トレイルランナーの遭難

トレイルランナーの相馬剛さんがマッターホルンで遭難されたと報道されてから数日が経過した。荷物は発見されたものの、ご本人はまだ見つかっていないようだ。
当初から、稜線から 800m ほど滑落されたと報道されていたので、生存の可能性は極めて少ないと思われていたが、もはや絶望的と言わざるを得ない。
相馬さんは 40 歳。最近の成績を見るとそろそろピークを下りかけているかなという感じだが、まだまだトップレベルにあることは間違い無い。少し前までは日本人のトップスリーは鏑木さん、石川さん、相馬さんと言われていた。
ハセツネでの2回の優勝や信越五岳3連覇、ロードのマラソンでも 2 時間 30 分を切るレベルのランナーだった。
長年勤めておられた海上保安庁を辞めて、昨年トレイルランナーとして独立されたばかり。今回は Eiger Ultra Trail を 11 位で完走されて、おそらく楽しみ気分でマッターホルンに登られたのだと思う。
トレイルランニングの前はトライアスロンやクライミングを経験されていて、おそらくクライミングのレベルでは私より上だと思う。楽しみ気分とは言っても決して軽い気持ちで挑まれたのではないはずだ。
私も 20 年少々前にマッターホルンに登っているが、私が登った山の中では間違い無く一番難しい山だった。
単にクライミングのグレードで言えばもっと難しいルートはいくらでも行っているが、登山として求められるトータルな技術力という意味ではマッターホルンは剱や穂高の岩場を攀じるのとはちょっと違う。
ルートのグレードとしては上部でも3級くらいで、このあたりは固定ロープが張ってある。しかし傾斜が中途半端な箇所がたくさんあって、急な壁なら手も使ってよじ登れるのだが、なまじ傾斜が緩いと足元の悪い傾いた平均台の上をバランスを取りながら渡るような状態になってしまう。おまけに左右は北壁と東壁で、バランスを崩したらまず助からない。
ガイド登山であればガイドがロープで確保してくれるが、相馬さんは単独だったようで、私も単独だったので、まさに命がけである。
800m も滑落されたということは、このあたりでバランスを崩されたのではないかと思う。浮き石もあるし、場合によっては落石に当たるということも有り得る。
トレイルランニングという言葉がまだ無かった 1986 年に『ランニング登山』という刺激的な本を書かれたのは東工大の教授だった下嶋浩さん(出版当時は助教授)。私より 10 歳ほど年上の方だった。
この頃、富士登山競争はあったがハセツネはまだ始まっていなかった。今は無くなってしまった六甲全山縦走タイムトライアルで、下嶋さんのタイムを上回った時は本当にうれしかった。
その下嶋さんも、1999 年にマッターホルンで滑落して死亡された。下嶋さんも登山のベテランだった。
普段、山を走っていると、本能的に岩場でもスタスタと行きたくなるものだ。特にクライミングの経験があると、これくらいなら大丈夫という気持ちがどうしても出てきてしまう。
本格的な岩場のルートならロープを使って安全を確保するのだが、マッターホルンのルートというのはこれが微妙なレベルで、私もそうだったが、ロープを出して確保するのが面倒なのだ。
単独で岩場でロープを使うとすると、同じラインを2度登らなければならない。下を固定して登って、上を固定してまた下まで下りて、固定をはずしてまた上に登るということになる。急な壁なら致し方ないが、マッターホルンくらいの傾斜だとどうしても行ってしまいたくなるのだ。
相馬さんにしても下嶋さんにしても、事故の時の状況が実際のところどうだったのかはわからないが、私自身経験したことのあるルートなので、非常にリアルにイメージできてしまうのだ。
相馬さんはまだ子供さんも小さいし、公務員も辞めておられるので、ご家族のことを思うと何ともやり切れない気持ちになる。
せっかくこれまで事故を起こさずにやってこられたので、山では絶対に死なないようにしたいと再び強く思った。

「トレイルランナーの遭難」への2件のフィードバック

  1. 下嶋さんも相馬さんもお見かけしたことがあります。
    私は安全な山しか行かないのですが
    ほぼ単独なので気をつけなければいけないと
    改めて思いました。

  2. コメントありがとうございます。
    下嶋さんとは二度ほど大会で遭遇していたのですが、その頃はお顔を知らなかったので、お話しさせていただく機会が無くて残念でした。
    相馬さんとお会いしたことはありません。
    今はもうクライミングや危険なルートへ行くことはありませんが、遭難というのは思いもよらない場所で起こったりするものですね。
    お守り代わりに山岳保険には入っています。

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