離の所を北側に大きく迂回して、前回出てきた場所に合流した。

湯川王子の前で腰を下ろして休憩した。出発して2時間少々。すでに肩が痛い。

このあと20分ほどの登りで三越(みこし)峠に到着した。

しばらく下って、また林道に出る。そしてこの先がまた迂回路。単調な林道歩きは肩の痛みが一段とこたえる。

9時48分、ようやく発心門(ほっしんもん)王子に到着した。ここはすぐそばまでバスで来られるので、突然観光客だらけになった。

ボランティアのような案内人が何人かおられて、ガイド付きの団体ツアー客もいる。欧米系の外国人客が多い。

少し戻って物陰で荷物を下ろして休憩した。

ここまで来ると熊野本宮大社がかなり近づいてきた感じがする。前回はここでようやくバスの時刻に間に合いそうという安心感を得た。しかし今回は熊野本宮大社はゴールではなくて、実質的なスタート地点である。ここで安心するわけにはいかない。

ここからしばらくは舗装道路で、ハイカーと観光客が一気に増えた。

水呑王子で水を補給しようと思っていたが、観光客でごったがえしていたので諦めた。

このあとはトレイルになる。今回唯一見かけた花らしい花。このあたりから翌日にかけて随所で見かけたけれど、名前はわからず。← アサマリンドウ(11/8)

三軒茶屋跡にはまたもや団体客。ここに来るのは三回目だけれど、こんなに人がいるのは初めて。

11時45分、ようやく熊野本宮大社に到着した。せっかくなのでお詣りをしていこうと思ったが、いずれも参拝者の行列ができていたので諦めた。こんなことは初めてだ。

表参道の長い石段を下りて、街のコンビニでコーラと菓子パンを買った。本当はおにぎりか総菜パンが食べたかったのだけれどいずれも無かった。橋のたもとに下りて休憩した。

今回はここが本当のスタート地点。しばらくは請川に向けてチョーつまらない車道歩き。

熊野本宮大社からほぼ1時間かかって午後1時2分、ようやく小雲取越の登山口に到着した。

熊野古道によくあるパターンで、民家のそばの細い路地を抜けて山に入っていく。

山に入って最初の頃にこちらに下ってくる何人かの人に出会ったが、1時間も進むと人にはまったく出会わなくなった。

なだらかな歩きやすい道で、しかも静かで気分がいい。

小雲取越に入って1時間40分くらいで小雲取越最高地点(おそらく。標高450mくらい)の百間ぐらに到着した。

中辺路では随一の絶景ポイントで、北西には果無山脈が見える。写真では霞んでいるけれど。

午後4時37分、ようやく小雲取越を越えて小口の赤木川にたどり着いた。

小口の集落の中の道は非常にわかりにくかった。ここも民家の軒下のような所をくねくねと通り抜ける。実は車道をそのまま行っても良かったようだが、案内に従って横道に入ったらよくわからなくなった。

大雲取越の登山口まで何だかんだで30分くらいかかった。

本当は大雲取越に入って最初の休憩所くらいまで行きたかったのだけれど、時間的にもうタイムリミット。このあたりでテントを張るしかないけれど、水が無い。

案内には大雲取越の登山口のそばで水が得られると書いてあったけれど、そんなものは見あたらない(後から考えたらあそこだったのかもというのはあった)。

ここから数分程度の所に「小口自然の家」という施設があって、そこなら水が得られるということだったのでそちらの方に向かったところ、民家の前におそらく湧き水であろう水が流れているのを見つけた。飲んで大丈夫かどうかはわからないけれど、おおむね湧かして利用するので、それを拝借することにした。

そしてそばに流れている川の河川敷に下りて、そこの河原で砂地の所にテントを張った。

昨日と同じく、真っ暗になる直前だった。時刻は午後5時半くらい。

約11時間半、37kmほど歩いた。疲れました。

残りの距離と帰りの電車の時間を考えると、明日はもっと早く出発しなければならないだろう。熊野古道をヘッドランプで歩くというのは避けたかったけれど、そうも言っていられない。明日は今日より1時間早く、5時には出発するようにしようと思う。

熊野古道中辺路1日目

熊野古道中辺路は今年の1月に二日かけて紀伊田辺から熊野本宮大社まで歩いた。

中辺路には熊野本宮大社から熊野速玉大社までの道もあるが(熊野本宮大社に向かって歩かれることが多い)、これらを直接結ぶルートは一部熊野川で船を使うことになるので、熊野那智大社を経由するルートを辿るのが一般的である。

1月に歩いたあと、残りの熊野本宮大社から熊野那智大社を経由して熊野速玉大社までを二日で歩きたいと思っていたが、天候と自分の都合が合致するタイミングがなかなか無く、標高が低いので暑い季節は避けたかったこともあって、行けないままになっていた。

そうこうするうちにちょっと考えが変わってきた。

前回は紀伊田辺発にこだわったために序盤の下道部分に予想以上の時間がかかってしまって、本当の古道部分になる滝尻王子以降がバス時刻との競争になって、いくつかの見所を駆け足で通り過ぎざるを得なかった。

その心残りが次第に強くなってきて、好天の三連休に滝尻王子から熊野速玉大社まで行きたいと思うようになった。

そのチャンスがようやく訪れた。先の三連休(11/2〜4)はまさにその絶好の機会となった。

前回とほぼ同じ電車で10時前に紀伊田辺駅に着いて、ここからバスで滝尻まで行った。滝尻に着いたのはすでに11時前だった。今回はハイカー風情の人が数人一緒に降りた。

滝尻王子の向かい側には熊野古道館という施設がある。前回は素通りしたのでちょっと立ち寄ってみたが、小さな施設で、中をぐるっと回っただけですぐに出た。

滝尻王子で出発の準備をする。

ここで水が得られるのを覚えていたので補給した。そして11時17分に出発した。

ここからしばらくは急登になる。久しぶりの重荷でいきなりの急登はなかなかこたえる。

10分ほどで胎内岩に到着。前回は中をくぐる時間が無かったので、今回は荷物を置いてくぐってみた。

出口はかなり狭い。体重70kgくらいの人なら通過できないかも。

前回寄らなかった展望台からの眺め。どこの山かわからず。

一旦車道に出る。前回すでに薄暗くなっていて見過ごした古道への標識に入る。

12時38分、前回訪れることができなかった高原熊野神社に到着した。

高原の休憩所の前の展望場所でおにぎり休憩にした。さすがに今回はしばしばハイカーと出会う。

今回もそれほど時間の余裕があるわけではないので、王子跡や茶屋跡などは写真だけ撮って足早に通過した。

歩き出して2時間を経過した頃からまた肩の裏側が痛くなってきた。今回はテントはモンベルの軽いシェルターにしたけれど、シュラフはダウンを持ってきた。前回はテントもビッグアグネスのダブルウォールだったのでその分はちょっと軽いのだけれど、今回は二泊なのでビールと酒、そして食料が多い。とは言ってもおそらく12kgだと思う。

牛馬童子には立ち寄っておく。

このあと少し進んで、近露(ちかつゆ)の集落が見える展望場所でぼたもち休憩にした。肩が痛いので気安めにロキソニンを投入。

車道に降りて、近露王子。

このあとはしばらく、一部を除いて車道が続く。肩が痛い。

さすがに4時を過ぎるとハイカーにも出会わなくなった。

4時37分、継桜(つぎざくら)王子に到着した。ここも前回は王子跡には寄らなかった所。

ここは前回、先に進むかどうか悩んだ所。ちょうどすぐそばの茶店が店仕舞いをしていて、女将らしき人がこのあとどうするのかと尋ねてきた。

「テントなので行ける所まで」と返事したら随分心配してくれた。テント泊で中辺路を歩く人はそんなにめずらしくないと思うのだけれど。

しかし時間的にはおそらく5時半くらいがタイムリミットだと思うので、どこでも泊まれるようにここの「野中の清水」で水を補給しておく。

ここも前回は訪れることができなかった。下の車道まで急な道を下らなければならず、2kg以上増えた荷物での登り返しはこたえた。

まだ車道を進む。そろそろ薄暗くなってきた。そうしたら散歩しているおじさんに声を掛けられて、また同じように「テントなので行ける所まで」と返事したら、「ウチに泊まっていけ」と誘われた。当然、丁重にお断りして、先に進んだ。

5時を過ぎて、いよいよ見通しがきかなくなってきた。そしてここも前回は王子跡に行かなかった中川王子。車道から長い階段が延びているのを見て、車道の標識を写真に撮っただけで通過した。

今回は気力で王子跡まで上がった。

どこかテントを張れそうな場所が無いかと探しながら進む。ちょうど少し先の車道の三叉路の所に東屋があるのが目に入った。ここが良さそうと安堵したところ、何と先客のテントがすでに二張り。落胆して先に進んだ。

そして5時半頃、何とかまっ暗になる前に車道から少し入った所に草の生えた小さなスペースがあるのを見つけた。地面のデコボコがさほどひどくないことを確認して、ここを今宵のねぐらにすることにした。

思ったほどは進めなかったので、翌日は夜明けから日没までの長時間行動になる。この肩の状態で歩き続けられるかどうか、いささか不安である。

熊野古道中辺路2日目

朝5時前に起きて、6時15分にヘッドランプで出発。寒かったので雨具の上下を羽織って歩き出した。

歩き出してほんの少しの所に水場があった。明るかったら見えていただろう。そして、ほどなく石畳の道になった。
DSCF1224.jpg
不気味な池は高原池。写真ではよく見えない。ずっと登り基調で早くも暑くなってきたので雨具を脱いだ。
DSCF1226.jpg
大門王子。
DSCF1227.jpg
稜線の向こうに陽が昇ってきた。私が山で一番好きな時間帯。
DSCF1230.jpg
十丈王子。平安・鎌倉時代は重點(じゅうてん)王子と呼ばれていた。
DSCF1234.jpg
小判をくわえたまま、飢えと疲労のためにここで倒れたという巡礼を弔ってまつられた小判地蔵。
DSCF1235.jpg
悪四郎屋敷跡、上多和茶屋跡を越えて、大坂本王子。
DSCF1248.jpg
R311 がすぐそばに迫ってきて、道路の反対側に道の駅・熊野古道中辺路が見えた。先を急ぎたいのでパス。
DSCF1249.jpg
そしてようやく牛馬童子像に到着した。実は明治時代に造られたものらしい。
DSCF1252.jpg
時間は9時ちょっと過ぎ。思ったよりも順調に進んでいる。トレイル区間の方が標準コースタイムがゆるい感じがする。ひょっとしたら継桜王子10時の関門に間に合うかも・・・。ほとんど諦め気分だったのが、ちょっと希望が蘇ってきた。
展望台から近露の集落を見下ろす。
DSCF1254.jpg
近露王子には9時15分に到着した。
DSCF1256.jpg
しばらく車道を行って、比曽原王子。
DSCF1265.jpg
そして関門の継桜王子に10時7分に到着した。
DSCF1271.jpg
ここで茶屋の前のベンチに座って補給しながら、これからどうするか思案した。リタイアするのならここが最終ポイントになる。
ここから熊野本宮大社までの標準コースタイムと最終バスの時刻までの時間はまったく同じ6時間30分。トレイル区間ではわりと短縮できていて、滝尻王子からここまでの標準コースタイム6時間50分のところを5時間半ほどで来ている。アクシデントさえ無ければ間に合いそうだけれど、余裕があるとは言えない。
もしここでリタイアしたら再挑戦するかどうかは微妙なところだ。紀伊田辺から滝尻王子までの車道区間はもう歩きたくない。しかし滝尻王子スタートの再挑戦ではやはり満足感に欠けるだろう。熊野速玉大社まで行くのであれば話も別だけれど。
もうあと30分早く出発していれば迷うことは無かったのだけれど、今となっては後の祭りだ。
やはり覚悟を決めて行くしかないだろう。まるで関門に追われるトレランレースのようだけれど、久しぶりにそういう気分を味わうのも悪くは無い。そういう状態だからこそ 100% の力が発揮できるということもある。それに正月早々、連続敗退というのは何としても避けたい。
10時20分、熊野本宮大社に向かって出発した。
しばらく車道を行く。まずは中川王子。しかし本当の王子跡は山道を少し登っていかなければならないのでパスした。
DSCF1277.jpg
お次は小広王子。ここも同様、山道には上がらず。すでに肩の裏側がかなり痛い。
DSCF1280.jpg
このあと山道に入って、しばらく登って熊瀬川王子。このあたりで反対向きに歩いているパーティに出会った。山道で他のバーティに出会ったのは今回初めて。
DSCF1284.jpg
どんどん下ると車道に出た。ところがここから先が通行止め。実は 2011 年の台風での被害とのこと。
DSCF1291.jpg
そう言えば案内に一部迂回路があることが記載されていた。本道との合流地点まで1時間半と書かれている。案内の標準コースタイムは本来の道で書かれているので、実際には迂回分をプラスして考えなければならない。さて、どれくらい余計にかかるのだろうか。こんなに長い間通行止めになっているのであれば、ネットで公開している案内は最近のコースで記載しておいてほしい。
いずれにしてもここまで来たら先に行くしかないので車道を進む。このまま車道で行くのかと思ったら、トレイルに入る道標があった。以外としっかりした道で、ずっと以前からあった道ではないかと思う。それにしても登りがずっと続く。
DSCF1294.jpg
関門時間が気になってきたけれど、ここはあせらずにじっくり歩く。ロングトレイルを最短時間で歩くコツは、体力を消耗するような登りはあまり頑張らずに、平坦や緩い下り道、そして林道でペースを上げること。登りで頑張っても実はそれほどの時間短縮にはならない。
と思ってじっくり構えて登って、峠を越えて下りになったところで一息ついて大福休憩にした。そこでコースタイムを確認したところ、この先、本道に出会うまでどのくらいかかるのかがわからないのだけれど、ざっくり関門時刻から 30 分くらいは遅れている感じだ。
ギアチェンジして急いで下って、その後の林道部分は小走り。またトレイルに入って、迂回路に入ってから約1時間で本道合流地点手前の蛇形(じゃがた)地蔵に着いた。
DSCF1297.jpg
ほどなく本道に合流。
DSCF1299.jpg
少し行って湯川王子。おおむね標準コースタイムくらいまで戻っていた。ちょっと安心した。
DSCF1302.jpg
この後、三越峠(みこしとうげ)までの登りは九十九折れで苦しかった。
DSCF1304.jpg
次の目標は船玉神社なのだけれど、ここに向かう古道がまたもや通行止めになっていた。これは昨秋の台風の影響のようだ。林道をそのまま進む。重荷がこたえるので時々腕を後ろに回してこぶしでザックを支える。
DSCF1311.jpg
迂回路ということになっているけれど、時間的にはショートカット。三越峠から1時間、2時前に発心門(ほっしんもん)王子に到着した。
DSCF1312.jpg
標準コースタイムであと2時間くらいのところ、最終バスまで2時間 40 分あるので、もう大丈夫だ。一気に気が楽になった。
ここからはずっと車道で猪鼻(いのはな)王子。王子跡には多くの場所でこのような水飲み場や水道がある。
DSCF1319.jpg
トレイルになったかと思ったらまた車道になって、思い出の果無山脈(遠方の山脈)。
DSCF1321.jpg
そして伏拝(ふしおがみ)王子。
DSCF1324.jpg
3時7分、小辺路との合流点の三軒茶屋跡に到着した。ここははっきり覚えている。時間があるのでベンチでパウンドケーキを食べた。
DSCF1326.jpg
小辺路で来た時はここから先は観光客風情の人たちがたくさんいたけれど、今日は真冬のせいか誰にも会わない。
車道に下りて、最後の祓殿(はらいど)王子。
DSCF1331.jpg
3時48分、熊野本宮大社の裏門に到着した。
DSCF1332.jpg
中は撮影禁止なので写真は無し。無事到着したお礼に本殿でお参りした。もっと感激するかと思っていたけれど、それほどでもなかった。小辺路の時の方が満足感が大きかったように思う。
石段を下りて正面の山門に到着したのは3時55分だった。
DSCF1333.jpg
ここの前にあるバス停を見ると、誰もいない。本当に便があるのか心配になったけれど、時刻表を見ると間違い無い。
時間があるのでバス停に荷物を置いて大鳥居まで行ってみた。日本一の高さ(33.9m)で、大神神社の大鳥居(32.2m)よりも大きい。ただし平成12年完成の鉄筋コンクリート製で、大神神社の大鳥居も昭和61年。歴史的価値は現時点ではまだ無いと言ってもいいでしょう。
DSCF1335.jpg
明治22年の水害まではここの先の大斎原(おおゆのはら)に社殿があった。
バスは定刻(4時40分)をちょっと過ぎてやってきた。乗客は私以外は出発直前にやってきた中国人らしき女性二人連れだけ。この二人も少し行った温泉で下りて、その近くの温泉で男性客が一人乗ってきて、田辺の市街地に近づくまではずっと乗客二人だけという状態だった。
2時間10分ほどかかって、前日出発した紀伊田辺駅に戻ってきた。
gps のトラックによると今日のコースは約 33km。二日で 64km ほど歩いた。古道を楽しむというよりは関門に追われるトレランレースのようになってしまったが、あまり文化的な素養のある人間ではないので、自分としてはこういうのが一番楽しい。
中辺路はこの先まだ熊野那智大社、そして熊野速玉大社まで続くけれど、これをやるかどうかはちょっと微妙。気が向いたらということにしておこうと思う。

熊野古道中辺路1日目

せっかくの3連休。特に日曜日と月曜日は天気も良さそうなので、久しぶりにテント泊で出かけたいと思った。しかしさすがにこの時期に積雪のあるようなまともな山は気が向かない。さりとて街中歩きでは芸がなさ過ぎる。
そこで思いついたのが熊野古道の中辺路(なかへち)。
2年前に小辺路を歩いた時から中辺路の事は知ってはいたけれど、車道部分が多そうであまり惹かれなかった。しかし今回の目的にはかなり合致しそうだ。標高も高くて 700m 未満程度なので、雪が舞うことはあっても積雪は無いだろう。
紀伊田辺から新宮までの全コースだと 130km くらいになるけれど、よく歩かれているのは滝尻王子から熊野本宮大社までの約 40km。紀伊田辺からスタートすれば 60km 少々ということで、2日行程にはちょうどいい感じだ。小辺路よりは若干短く、アップダウンも少ない。
ただ、アプローチが遠くて、しかも時期的に日照時間が短いので、実質行動時間は限られる。さすがにこういうコースで夜間ヘッドランプ歩行はやりたくない。
それと、小辺路の時は5月だったのでシェルターと薄いシュラフで何とかなったけれど、この季節は標高が高くなくてもしっかりしたテントとダウンのシュラフでないと不安だ。当然、荷物は重くなる。結果的には荷物は 11kg くらいで収まったけれど、体感的にはずっしりと重い。
早い時間は特急列車が無いので、5時3分の始発で出ても紀伊田辺に到着したのは 10 時前だった。

小辺路の時の帰路以来の紀伊田辺駅。駅前で準備をして、出発したのは 10 時 15 分だった。
DSCF1117.jpg
ハナから改札口は駅の北側と思っていたので、出発早々、反対方向に歩き出してしまった。地図にははっきり南側になっているというのに、何たること。gps のおかげですぐに気が付いた。
コースガイドに記載されているように、秋津王子に寄るために会津川を渡る。
DSCF1118.jpg
ちなみに「王子」とは「王子社」のことで、熊野の神様の御子神(みこがみ。子にあたる神のこと)が祀られているところで、参詣者の休憩所でもあった所のこと。中辺路の道中にたくさんある。
平坦な道なのでちょっとジョグにしてみたが、すぐにやめた。とても続けられないと感じたし、ムリに続けたら後でとんでもないことになりそうだった。
実は 30 年くらい前に、テントとシュラフ、コンロを担いで3日間で琵琶湖を一周したことがある。確か年末だったように思う。琵琶湖一周は 180km くらいあるので、1日目と2日目は 60km 超を進んだはずだ。
食事は現地調達だったものの、山岳テントに今より重いシュラフ、ガスコンロだったので、荷物の重さは今日のものとほとんど変わらなかったはずだが、途中で店に入って食事をしたりしていたので、走る時はキロ6分くらいだったと思う。
キロ6分なんて今なら練習会でトラックを走る時でもそんなに楽なペースではない。フルマラソンで4時間10分くらいのペースなので、大阪マラソンなどではこれくらいのランナーが一番多いのではないだろうか。
そんなことを思い出しながら好天の車道を先を急いで歩いた。
出発して 30 分足らずで秋津王子に到着した。下調べでわかってはいたけれど、元の本当の場所がどこだったのかは今はもうわからないとのことで、わざわざ立ち寄るほどのものではないのだけれど、まぁせっかくなのでついでに・・・という程度のこと。単なる自己満足です。
DSCF1121.jpg
ひたすら車道で次は万呂王子。単なる道標にしか見えない。
DSCF1130.jpg
次に三栖王子を目指すが、ようやく古道らしき道に入った。
DSCF1135.jpg
三栖王子跡。
DSCF1136.jpg
王子跡にはだいたいこういうデザインの標識が立っている。じっくり読んでいると時間がかかるので、写真を撮ったら先に進む。ここではそばで大福休憩にした。
DSCF1137.jpg
しばらく古道を行く。どうもあまり歩かれていない様子で、枯れ枝などで結構道が荒れている。
DSCF1140.jpg
南方熊楠山中裸像撮影場所。
DSCF1142.jpg
不明瞭な道を辿って新岡坂トンネルの先で車道に出て、八上王子。
DSCF1146.jpg
ここの旧道トンネル越えで結構時間がかかったので、稲葉根トンネルは車道を行く。
DSCF1151.jpg
トンネルを出たら稲葉根王子。
DSCF1152.jpg
富田川左岸の車道から少しそれて、一瀬王子。ここでおにぎり休憩にした。そろそろ肩の裏側が痛くなってきた。
DSCF1161.jpg
おにぎりを食べながら地図を見ていたが、どうも期待していたほど行程が進んでいない。今回のコースは2万5千の地形図を A4 サイズで6ページ(3枚)にプリントしてきたのだけれど、何とか今日中に3ページ目の最後くらいまでは進んでおきたい。明日は帰りの最終バスの時間が決まっているので(4時40分)、何が何でもその時間までには熊野本宮大社に着かなければならない。
そんなわけでこの先、富田川右岸に渡って少し登って行くルートをやめてこのまま左岸を進んで、鮎川王子だけ橋を渡って寄ることにした。
DSCF1164.jpg
鮎川王子が合祀された住吉神社。
DSCF1167.jpg
このあとしばらく車道を進んで、藤原定家の歌碑を過ぎると古道になった。
DSCF1179.jpg
川の右岸には交通量の多い R311 が見えるので、ちょっと不思議な雰囲気。対岸に道の駅があるけれど、立ち寄ることはできない。
DSCF1180.jpg
車道に出て R311 を渡って右岸に移って、清姫の墓所。清姫がどういう人なのか、私はよく知りません。
DSCF1191.jpg
そのあと単調な車道を淡々と進んで、午後4時15分、6時間かかってようやく滝尻王子に到着した。ここまで 26km くらい。
DSCF1197.jpg
ここから本格的な古道が始まる。しかし日没までもう1時間も無い。持ってきた地図の2ページ目がようやく終わったあたりだ。3ページ目の終わりまで行くことは到底不可能なので、今日の目標を高原熊野神社にした。ここは水があるらしい。明日の行程はかなり長くなってしまうが仕方無い。
パンを食べて、4時半に出発した。念のために水を 1L ほど詰めておく。ここからは 500m 毎に標柱がある。ここが起点。
DSCF1200.jpg
いきなり急な石段が始まる。
DSCF1205.jpg
少し上がると胎内くぐり。時間があればザックを下ろしてくぐってみたいところだけれど、そんな時間は無い。
DSCF1207.jpg
そして乳岩。昔、奥州の豪族・藤原秀衡(ひでひら)とその妻が熊野詣でに来た時、ここで妻が産気づき、この岩屋で出産したという伝説がある。
夫妻は赤子をここに残して熊野に向かったのだが、その子は岩から滴り落ちる乳を飲み、狼に守られて無事だったので、奥州へ連れ帰ったと伝えられている。
DSCF1208.jpg
さらに登って、不寝王子(ねずおうじ)。
DSCF1210.jpg
少し道がなだらかになってきたけれど、またこの先にはしっかりした登りが待っていた。そろそろ薄暗くなってきた。
DSCF1212.jpg
飯盛山展望台はカットして先に進む。5時半近くになって、ついにヘッドランプの登場となった。そして車道に出た。
DSCF1217.jpg
実は車道に出たらすぐに反対側の古道に入らなければならなかったのだけれど、暗くて気が付かずにそのまま車道を進んでしまった。地図を見るとこのまま進むと先で合流するので、もうそのまま進む。
標識に従って横道にそれると、細い急な登りの石畳の道になった。
DSCF1219.jpg
ひょっとしたら高原熊野神社は過ぎてしまったのではないかと思ったら、車道に合流した所に標識が立っていた。案の定、400m も行き過ぎていた。古道沿いにあったのかも知れない。
ちょうどこのそばに涸れた芝生の広いスペースがあって、絶好のテント場だ。夕食分の水はあるし、さっき登ってくる途中に送水パイプのようなものから水があふれている所があった。6時前、今日のねぐらはここにする。
DSCF1222.jpg
帰ってから gps のトラックを確認したら、31km ほど進んでいた。一般的にはハイキングや登山の案内表示は実際の距離よりも長めに表記されていることが多いけれど、和歌山県が提供している中辺路の案内は実際の距離より短く表記されているようだ。標準コースタイムよりは早かったけれど、それにしてもわりと厳しいタイム設定だと感じた。
夕食後に地図を眺めていたが、まだ全体の4割くらいしか進んでいない感じだ。最終バスまでに熊野本宮大社まで行くのはかなり厳しそう。地図4ページ目終盤の継桜王子(つぎざくらおうじ)は R311 のバス停が近いようなので、ここがゴールになるかも知れない。ここを過ぎると途中敗退はできなさそうだ。この先、熊野本宮大社まではまだ 22km くらいあって、標準コースタイムは6時間50分となっている。もし10時までに継桜王子に着いたら先に進もうと考えたけれど、かなり厳しそうだ。
夜中にトイレで外に出たら、素晴らしい満天の星空だった。すでに月が沈んでいるので、目のいい人なら天の川が見えたかも。

鈴鹿縦走3日目 御在所山から綿向山

夜は薄いシュラフに入ってちょうどいいくらいの気温で、熟睡することができた。
昨夜もそうだったのだけれど、深夜にシカがテントのすぐそばまでやってきて、鳴き声を上げてしばらく様子を窺っていた。シカなので襲ってくるようなことは無いと思うけれど、あまり気持ちのいいものではない。

昨日よりは少し早く、5時25分に出発した。今日も暑くなりそうだ。しかし2本ずつ持ってきたビールと日本酒、そして食料もほとんど無くなって、背中は軽い。
DSC_0111.jpg
しばらく舗装道路を歩いて、石段を上がって御在所山山頂(1209.4m)へ。
DSC_0113.jpg
しかし真の最高地点はここから少し先に見える所にある。
DSC_0119.jpg
当然、こちらにも立ち寄る(1212m)。
DSC_0115.jpg
西側にはこれから向かう雨乞岳。
DSC_0117.jpg
武平峠へは下らずに、主稜線から南西に下る不明瞭な道を目指す。この道は長者池のそばから出ているので、まずは長者池へ。
DSC_0123.jpg
池のそばの木に古いテープが巻かれていたので、これが目印かと思ってその方向に入ってみたけれど、すぐに道は無くなった。それにこの方向は沢筋で、目指す道は尾根筋のはずなので、ヤブの斜面を適当に尾根に向かって上がったところ、御岳大権現(おんたけだいごんげん)に出た。ここには木曽の御岳権現の分霊が祀られているらしい。
DSC_0126.jpg
ここの裏あたりに道があるはずと思って背後に出たところ、テープマークを発見。この道が見つけられるかどうか心配だったのだけれど、これで一安心。その後はテープマークに導かれてのんびりと下って行った。
DSC_0128.jpg
30分ほどで武平峠の下から東雨乞岳に向かう道に合流した。ここから東雨乞岳へはなかなかタフな登りが続いた。歩く人が少なそうで、踏み跡も所々不明瞭な部分がある。1時間15分くらいでようやく開けた稜線部分に出て、雨乞岳が見えた。
DSC_0132.jpg
7時54分に東雨乞岳(1225m)に到着した。
DSC_0133.jpg
雨乞岳(1237.7m)には8時5分に到着した。鈴鹿山脈2番目の標高の山で、今回の最高峰。個人的にも初めてだ。
DSC_0136.jpg
東側には昨夜を過ごした御在所山。右の突起は鎌ヶ岳。
DSC_0134.jpg
これから先が今日のふたつめの不安ポイント。綿向山まで不明瞭な破線ルートになっている。大峠への道標に従ってヤブ原に突入したが、それはそれはとんでもない状態だった。地面には数十センチ程度のヤブが苅られた道があるとは言うものの、背丈くらいの濃いヤブに覆われていてどこが道なのか目ではまったくわからない。
DSC_0139.jpg
ヤブをかき分けて足元の道を確認しながら一歩一歩進むという感じで、いったいいつまでこれが続くのだろうかと不安になる。
しかしこんなに濃いのはほんの数分程度で、ほどなくうっすらと道が判断できるくらいの丈になった。
DSC_0140.jpg
またこんなヤブが出てこないことを祈りながら足を進めたが、このあたりは展望の開けた気持ちいい稜線歩きだった。ただし暑い!!
DSC_0141.jpg
そして清水頭に到着。
DSC_0143.jpg
このあとは次第に樹林帯に入って、最後は一気に下って大峠に出た。ここが雨乞岳と綿向山の間の峠。
DSC_0147.jpg
綿向山への登りの道はよくわからなかったが、方向を見定めてしばらく登ると古いテープが出てきた。
次第に傾斜がきつくなって、木の根などをつかまないと上がれないくらいの斜面が続く。さらに稜線の左側はこんな斜面。
DSC_0150.jpg
稜線の少し右側の斜面を這うようにテープマークがあったけれど、あるところで先のテープが見えなくなった。踏み跡もわからない。直登は難しそうに見えたのでトラバース気味に進んでみたけれど、どうにもおかしい。また戻ってそのあたりをうろうろしてみたけれど踏み跡は不明。先ほどのトラバースをさらに進んでみたところ、斜面が崩壊してとても進めない場所に出てしまった。
これは困った。ルート的に、安全な場所に戻るとしたら雨乞岳まで戻らなければならない。大峠からは簡単に下れる道が無い。雨乞岳まで戻っても公共交通機関があるのは一番近くて三重県側の湯ノ山温泉。そこまで行くとしたら5時間くらいかかるだろう。何が何でも前に進むしかない。写真を撮る余裕などまったく無い。
gps のルートからはさほどはずれていないので、また戻って急斜面を這いずり上がって稜線に向かって進んだところ、踏み跡に合流できた。胸をなで下ろした。
ほどなくイハイガ岳(964.1m)に到着した。立派な標識が場違いな感じ。
DSC_0151.jpg
ここから先は穏やかな稜線になった。暑さは厳しかったけれどこれで最後の山場を越えたという感じがして、気分的に余裕が出てきた。
遙か彼方に見えた綿向山も指呼の距離に近づいてきた。左奥が綿向山。
DSC_0154.jpg
竜王山への分岐に出て、もうあと一息。
DSC_0155.jpg
ブナの珍変木。気持ちに余裕が出てきたのでくぐっておいた。
DSC_0158.jpg
DSC_0157.jpg
綿向山の山頂はすぐそこ。滅多に無い心の高ぶりを感じた。
DSC_0159.jpg
11時18分、綿向山の山頂(1110m)に到着した。
DSC_0160.jpg
東側の奥に見えるのは御在所山かと思ったら実は雨乞岳だった。御在所は雨乞の後ろに隠れている(雨乞の方が標高が高いため)。あそこから3時間少々で来たというのは自分でもちょっと意外な感じがした。
DSC_0161.jpg
気分的にはもう終わった感じだけれど、ここは標高 1000m 超なので、まだたっぷり下りが残っている。しかし道はしっかりしているはずなので不安は無い。
少し下った所に金明水。がぶ飲みして、ボトルを満タンにした。
DSC_0163.jpg
緩い傾斜のつづら折れが続く。こういう道は気持ちが緩むので意識的に気を引き締める。
DSC_0164.jpg
行者コバでは消防隊員が訓練をやっていた。祝日だと言うのにご苦労様です。
DSC_0166.jpg
うんざりする単調な道を1時間10分ほど下って、登山道末端のヒミズ谷出合小屋まで来た。
DSC_0172.jpg
しかしまだ車道がたっぷり残っている。下界に下りてきたので気温はさらに高い。御幸橋では河原で水遊びをしている家族連れが何組かあった。
DSC_0177.jpg
昼下がりの炎天下の車道歩きは苦行以外の何物でも無い。平日は一日何本かのコミュニティバスが運行されているけれど、休日は歩くしかない。体力的にはこの3日間の中で一番苦しかった。
DSC_0178.jpg
近江鉄道バスの北畑口に着いたのは1時36分だった。3日間の鈴鹿縦走が完成した。感無量だった。
DSC_0179.jpg
ここから近江八幡駅へのバスは1時間に1本ある。次は2時24分。待合室の陰で濡れタオルで身体を拭いて着替えて、自動販売機でコーラを買ってカロリーメイトで小腹を満たせた。
昨年の小辺路で久しぶりに山中1泊をやったけれど、山中2泊というのは本当に久しぶりだった。山スキーで麓にベースキャンプのような形でテントを張って複数日過ごしたことはあったけれど、テントを背負って次のテント地まで歩くというのはいつ以来か思い出せないくらいだ。
それにも増して今回、大きな満足感が得られた要因は、この酷暑で最後まで歩き通したこと。
私は昔から暑さが苦手で、若い頃は夏になると食欲が落ちて体重を減らしていた。とは言ってもその頃は暑いと言ってもせいぜい33度くらいで、今のような酷暑ではなかった。アルプスなどの涼しい高山に行っても食欲が出ず、まともに歩けずに下りてきたこともある。
今回、途中敗退にならずに済んだ原因は、途中下山後の交通機関の不便さが最大の歯止めになったのだけれど、それにしても何とか最後まで歩ききる気力と体力があったということは素直に喜びたいと思う。
ただし歩くスピードは期待したほどでは無かった。今回は暑さの影響があるにせよ、昨秋の黒部五郎や今春の乗鞍などにしても、おおむね標準コースタイム10時間くらいのコースを8時間くらいで歩くというのが一日の行動の基準という感じがする。
次に泊まりで行けるのは秋になりそうだけれど、このあたりを基準にコース設定しようと思う。

鈴鹿縦走2日目 石榑峠から御在所山

石榑峠の標高は 700m くらいだけれど、さすがに夜の暑さは下界よりはマシで、しっかり寝ることができた。
少し明るくなってから起きて、準備を整えて出発したのはちょうど6時だった。

しばらくは車道を行く。ただし一般車は入れない。
DSC_0057.jpg
車道を上がりきると広場があって、その奥に登山道のテープマークがあった。
DSC_0058.jpg
この時間だとまだ暑さはマシ。しかし幸か不幸かピーカンの晴天。鈴鹿にはこんな箇所がたくさんあります。
DSC_0060.jpg
なかなかタフなアップダウンを繰り返して、7時50分に三池岳(971.5m)に到着した。ここで大福休憩にした。このあたりから多くの登山者と出会うようになってきた。
DSC_0061.jpg
八風峠に向けて下る。正面に次なる目標の釈迦ヶ岳。御在所はさらにその奥。
DSC_0063.jpg
八風峠を8時13分に通過。
DSC_0066.jpg
この先で細い沢水が流れている箇所があったのだけれど、運悪く数人のパーティが到着したばかりの様子で、こんなのを待っていたらどれだけ時間がかかるかわからないので、諦めて先に進むことにした。水分は多めに持っている。
気温さえ低ければ最高の稜線漫歩なのだけれど、今日はただただ苦行でしかない。三重側に下りてしまおうかという悪魔の囁きもチラッと出てくる。
しかし三重側に下りると帰りの交通機関が大変というのが歯止めになって、9時15分に釈迦ガ岳(1091.9m)に到着した。
DSC_0071.jpg
当初の計画では武平峠から鎌ヶ岳をピストンするつもりだったのだけれど、それはもう諦めて、今日は御在所までにしようと思った。
鈴鹿にもあった猫岳(1057.7m)。
DSC_0074.jpg
国見岳がはっきり見えてきたけれど、御在所はまだその先。
DSC_0075.jpg
この先で水場に遭遇して、ボトルに満タンにした。ちょっと気分が落ち着いた。
DSC_0078.jpg
ようやくハト峰(823.1m)に到着。もう勘弁してほしい暑さ!!
DSC_0082.jpg
見下ろすとハートマーク。あれは何?
DSC_0081.jpg
ハト峰峠。朝明渓谷への道標がうらめしいが、ここで下りたらさらに酷暑に見舞われる。
DSC_0083.jpg
登り返して金山(906m)。背景は釈迦ガ岳?
DSC_0085.jpg
横道にそれて水晶岳(954m)にも寄っておく。北アルプスの水晶岳を思い出す。
DSC_0091.jpg
ようやく根の平峠。
DSC_0094.jpg
さて、ここから今日最後の厳しい登りが始まる。slow but steady で黙々と足を運ぶ。
国見岳北面の巨岩が目に入ってきた。
DSC_0097.jpg
1時52分、ようやく国見岳(1175.2m)に到着した。山頂から伊勢湾方面の眺め。暑さのせいでかすんで遠くは見えない。
DSC_0099.jpg
ようやく御在所の山頂エリアが近くに見えてきた。スキー場のゲレンデもはっきり見える。
DSC_0100.jpg
石門に寄り道。自然にしては出来過ぎという感じがするけれど、このあたりにはこういう巨岩の重なったものが随所にある。まさか古墳の跡ということは無いだろう。
DSC_0103.jpg
国見峠に降り立った。
DSC_0105.jpg
ここはかつては何度も通った峠なのだけれど、それももう20年以上前のこと。過去の記憶はまったく無い。御在所山の山頂に直接向かえるのではと思っていたのだけれど、そういう道は無くて、ロープウェイの山上公園駅までまだ結構な登りが残っていた。
山上エリアのどこかでテントを張ろうと思っていたので、汗まみれになって最後の登りをふんばる。2時27分に突然、舗装道路に飛び出した。
DSC_0106.jpg
場違いな観光エリアに一瞬とまどったけれど、テントを張れそうな場所と水場を探しながらロープウェイの駅舎に向かった。
まだ2時半だけれど今日の行動はここで終わりにする。朝6時にスタートしているので、実は8時間半歩いている。
駅の建物に入って自動販売機を眺めたら、ソフトドリンク類はほぼすべて売り切れていた。致し方無く(というのは口実で)、ビールのロング缶を買って、日陰で極上のビールを味わった。
まだ観光客がいっぱいいてテントを張るわけにはいかないので、トイレの水を浄水器に通してボトル満タンにした。
そして眺めのいい場所で早めの夕食にした。辿ってきた山々を振り返りながら。
DSC_0109.jpg
そして公園の片隅にテント。標高が 1200m 近いので日が陰るとさすがに過ごしやすくなってきた。
DSC_0110.jpg
持ってきたビールと日本酒でいい気分になって、まだ残照の残るうちに心地よい眠りに落ちた。

鈴鹿縦走1日目 藤原岳から石榑峠

先の三連休(7/14〜16)は晴れ続きの予報だったけれど、好天というよりは各地で35度超の酷暑予想だった。
せっかくの晴れ続き予報なので家でクーラーという訳にはいかないけれど、かなりの高山まで出かけないと涼は期待できない。ところが例の豪雨災害からまだ1週間で、山やアプローチの林道の状況がよくわからない。わざわざ遠くまで出かけて行って登れずに帰ってくるというようなことは避けたいので、それほど遠くないエリアでどこか適当な行き先が無いかと考えて、かねてからぼんやり考えていた鈴鹿山脈の縦走をターゲットにすることにした。

家から5時間かけて10時前にようやく西藤原駅に到着した。近鉄特急は使わなかった。使っても1時間くらの短縮にしかならないし、テントを背負っているので水さえあればどこでも泊まれる。
DSC_0001.jpg
車なら2時間くらいで来られる。前に考えた時は車で来て休憩所の駐車場に停めて、御在所から湯の山温泉に下りて電車で戻るという1泊2日行程だったけれど、今回は2泊3日で滋賀県側に下山の予定だ。
人気の藤原岳なので登山者がたくさんいるかと思ったけれど、時間が遅いせいか下車した客は私を含めて3人で、登山者は他には無し。準備を整えて10時13分に駅を出たけれど、すでにかなりの気温だ。
休憩所の駐車場はまだ多少の空きがあった。
DSC_0004.jpg
登山道に入ると木陰になって多少はマシだけれど、暑さでバテないようにゆっくり登る。それでもすぐに汗が噴き出してきた。
DSC_0008.jpg
11時半に8合目に到着した。
DSC_0010.jpg
9合目の展望台から伊勢湾方面。
DSC_0011.jpg
藤原小屋に到着して、山頂まであとひと登り。
DSC_0013.jpg
藤原岳山頂(1140m)には12時15分に到着した。駅からほぼ2時間だった。
DSC_0016.jpg
これから向かう方向を眺める。真ん中あたりの草原のようになっているのが竜ヶ岳。
DSC_0018.jpg
登山地図ではここから先が破線の不明瞭ルートになっている。山頂に竜ヶ岳方向への道標が立っていたけれどその方向にはまったく道は無く、しばらく周囲をうろうろして、ようやくピンクのテープを発見した。
DSC_0019.jpg
これで一安心して、少し進んだ木陰でおにぎり休憩にした。
しかしこれまでのしっかりした道とはうって変わって、急に不明瞭な歩きにくい道になった。テープを見落とさないように進んで、治田(はった)峠の道標に従って下ったが、途中でついに斜面が崩れて通れなくなっている箇所に出てしまった。
少し手前の何とか登れそうな斜面を、木や岩をささえに強引に這いずり上がって、何とか上の道に出た。
DSC_0023.jpg
さっきの治田峠への道標は実は古いものだったようで、今は稜線伝いがしっかりした道になっているようだ。藤原岳まで結構いいタイムで来たのでいい気分になっていたのだけれど、これで一気に意気消沈してしまった。
コースタイムより多くかかって、2時前にようやく治田峠に到着した。
DSC_0026.jpg
このあたりからは道がはっきりしてきたけれど、それにしても暑い。気温さえ低ければ快適至極のコースなのだけれど、今日は苦行だ。
もう二度と来ないかも知れないので、銚子ヶ岳(1019m)に寄っておく。
DSC_0031.jpg
そして静ヶ岳(1088.5m)。
DSC_0033.jpg
竜ヶ岳が近づいてきた。
DSC_0035.jpg
稜線に上がると笹原になって日が照りつける。たまらん暑さ!! シカは暑くないのだろうか。
DSC_0042.jpg
4時26分にようやく竜ヶ岳(1099.3m)に到着した。
DSC_0045.jpg
御在所ははるか彼方だ。
DSC_0046.jpg
石榑峠より先まで進めるかもと思ったりしていたけれど、今日は石榑峠で打ち切ることにした。ここは水があるはずなので、そこでゆっくりした方がいいだろう。
少し下って、重ね岩。鈴鹿にはこういう巨岩が積み上がったようなものが随所にある。
DSC_0051.jpg
ようやく石榑峠に下りてきた。
DSC_0053.jpg
三重側に少し下りた所に水場。
DSC_0055.jpg
5時10分、今日の行動をここで終わりにする。すぐそばの平坦地にテントを張った。
DSC_0056.jpg
まずは冷たい(というほどではないのだけれど・・・)水をがぶ飲みして、頭からかぶって汗を洗い流して、さらにシャツとアームカバーも汗を洗い流した。
そしてポリ袋に水を満たしてビールを冷やして、夕食の準備をした。
やはりかなりの汗をかいていたようで、夜中に何度も水を飲んだ。

乗鞍スカイライン復路

夜中にトイレに起きた時、きっと星空が素晴らしいだろうと思ってメガネをかけて出たところ、期待はずれで星はほんの少ししか見えない。何故かと言うと、月明かりで影ができるほどのド満月だった。
たっぷり寝て、外がちょっと白んできたと感じた5時頃に起きた。
朝は定番の棒ラーメンにサラミを入れる。
食事の用意をしていたところ、何やら奇妙な物音が耳に入った。風はほとんど吹いていない。例えてみれば動物が鼻や喉を軽く鳴らすような音。
クマ?????
全身が凍り付いた。テントを破ってくるのではないか。もし襲われたらどうしよう。ケガをしてもあの携帯エリアまでたどり着ければ何とかなるかも知れない。
そんなことが一瞬にして頭を駆け巡った。
息をひそめてしばらくじっとしていたが、幸い何事も無く時間が過ぎて行った。恐ろしくてテントの外を見る気にならない。
やはり熊よけスプレーは早く入手すべきだと思った。
すっかり明るくなってから外に出たが、今となってはあの音が何だったのかは知る由もない。

ザックに軽食と水分と雨具だけを入れて、アイゼンを装着して出発したのは6時ちょっと過ぎだった。
DSC_0038.jpg
鶴ヶ池のそばの雪の斜面を上がると、スキーとスノーシューのトレースに出会った。わりと新しいトレースだが、スノーシューは歩きにくいんじゃないかという感じがする。
DSC_0039.jpg
そのトレースを追ってしばらく進む。富士見岳の南側の斜面にライチョウが2羽いた。小さくて写真では見えないけれど。
DSC_0041.jpg
剣ヶ峰への道標が現れて、ようやく剣ヶ峰にご対面。まだまだ遠い。
DSC_0042.jpg
スキーのシュプールの残る魔利支天岳の東斜面をトラバースぎみに進むが、なかなかの傾斜で緊張する。位ヶ原を登る登山者が見える。涸沢からザイテングラードのような雰囲気。
DSC_0044.jpg
今日の装備でこのままこの斜面を進むのは危険と感じた。まぁ足を滑らせても雪の斜面を滑り落ちるだけで、いずれ止まるような地形だけれど、あまり格好のいいものではない。
一旦位ヶ原に下ってそこから登り返しということもチラッと考えたけれど、剣ヶ峰手前のリッジには雪庇が出ている。ここが潮時だ。
元々この時期のこのレベルの山にトレッキングシューズと軽アイゼンで山頂まで行ける可能性はあまり高くないということはわかっていたので、迷いは無かった。標高 2,800m まで上がれただけでも十分という気持ちもあった。
テントには7時半くらいに戻ってきて、装備をまとめて8時前に帰路についた。二泊分の用意をしてきたので本当はもう一日山で過ごしたかったのだけれど、あまりにも時間が早すぎる。私はのんびりぼうっと時間を過ごせるタチではないのだ。今日中に帰ることにした。
車道のすぐそばにライチョウがいた。
DSC_0051.jpg
多少は荷物は軽くなっているはずなのだけれど、下りにもかかわらずペースは上がらない。昨年、小辺路の車道歩きでつらかった時よりもひどいくらいの状態になってきた。
時たま立ち止まって腰をストレッチしないと歩き続けられなくなってきた。
軽装で上がってくるハイカーと MTB に出会った。
平湯峠からの下りはさらにつらくて、1〜2分ごとに立ち止まらなければならないほどになってきた。
最もつらかったのは平湯トンネルからの車道に合流してからキャンプ場までの数百メートルで、車が通らない道はあたりを気にせずに立ち止まることができたけれど、たくさんの車が通る道ばたであまりなさけない姿は晒したくない。それくらいのプライドはまだ残している。
こんなにつらい思いをしながら歩くのは近年には記憶が無いと思いながら、最後の気力を振り絞ってキャンプ場に戻ってきた。
DSC_0054.jpg
12 時 36 分に到着。ザックを下ろして車のそばにあった丸太に腰を下ろして、しばし放心状態だった。
そんなせいもあって、今回は敗北感はあまり無かった。本来なら「乗鞍岳敗退」というタイトルになるはずなのだが、気持ちとしては結構満足していた。
さて、一息ついたらここへ行くしかないだろう。
DSC_0055.jpg
初めて「ひらゆの森」に来たのはもう十数年前だけれど、その時からずっと入浴料は 500 円のまま。消費税増税でも値上げされなかった。今までいろんな温泉に行ってきたけれど、ここに来て以降、ここを上回る質の温泉には出会ったことが無い。
無事に帰宅して、翌朝起きたら足の筋肉痛がひどかった。しかも昔にトレイルレースの後に出た筋肉痛とは場所が違っていた。昔は筋肉痛が出るのは大腿四頭筋だったのだけれど、今回は股関節や下肢のあたり。こんな筋肉痛は初めてだと思う。
ここ数年はトレイルレースの後などでも筋肉痛が出ることはほとんど無かった。その要因は決して筋力がついたのではなく、自己防衛本能で余裕のあるレベルまでしか力を発揮しないようになってきているのだと考えている。
今回くらいの荷物を持って長時間歩くのは、軽装で走り歩きする時とは違う筋肉を使っているということだ。逆に言えば、短期間にこういうことを何度か繰り返せばトレーニング効果が期待できるということかも知れない。
テント泊で山歩きをするのであればせめて 15kg くらいの荷物では普通に歩けるようにしたい。
そして悩ましいのはもう少しまともな登山靴を買うかどうかということ。昨冬からまた雪山に出かけるようになって、装備の不備を感じることが何度かあった。
私に一番向いているのは軽装でロングロートを1日で駆け抜けるスタイルだということはもうわかっているのだけれど、やはり雪山やテント泊も諦めるわけにはいかない。
アイゼンとピッケルはまだ十分使えるものが残っているので、ワンタッチアイゼンが着用できる靴さえ入手すればすべて解決するのだけれど・・・。

乗鞍スカイライン往路

今日(4/28)はスカイラインを歩くだけなので朝はゆっくりめに8時に起きた。
駐車場は満杯で、外に出たら管理事務所の前に行列ができていた。何事かよくわからなかったけれど、キャンプ場の申し込みの列のようだった。そんなに人気があるのだろうか。30 分もしたら車はほとんど無くなっていた。

準備して出発したのは9時ちょっと過ぎだった。足元はトレッキングシューズ。右手に簡易ピッケルになるピック付きのポール、左手には普通の山スキー用ポールを持った。
DSC_0002.jpg
それにしても荷物が重い!!。家で重さを計ったところ、水分無しで 11kg くらいだった。今回は上部で水が得られない可能性があるので、2リットルほど余分に持ってきた。最悪、雪を溶かして水を得ることはできるけれど、アルコールはそれほどたくさんは持ってきていない。最終的には 15kg 近くあったのではないかと思う。
しばらくは平湯トンネルに向かう車道の脇を歩く。
DSC_0003.jpg
足元にはフキノトウがいっぱい。この先、森林限界くらいまでずっとフキノトウが出ていた。上部では食べられそうなものもあったけれど、荷物になるので採らなかった。
DSC_0004.jpg
平湯峠への旧道に入る。車はまだ入れない。
DSC_0005.jpg
10 時 12 分に平湯峠に到着した。標高 1,684m。
DSC_0006.jpg
若山牧水の歌碑があった。
DSC_0007.jpg
ようやく乗鞍スカイラインに入る。道路整備の人達に何度か出会った。
DSC_0010.jpg
山スキーで来た時は大崩山の第一尾根や第三尾根を登るので、スカイラインは時折交差するだけなのだが、今回はひたすら車道を歩く。最初からこういう予定だったら MTB で来たのだけれど・・・。
白山の全貌が眺められる。
DSC_0011.jpg
11 時ちょうどに夫婦松に着いた。標高 1,900m くらい。ここでおにぎり休憩。ポールが邪魔なのでザックにくくりつけた。
DSC_0012.jpg
少し上の展望台からは北アルプスの素晴らしい眺め。左から笠ガ岳、弓折岳。真ん中あたりに槍ガ岳。そしてその右に奥穂高、前穂高。一番右は霞沢岳。
DSC_0015.jpg
何と、トレイルランナーが走って下りてきた。
それにしても荷物が重い。こっちに転戦して本当に良かったと思った。飛越新道に行っていたらおそらく1時間くらいで敗退しただろうと思う。白山でも同じようなものだ。登りとは言え車道なので何とか歩けるけれど、まともな登山道の急登ならとても歩けないと思った。
正面に山スキーで何度も行った猫岳(2,581m)が見えてきた。こういうアングルで眺めるのは初めてだ。
DSC_0018.jpg
お次はこれも山スキーで何度も行った四ッ岳(2,744.6m)。
DSC_0022.jpg
四ッ岳を眺めていたらイヤなことを思い出してしまった。実はこのあたりはクマが多いのだ。
これまで山でクマを見かけたことは何度もあるけれど、半分以上はこのあたりで、特に四ッ岳での山スキーの時が際だって多い。乗鞍では何年か前に夏の観光シーズンに土産物店にクマが乱入したことがある。何せクマ牧場があるような地域なのだ。
出会わないことを祈るしかない。
ところで、以前に山スキーで四ッ岳に来た時に頂上から携帯で電話したことがあって、さすがに乗鞍はスカイラインがあるのでこんな場所でも携帯が繋がるのかと感心したのだけれど、いつの間にか圏外になっていた。
ようやく畳平の手前までやってきた。鶴ヶ池。
DSC_0031.jpg
宇宙線観測所が見える。
DSC_0033.jpg
2時 38 分、畳平のバスターミナルに到着した。標高約 2,700m。5時間半、19km、標高差 1,400m のアルバイトは楽では無かった。
DSC_0034.jpg
夜に風が当たらないように、森林管理署のベランダのテラスにテントを張らせてもらった。
DSC_0036.jpg
このテントは昨年末に新調した「ビッグアグネス フライクリーク 1LX」というモデル。シェルターでは寒い季節は厳しいので、ダブルウォールのものがほしかった。それと、通常のドーム型は一人で入るとどうしても頭が上部に当たってしまう。冬場で結露していたりすると非常に不快なので、そうならないような形状のモデルを探したところ、ちょうどこれが安く売られているのを見つけて、勢いで買ってしまった。
main.jpg
重量は全部で 1.5kg くらいで、それほど軽量ではないのだけれど、軽量をウリにしたダブルウォールテントはたいていインナーの大部分がメッシュになっている。それでは保温性がちょっと心配ということで、このモデルを選択した。
さて、バスターミナルなら携帯は通じるのではと思ったが、残念ながらここも圏外だった。ひょっとしたら再起動したら繋がるかもと試してみたが、やはりダメだった。
実はこの再起動は大失敗だった。スマホの地形図アプリは圏外になってからも地図を表示してくれていたのだけれど、これは地図データをキャッシュしていたようで、再起動でそのデータが消えてしまったのだ。
gps の地図は正規の有料の登山地図ではないので、等高線や主要な道路は表示されるけれど、地形図ほどは詳しくない。私は乗鞍は初めてなので、地図が無いとどういうルートで進めばいいのかわからない。
もう山頂は手の届く所まで来ているので、このままおいそれと帰るわけにはいかない。
何とか解決策が無いかと頭をひねったところ、鶴ヶ池の向こうが大きく開けているのが目に入った。さっきそのすぐそばを工事車両が走っていたので、そこまでは除雪されているということだ。その向こう側まで行けば電波が通じるのではないかと考えて、そちらに向かった。
5分ほど歩いたら「長野県」の看板が現れた。
DSC_0037.jpg
ここで長野県側に出たところ、大正解!!。携帯が繋がった。さっそく地形図アプリで地図を読み込ませた。ほんのわずか岐阜県側に戻ったらもう圏外だった。
お次の課題で、どこかに水が流れていないか探してみたところ、車道の下の小さな溝にちょろちょろと水が流れているのを発見した。カップに少しずつ貯めれば利用できそうだ。沸かして飲むものはこれを利用することにしよう。
ビールと日本酒でリッチなディナーを堪能して、まだかすかに明るさが残っているうちにシュラフにもぐった。