朝は昨日の疲れがまだしっかり残っていて、起床時の心拍数も普段よりかなり高め(54)だったので、今日は思い切って完全休養日にしようかと思った。
しかしあまりの好天で、こんな日をのんびり休養日にしてしまうのはあまりにももったいないと思い直して、山田池にジョグで出かけることにした。足は重かったが、ただのスロージョグではもの足らないので、いつものコースに少しバリエーションを加えることにした。
山田池には池の南側にちょっとした丘があって、普段のコースはここを舗装道路で登って行く。しかしてっぺんから北側の急斜面は芝生になっていて、階段が取り付けられている。その階段の横は芝生の斜面で、わずかだがトレイル的なルート設定ができる。部分的にはテクニカルな所もある。
そこで、普段のコースから少しそれてこの斜面の下の道へ行って、この急斜面を往復してからまたコースに戻るという設定にした。トレイル部分は往復でもわずか 100m くらいだが、気分転換にもなるし、油断すると躓いてケガをしかねないくらいの斜面ではあるので、多少の練習効果はあるのではないかと思った。
トータル 12 周したので 12 回、この斜面を往復した。
特に意識したわけではなかったが、結果的には徐々にペースアップしていて、いつの間にか足のだるさもかなり解消していた。
これはなかなかいいアイディアだったと自己満足している。
競技場変化走
今日の練習会は競技場で 1000m + 1000m の変化走をやった。1ヶ月ほど前の変化走は若干速めのグループについて行こうとして、ペースが速すぎて結局5本しかできなかったので、今日はグループは意識せずに自分のペースで何とか 10 本やりたいと思った。
昨年の 12 月には競技場の個人練習で 4’15” + 4’45” で 10 本をやったが、さすがにこれはムリだろうと思って、4’30″未満 + 5’未満で 10 本という目標設定にした。
おおむね予定通りのペースで始まったが、2本目の速い方が 4’15” になって、それ以降は速い方が 4’15” から 4’20” くらいを維持できた。ただ、8本目くらいでかなりきつくなってきて、どうしようかと迷ったが、せっかくここまで追い込めたのだから何とか最後まで、と気持ちを入れ替えて踏ん張った。
さすがに最後の方は遅い方は5分台、速い方の 10 本目は 4’32” まで落ちたが、ボロボロというほどではなかったので、久しぶりに充実感のある練習ができた。
おかげで練習会が終わってからの帰宅ジョグは途中で走れなくなり、半分くらいは歩いて帰ることになってしまった。クラブの練習会に参加し始めた頃には何度かこういうことがあったが、ここまで疲れたのは本当に久しぶりだった。
と言うことで、明日はロングトレイルはやめておいて、生駒方面に半日程度のコースということにしようと思っている。
倦怠感
六甲縦走キャノンボールランが終わってから、心身とも倦怠感が抜けきれない。淀川市民マラソンを棄権したこともそれを後押ししているようだ。
3月のキャノンボールランの後も少し燃え尽き症候群のような状態になったが、それでも2週間後にはダイトレをレースで走った。
9月には八ガ岳スーパートレイルで、途中リタイアとは言え 97km まで行って、10月にはキャノンボールということで、もともとレース参加頻度があまり高くない私にしては、ビッグレースが続いたせいかも知れない。
冬場はトレイルレースはシーズンオフということで、当分トレイルレースの予定は無い。こういう時こそ一人でゆっくりとロングコースを楽しみたいのだが、高い山はそろそろ雪なので、行き先も限られてくる。
明日は久しぶりに競技場での練習会。日曜日はどうするか、いまだに予定が決まらない。
ボランティア
今日は淀川で開催された大阪リバーサイドマラソンのボランティアに参加してきた。あいにくの雨模様だったが、降ったり止んだりという感じで、予想していたよりはマシだった。
仲間内のような小さな大会は別として、千人以上も参加するような規模の大会でボランティアをやるのは、30年近いランニング人生でも初めてのことだった。
事前に詳しい事情を聞いておかなかったので、終了後は弁当でも出るのかと思っていたら、受け付け時におにぎりやパン、飲み物などの昼食セットが渡されて、仕事に差し支えのないような時に自由に摂るようにとのこと。実質的に制限時間の無いような大会なので、最終ランナーは午後2時を過ぎる。
私が配置されたのは3kmの折り返し地点。3km部門の時は折り返しのコース誘導を行うが、それ以外の時は通り過ぎるランナーへの声援が仕事だ。会場に近い場所なので良かったと思っていたのだが、実は仕事時間が非常に長くなるということに後になってから気が付いた。
それにしても10kmやハーフでは、スタート直後なのにすでに歩いている人がいたのにはちょっと驚いた。いくら何でも、と思ってしまう。
折り返してからは残り1.5km地点になるので、機嫌の良さそうな人はこちらを見て微笑んでくれたり、お礼の声を返してくれたり、中にはハイタッチをしようとしてくる人も何人かいた。
ハーフではスタートしてから2時間15分くらいになるとだいぶ疎らになってきて、大半のランナーが歩いている。みなさんに拍手して、声をかけるようにしたのだが、これがプレッシャーになったのか、私に近づくとそれまで歩いていた人がゆっくり走り出し、通り過ぎて少し行くとまた歩いているという光景を何度も見かけた。
正直、私自身がマラソンの終盤でつぶれて歩いてしまった時、沿道から声援をいただくのはあまりうれしくなかった。しかし今日はスタッフという立場なので、やはり声援を送らないわけにはいかない。
自分が走る時は、参加費を払っているとは言え、多くのボランティアの人たちのお世話になっているので、たまには自分がサービスを提供する側にもならなければならないとずっと思ってきたので、初めてとは言え、ようやくお返しが少しできて良かったと思う。
ゴールを目指して最後の努力をされている姿は、タイムの遅い速いとは関係無く、すべて美しいものだったと実感した。
今日、あまり良くない天候の元で走られたランナーのみなさん、どうもお疲れ様でした。
百里ガ岳
昨日はカルチャーセンターのお手伝いで、朽木(滋賀県)の百里ガ岳へ行ってきた。
より大きな地図で 百里ガ岳 を表示
先月行った三国峠の少し東側で、鯖街道で走った車道を挟んで西と東の位置関係になる。今回もチャーターバスの送り迎え付きで、快適登山だった。
入山は木地山の中小屋から。9月の台風の影響で、谷筋の道は特に下流で大きく崩れており、かなり難渋した。とても初級コースとは思えないルートになってしまったが、受講生の大半はリピーターで、中級レベルだ。2時間ほどかかってようやく木地山峠へ到着。
上部では紅葉もかなり進んでいるが、絶景というには今一歩というところ。
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元々入山者の少ない山域で、おまけに昨日は平日だったので、終日誰とも出会わなかった。
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木地山峠を少し過ぎたところで昼食を取って、それから1時間ほどで百里ガ岳へ到着。
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百里四方が見渡せるということが山名の由来らしいが、このあたりから見える山々は、この地域の1000m以下の山ばかりで、アルプスの山からの景観とはかなり違う。
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頂上を過ぎて少し行ったところで、比良山系の全貌を見渡すことができた。
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この山域もブナの大木が所々にあり、原生林の雰囲気が残っている。
トレイルランナーの鏑木さんが、滋賀県の何かのグループの依頼(?)で、このあたりのエリアでトレランのイベントを開催しておられるが、正直なところ、こういう山域には登山者でない人たちはあまり大挙して来てほしくないという気持ちがある。
地元の高島市は朽木の原生林を観光資源として活用したいようだが、我々のような者からすると(私はその時々で都合良く登山者になったりトレイルランナーになったりするのだ。スミマセン)、自然が荒れるようなことはあまりやってほしくないというのが本音だ。
鎌倉アルプストレイルランという大会が、今年の12月で第10回を迎える予定だったところ、地元からの強い要請で中止に追い込まれたらしい。自然破壊や一般登山との接触事故の危険性などがその要因で、登山道を使ってレースを開催すると、こういう声が出てくるのは致し方ないという気がする。
私自身も論理的には登山道でタイムを争うレースをやるのはあまり好ましいものではないと思っているが、はやりレースに出ないと自分の全力が出し切れないということで、たまにはレースに出場するようにしている。
登山道は、ロードレースと違って、一般の登山者を完全に封鎖することはできないので、どうしても接触事故の危険性がある。これまでに大きな事故の報告は聞いたことがないが(ランナー自身がアクシデントで死亡したという事故はいくつか発生している)、基本的にはあまり大人数でのレースはやるべきではないだろう。
困ったYouTube
私は子供の頃からずっと音楽に親しんでいる。
小さい頃にピアノを習っていたせいで、その頃はクラシックが好きだったが、徐々にポップス系を好むようになって、二十歳の頃にはジャズ、ブルース、R&Bなどの黒人音楽系がメインという、今の趣向の基本が出来上がった。
自分でレコードを買うようになったのは高校生になったくらいの頃からだったが、その頃はもちろんレンタルなどはなく、好きなものを好きなだけ聴きたいと思えばレコードを買うか友人に借りるか、もしくは FM 放送を録音するくらいしか方法が無かった。
その頃でもレコードはだいたい1枚2000円くらいだったので、高校生の小遣いでは月に1枚買えるか買えないかくらいで、新しいレコードを買ったら帰ってすぐに少なくとも2回は繰り返し聴いて、ちょっとこれは気に入らないと感じても、何度も繰り返して聴いて無理矢理好きになっていた。買って1週間もすれば、最初から最後まですべての内容を覚えてしまうというのは当たり前のことだった。
レンタルが普及してからも、好きなものは自分の手元に置いておきたいという気持ちが強く、レンタルでどんどん借りては返すというようなことはしなかったし、YouTube などのメディアが普及してからも、アルバム志向の私は数分程度の細切れ演奏などはあまり親しんでこなかった。
ところがいつの間にやら YouTube では2時間にも及ぶような長時間のものがアップされるようになっているではないか!! しかもレンタルにはあまり無いような、私好みの古いレアなものまでたくさんある。
これらを見つけた時は、最初はこれはありがたいと思って、いろいろと視聴したのだが、あまりにもたくさんありすぎて、どんどん目移りしてしまう。少しでも退屈な部分が出てくると、さっと次のものに移ってしまう。
こんな聴き方ではその音楽の本当の良さに触れることはできないだろうなと思いつつも、ついつい目移りしてしまうのだ。だって、そういうメニューがずらっと並んでいるのが目に入るのだから。
こんなものが簡単にタダでどんどん手には入っていいのだろうかと不安になってしまう。今時のミュージシャンはどうやって生活しているのだろうと、余計な心配までしてしまう。おそらくスタジオミュージシャンなどを使わずに、PC の打ち込みだけで CD を作ってしまうというようなこともたくさんあるだろう。
聴く方も、昔のように腰を落ち着けてじっくりと聞き込むというより、ざっと聞き流して、耳に残ったものだけを聞き返すというような聴き方になってしまうだろう。
私が聴く音楽は大半が 60 年代から 70 年代で、それ以降はぐっと少なくなる。演奏自体は新しいものでも、ベテランミュージシャンが古い曲をカバーしたりしているようなパターンがほとんどで、最近登場したミュージシャンはほとんど知らない。
決して新しいものに対して偏見を持っているわけではないのだが、新しいものは聴いても印象に残らないし、変に凝っているものが多く、シンプルなサウンドが好きな私としては、どうも生理的に受け付けられないものが少なくない。
YouTube からダウンロードしたものも古いものばかりだが、目についたものをどんどんダウンロードしてしまうので、それをじっくりと聴いている時間が無いというのが実態だ。
こんなことではいかんなぁ〜と思いながら、Miles Davis の古い映像をあさっているのだ。
淀川市民マラソン Did Not Start
朝、5時半に目覚ましで起きた。
新聞を取って、朝食の用意を始めたが、身体がレースを走ることを嫌がっていることがはっきりとわかる。しかし故障も無いので、止める口実が見つからない。空は曇天だが、天気予報では雨は午後から。
初マラソン以来、マラソンの前はモチと決めていたのだが、今回はあえていつも通りのパンにした。ただしいつもより1枚多い、6枚切り3枚。コーヒーを飲んで、少しゆっくりして、7時過ぎに家を出た。
乗り換え無しで守口まで行って、会場まで人波より少し遅れてゆっくり歩く。河川敷の堤防へ上がる階段で、これは今日はダメだと感じた。はやり超回復は起こらなかった。
まずは参加賞をもらおうと交換場所へ行ったところ、何かとんでもない列になっている。一瞬、走り終わってからにしようかと思ったのだが、まだスタートまで時間もあるので、蒸しパンを食べながら列に並ぶことにした。昨年はこんなことは無かったと思う。
トイレの列はそれほどでも無かったが、荷物預け用のビニール袋をもらおうと思ったところ、今度は参加賞よりもはるかに長い行列になっている。あまりの長さに、並ぶ気力が湧いてこない。こんなことも昨年はなかった。
私は人混みが嫌いなので繁華街などは滅多に行かないし、特に行列に並ぶというのは大嫌いだ。参加賞とトイレの列で、今日の行列待ち忍耐力はもう使い果たした。
どうしようかと一旦縁石に腰を下ろしていたら、少し小雨が落ちてきた。荷物は別に預けなくても走ることはできるが、今日は次第に雨になる。雨を防げるものは持ってきていないので、そのあたりに置いておくと戻ってきた頃には着替えが雨で濡れている可能性がある。
何とかギリギリで持ちこたえていた気持ちが、ここでついに切れてしまった。今日は走るのは止めよう。走り出したら調子が出てくるなんてことは、今日は絶対にあり得ない。折り返して戻ってきて、ちょうど会場のあたりがハーフ地点になるが、多分ハーフまですらまともに行けないだろう。こんなに参加人数の多い大会で、序盤からとぼとぼ歩いているのを抜かされていくのはあまりに忍びない。
最初から4時間以上のつもりで行けば走れるかも知れないが、ロードのフルマラソンではまだそれだけはやりたくない。とにかくスタートするだけはして、行けるところまで行くべきという気持ちも無くはなかったが、このところの数レースは結果はさておき、歩かずに完走するということだけはやり遂げてきたので、そこには拘りたいと思った。
会場に向かう人波がほとんど無くなるくらいの時間になって、早々に帰路についた。ちょうど守口駅のホームに上がった時に、9時40分のスタートの花火が上がったが、悔しいとか後悔とかの気持ちはほとんど湧いてこなかった。
淀川ペース走
と言ってもほんの 2.5km ほど。
明日は淀川市民マラソンなのだ。
六甲縦走キャノンボールランの翌週にフルマラソンなんて、以前の私であれば太陽が西から出るくらいあり得ないスケジュールだったのだが、こんなことも平気になってしまった。その理由は二つある。
一つは今のクラブに入ったこと。ここでは月に2回マラソンを走るくらいの人はいくらでもいて、2週連続なんてこともさほど珍しくない。先週、大阪マラソンを走って、明日、淀川を走る人もいるし、昨年は福知山(11/23)と大阪(11/25)の両方ともサブスリーで走った人もいた。4週連続フルマラソンを走ったという人もいる。しかもそのすべてが2時間20分台だ。半端ではない。
こんなところにいると、以前はシーズンにフルマラソンは2回だけと決めていた私はいったい何だったのかと思ったりするが、それは自分の判断としては間違っていなかったと今も思っている。
もう一つは、フルマラソンにおいて好タイムを期待する気持ちがほとんど無くなったこと。どうでもいいとは思わないが、昨年度までの2シーズン、自分なりにはかなりいろいろと頑張ってきたつもりだが、求める結果にはほど遠いタイムしか得られなかったので、さすがに年齢も考えるとタイムに拘るのはもうこのあたりが潮時かという気持ちになっている。
そうは言っても4時間もかかるとあんまりなので、いつものように、レース前日は少し速めのペースで短い距離を走っておくことにした。
キャノンボールランの疲れは、表面的なものはほとんど無くなったが、少しペースを上げて走ると、身体の芯にはまだまだたっぷり残っていることをはっきりと感じた。結構なペースのつもりでもキロ5分を少し切る程度だ。
明日はキロ5分くらいで入るような走りにした方が良さそうだ。
実は。超回復で思いもよらない好タイムが出たりしないかという僥倖をちらっと期待していたのだが、そんなことはそれこそ太陽が西から出るくらいの確率だ。
川上監督
川上哲治氏が亡くなられた。93歳ということなので、天寿をまっとうされたと言ってもいいのではないだろうか。
私の世代では川上氏の現役時代は知らない。何と言ってもジャイアンツの黄金時代、V9を率いた監督としての川上氏だ。私がプロ野球を一番熱心に見ていたのがV9の後半くらいだったので、川上監督の存在は強く印象に残っている。ついでにヘッドコーチだった牧野コーチも。
野球は素人なので、采配や技術的なことはまったくわからないが、とにかく川上監督の勝利への執念というのはその頃も非常に強く感じた。『石橋を叩いても渡らない』なんて称されたこともあったように思うが、とにかく盤石の采配で、長島監督のようなひらめき采配は一切無く、定石を堅実に積み重ねて勝利をつかみ取るという戦い方だったように思う。
ジャイアンツという球団は川上監督の残した資産を、まだ何とか受け継いできているのではないかと思う。その当時に比べるとやはり徐々にそういう文化は薄まってきているとは感じるが、まだまだ根底の部分で残っていると思う。私にとってはジャイアンツ・イコール・川上監督だ。
それに反して、そういう勝利への執念というものが極めて希薄なのがタイガースだ。タイガースはジャイアンツがライバルということになっているそうだが、ジャイアンツは本音のところはタイガースをライバルとは思っていないのではないだろうか。ドル箱カードなのでそんなことは口には出さないだろうが。
闘志を前面に出す星野監督時代は少しは違った雰囲気が感じられたが、就任期間が短かったせいもあるのだろう、あっという間に元の負け犬タイガースに戻ってしまった。要するに、そういう文化が定着していないということだ。
コーチを変えてどうなるというものでもないだろう。何よりも、フロントが本気で強いチームを造りたいと考えているようには思えない。随分以前のことだが、江本投手が『フロントがアホやから野球ができん!』と言ってクビになった事件があったが、あれはまぎれもなく事実だったと思う。
さて、私でも注目している今年の日本シリーズ。思った以上に楽天が善戦しているが、最後はジャイアンツの勝利ではないかと思っている。本音は楽天に勝ってほしいのだが・・・。
第9回六甲縦走キャノンボールラン・復路編後半
通常の片道の時は、摩耶山まで来ればゴールが見えてくる気分になれるのだが、往復となるとそこまでの安心感は無い。しかし大きな山場は越えたという安堵感はあった。
掬星台のエイドはいつもカップラーメンのサービスがあるので、ここでお腹を満たそうと楽しみにしていたのだが、何とまたしても品切れとのこと。周りにはカップ麺を食べている人が何人かいたので、ギリギリで終わってしまったようだ。
かなりがっくりきたが、幸いなことにおにぎりがいくつか残っていたので、それをいただくことにした。トレラン中のおにぎりはそのままではなかなかノドを通らないので、水を飲みながら無理矢理流し込んだ。
少しはお腹も満たされたので、10分くらいで重い腰を上げる。時間は午後2時少し前。通常の片道ならここからあと3時間半くらいだが、今日の場合はあと1時間くらいは余分に見ておく必要があるだろう。宝塚のゴール最終が当初の設定では6時半なので、かなりギリギリだ。スタートが少し遅れたのでその分、時間が延長されることを期待しよう(実は須磨のスタートで、ゴール最終は午後7時という案内がされていたようだが、私は聞きそびれた)。
登りでは結構汗をかいたが、上まで上がると以外と風が冷たくて寒い。アゴニー坂を下ってから少し行くと、想定外のエイドが現れたが、飲み物は水とワイン!!とのことで、パスする。このあたりは歩道の緩い下りなのだが、それでももうまともには走れない。かろうじて『歩いてはいない』という程度だ。
一旦、石段の山道に入ってしばらく登って、またドライブウェイに出る。ここからはしばらくやや登り勾配の車道が続く。早歩きが精一杯だ。
記念碑台でまたエイド。ここではコーラをいただく。
みよし観音というのを初めてしっかり見て、ガーデンテラスを通過。そして極楽茶屋のエイドに到着した。ザ・デストロイヤーが迎えてくれた。
だいぶ寒くなってきたので、暖かいスープをいただく。
ドライブウェイと登山道のショートカットを交互におりまぜて、本日最後のエイドの一軒茶屋に到着。ここでいただいた、具の入ったカレースープはおいしかった。かなり寒くなってきたが、これからは下りなので、上着は着ずに行くことにする。
時間は午後4時少し前。昨夜は登りでここまでほぼ2時間だったが、今日は下りでもそれ以上かかるだろう。元気ならガンガン走れる部分なのだが、今日はもうそれはムリというもの。いやらしいことに、距離はまだたっぷりある。おまけに、右足の親指から拇指球あたりにかなり痛みを感じてきた。まるでシューズがきつくてツメが当たっているような感じの痛みなのだが、実際のところはそういうことではなさそうだ。
東六甲縦走路に入ってすぐに3人のグループに抜かされてからは、誰にもあわない。前回は最後の2時間ほどは5人くらいのグループが自然にできて、ダベりながら歩いたのがかなり気分転換になったのだが、今回はまったく正反対の状況である。まるで八ガ岳スーパートレイルの関門手前の下りのようだ。ただ、今日は道を間違える可能性は極めて低いので、八ガ岳の時のような不安感はまったく無い。しかし急な下りでは右足が痛い。
そんなわけで、独りぽっちで淡々と歩いていたら、下から猛スピードのランナーが駆け上がってきた。何事かと思ったら、何と、今度は UTMF チャンピオンの原良和さんではないか。すぐ後ろはおそらく奥さんの朋子さんに違いない。完全な本気練習モードだったので、挨拶を交わしただけだった。
それにしてもこの時間に空身で上へ向かって、どういう練習スケジュールなのだろう。ドライブウェイまで上がってから折り返してくるのだろうか。
大谷乗越は5時10分くらいだった。まだ明るいが、秋の夕暮れはあっと言う間に真っ暗になる。塩尾寺まであと30分くらいだろう。何とかヘッドランプ無しで行きたいのだが。
しかしその期待もむなしく、塩尾寺近くの急な下りに入る前に、かなり暗くなってしまった。このあたりは樹林帯で陽もあたらないので、あきらめてヘッドランプを出した。しかし何とか6時半までにはゴールできそうだ。寒いが、もう少しなのでこのまま行く。
塩尾寺からは車道を下る。最初のショートカットは階段なのでそちらへ行ったが、次の山道急勾配ショートカットは昨夜と同様、車道をたどることにした。
一般登山者の何人かと前後しながら急な車道を下って行く。昨夜のようなムダな大回りも無く、左に曲がって川沿いの細い道を下る。ゴールはもうすぐそこだ。幸い、右足の痛みもあまり気にならなくなっている。
2回目となると前回のような感慨は無いが、それでもやはりこれだけの距離を時間をかけてたどって来ると、胸にこみ上げてくるものはあるし、終わってしまうのが少し寂しいという気持ちも多少は湧いてくる。こんな気持ちをしっかりと心に焼き付けようと強く意識しながら、ゴールを目指した。
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車道に出て、ローソンの角を右に曲がって、最後の階段だけは何とか走って上がって、湯本台広場のゴールに到着したのは6時20分だった。
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