筏場道

筏場道は川上村の筏場(いかだば)から大台ヶ原へ行く道で、ドライブウェイができるまでは大台ヶ原へ至るメインルートだった。

しかしドライブウェイ開通後は歩く人が激減して、昨今は大雨や台風などによる登山道崩壊が随所にあって、その後の修復もあまりなされず、登山道としては立入禁止になっている。

しかしながら大台ヶ原から大台辻の間は大台ヶ原から歩く人も結構あって、私自身もつい先日歩いたばかり。

そこで残り半分の筏場から大台辻までも歩いてみたいと思ったが、新しい情報はほとんど得られなかった。

昨年買った大台ヶ原の登山地図では随所に崩壊の注意書きはあるものの、道としてはかろうじて残っているような感じなので、とにかく行ってみようと思った。

登山地図には登り口になる林道終点に有料駐車場が記載されている。こんな場所に有料駐車場があるのか?

確かにありました。

私が着いた時には隅の方に軽のバンが一台だけ停まっていたが、何となくずっと置いてあるような感じだった。

準備を整えて、7時50分に出発した。

車道を少し進むとすぐに登山道への看板があった。

こんな注意書きも。

ここの渓谷はなかなか美しい。

少しするとかすかに硫黄の匂いが漂ってきた。実はもう少し先に温泉の跡がある。

ほどなく立派な道標があって、このあたりが五色湯跡。

硫黄の匂いがするのでどこかにお湯が湧いているのだろう。聞くところによると河原に源泉が湧き出している場所があるそうだが、温度はそれほど高くはなく、秘湯マニアでもお湯を楽しむというわけにはいかないらしい。

ここのことは谷崎潤一郎の「吉野葛」にも出てくるが、氏が本当に訪れたのかどうかはわからない

ちなみに河原はこんな感じ。

さらに進むとこんな場所も出てくる。

新しい鎖がしっかりと設置されているので危険は無い。

出発して50分足らずで吊り橋まで来た。

ここから先は通行止めです。

左側が切れ落ちた斜面をトラバースしていく。崩れた場所もところどころにあって、慎重に進む。

15分ほど進むと道が急カーブして右側の斜面を登るようになった。崩壊した休憩所の跡。

大台辻までまだあと 1.6km ある。

道が穏やかになってきてやれやれと思っていたが、またもや右側に切れ落ちた急斜面のトラバースになった。こういうのが何度が出てきた。

ロープは古くてとても頼りにはならないので、万が一の気休めにとりあえず持っておくだけ。

とんでもない障害物も。

だいぶ大台辻に近づいてきたと思っていたら、突然目の前に大きな崩壊斜面!!

対岸にロープが垂れているが、踏み跡らしきものは見当たらない。多分、登山道に張られていたロープが崩壊で垂れてしまったのだろう。

左側の斜面を登れないかと見てみた。ずっと上の方にテープが見える。おそらく行っている人がいるのだろう。

で、少し登ってみたが、急斜面で足元が非常に脆い。登るだけなら何とかなりそうだが、ここを下るのはあまりにも危なすぎる。足を滑らせたらこの崩壊斜面に墜落する。

今日はここでお終いにしようと思った。大台辻は先日行っているし、危険をおかしてまで行くようなルートではない。時間は10時5分。

少し戻った場所でもう少し緩い斜面があって、ここも上の方にテープが見えたが、もうやめておこう。こんな場所で事故は起こしたくない。

帰り道も際どいトラバースが続くので緊張する。どちらかと言うと登りよりも下りの方が危ない。

1時間少々で吊り橋まで戻ってきた。ようやく危険地帯は脱した。

それにしてもこのあたりの渓谷は美しい。

12時5分、駐車場に戻ってきて本日の行程が終了した。


戻ってきたら車が一台停まっていたが、山道では誰にも出会わなかった。どこへ行かれているのだろうか。

出発してから途中では一度スポーツドリンクを少し飲んだだけだったので、地面に座っておにぎりやどら焼きをのんびり食べた。

歩いた距離や時間、標高差は大したことはなかったが、危険箇所が多かったせいか、思いのほか疲労感があった。

R169へ戻る途中に入之波(しおのは)温泉山鳩湯という温泉があって、昨年、馬ノ鞍峰へ行った時に立ち寄った。

なかなかいい温泉で、機会があればまた来たいと思っていたが、その時は随分混んでいたのが印象に残っている。

今日はどうだろうと思って通りかかったところ、案の定、すでに駐車場は満杯で路肩駐車まで並んでいる。

人混みが極端にニガ手な私としてはこれは諦めるしかない。

結局、このところ定番になってきた橿原市の「あすかの湯」に向かった。

ここは施設が大きいのがいい。浴槽もいくつかあって、洗い場もたくさん設置されている。

久しぶりにサウナにも入ったりしてのんびりして、暗くなる前に家に帰ってきた。

白山御前峰

ここ数年は毎年、白山へ登っている。しかし今年はまだだった。

6月に加賀禅定道を登ったが、この時は山頂はどこも踏んでいない。

今年はコロナの影響などもあって、もうダメかと半分諦めていたが、例年 11 月の半ばには通行止めになる白峰の林道が今年はまだ開いている。ただし通れるのは市ノ瀬までで、市ノ瀬から別当出会までの 5km 超は自力で往復しなければならない。しかも市ノ瀬の標高が 850m なので、標高差で 1850m の登り下りになる。

さて、どうするか。もっと早い時期なら迷わずジョグだが、この時期の白山にトレランシューズで行くわけにはいかない。つまり下りでも走れない。歩きなら往復で3時間近くかかるだろう。

となると選択肢はマウンテンバイク(MTB)しかない。

山スキーをやっていた頃はアプローチの林道に MTB を利用することは何度もやったけれど、もはや 10 年以上前のこと。果たして坂道をまともに上がれるだろうか。

しかしたとえ行きは大半が押し歩きになったとしても、帰りの楽さのメリットは捨てがたい。押し歩きと言っても担ぐわけではないので、普通の歩きに比べても若干のタイムロスくらいですむはずだ。

先の連休が白山のラストチャンスと思って数日前から天気予報を見ていて、最終的に 22 日(日)の午後に出かけて 23 日に登ることにした。

しかし直前になって前日午後からこの日の午前中にかけては天気が良くないという予報に変わってしまった。

これがまだシーズン半ばなら先送りするところだが、もはやそういう余裕は無い。覚悟を決めて行くことにした。

順調に走って午後5時過ぎに市ノ瀬に着いた。ずいぶん久しぶりの感じがする。市ノ瀬に車を置くのは3年ぶりだ。

予報通り夜になったら雨が降り出した。どしゃぶりとまではいかないが本降りの雨。もし朝もこんな状態だったらちょっと出る気になれないと弱気になっていたが、3時に起きた時には小降りになっていた。

準備を整えて4時5分に出発した。気温は高めだが小雨が降っているので山用のヤッケ上下を着ざるをえない。

ギアを一番軽い状態にして坂道を上がる。暑い。

どれくらい漕いでいたかよくわからないが、上りが急になってきたのと汗をかきそうになってきたのとで、押し歩きに切り替えた。

乗ったり押したりを繰り返して、5時 20 分にようやく別当出会に到着した。物陰に自転車を置いて、幸い雨は止んでいたのでヤッケを脱いだ。そして5時 30 分に出発した。ここからは2年前とまったく同じルートを辿る。

砂防新道への吊り橋はすでに板がはずされて立入禁止になっていたので観光新道へ入る。

道が歩きにくいせいもあって今日はなかなかモチベーションが上がってこない。雨が上がってくれたのがせめてもの救いだ。

1時間少々でようやく稜線に出た。

遠方は見えないが周辺はおおむね見渡せる。真ん中は黒ボコ岩のあたりかな。それにしても雪が少ない。

いつものことですが・・・。

ようやく殿ヶ池避難小屋が見えてきた。

7時 43 分、小屋に到着して小屋の前のベンチでちょっと休憩した。小屋には男性が一人だけおられた。

数分の休憩で出発したが、標高が 2000m を超えるとさすがに風が冷たくて寒くなってきたのでヤッケの上を羽織った。

小屋から 50 分ほどで黒ボコ岩に出た。ここで砂防新道と合流。

誰もいない弥陀ヶ原。

9時6分、ようやく室堂に到着した。

風のあたらない場所でおにぎり休憩にして、軽アイゼンを着用した。そして最後の登りに向かった。

今朝までの雨はこのあたりでは雪だったようで、ところどころに吹き溜りがあって足がもぐる。と言ってもせいぜい足首くらいまでだけれど、すでに疲労も溜まっていてかなりつらい。

風が正面から当たるとフードがあおられて耳が痛い。アイゼンはすぐにダンゴになるし、何か口実が見つかればもうやめたい気分。

ようやく奥宮の石垣が見えた。室堂から 45 分ほどかかってようやく奥宮にたどり着いた。市ノ瀬から6時間かかった。

いつもながらここの石垣は本当にありがたい。しかしザックの中からお賽銭を出す余裕は無い。

あらかじめすぐに出せる場所に忍ばせておいたスタンドをデジカメにセットして、御前峰(2702.1m)に向かった。

やれやれ。これで心おきなく今年を終えることができると思ってほっとした。

下りで一瞬ガスが晴れて室堂が見下ろせた。

室堂ではアイゼンを脱いだ。室堂の上と下ではまるで別世界だった。

弥陀ヶ原を上から見下ろす。

あとはひたすら来た道を戻るだけ。何と、避難小屋の少し上で男女の二人連れが登ってくるのに出会った。山頂を目指すような雰囲気では無かったけれど、何が目的でここまで来ているのだろうか。しかもわざわざ市ノ瀬から歩いてきたのだろうか・・・。

別当出会と室堂のちょうど中間あたりに岩のゲートがあります。

午後1時 32 分、別当出会に戻ってきた。

ちなみに例の吊り橋はこんな感じ。

この写真ではわからないけれど、下の川までは相当な高さがあります。もちろん谷瀬の吊り橋ほどではないけれど。

山スキーをやっていた頃に2〜3回渡ったことがあって、その頃はこのような立入禁止のロープは張っていなかった。

おそらく冬の積雪対策として板を外しているのだろう。十字の鉄骨もあるので足を踏み外したからと言って落ちてしまうようなことはまずないけれど、歩くためには下を見なければならないので、はるか下を流れる川面が見えて非常に緊張する。

ロープを越えて渡る人も少なくないが、今朝は雨で鉄骨が濡れていたと思うので、危険は犯したくなかった。ただ登山道としては観光新道よりも砂防新道の方がはるかに歩きやすい。距離的にはほとんど変わらないけれど、時間的には 30 分くらいは違うのではないかと思う。

どうしてもここを渡るしかないような状況でなければ渡りたくないというのが正直なところだ。

あとは市ノ瀬まで MTB で下るだけ。もう終わったようなものだ。

期待通り、下りは快適!! と言いたいところだったが、いざ走り出すと向かい風でチョー寒い。しかし停まってヤッケを羽織るのはあまりに面倒なのでそのまま下り続けた。

下りのエネルギー消費はブレーキ操作の指運動だけで、15 分もしたら橋まで戻ってきた。

そして今日こそは白峰総湯へ。ここはお気に入りの温泉なのだが地元でも人気で、休日の午後は駐車場がいっぱいで入れないことがしばしばある。このところ何度か続けて敗退している。

今日も温泉日和なので心配だったが、予想外に駐車場が空いていた。コロナのせいだろうか。

露天や内風呂をゆっくり堪能して、気持ち良く帰路についた。

この連休は人出が多いとニュースで聞いていたのでひどい渋滞を懸念したが、恐れたほどではなかった。

光明山、天台山、青貝山

11/15(日)は講座で北摂の山へ行ってきた。このあたりは5年前に一人で歩いているが、ほとんど記憶が残っていない。

阪急の池田駅からバスで川尻の停留所まで行った。

しばらく車道を歩く。前方が光明山(右)と天台山(左)かな?

これは反対方向で、右の山が明ヶ田尾山。

ところどころ車道をショートカットして法輪寺へ。中には入らず。

この先からようやく登山道に入る。

この道は古くは妙見山への参道だったもよう。古い道標が残っている。

稜線に上がって、まずは北の光明山に向かう。車道のそばの登山道を少し上がって山頂(639m)へ。

以前の記憶がまったく無かったのだが、帰ってから確認したらここでロストしていた。

そして来た道を戻る。前回来た時はこの道にはまったく気がつかなかった。

少し車道を行く。

そして車道と林道の間の山道に入る。前回はこの山道に気がつかずに林道を行った。

しばらく登ると電波塔か何かの施設があって、その横を少し東に行ったところが天台山(639.7m)の三角点だった。

前回来た時はまだ工事中で、そこが山頂だと思ってこの三角点までは来なかった。

ここで昼食にした。そして午後は最後の青貝山へ向かう。このあたりは前回はどこを歩いたのかまったく記憶にない。

途中の展望場所で南東方向。真ん中奥は箕面方面。右が明ヶ田尾山。

そして午後1時 50 分、青貝山(391.2m)に到着した。

30分少々で東ときわ台の住宅街に下りてきた。向かいには高代寺山

午後2時50分、妙見口駅に到着して解散した。

駅の近くは観光客が多かった。もちろんハイカーも。このところ近場の観光地はずいぶん賑わっている感じがする。

横高山、水井山

11/11(水)は京都一周トレイルの講座で比叡山北方の横高山、水井山を歩いてきた。京都一周トレイルではいちばん標高の高い山域になる。

集合は横川のバス停。ここへ行くのはなかなか面倒で、バスを乗り継いで行かなければならない。

なので私はいつも大原へ向かうバスの登山口停留所からせりあい地蔵を経由して歩いて行く。

紅葉の季節のせいか、大原へ向かうバスは非常に混んでいた。これまではいつも余裕で座れていたのに、今日は出町柳ですでにほぼ満員状態。

途中の停留所での乗降客も結構あって、思ったより時間がかかってしまった。

登山口のバス停に着いた時はすでに9時を少し過ぎていた。集合は 10 時半なのでちょっと急がなければならない。

小雨がパラつく中を数分登って、青龍寺への分岐。

ここからは比叡山のトレイルレースのコースだが、普段は歩く人は少ない。

倒木があったりする。

出発してから 50 分足らずでせりあい地蔵まで来たが、頑張ったせいで汗まみれ。すでに雨は止んでいる。

10時10分に横川のバス停に到着した。バスの到着時刻より早く着いてやれやれという感じ。しかし汗冷えで少し寒い。雨具の上を羽織った。

観光客目当ての露天が出ていた。それなりの数の車がすでに停まっていた。不安定な天候で、また少し小雨がパラついてきた。

みなさんが到着して、まずはせりあい地蔵に向かう。

せりあい地蔵に到着して、ここから横高山への急登になる。

15分ほどの登りで横高山(767m)に到着した。

お昼にはまだ少し時間があるので水井山に向かう。

途中で木にたくさんのナメコが。

12時ちょっと前に水井山(793.9m)に到着して、ここで昼食にした。ここは京都一周トレイルコースの最高標高地点。

昼食後はほぼ下りで仰木峠へ。

峠から稜線を少し北に行ったところに展望場所がある。真ん中の二本の木の間に見えているのが伊吹山。その右が霊仙山。

その後ボーイスカウト道を下って、戸寺の集落まで下りてきた。

午後3時前に戸寺のバス停に到着して解散した。

黒尾山

11/9(月)は講座で周山の黒尾山へ行ってきた。

京都駅からバスで1時間半近くかかる周山のバス停で集合した。

しばらく車道を歩く。

茅葺き屋根の民家。

紅葉したイチョウの木。

黒尾山への登山道に入る。ここから黒尾山までは今年の1月に歩いたが、あまり記憶が無い。

ようやく山道へ。

このあたりには「黒尾山」という山が三つあるらしい。そのうちのひとつはこの方向。

ヤマシャクヤクの花の残骸。花びらは白だが、枯れるとこんな色になるらしい。このあたりはヤマシャクヤクがたくさん咲いていたもよう。

山頂直前はなかなかの急登。これはうっすらと覚えている。

12時過ぎに黒尾山の山頂(509.3m)に到着して、ここで昼食にした。

一人で来た時は南へ進んだが、今日は東の周山城址に向かう。これも京都一周トレイルの京北ルートに設定されている。

山頂から急降下して、黒尾林道(と言ってももはや廃道に近い)を少し歩いてから登り返すと城跡が出てくる。

井戸の跡。

そして本丸の跡。明智光秀の築城として有名だが、実際にはもっと昔からあったらしい。

下山途中の展望場所から足元に周山の街並み。

真ん中やや左に天童山、その右の奥の方に桟敷ヶ岳、その手前の右が半国高山。このあたりは二年前に歩いた

街に戻ってきてから、明智光秀の黒坐像の「くろみつ大雄尊」のある慈眼寺(じげんじ)に寄り道。

「くろみつ大雄尊」を拝むには 300 円いります。

そして道の駅ウッディー京北にゴールした。

帰りのバスは京都市内に近くにつれて混雑がひどくなってきて、夕刻で交通量も増えて、京都駅まで1時間半以上かかった。お尻が痛くなった。

山上ヶ岳

11/7 の土曜日は天候が今ひとつだったが、翌日は良さそう。

しかし月曜日は随行が控えているのであまり長距離長時間で疲れが残るような山行は避けたい。

さりとて交野や生駒ではもはや楽しみを感じられないので、大峰の山上ヶ岳の行場巡りにでも行ってみようと思った。

大橋茶屋の登山口まで早朝なら2時間くらいで行けるので、おおむね昼くらいまでには下りてこられるだろう。

予定通り7時過ぎに駐車場に到着した。途中、母公堂の前の駐車スペースはすでに満杯で、登山準備をしている人たちがたくさんおられた。女性も見受けられたのでおそらく稲村ヶ岳だろう。

もうそろそろシーズンオフなので登山者は少ないのではないかと思っていたのでちょっと意外で、ひょっとしたら山上ヶ岳も人が多いかもと心配したが、駐車場に停まっていた車は数台程度だった。

準備を整えて、7時26分に清浄大橋から山道に入った。今日のルートは三年前の冬に初めて来た時と同じルートを辿る。

今日は行場巡りをする予定なのでポールは持ってきていない。

一ノ世茶屋跡にある祠の役行者像が盗まれてしまっているらしい。

出発して 30 分少々で一本松茶屋。

この道は山上ヶ岳へ登るメインストリートなのでしっかり整備されている。

お助け水は前日は雨だったはずだが水はわずかしか流れていなかった。晩秋なので水が枯れているのだろう。

何とここにあった役行者像も盗まれてしまっているとのこと。自分の家に置いているのだろうか。それともネットオークション?

8時42分、奥駆道の洞辻茶屋に出た。

もちろん営業はしていない。

しばらく行って陀羅助茶屋。

さすがに標高 1500m まで来ると風が冷たい。

ほんのわずかで松清茶屋。

この先に分岐があって、今日は左の行者道を行く。実は三年前に来た時もそちらに行っていた。

階段などがしっかりと設えられているので急登も不安無く登れるが、大昔はどんなふうだったのだろうか。行者が多くて意外と整備されていたのかも知れないが。

鎖もしっかりしている。

三年前に来た時は積雪でルートがよくわからず、この朽ちた階段を上がってきたのを覚えている。

ほどなく鐘掛岩。

見上げるとこんな感じ。

案内者無しで勝手に行くなと書かれている。

単なる登山道で、危険なので行くなという警告なら行ってしまうところだが、ここは修行の場で、行者にとっては神聖な場所なので、ここは警告に従っておこう。

しかし岩の麓をトラバースして上がると、岩の上の方に向かう整備された道が。

これを辿ると鐘掛岩の上に出られそうなので、行ってみることにした。

無事、鐘掛岩の上に到着した。

岩の上からの大天井ヶ岳。

二年前にはあの左の稜線から大天井ヶ岳に登って、さらに山上ヶ岳まで周回したが、その時はここは通っていない。

正面左に稲村ヶ岳。その右の突起は大日山。

絶景を堪能したら奥駆道に戻って、西の覗へ。

身を乗り出す気にはなれません。

さらに進んで、宿坊のある方に向かう。もちろん宿坊は営業していない。

石段を上がって行ったら大峰山寺の山門が見えてしまった。裏行場への分岐を見落としたもよう。

少し戻って、ひょっとしてここ?

「通れません」と書いてあるが、やはりここでした。しかし・・・

またまた警告の表示。やはり事故が発生しているのだろうか。正規の修行においてもまれに事故が起こっているらしい。

私の場合、高齢の単独行なので、山での事故だけは絶対に避けなければならない。

今日はここを行くのが目的だったのだが、警告を無視して万が一でも事故を起こしたら取り返しがつかない。

大きな山の山頂直前で引き返さなければならないというようなわけでもないので、ここはムリはしないことにしておく。

薄い踏み跡を辿って本道に出て、ほどなく大峰山寺。

9時41分、山頂(1719.4m)の湧出岩に到着した。

湧出岩の手前で下りてくる人とすれ違ったが、山頂エリアは誰もいない。

稲村ヶ岳は頂上部に雲がかかっていた。

本当なら腰を下ろして少しゆっくりしたいところなのだが、生憎風が冷たくて寒い。

先に向かって、レンゲ辻への分岐を通過。

初めて眺める日本岩。

そのまま周回して宿坊のあたりで来た道に合流して、行者道ではない方で下る。

陀羅助茶屋の中でおにぎり休憩にして、来た道をひたすら下った。登ってくる人たちと何度がすれ違ったが、全部で 10 人少々くらいだっただろうか。

11時16分、女人結界門に戻ってきた。

駐車場の車は少し増えていた程度だった。

一番の目的だった裏行場には行けなかったが、これで良かったのだろうと思う。誰にも迷惑をかけずに済んだので。

ところで、洞川温泉は知名度のわりにはいつも閑散としていて、これで営業が成り立っているのだろうかと心配するような状況だったのだが、この日はこれまでになく観光客が多かった。

日帰り温泉に入って帰ろうと思っていたのだが、すぐそばの大きな観光駐車場が満車に近い状態で、これではきっと混んでいるだろう思って諦めた。

代わりに以前に一度行った下市温泉の「ごんたの湯」へ立ち寄った。

すいていてゆっくりできて良かった。

帰り道も時間が早かったのでさほどの渋滞に出会うこともなく、3時過ぎには家に帰り着くことができた。

堂満岳から蓬莱山、霊仙山

久しぶりに比良山系を歩きたいと思って 11/3(火)の文化の日に出かけてきた。

8時過ぎに比良駅に到着したが、準備に時間がかかって出発したのは8時半近くだった。

今日はまず堂満岳に登るのでイン谷口方面には行かずに昨年下った道で登山口に向かう。

このあたりから見る堂満岳はなかなか格好がいい(真ん中)。

30分足らずで登山口に到着して、ここでポールを出した。

ノタノホリ。比良にはこういう沼地や池がたくさんある。

写真を撮っていた単独行の男性を追い抜いて、斜面をトラバースしていく。このあたりで昨年クマに遭遇した。今日は熊スプレーを持っている。

しばらく沢をつめて、いよいよ急登が始まる。上部ではロープも出てくる。道に落ち葉がたくさん落ちていて滑りやすい。

10時35分、おおむね予定通りの出発から2時間少々で堂満岳の山頂(1057m)に到着した。

びわ湖の眺めは雄大だが鈴鹿などの遠方はかすんでいる。

誰もいないので岩に腰掛けてチョコレートを少しかじってから縦走路へ向かう。

少し北に向かってからヘアピンカーブで南下する。ショートカットして縦走路で出られる道があったように思ったが、はっきりした踏み跡が見つけられず、またヤブに突入するのは避けたいので、素直に本来の道を辿った。

ここから木戸峠まではずいぶん久しぶりだ。おそらく5年前に安曇川から和邇まで行った時以来。どんな道だったのかよく覚えていない。

南比良峠までは平坦だった。

少し登って下って荒川峠。

こんな道標がまだ残っている。

比良ロープウェイは私も何度も利用したが、2004 年に運行が廃止された。比良山スキー場はなかなか楽しかったが、八雲ヶ原が静かになって自然が戻ってきたのでこれで良かったのだろうと思う。

この頃からなぜか左足のアキレス腱の上部に痛みが出てきた。こんな所に痛みを感じるのは初めて。堂満岳の急登のせいかも知れないが、あれくらいの急登は最近でも何度も登っている。

先週は土曜日に山科から宇治まで 35km ほど歩き走りして、翌日曜日に陸上クラブの練習会でレペティション。月曜日一日休んだだけでまた山に来たので、少し疲れが残っていたのかも知れない。

12時少し前に烏谷山(からとやま、1076.5m)に到着。

北には武奈ヶ岳。

山頂でおにぎり休憩にしようと思っていたら、先客の単独行の女性がいたので先に進んだ。

少し下って眺めのいい場所があったので、そこで腰を下ろしておにぎり休憩にした。びわ湖バレイがすぐそこに見えるが、実はまだまだ遠い。

烏谷山を下って葛川越。「越」と名付けられているのでかつては東西に抜ける道があったそうだがもはや廃道で、廃道マニアが探索するくらい。

ひと登りして比良岳へ。比良岳のピークは縦走路からは少し西にはずれていて、私はまだピークを踏んだことが無い。こんな機会でも無ければ立ち寄ることもなさそうなので、踏み跡を辿ってピークまで行った。

同じところに戻るのはうれしくないので、ヤブ斜面で南の方に下った。

前方にテープが張られていたので何事か思ったら、スズメバチの巣があるとのこと。もう大丈夫だと思うけど念のためにテープは避けて通過した。

午後1時ちょっと前、木戸峠に到着した。

ここからはしばらくゲレンデ斜面を登る。左足アキレス腱が痛い。予定通り和邇駅まで行けるだろうか。

午後1時11分、びわ湖バレイのある打見山山頂(1108m)に到着した。

武奈ヶ岳。

そしてこれから向かう蓬莱山。

ここに来てから急に冷たい風を受けるようになったが、思いのほか観光客が多い。リフトは長い行列ができている。

ゲレンデ斜面を下って登って打見山から 20 分ほどで蓬莱山の山頂(1173.9m)へ。

これから向かう方向。ずっと奥には比叡山。

しばらく下って小女郎峠へ。

小女郎ヶ池は行ったことがあると思うが、はっきりした記憶が無いので立ち寄っておく。

誰もいないのでここで腰をおろしてようかん休憩にした。

左足の痛みが不安で、もしこれ以上ひどくなったら小女郎峠から蓬莱駅に下りようと思ったが、下りになると小康状態になった。これなら予定通り和邇駅まで行くしかない。

縦走路に戻って小女郎峠から少し登ったところにあるお地蔵さんにおまいり。

山岳会で一緒だった女性のもので、もう10年以上前になるけれど、ガンで亡くなられた。彼女を偲んで山岳会の仲間と設置したもの。酒好きだった彼女のために今日はビールを用意してきた。

さらに南へ向かってホッケ山。

そして午後2時44分に権現山(996m)に到着した。

昔は花折峠からここに登り上げることが多かったけれど、その頃の道はもう残っていないのではないだろうか。花折トンネルが開通してバスが峠を通らなくなったので、そんな道が残っているとは思えない。

遠くには愛宕山。昔はこのあたりは木が生い茂っていたように記憶している。

びわ湖の雄大な眺めもこれが最後。

写真を撮ったら霊仙山に向かって急坂を下る。15分ほどで林道に出会うが、残っている登山道を拾って下る。そして霊仙山に向かう。

午後3時21分、今日最後のピークの霊仙山(750.5m)。木の間からびわ湖がちらっと。

チョコレートを少しかじって、20分ほどの下りで車道に出た。

ここでポールと尻当てを片付けて、車道をスロージョグで下っていく。

栗原の集落に出て、バス停が無くなってしまったのかと思ったらまだありました。

湖西道路のそばの道の駅。

実はお腹が空いてきているのでコンビニに立ち寄りたい気分にかられるが、ここで休憩すると気持ちが切れてしまいそうなので先に進む。

午後4時45分、ようやく和邇駅に到着した。

すぐそばに平和堂があるのだが、もう涼しくてビールを飲みたいという気分でもないので、駅のそばの駐車場で装備の片付けだけをして、ジャケットとパンツを羽織って5時1分の電車に飛び乗った。

久しぶりの比良は期待通りの快適さだった。堂満岳は登りごたえがあったし、稜線は展望も素晴らしく、部分的には紅葉もしていて、非常に満足のいく一日だった。

ただ、5年前にやったようなことはもうできないということを身をもって感じた日でもあった。

笠捨山

10/25(日)は大峰奥駆道南部の笠捨山へ行ってきた。

大峰奥駆道は釈迦ヶ岳までの北半分はごく一部を除いてはほぼ全コース歩いているが、南部は奥守岳までしか歩いていない。

さすがにこれより南部は日帰りでは難しいと思っていたが(玉置山だけなら可能)、上葛川までなら3時間くらいで行けそうだ。それなら奥駆道南部で最難と思われる地蔵岳や笠捨山に行ける。

いつかは奥駆道全コースを踏破してみたいと思っているので、このあたりは一度は歩いておきたいと思っていた。

途中でカップ麺とおにぎり、コーヒーの朝食をとって、3時間少々で上葛川に到着した。事前の情報では葛川トンネルの手前に駐車スペースがあるとのことだったが、上葛川にもありそうだったので集落の方まで行ってみた。

集落の手前にちょっとしたスペースがあったので、そこに車を置いた。運良く、奥駆道に上がる道のすぐそばだった。

準備を整えて7時55分に出発した。

20分少々で稜線の奥駆道に出た。ここは古屋の辻。

さすがに奥駆道はしっかりしている。ほどなく木の階段の急登になった。

ガンガン上がると目の前に大きな岩が現れて、「貝吹之野」というらしい。

何箇所かの急登を経て9時30分、出発して1時間35分で香精山(こうしょうやま、1121.9m)に到着した。

少し進むと送電線の鉄塔があって、そこから正面に笠捨山が望めた。送電線の左が地蔵岳。

少し進んで檜之宿跡。

お次は拝み返し。

そして四阿之宿(あずまのやど)。

ここから少し北へ行って、東屋岳(1230m)のピークを踏んでおく。

いよいよ地蔵岳の岩場が始まった。

しばらく鎖場が続く。鎖は新しいものも多くてしっかりしているので慎重に行動すれば危険は無いが、千年前はどんな状態だったのだろうか。

小さなコブをいくつも越えて、槍ヶ岳の岩の北側を巻く。地蔵岳のピークはどこだったのかわからなかった。


岩の上にはとても行けそうにない。

鎖場は 30 分足らずくらいだったろうか。ようやく道が穏やかになってきた。私がこれまでに歩いた奥駆道の中では一番厳しい場所だったように思う。

また送電線の鉄塔に出会って、笠捨山がちょっと近づいた。

11時7分、葛川辻に到着した。ここで腰を下ろしておにぎり休憩にした。

11時39分、笠捨山(1352.7m)に到着した。

真ん中奥の突起は大普賢岳。左の端の方のピークが釈迦ヶ岳。釈迦ヶ岳の右に八経ヶ岳。

この先で奥駆道と分かれて蛇崩山(だぐえやま)へ向かう。

「難路」と書かれているが危険というわけではなくて道らしい道が無いということ。たまに古いテープが出てくるだだが、稜線は明瞭で下生えもほとんど無いので問題なく歩ける。

笠捨山から 45 分くらいで上葛川への分岐まで来た。

まずは蛇崩山に向かう。

分岐から 20 分少々で蛇崩山(1172m)に到着した。展望は無し。

ここで腰を下ろして豆餅休憩にした。

先ほどの分岐まで戻って、稜線を辿って上葛川に向かう。途中で振り返ると蛇崩山が立派。

このあと稜線をはずれて西側の斜面を下らなければならないのだが、このあたりからルートがよくわからなくなってきた。元々かすかな踏み跡程度しかなかったのだが、倒木が増えてきていちだんと先が不明瞭になってきた。

ちょっと不安になってきたころ、またかすかな踏み跡に出会った。これで一安心。

うまい具合に踏み跡は斜面を集落の方に下って行っている。今日は会心の一日だったと満足感にひたりながら下っていたら、分岐のようなものが出てきた。

方向としては左の方なのだが、右の方が踏み跡が若干明瞭な感じがしたのでそちらに行った。ところが下るにつれて本来の方向から次第に離れてきた。

ここの下は川を橋で渡らなければならない。こんなところの川べりに道などあろうはずがないので、橋からあまりに離れた場所に下りてしまうと川の中を辿らなければならなくなる。

このままではまずいと思ったが、分岐に戻るにはかなり下ってしまっていたので、斜面をトラバースして元の方向に戻ろうと思った。

斜面は結構急なので、何とか進めそうな場所を選んでトラバースする。

しばらく進むと鹿除けネットが見えた。こういうネットのそばには踏み跡があったりするのでそちらに向かってみたが、残念ながら踏み跡は無かった。それどころかヤブが一段と濃くなって、おまけにイバラまで出てきた。この期に及んで泣きたい気分。

下の方に集落が見えた。しっかりした道ならほんのすぐそこなのだが、この状態ではあとどれだけ時間がかかるのかまったく予想できない。

橋からは少し離れているが、もうこのまま川まで下るしかない。ただし問題は川のすぐそばの斜面。上からは死角になっていてその状態が見えないので、下っていったら崖だったというのは最悪パターンである。昨年の白髭岳と同じパターンにはまり込んだ。まったく学習効果が無い。

もはや登り返す気力は無く、地形図で崖マークが無いことを確認してから慎重に急斜面を下った。幸い、川にはさほどの苦労も無く降り立つことができた。

橋まではわずかのはずで、橋を渡ればあとは車道を少し行くだけなので、浅瀬の部分をじゃぶじゃぶと進んだ。

左岸の河原の部分を進んだら橋が見えた。やれやれ。

車道は緩い下りなのだが走る気分にはなれずにとぼとぼと歩く。

こういう集落の人たちはどういう生活をしておられるのだろうか。バス便は通ってはいるのだが。

午後3時12分、無事駐車スペースに戻ってきた。

せっかく十津川村まで来たので十津川温泉に入って帰ろうと思ったが、二ヶ所ある公衆浴場はいずれも満杯状態。混んでいる温泉に待ってまでは入りたくないので、R168沿いの大塔温泉夢乃湯に立ち寄った。

あまり温泉ぽくなくてカルキの匂いがぷんぷんしていたが、すいていてゆっくりできて、わりと安め(660円)だったのでまぁ良かった。

家に帰り着いたのは午後8時前だった。

私の若い頃は大峰はとにかく交通の便の悪い所という印象があって、大峰へ行くくらいならアルプスへ行った方がマシというイメージが強かった。京都から奈良へはひたすら下道を辿るしかなかったので、車でも非常に時間がかかったし、道も狭くて走りにくかった。

上北山村や十津川村などはまだまだ遠いけれど、昔に比べると車道が整備されて広くなって、部分的に高速をうまく使うと日帰りできるエリアになってしまった。大台ヶ原もしかり。

あまり激しく山肌を削ったりするのは控えてほしいけれど、道路が整備されることのメリットは少なくないと言わざるをえない。

笹間ヶ岳

10/18(日)は講座で湖南アルプスの笹間ヶ岳へ行ってきた。湖南アルプスは7月にもこの講座で堂山へ行ったばかり。

JR石山駅に集合してバスで「アルプス登山口」へ。

しばらく車道を歩いてから山道に入る。バス停そばの道は新名神の工事で道が変わっている。

前日は終日雨だったので、岩場はかなり濡れていて滑りやすい。

矢筈ヶ岳への分岐。この道は数年前に一人で歩いた。

上りきると平坦地になって、所々池塘がある。実は沢筋に堰堤があって、すでに埋もれてしまっているのだが、このあたりはその堰堤の上の土砂が溜まっていた場所。

この先の池塘のそばで早めの昼食にした。

しばらく山道を辿ると車道に出た。

このすぐ先の展望場所からの琵琶湖と比叡山。

またすぐ山道に入ってしばらくで笹間ヶ岳(432.9m)に到着した。

山頂の岩の上から琵琶湖と比叡山。

一気に下ってまた車道に出る。

すぐにまた山道に入って、今度は南の方の展望。左奥に鷲峰山。

集落そばまで下りてきた。

足下にセンブリ。

午後3時前、関津のバス停に到着した。

前日は雨で気温も低かったが、この日は穏やかな天候で歩きやすかった。

松尾山

10/14 は京都一周トレイルの講座で嵐山の松尾山へ行ってきた。

集合は阪急の嵐山駅。

時間に余裕があるので大堰川の疎水のあたりを散策する。これは保津川下りの船を引き上げる場所。

疎水のそばを歩く

少し車道を歩いてから一周トレイルの山道に入る。

しばらくしっかり登って展望場所へ。

展望場所から北を望む。左に愛宕山。

松尾山(275.6m)で早めの昼食にした。

西芳寺に向けて松尾大社の裏山を歩く。このあたりは秦氏のものと思われる古墳がたくさん残っている。

最後の展望場所から南東方向を望む。遠方は鷲峰山など宇治田原あたりの山々。

最後は一気に下って西芳寺の林道へ。

あとは車道で苔寺のバスターミナルへ。

まだ時間があるので松尾大社まで歩くことにする。

摂社の月読神社。

午後2時前に松尾大社に到着して、ここで解散した。

このあと、神社の裏から山へ入れる道が無いか探ってみたが、残念ながら見当たらなかった。

嵐山のあたりは日本人の観光客がかなり戻ってきているという話も聞いていたけれど、この日はそれほどではなかった。

ただしこの日はトレイルルート上ではこれまでになく多くのハイカーと出会った。