堂満岳

今日は登山教室の随行で比良の堂満岳へ行ってきた。
久しぶりに正面谷を登って、気持ちのいい一日だった。

堂満岳は麓から見た姿が精悍な山だ。山頂付近はなかなかの急坂だが、危険な箇所はほとんど無い。
2年ほど前にも登山教室で別ルートから登ったが、個人的にはそれ以来の再訪となる。
イン谷口でバスを降りて、正面谷を詰めていく。
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大山口で小休止して、堰堤をいくつか越えていく。
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これはタニウツギというらしい。
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左手から堂満谷が流れ込む。
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いよいよ青ガレへ。
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琵琶湖が足元に広がってきた。
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青ガレが終わってもまたガレっぽいところが続く。
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残念ながらシャクナゲはもう終わっているが、シロヤシロがいい感じ。
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歩き出して1時間半ほどで金糞峠に到着。
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峠から少し北西へ下ったところで少し早めの昼食にして、その後は芦生杉を眺めに行った。
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金糞峠に引き返して、いよいよ堂満岳へ。
これはアカヤシオ?
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上に上がるとシャクナゲも少しは残っている。
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峠から 45 分くらいで堂満岳(1057m)に到着した。
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朝方は稜線のあたりは雲に覆われていたけれど、琵琶湖がきれいに望める。
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しばしの休憩を取って、東尾根を下る。
最初はなかなかの急斜面で、滑りやすい。
1時間半ほどかかってようやくノタノホリ。
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ここは訪れたことがあるはずだが、もはやまったく記憶が無い。
岸辺から延びた木の枝にモリアオガエルの大きな卵の固まりが。
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本数の少ないイン谷口からのバスのちょうど 10 分前くらいに無事下山することができた。
とても楽しい一日だった。

淀川ジョグ

今日は朝から快晴。
しかし明日は登山教室の仕事があるので生協にまとめ買いに行かなくてはならない。
明日のことを考えるとあまりムリはできないし、かと言って交野の山はいささか食傷ぎみ。
日射しが強いので木陰のある山田池の周回というのが妥当な選択なのだが、もはや単調な周回を繰り返すのは忍耐力が持たないと思って、この天気にはもっとも不似合いな淀川に向かうことにした。
ただしモチベーションが保てるように、以前から気になっていた大山崎から右岸を下るコースへ行ってみることにした。

午後3時前に家を出発。
牧野駅のそばを通って淀川に出て、樟葉のゴルフ場のそばを八幡方面に向かう。キロ6分前後というところ。
このコースで桂川、鴨川を経由して京都市内まで、もしくはその反対コースはもう何十回も走っている。
しかし今日は御幸橋を渡ってから京滋バイパスの側道に入る。ここは初めてだ。
どこで対岸に下りられるのかが不安だったが、以外と早いうちに下りられる道があった。
しかし下りてから道が分かれていて、最初しっかりした車道の方に向かったが、すぐにうれしくない方向に向かっていたので、反対側の道に戻って川縁を目指した。
ほどなく舗装道路に出て、あとは淡々と大阪方面へ向かうだけ。ペースはキロ6分を少し切るくらい。
今日は暑いので薄めたポカリを持ってきている。それを補給しながら進む。
こういう平坦なロードのロングジョグは久しぶりだ。
人が少ないので気分がいい。
大山崎から枚方大橋まで1時間くらいとふんでいたが、以外と長くて1時間10分くらいかかった。
枚方大橋を渡って、走り慣れた道に合流する。
河川敷公園は芝生の上をしばらく走って、舗装道路に出る。
脚は結構疲れてきたけれど、慣れた道のせいかペースはキロ5分半を切るくらいまで上がった。
もうあと30分もかからないくらいだったが、エネルギー切れを感じて、念のためにと持ってきたジェルを補給する。
さすがにジェルは即効性があって、その後もいい感じのペースを維持して、約 30km を3時間弱くらいで終了した。
私にとって UTMF 完走のポイントはロードや平坦な部分をしっかり走れるかどうかというところだと思っているので、本当はトレイルよりもこういう練習を増やした方がいいはずだ。
ただし距離も時間ももっともっと多くしなければならないが。
帰ってシャワーを浴びて体重を量ったら 47.8kg まで落ちていた。
体重増加も重要ポイントの一つだと思っているのだが・・・。

交野山マラニック

昨日は陸上クラブ恒例のマラニックだった。
好天で、絶好のマラニック日和だった。

ゴールは枚方のスパバレイなので、そこまで自転車で行って駐輪場に置いておく。
集合場所の京阪の河内森駅まで約 5km をジョグで行く。
第2京阪の側道をしばらく走って、
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途中から間の道に入って、30 分ほどで河内森駅に到着。
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上級、中級、初級の3コースが設定されていたが、初級コースは希望者が無く、上級と中級の2グループで9時過ぎに出発する。
私は走力が近そうな人の多い中級コースに入った。
よくわからない道を通ってほしだ園地に入って、クライミングウォールで小休止。
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10年以上前にこの壁は何度か登ったけれど、フリークライミングからはもうすっかり離れてしまった。腕力が無いので、こういうオーバーハングの壁は苦手だった。
急坂を何とかジョグのリズムで登り切って、星のブランコへ。
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星のブランコを渡って、さらに坂道を登って、休憩エリアで上級グループと一旦合流。
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急坂を下って R168 を渡って、きさいちカントリークラブの車道を必死で登る。ここはもう何十回も通っているので、ペース配分を間違えることは無い。
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くろんど園地の休憩所でトイレ休憩。
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ここからバーベキューエリアまでまた未舗装の道をしばらく登る。ここも通い慣れた道だ。
流れでグループの先頭になってしまったので、一人では走らないくらいの速めのペースで先へ進む。
交野カントリークラブの道路から交野山に向かう。
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交野山には11時20分に到着した。
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空気が霞んでいて展望は今ひとつ。黄砂のせいだと思う。
後はどんどん下るだけ。ここも一人ならこんなペースでは走れないというくらいに飛ばした。
前が国見山をスルーして行ったのでそれに付いていったが、速い先頭グループは国見山へも寄ったようだ。
釣り堀の池に出て、本日の山道はここで終了。
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ちょうど12時頃にスパバレイにゴールした。
風呂を出てからレストランでビールを生中2杯飲んで、さらに近くの安い店で私は冷酒を買って、公園でシートを広げて有志で楽しい時間を過ごした。
昨年はクラブの人たちと呑む機会がほとんど無かったので、久しぶりに楽しい時間を過ごすことができた。

大谷山

昨日は登山教室の随行で野坂山地の大谷山へ行ってきた。
天気予報では午前中は雨の確率が高かったが、登山口までのアプローチで少し降られたくらいで、行動中はほとんど降られなかった。
ただし黄砂の影響などもあったようで展望はあまり得られなかった。
しかしこの地域独特のブナ林ではガスがかかった幻想的な風景が味わえて、まるで水墨画の世界に迷い込んだような雰囲気の一日だった。

マキノ駅からバスでマキノスキー場の温泉さらさで下車。
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まずはゲレンデの斜面を登って行く。
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先月の伊吹山と同様に、眼下に琵琶湖の風景が広がってきた。
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登って行くとオオイワカガミがたくさん出てきた。
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マムシソウも。
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約2時間で寒風へ到着。
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足元はガスに覆われている。
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大谷山を目指して稜線を歩く。
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歩き出して2時間半で大谷山(814m)に到着した。
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下山は石庭下山口から石庭方面に向かって、704m 地点から不明瞭な稜線を南下する。
このあたりはまるで水墨画の世界だった。
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滑りやすい道を慎重に下って、田屋城跡へ。
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その後、車道をしばらく歩いて沢のバス停からバスに乗って、近江中庄駅から電車で帰ってきた。
このところの登山教室はあまり天候に恵まれていないけれど、雨の予報にもかかわらずそれほど雨には降られないという日が続いていて、これはこれで運がいいのかもと思ったりしている。

競技場練習会

今日の練習会は久しぶりに競技場だった。
予定のメニューは 5000m + 5000m というめずらしいパターン。
トラックでのスピード練習はもう1年以上やっていないので、タイムは追わずにメニューを消化することだけを考えてスタートした。
最初の 1000m は何と 4’44″。4’30” 以上はかかっていると思ったけれど、これほど遅いとは。
その後もペースは上がらず、最後だけ 4’38” くらいで1本目を終了した。
昨日、交野山経由でくろんど池往復約 28km をやったので、その疲れも残っていたと思う。
水道でうがいをして顔を洗っていたら、何もしていないのに突然鼻血が・・・。
それほどひどいものではなく、すぐに治まったが、気落ちして2本目は止めることにした。
日射しが強くてジョグの時は帽子をかぶっていたけれど、風が強いので飛ばされると思って、本練習の時はかぶらなかった。そんな影響もあったかも。
先月の山田池周回では後半の 10km はキロ5分を切って走っていたし、昨日も終盤の平坦なロードではキロ5分くらいまで上がっていたので、トラックでここまでスピードが上がらないとは想定していなかった。
しかしこういう練習はもういいかなという感じ。
おそらくインターバルで 1000m をやっても4分半を切るのが精一杯というところだろう。
もはやスピード練習と言えるようなスピードではない。
ただ、たまには心拍数を上げる走りも刺激としてやっておいた方がいいとは思うので、機会があればそれなりのレベルでは続けようと思うが。

大津散策

昨日は嫁と大津を散策してきた。
京津線の浜大津で下車して、まずは三井寺へ向かう。
昨年のこの時期は山科から疎水沿いを散策したが、琵琶湖疎水はここが始まり。
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疎水沿いの道を三井寺へ。
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中へ入るのは有料というのはわかっていたので、300 円くらいなら入ろうと思っていたけれど、600 円もするので止めた。
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少し歩くと仁王門。
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三井寺を後にして、琵琶湖へ向かう。
息子がまだ小さかった頃に乗ったミシガン(か、ビアンカのどちらに乗ったのかは覚えていないけれど)が出港間近だった。
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少し早めに昼食を済ませて、湖岸沿いの公園を散策。
対岸には三上山。
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琵琶湖ホテルは中は立派な作りだが、外壁はいささかいささか陳腐な感じがする。
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息子が小学生の頃、家から自転車で来て、このあたりで釣りをした。昨日も小学生くらいの子が何人かブルーギルを釣っていた。
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振り返ると比叡山と比良の山並み。
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以前に入館した琵琶湖文化館は閉館していた。その時もつまらない中身だったので、入館者が少なかったのだろうと思う。
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その後、パルコのスターバックスでコーヒーを飲んで、何度か行ってお気に入りの京都の小料理屋で食事を楽しんで帰ってきた。
昨日は嫁の誕生日でした。

南山城村

キャノンボールランを一緒に走った女性が南山城村の野殿に別邸を持っている。
ご招待をいただいたので、陸上クラブの仲間と4人で昨日、訪ねてきた。もちろん練習も兼ねて。
このあたりは東海自然歩道やマラニックの大会などで何度も訪れたことがあり、個人的には好みのエリアだ。
私以外の3人は枚方から車で行くことになっていたが、私はせっかくなので自分の足で走りたいと思って、加茂駅をスタートして和束経由で東海自然歩道を童仙房に上がることにした。

しばらく暖かい日が続いていたのが一転して非常に寒い朝だった。軽いベストの上にライトジャケットを着て出かけた。
しかし走れば暖まりそうな感じだったので、薄いノースリーブと長袖シャツ、ヒザ下までのタイツで7時過ぎに加茂駅を出発した。
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恭仁大橋で木津川を渡る。
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和束へ向かう車道は狭い割には車が多く、歩道もほとんど無くて、ギリギリを高速で走り抜けていく車が多くて非常に恐い。ここはちょっと広い場所だったので写真が撮れたけれど。
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しばらく行くと対岸に弥勒磨崖仏。
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出発して1時間弱でようやく和束に到着した。こんな道はもう二度と走りたくない。
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かつてマラニックの大会を走った時のトラックでルートを調べてきたので、無事東海自然歩道に入ることができた。
茶畑の間を歩きで登る。
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上がるにつれて足元に和束の街並みが見下ろせるようになる。
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しかし童仙房まではまだまだ遠い。野殿に9時半くらいの予定だが、間に合うだろうか。
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山の上の方まで随所に茶畑が作られている。
峠を越えて少し下ると、童仙房への車道に出た。9時過ぎだった。
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距離はまだあるけれどあとは単調な車道だけなので、9時半には間に合うのではないかと思った。
ないおん寺、と読むらしい。
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童仙房小学校を9時20分に通過。
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野殿まであと 3km の標識があった。9時半はちょっと厳しそうだ。
電話連絡しようと思ったけれど、圏外だった。
このあと、まったく記憶に無い登りが出てきた。歩くしかない。
下りになってしばらく行くと、そばに携帯の基地のようなアンテナが見えた。案の定、電話が通じたので、すぐ近くまで来ているということを伝えた。
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9時40分にようやく到着。車組もちょうど同時の到着だった。加茂駅からほぼ 20km だった。
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私は一息入れて、他の3人は走る準備をして、10時08分にマラニック午前の部に出発。
しばらくほぼフラットな車道を行ってからトレイルに入って、不動の滝へ。
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南山城村はこのあたりの自然を観光資源として活用したいと考えているそうだが、あまり整備されているようには見えない。
ただ、おかげであまり俗化していなくて、自然のままが残っている感じで、個人的にはその方がいいと感じる。
六所神社にお参り。
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8.5km ほどを、途中でワラビ摂りをしながら1時間15分ほどかけて走った。
昼食は自家栽培の野菜と味噌煮込みうどん。そして自家製ピザをたっぷりいただいて、満腹になった。
コーヒーをいただいて、いささか食べ過ぎという感じで1時40分に午後の部スタート。
天気は曇り時々晴れという感じで、風があると結構寒い。
今度は三国越街道を東へ向かう。
序盤は登りで、まずは展望台へ。
月ヶ瀬方面や、
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伊賀上野の街並みなど。
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あとはずっと下り。
ちょっと横道にそれて動岩(ゆるぎ岩)。
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そして梨割岩(なしわり岩)。
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他にもいくつか大きな岩があるようだ。
どんどん下っていくが、私自身はいささか不安になってきた。いずれどこかで戻らなければならないので、下れば下るほど登りが多くなる。
今日のメンバーは全員私以上の走力で、おまけに私はすでに 20km ほど余分に走ってきている。
1時間ちょっと、距離にして 6km 少々行ったあたりで戻ることになった。
何とか遅れないように走る。『これは練習』と気持ちを切り替える。
2km ほど戻ったところで距離をかせぐために横道に入る。『後は一人で帰る』というセリフがノド元まで出てきていたけれど、何とか飲み込んでみんなに着いていった。
気持ちが切り替わってから身体が慣れてきたのか、スピードは上がらないもののキツさは薄れてきた。
また適当なところで折り返して、15km 弱で2時間足らずのジョグを終了した。
帰りは車に便乗させてもらって島ヶ原温泉で汗を流して、8時過ぎに家に帰ってきた。
アプローチで 20km ほど走ったおかげでトータル 40km を越す距離になって、おまけに午後の部は私にとってはなかなかの強度だったので、いい練習になったと思う。

廃村八丁、品谷山、小野村割岳

中学2年の時になぜかワンダーフォーゲル部に入って山に登り始めた。
とは言っても山へ行くのはほぼ月1回の例会のみ。それも雨だと中止になるので、年間の山行回数は 10 回くらいだったと思う。
夏山は常念岳や白山に行ったけれど、普段行くのは京都の北山だ。
その頃のバイブルは『京都周辺の山々』というガイドブックだった。
このガイドブックで非常に興味をそそられたのが高層湿原の八丁平と土蔵の残る廃村八丁。
その頃の中学生にとっては京都の北山と言えども八丁平や廃村八丁は最果ての地だった。
幸い、八丁平へは行く機会に恵まれたけれど、廃村八丁は結局その後も足を踏み入れることの無いまま、今日まで過ごしてきた。
バス便はあるけれど、1日3本しかない。2時間近く乗らなければならないので、もし座れなかったりしたらそれだけで疲れ果ててしまいそうだ。
車で行けばいいのだけれど、京都市内を通過しなければならないので、帰りの渋滞を考えるとなかなか思い切れない。
しかしここ3年ほど近場ですっきりしたロングルートはかなりトレースしてしまった感があるので、これからは不便で辺鄙な所に進出するしかない。
と言うことで、長年の憧れだった廃村八丁へ向かうことにした。もはや土蔵は残っていないけれど、どんな雰囲気の所なのか、この目で確かめてみたい。
そう思って、覚悟を決めて車で出かけた。

家からほぼ2時間で登山口の菅原に到着して、8時半に歩き始めた。以外と寒い。ノースリーブのアンダーを着てきて良かった。
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朽ちた道標で気分は上々。
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廃村八丁までは楽勝と思っていたし、始めのうちは道もはっきりしていた。
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しかし間も無く道は不明瞭になり、沢筋はかなり荒れていた。
今日のシューズは salomon の crossmax。このシューズはソールのブロックが硬くてしっかりしているので、通常の山道ならかなり安心して歩ける。
しかし沢筋の濡れた岩というような状況になるとこの特徴が逆効果になって、とにかくよく滑る。こういう特性がまだよくわかっていなかった頃、沢を渡るときに何気なしに出した足が滑って、激しく転倒したことがある。
沢を渡る時はとにかく慎重に足を出した。
テープを目印に進んだのだが、いつの間にやらルートをはずしていた。gps で確認すると、本来のルートよりも北に行きすぎているようだ。
斜面をへつって本来のルートに合流しようとしたが、急な斜面に行き詰まってしまった。テープも見あたらない。
少し戻って何とか下れそうな斜面をずり落ちて、沢に下りついた。
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写真では何と言うことの無い斜面に見えるけれど、なかなか緊張を強いられる下りだった。
沢筋をつめて行ったが、本来のルートはさらにこの南側の稜線のようだ。しかし南側の斜面もなかなかの傾斜で手強そう。
このまま沢をつめると合流できそうな感じだったので先へ進んだところ、ようやく本来の道に出会えた。
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ダンノ峠までは1時間近くかかってしまった。
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ここからは八丁平を思い出させるおだやかな地形で、小さな沢を何度も渡りながら先へ進んだ。
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突然、建物が現れたが、同志社大学の研究施設らしい。
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ここから先はこれも印象に残る名称の四郎五郎峠へ向かう。しかし峠への取り付きはまたわかりにくかった。
廃村八丁への道はかなりしっかりしていると予想していたので、この状況はまったくの想定外だった。
ほどなく四郎五郎峠に到着。
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つづら折れを下ってしばらく行って、10時8分にようやく廃村八丁へ到着した。
かつての建物の石の土台がいくつか残っている。
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山小屋があるが、施錠されている。
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そのすぐそばには土蔵の跡。
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定住者があったのは昭和の初期までだそうだが、それにしてもこんな場所に定住者がいたというのは今の感覚では信じられない感じだ。
このあたりは森林資源が豊富で、地元の地域間の争いが絶えなかったらしい。
その時代は今のように電気、ガス、電話なども普及していないし、交通機関も限られている。そんな時代なら水には困らない場所で、金になる森林資源が身近にある場所に住もうという発想はあながち突飛なものではなかったのかも知れない。
ただ、冬の厳しさは相当なものだったようで、廃村になったきっかけも豪雪で集落が孤立してしまったことが大きな要因だったとか。
ここの廃村の土台の石組みというのは、城跡の石組みが残っているのを見るのとはまったく違った印象で、殿様の生活というのはどう考えても自分とはつながらないけれど、ここの人たちのかつての生活はどこかでわずかながらもつながっているのではないかと思わせる雰囲気を漂わせている。
丸太に腰を下ろしてジェルを補給して、品谷山へ向かう。
品谷山へは目の前の沢を渡らなければならないのだが、渡渉地点が見あたらない。仕方無く少し上流へ戻って、浅瀬伝いに渡れそうな所で渡ることにした。
石を飛ぶのは危ないので、多少の濡れは覚悟して流れの浅そうな箇所に足を置く。それでも案の定、足を滑らせて、転倒は免れたものの、シューズは流れに沈没した。
まぁこういうことはトレランでは覚悟の上だ。そのために濡れても冷えない、不快感の少ないソックスを履いてきている。
道は不明瞭だが、ほどなく沢が細くなって、自然と流れのそばを登るようになった。
今日は誰にも会わないと思っていたら、上から二人の男性が下ってきた。年は私よりは若そうだが、かなりのベテランという感じだった。
沢筋から離れて急な斜面を這い上がって、品谷峠へ到着。
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ようやく道がおだやかになって、はっきりしてきた。稜線を行くようになったが、木が多くて展望はあまり無い。
品谷山(880.7m)へは11時前に到着した。
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稜線をしばらく行くと、今日初めて少し展望の得られる場所に出た。見えているのは南の方角だが、どこの山かはわからない。
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少し下ると十数人の中高年団体が上がってきた。
ダンノ峠への分岐点。
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少し下ると今度は少し年代層の若い女性主体の10人ほどの団体が上がってきた。トップはいかにもガイドという雰囲気の男性。
佐々里峠手前には電波中継塔が立っていた。
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品谷山を出て35分くらいで佐々里峠に降り立った。
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道路を渡った先の道がよくわからなかったが、駐車スペースの奥から階段が上がっていた。
地図のルートより少し手前に小野村割岳への分岐が出てきたので、そちらへ向かう。
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しかしすぐに元の道とまた合流して、その少し先にまた分岐があった。
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ここからは杉の巨木がいくつかあるらしい。
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12時を過ぎているので、こんな木に腰掛けておにぎり休憩にした。
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ほどなく巨大杉。
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雷杉の所には家族連れのような集団がいた。
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この道は私の持っている登山地図では破線の不明瞭ルートになっているが、私の印象では実線表記の廃村八丁への道よりはるかにしっかりしている。天気さえ悪くなければ迷う心配の無さそうな道だ。
これはブナ?
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小野村割岳(931.7m)には13時10分に到着した。
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当初の予定では三国岳まで行って、久多へ下りて車道で戻る計画だったのだが、そちらへ行ってしまうと途中でショートカットできるルートが無い。時間的にもかなり厳しそうだ。
車道まで下りてしまえば暗くなっても大丈夫だろうが、今日はそこまでモチベーションが高くない。
まだ時間は残っているけれど、今日はここからすんなりと南へ下りることにした。
少し下った所で少しだけイワウチワ。
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15分ほどでしっかりした道に出た。
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地図では林道のような表記になっているので、車が通れるくらいの道かと思っていたのだが、実はどんでもなく荒れていて、元林道という方がふさわしい。手入れなどまったくされていない。
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少し下ると変わった滝。
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もう少し下るとまた滝。
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さらに下るとゲートがあって、ここからは少しまともな道になった。
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猟銃を持った人がいてちょっとびびったが、2時半過ぎに車の場所に戻ることができた。
今日は行動時間が6時間くらいで、距離も 20km 少々というところ。不完全燃焼と言えば不完全燃焼だったけれど、ルートが不明瞭なコースへ行く時はあまり距離は欲張らずに、堅実に歩くということを最重視した方がいいように思った。
比叡山北方稜線へ行った1回目もそうだったけれど、今日も結果的にはこれで良かったのだろうと自分に言い聞かせている。
帰りの車も恐れたほどの渋滞にはならず、5時過ぎには家に帰ってくることができた。
また車利用で残った宿題に取り組んでみようと思う。

菜の花とシャクナゲ園

昨日は文化教室の花を見る講座があった。どういう風の吹き回しか、今月から随行を担当することになった。
これまで半年ほどはずっと好天だったそうだが、担当が私に変わったとたんに雨。天気予報ではかなり荒れると予想されていたが、朝9時に京都駅を貸し切りバスで出発した時はまだ降っていなかった。
が、走り出すやいなや、バスのフロントガラスに雨粒が。
しかしさほど雨脚が強くなることはなく、最初の目的地の菜の花園に1時間半ほどで到着した。
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ここは東近江市(八日市市という市は合併で無くなっている)の『あいとうマーガレットステーション』という道の駅に併設されている『あいとうエコプラザ「菜の花館」』が管理している畑で、「菜の花館」は資源循環型の地域づくりを進める拠点施設になっている。
全国に広がる「菜の花エコプロジェクト」はここから始まったとのこと。
ここで採取された菜の花から油や石けんなどを作って売り出しているらしい。
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道の駅のすぐそばには梨園もある。
ちょうど花が満開で(数日前はもっときれいだったとか)、京阪神エリアで梨の花が咲いている所を見られる場所はあまり多くはないらしい。
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昼食後は村田製作所の八日市事業所の所内にあって、一般無料公開しているシャクナゲ園に行った。
200 種以上、1000 本くらいのシャクナゲがあって、種類によって開花時期の違いはあるものの、おおむね見頃のシーズンだったようだ。
あまりにも種類が多く、私にはその違いや値打ちなどはほとんどわからない。
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登山の随行に比べると仕事量がはるかに多く、常に時間を気にしていなければならないので、最初に思ったほど楽しいものではなかったけれど、花の知識を得たいと思いながらもなかなかその成果が得られない私にとっては、得るものも大きい仕事だということは実感した。

瓢簞崩山

昨日、夕食を終えてくつろいでいたら、アルコールがまわったのか、練習会の疲れがどっと出てきた。
キャノンボールを終えた後よりもひどかったくらいで、風呂でも椅子に腰掛けて、しばらく一息いれなければならないくらいだった。
しかし翌日には登山教室の仕事が入っている。
何があっても行かない訳にはいかないので、風呂から上がったら早々にふとんに入った。
疲れすぎるとなかなか寝付けないという症状が少し出たけれど、幸い朝起きた時には疲れはほとんど消えていた。
今日の行き先は京都北山の瓢簞崩山(ひょうたんくずれやま)。
山名は中学生の頃から知っていたけれど、登ったのは何と今日が初めてだった。

天気予報通り、朝から本降りの雨で、気分は重い。たまに雨が弱まって日射しが一瞬差すこともあるが、またすぐに本降りになる。
ただ、午後には回復するとか。
9時半過ぎに歩き出した時には雨は小降りになっていたが、雨具は上下とも着たままにした。こういうことを想定して、涼しい薄着のウエアにしておいた。
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江文神社の境内で少し時間を取ってから、一周トレイルルートで江文峠に出る。
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ここで読図の勉強をする。地図と磁石で正しい方向に歩く方法を学んだ。
私自身はこれまでの山歴の中でこういう方法で歩いたことはほとんど(まったく?)無い。
なぜならこういう技術が必要になるような不明瞭なヤブ山歩きというものをほとんどやってこなかったからだ。
山スキーでは大切な技術なのだが、私が本格的に山スキーをやり出した頃にはすでにハンディ gps が登場していて、私も早々に入手した。
地図と磁石で正しく歩く手法で最も重要なのは、現在地点を正確に把握するということなのだが、実はこれが非常に難しい。
道標がしっかりしているルートでは道に迷うようなことは少ないし、視界が悪くてうっかり変な方向へ行ってしまったような時は、おかしいと気が付いた時には現在地点を知ることなどもはや不可能に近い。
こういう技術は登山のイロハのようなもので、必ず身につけておく必要があるとは思うが、現実的には今なら各自が gps を持って、gps の使い方に精通しておくのが一番安全だと思う。
金比羅大権現の前で車道を渡って、静原へ行く道から分かれて瓢簞崩山への道に入る。最初はなかなかの急登。
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最初に目標設定した 471m ピークに到着。雨はほとんど止んでいる。
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目標を再設定して、さらに進む。
ちょっとした峠のような場所ではミツバツツジとヒカゲツツジ。
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寒谷峠には 12 時半に到着。
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それから 10 分ほどで瓢簞崩山(532m)に到着して、ここで昼食。
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真正面には比叡山が望める。
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昼食後はほぼ南の方向に、稜線伝いに下って行く。
横高山と水井山がきれいに望める箇所があった。
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少し先が二本松。
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ハルリンドウ。
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京都の街が足元に。
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日曜日だと言うのに今日は誰にも出会わない。
このあたりはマツタケ山のようだ。
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ほどなく崇道神社に下りてきた。
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ここで解散して、地下鉄の国際会館へ行く人と京福の三宅八幡へ行く人に分かれたが、私は高野川沿いを出町柳まで歩くことにした。
京都生まれの京都育ちで、賀茂川沿いは通勤ランも含めて数え切れないくらい歩いてきたが、高野川沿いというのはこれまで歩いた記憶が無い。車道を車やバスで走ったことしか記憶に無い。
高野川沿いになってもなかなか河川敷に下りられず、歩道も狭くて閉口したが、修学院を過ぎてしばらく行ったあたりでようやく河川敷に下りることができた。
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三宅八幡から 50 分くらいで出町柳にたどり着くことができた。朝方とはうって変わって、強い日射しが川面を照らしていた。