青根ヶ峰

青根ヶ峰(あおねがみね)は大峰奥駆道のほぼ最北部と言ってもいい位置の山。標高は比叡山よりちょっと高いくらい(858.1m)だけれど、宮滝に離宮が置かれていた頃にはこのあたりの山々を眺めて歌われた万葉唄がいくつかある。
実は何年か前に登山講座で青根ヶ峰が予定されたことがあって、ロープウェイで上まで上がったのだけれど、その日はバスが運行されていないということが現地に着いてから判明して、結局、手前の高城山(たかぎやま)までしか行けなかったということがあった。
その頃はまだ古代史にはさほど興味が無かったので、特別どうということも無かったのだけれど、飛鳥時代の歴史に興味を持つと、この山はやはり行っておかなければならない。
ただ、大峰奥駆道は地形と交通機関の関係でうまい周回ルートが非常に取りにくい。青根ヶ峰も吉野駅からピストンというのがもっとも単純なコース設定なのだけれど、それではあまりにつまらないし、大天井ヶ岳では最終目標にはちょっと役不足という感じ。山上ヶ岳までではちょっと遠すぎる。
地図を眺めて思案した結果、藤原京跡から宮滝へ行った時に走った終盤のコースを逆に辿って、宮滝を再訪して、それから五社峠を越えて西河へ。そこから青根ヶ峰に向かうというコース設定をした。
昨日(12/9)は天気予報ではかなり気温が下がると伝えられていたので、薄いダウンジャケットを羽織って、まだ暗い中、家を出た。

近鉄の吉野神宮駅で降りて、駅の狭い待合室で身なりを整えて出発したのは8時半過ぎ。家を出てからほぼ3時間かかった。
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50 分ほどのジョグで宮滝に到着した。このあたりの吉野川の景観は何度見ても独特の雰囲気がある。太古、神仙境とされたのがよくわかる。
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前回来たときは気が付かなかった、柿本人麻呂の歌碑。
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前回来たとき、宮滝の宮跡をしっかり確認できなかったので再度来てみたのだけれど、結局、はっきりした遺跡のようなものは何も残っていないらしい。「このあたり」ということで、これが遺跡というわけではありません。
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また吉野川の左岸の道に戻って、旧道から五社峠を目指す。
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峠の手前まではコンクリート舗装の狭い道で、上には神社があった。
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このすぐ先が五社峠。
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今日の核心部はここから西河まで下り。すでに道がほとんど消えているらしい。
確かに落ち葉や枯れ枝だらけではっきりとはしないけれど、かすかながらつづら折れはわかる。ただし部分的に土砂崩れで崩壊している箇所も何カ所かある。
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しかし危険というほどの箇所は無く、30 分ほどで西河まで下りてくることができた。
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これで気分が楽になったので、公園で腰掛けておにぎり休憩にした。しかし止まっていると寒いのでほんの数分で先に進む。
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五社峠から下り始めるとすぐに下から子供の声のようなものが聞こえてきたのだけれど、ここのグラウンドで野球をやっている少年たちの声だった。
蜻蛉の滝には寄らずに先に進む。
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ようやく山道に入ったと思ったら、また車道に出てしまった。心配なので登山地図で確認したら、実は車道をずっと行くのが本道で、山道はショートカットだったようだ。
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ほどなく車道が終わって音無川沿いの山道になる。緩い登りなので足元が良ければ走れそうなくらいなのだけれど、あいにく道は落ち葉やら枯れ枝、小石などで、私には走れない。
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途中から一気に登りがきつくなって、それに伴って気温がぐっと下がってきた。所々雪が残っている。
大峰の主稜線は積雪がありそう。
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今日は山道では誰にも会わずに静かでいい時間だったのだけれど、そんな時間も終わりに近づいた。ついに車道に出てしまった。
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また登山道に入って、12 時 40 分に青根ヶ峰に到着した。
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山頂は木が茂っていて展望は無し。
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反対側に下りて車道に出ると、女人結界の石柱。ただし現在のこのルートの女人結界は大天井ヶ岳を越えた五番関になっているらしい。
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このあたりまで来ると人が多くなるのではないかと思っていたのだけれど、雪に残る足跡はほんのわずかで、このシーズンは吉野でも閑散期なのかも。
少し下った所に東屋があったので、そこでスィートポテト休憩にした。
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このあとはもう完全に観光客モードで、金峯神社。
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すぐそばには義経の隠れ塔。
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少し下って、前回来た高城山へ。
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展望台からの金剛山系。
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さらに下って、吉野水分(みまくり)神社の本殿。
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横川の覚範の首塚。
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いよいよ吉野の中心街に下りてきて、本殿が焼失した勝手神社。
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少し横道に入って、吉水神社。
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金峯山寺まで下りてきて、蔵王堂。
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そして、奥駆道の玄関のような銅の鳥居。
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ロープウェイやケーブルに乗るつもりはまったく無く、車道をそのまま下った。ケーブルは故障で運休しているらしい。
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午後2時半に吉野駅に到着した。
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約 27km,6時間でした。

小原から御破裂山、栢森から高取山猿石

次の月曜日は随行の仕事なので、出かけるのは土曜日(11/11)にした。
高野山と唐櫃越えでそこそこの満足感があったので、軽いコースにしようと思った。
たまたま以前の写真を眺めていて、談山神社への表参道は大原(今の小原)からの道ということを知って、この道を辿ってみたいと思った。
そして1ヶ月前に音羽三山から高取山へ行った時、体力切れでやり残した部分を逆コースで辿ってみようと思った。

朝はゆっくりめで、9時過ぎに橿原神宮前駅をスタートした。
住宅街を適当に進んで、まずは剣池。地形図には「石川池」と表記されているのだけれど。
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遺跡めぐりへ行った時のかすかな記憶で甘樫坐神社(あまかしにますじんじゃ)へ。
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ここでは古にオソロシイ裁判が行われていたとか。
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立石。
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産直店のすぐそばに「明日香村埋蔵文化財展示室」という無料の施設があるのを初めて知って、入ってみることにした。
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それほど大きな部屋ではないのだけれど、遺跡からの出土品の実物がわりとたくさん並べられていて、無料にしては質が高いと感じた。
男性の説明員の方が一人だけおられて、ヒマなのかしゃべりたいのか(失礼m(_._)m)、ずっと付ききりでいろいろ説明して下さいました。おかげでかなり時間を消費してしまった。でも良かったです。
その後、飛鳥坐神社の横を通って大原神社へ。
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これが表参道の記載のある説明板。
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大きな神社の表参道は下の方に必ず大きな鳥居があるのだけれど、このあたりには鳥居は見あたらない。
何の案内板も無い舗装路をしばらく上ると、万葉展望台という標識。
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ここからの登りはなかなかの傾斜で、早朝の雨のせいでいささか滑りやすい。表参道にしては階段などもまったく整備されておらず、今は歩く人はかなり少ない感じ。
大原神社から 30 分少々で展望台に到着。すっきりしない曇天の下の大和葛城山と二上山。
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ここからは道がわりとフラットになって多少は走れる。少し行くと車道に出て、しばらく車道を走ると「増賀(そうが)上人墓」という案内板が出たので、寄り道する。
石段を上がる。
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上がりきると奇妙な形のお墓。多武峰中興の祖とか。
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このあたりから普通は車道を辿って V 字に御破裂山に向かうのが普通なのだけれど、地形図を見るとこのあたりから V 字をショートカットするような道が書かれている。
地形図のこういう細い道はほとんどあてにならないのだけれど、ショートカット好きの私はそこに向かうことにした。
一旦は車道に戻ったのだけれど、gps を見て再度先ほどの階段の所に戻って、階段の下の舗装路を進んでみた。
お墓の参拝路のよう(とは言ってももうほとんど誰も参拝にきていない感じ)。一番奥まで来たらやはり道が消えてしまった。
しかしここまで来てまた下るのはしゃくなので、ヤブをかき分けて少し進んだところ、どうもかすかに道の跡のような雰囲気になってきた。とは言っても・・・。
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白のジップシャツが枝にすれてずいぶん汚れてしまった。このジップシャツはわりとお気に入りなのだけれど、どういう訳かこのシャツを着ると思いがけず汚れてしまうということがしばしばある。
10 分ほどで本来の道に出て、それから5分ほどで御破裂山(607.4m)に到着した。
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「大和さくらい 100 選」の展望場所は木が茂ってこの程度。
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異様に新しい藤原家の墓に再会。
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またあのヤブはたまらないので、V 字の舗装路で万葉展望台に戻って、ベンチでおにぎり休憩にした。
その後、石舞台方向に下山。県道手前のちょっとした丘から石舞台古墳を見下ろす。
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県道からちょっと寄り道して都塚古墳。
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次に目指すのはミハ山(ミワ山とか、フグリ山とか)。
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麓には飛鳥稲淵宮殿跡。中大江皇子らが一時期営んだ飛鳥川辺行宮の有力候補地。
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そばの階段を上がって展望台へ。展望台からの明日香村、耳成山、天の香具山。
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戻って、「マラ石」。
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県道に戻って稲淵の男綱を越えて、飛鳥川の飛び石。前回ここを通った時は場所を間違えて見ることができなかった。
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夜半の雨で水量が多いのか、渡ってみたらシューズが少し濡れた。
ここまで来たら何となくもういいじゃないかという気分になってきた。それと、展示室のおじさんがさかんに「キトラ古墳の展示はタダでいいものが見られる」と言われたが気になって、キトラ古墳に行ってみたい気持ちが出てきた。
キトラ古墳は以前に随行で高取山へ行った帰りに立ち寄ったことがあるのだけれど、その時はまだ公園の整備中だった。
車道にはキトラ古墳方面の案内が出ているのだけれど、地図を見るとかなりぐるっと大回りしている。歩きでショートカットできるような適当な道が見あたらない。
キトラ古墳に行くか、当初の予定通り高取山方面を目指すか、なかなか気持ちが定まらなくて行ったり来たりしたのだけれど、迷ったときはやはり初心に戻るべきだろうと思いなおして、高取山方向に行くことにした。ずいぶんムダな時間を使ってしまった。
しばらく車道を走って、栢森の女綱のそばからまた登山道に入る。
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そこそこの登りを 15 分ほど上がると稜線に出て、キトラ古墳への標識に出会った。
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地図を見ると確かにキトラ古墳方向への道が記されているけれど、今日は休日なので観光客も多い可能性があるし、目的地をコロコロ変えるのは良くないと思い直して、猿石に向かった。
このあたりから道はわりとフラットになって、早くも高取城の石垣跡が出てきた。
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それにしても高取城の大きさには驚かされる。最盛期はいったいどれくらいの規模だったのだろう。造ることもさることながら、それだけの城を維持するには相当な人手が必要だったと思われる。
山寺の跡も規模の大きかったものがしばしば見受けられるし、そういう時代の文化というのは現代とはまったく異なる価値観で営まれていたのだろう。
猿石まで行くと人に出会う可能性があるので、そのちょっと手前で腰を下ろして栗饅頭休憩にした。
2時 22 分に猿石に到着した。栢森から 35 分ほど。
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ここからは1ヶ月前の同じ道を下る。こんな道にも台風のツメ痕。
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先日と違って、土佐の街は閑散としていた。
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おかげでずっと走れて、3時ちょうどに壷阪山駅にゴールした。
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ほぼ6時間、約 26km でした。

高野山町石道から京大坂道

先の三連休は久しぶりに天候に恵まれた週末だったのだけれど、中日に随行の仕事が入っていて、テント泊というわけにはいかなかった。
随行の前日はあまりムリはできないので、最終日(11/5)に「やった感」の感じられるコースへ行こうと思った。
私は宗教心はまったく無い。テレビドラマも見ないし、しばしば耳にする「聖地」というものにもまったく興味が無い。
「高野山」と聞くと頭に浮かぶのは、鼻に油をテカらせた坊主が札束を舌なめずりして数えているような情景で、神聖なイメージはほとんど無い。
しかし宗教上の参詣道というのはトレランのコースとしてはなかなか魅力的で、登山というほどではないけれど、自然の中を軽快に歩いたり走ったりするフィールドとしては捨てがたいものがある。
高野山もそういう対象としては魅力的な地形で、麓から参詣道を上がって麓まで下りるとそれなりの距離があり、スタートゴールが電車の駅に設定できて、高野山のエリアは比叡山山頂と同じくらいの標高がある。高野三山に登れば 1000m をちょっと越える。
2月に黒河道から京大坂道に行ったけれど、高野山の参詣道で一番ポピュラーなのは町石道(ちょういしみち)。
麓の慈尊院から1町(約 109m)ごとに壇上伽藍まで 180 個の町石が建てられていて、元は木製だったものが鎌倉時代に石柱に置き換えられて、多くのものが今も残っている。
公称約 22km で、途中で電車の駅にエスケープできる道もあるので、分割して歩くこともできる。
先日の台風で南海電鉄の高野線が高野下駅までしか運転しておらず、当然ケーブルも止まっている。橋本からバスの代替輸送をしているものの、ひょっとしたら人が少ないかもと期待して、朝5時3分の始発で家を出た。

高野線は5月に小辺路へ行くのに乗った時に比べるとはるかに空いていたけれど、乗客のほとんどが九度山で降りた。2時間少々かかって7時過ぎ。
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何かイベントでもあるのか、同じ色のジャケットを着た人が何人か駅舎におられる。
駅前のトイレの横の休憩スペースでゆっくり準備して、あたりに人がいなくなってから出発した。7時 20 分。好天で気温が上がると思ったのでほぼ夏スタイルで来たけれど、結構寒い。
何と、いきなり反対方向に行ってしまった。本当は階段を下りてしばらく車道を行かなければならないのだけれど、山へ向かって上がる道があったので、本能的にそちらに行ってしまった。
gps を見てミスに気付いて、あわてて引き返す。誰にも見られなくて良かった。
車道を 20 分足らずで慈尊院へ到着。ここが町石道のスタートになる。
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ガイドツアーだろうか、180 町の石の所に団体がいた。その後、何度か同じ団体と出くわした。
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古い町石は数字がよく読めない。
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しばらくコンクリート舗装の道を登る。それなりの傾斜で、走るのはムリ。
眺望が開けると紀ノ川の向こうに和泉葛城山、岩湧山。
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展望台は団体に占拠されていたのでパス。その少し上からようやく土道になった。
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しばらくで六本杉。ここで丹生都比売神社(にうつひめじんじゃ)への道と分かれる。今日は神社へは寄らない。
ここに町石道の案内板。同じようなものは何カ所かあったけれど。
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このあたりは走れるトレイルで、快調に飛ばして9時ちょうどに古峠(ふるとうげ)に到着した。このあたりで少し補給しようと思っていたのだけれど、ちょうどここで数人のパーティと出くわしてしまったので、そのまま先に進んだ。
ほどなく二ツ鳥居。
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まさにトレランのためにあるような道だ。進むにつれて標高も上がるので、体感温度は上がらない。
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9時 38 分にちょうど半分の 90 町まで来た。
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少し行って峠とは思えない笠木峠。
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少し行ってから道ばたの倒木に腰をかけてクリームブランを補給した。手袋を着用。
左側に車の音を聞きながら走って、R370 に出た。
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国道を渡ってすぐにまた山道に入る。この先で数十名の大集団に出くわしてしまった。また、下りてくる団体もいくつか。
少しずつ抜かせてもらいながら進んだ。ただ、ここは町石道で一番の急登部分で、たとえ一人でもスイスイと歩けるような場所ではないので、イライラ感はそれほど大きくなかった。
集団を越えて少し行くと袈裟掛石。
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さらに進むと鏡石。
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最後にひと登りして、大門前の車道が見えた。
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11 時 37 分に大門に到着した。
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2月に来た時はこのあたりは閑散としていたけれど、今日は車が大渋滞。電車で来られないので、車で来る人が多いのだろう。
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ここからは車道を歩いて、壇上伽藍の手前に一町。
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そして壇上伽藍の中門。
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時間があるのでシューズを脱いで金堂に入ろうとしたところ、入り口の先に「拝観料 200 円」という札が立っていたので、中をちらっと眺めて退散した。
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紅葉がきれいだ。
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そして金剛峯寺。高野山では紅葉真っ盛り。
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あまりの人いきれに息が苦しくなる。早々に女人堂に向かう。
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ここからは前回通った道だけれど、京大坂道(きょうおおさかみち)の古道は荒れていたので今日は舗装道路の方を下ろうと思う。
と思いながら、足が勝手に古道の方に向かってしまったが、やはり・・・。
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前回以上の荒れぶりに、この下の分岐からは舗装道路に向かった。
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女人堂から 30 分少々で極楽橋へ。電車が止まっているので閑散としている。
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あとはずっと車道を淡々と下るのみ。ただし丹生川を渡ったあとにちょっとした丘を越えなければならない。
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丘を越えたところの集落で祭りをやっていた。
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和泉葛城山、岩湧山の雄大な眺め。
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あと少しで学文路(かむろ)というところでこんな表示が。
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印刷がにじんでいて詳細がわからない。そのまま下ると、そのあたりにおられた男性から「この道は土砂崩れで歩行者も通れへんで」との一言。
橋本へ向かうなら少し戻って広い車道を行くのがいいと言われたので戻ったけれど、この車道はとても歩行者が通れるような道ではない。道幅はあるけれど歩道は無く、歩行者自転車は通行禁止ではないかというような道だ。
すぐそばに少し細い車道が分かれていて、橋本の標識が出ていたので、そちらに向かった。
実はさっきの道を下るとこの道に出たようで、少し下ると土砂崩れ現場。
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近づいてみると何となく越えられるのではないかという感じ。足元を見ると足跡がいくつか残っている。
案の定、さしたる苦労も無く越えることができた。
苅萱堂(かるかやどう)は前回は余裕が無くてゆっくり見ることができなかったので、今日はシューズを脱いで中に入らせてもらった。
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人魚のミイラの写真を撮ったものです。
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これでもう今日は満足した気分になって、すぐそばの学文路駅で終わりにしようと思った。
線路脇を走って駅のすぐそばまで来たけれど、入り口がわからない。ぐるぐるまわって、R370 に出てようやく改札口にたどり着いた。
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ちょうどその瞬間、電車が出て行った。次の電車まで 30 分。着替えて一息つくにはいい時間ではあるのだけれど、国道沿いとは言っても店は何も無い。ビールも調達できなさそう。
それならもう橋本まで走ってしまおうと思って、待合でどら焼きを補給して紀ノ川沿いのサイクリングロードを走った。
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橋本駅に到着したのは午後3時 20 分。10 分後に難波行きの急行が出るので、またまた着替えもせずにホームに向かった。
ちょうど8時間。約 40km の旅だった。

音羽三山から高取山

先月、藤原京跡から宮滝へ行った時、高取山や竜在峠への道標に何度か出会って、次はぜひこれらをつなげてみたいと思った。
地図を見ると、ちょうど音羽三山から高取山へ、竜在峠を通って稜線通しのルートが引けた。距離的にも1日でちょうどいい感じ。次の計画はあっさりと決まった。
さらにちょっと欲張って、音羽山の山頂に立っている宇陀方面への道が気になっていたので、この道で登ってこようと思った。
それなら舒明天皇陵、天王山古墳と、見所は盛りだくさん。
おっ、舒明天皇陵に行くなら朝倉富士と呼ばれる外鎌山(とかまやま)から南に下山すればいいではないか。
高取山の猿石から栢森に下りれば、明日香村でまだ訪れていない所にもいくつか寄れる。
祝日の9日はかなり暑くなりそうな天気予報だったので、完全夏装備でワクワク気分で出かけた。

近鉄の大和朝倉駅を8時 40 分に出発した。
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駅前にさっそく案内の掲示板と道標。
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道標に導かれて、よく整備された道で、駅から 20 分ほどで外鎌山の山頂(292.4m)に到着した。
西の方が開けていて、ちょうど真ん中あたりに耳成山。その後ろに二上山。左の畝傍山の後ろに大和葛城山。
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さて、ここからの道ははっきりしない。かすかな踏み跡を辿ったら「朝倉」という道標に出会った。ちょっと方向が違うけれど、しばらくこの踏み跡を辿った。
しかしうれしくない方向にどんどん下りて行くので、通行止めの標識のあった方に向かうことにした。
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案の定、ヤブに突入。gps で方向を見定めて強引に下ったところ、うまい具合に舒明天皇陵のすぐそばに下りてきた。
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舒明天皇は皇極(斉明)天皇の夫で、天智天皇、天武天皇の父という重要人物なのだけれど、この時代の天皇の中ではかなり存在感が薄い。この時代の政治の実権は蘇我蝦夷が握っていたからというのが一般的な見方のようである。
ここからはしばらく車道を行く。分岐がわかりにくくて何度か行ったり来たりした。
音羽山へ向かう道への分岐を見送って少し行った所に天王山古墳がある。
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崇峻天皇陵はここから南西に 1km ほどの場所に宮内庁治定の陵墓があるのだけれど、こちらが本当の墓ではないかという説が有力だとか。
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さて、少し戻って音羽山へ向かう。
しばらく車道の登りで、どうも分岐を間違えたようだ。しかし地図を見るとこのまま行っても上で合流できそうなので、そのまま上がった。
地図によると車道が終わってから細い道がちょっとということなのだけれど、確かに道と覚しき踏み跡はあったものの、もう何年もほとんど人が通っていない感じ。
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今さら戻るわけにもいかないので進んだ所、沢筋になって、足を滑らせて手をついたひょうしに地図を濡らしてしまった。地図はビニール袋に入れていたのだけれど、水たまりに浸かったので水が入ってしまった。
パソコンのプリンターで印刷したものなので、印刷がにじんであまり役に立たなくなってしまった。gps に地図が入っているので、致命的ではないのだけれど。
何とか本来の道に合流できたものの、踏み跡は非常に不明瞭で、gps のルートがなければとても進めないような道だ。
しばらくしたら白いテープ印が出てきた。
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白テープを探しながら進んだけれど、いよいよ踏み跡すらわからなくなってしまった。
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すぐ横の尾根筋が歩きやすそうだったのでそこに這い上がったところ、古い踏み跡が現れた。
gps のルートと少し離れた位置を並行して進んでいる感じで、そのまま道なりに進んだら音羽山から善法寺に下りる道の途中に出てきた。
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ここを登り返して数分で音羽山の山頂(851.4m)に到着した。すでに 11 時過ぎ。ずいぶん時間がかかってしまった。
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本当はこの奥から山頂に出たかったのだけれど、ジェルを補給して早々に南へ向かう。ここから竜在峠までは反対方向で以前に歩いた道
10 分少々で経ヶ塚山(889m)。ここは随行で来るといつも昼食をとる場所。
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熊ヶ岳の笹藪はきれいに整備されていた。
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11 時 48 分に熊ヶ岳(904m)を通過。
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12 時 3 分に大峠に到着した。音羽山からは思ったより早かった。
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ここで今日初めて腰をおろして、おにぎり休憩にした。
10 分足らずで早々に腰を上げる。先を急いでいたせいか、竜門岳への分岐は気付かずに通過してしまった。
細峠にはちょうど午後1時に到着した。芭蕉の句碑がある。
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ここからしばらく古い林道のような広い道を行って、右の山道に入る。しかし前回反対方向で通った時、この林道がどこから来ているのか気になったので、今日はこれを辿ってみることにした。方向的に竜在峠の近くに出られそうに思った。
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しかしこれは大失敗だった。行けば行くほど竜在峠から離れる方向に向かった。この横は急斜面なので、強引にショートカットするわけにもいかない。あきらめて分岐まで戻って、竜在辻に出た。
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ここからはしっかりした道で峠まではほんのわずかなのだけれど、なぜかもうちょっと山道らしい山道を行ったような気がして、変な踏み跡に入り込んでしまった。
おかげでまたヤブこぎを強いられて、細峠から竜在峠まで 40 分もかかってしまった。
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時間的に猿石から栢森に出るのはムリかなと思った。行ったとしても行きたい場所をじっくり見る時間は無さそうだ。時間もさることながら、そんな体力は残っていないだろうと思う。
そんなことを考えながら、走れるところは走った。このあたりはトレランのためにあるようなフラットで障害物の少ない道で、少しでもタイムを稼ごうと思った。
入谷への道を見送って、芋ヶ峠に向かう。
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このあとはしばらくとんでもない急斜面の下りだった。もし雨だったらとても歩けないだろう思った。写真ではそんな急斜面には見えないのだけれど。
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竜在峠から 30 分少々で芋ヶ峠に出た。
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さて、ここから本日最後の課題の高取山へ向かう。はたして道の状況がどうなのか少し不安だったので、しばらく進んで様子がわかってから腰をおろしてクリ饅頭休憩にした。
思ったより整備されている感じで、すぐ左側に林道が見え隠れしている。
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ところが林道がすぐそばまで迫っている箇所を越えたあたりで、急に道が不明瞭になってきた。古い看板があるのだけれど、踏み跡らしきものが見あたらない。
あたりを見渡してみると所々に赤テープがあるのが見えた。
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わりと短い間隔でテープがあったので、それを辿ることができたのだけれど、この先これではたまらんと思っていたところ、またもや林道に飛び出した。
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要するにこの間は林道が本道なのだった。
この少し先で山道になってからはまた道標もしっかりしていた。
高取山はまだ少し先と思っていた頃、早くも石垣の残骸が出てきた。
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高取城は本当に大きな城だったのだなと思った。
しばらく進むと吉野口門跡。
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井戸の跡もいくつかある。
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芋ヶ峠からほぼ1時間で高取山山頂(583.6m)に到着した。
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右が大和葛城山。左が金剛山。もっと見晴らしが良かったような記憶があるのだけれど、それは国見櫓からの眺めだったかも。
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こちらは大峰方面。
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写真を撮ったら早々に下山。
猿石は明日香村から掘り出されたものがここに置かれたらしい。
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車道になってからは走ったけれど、さすがに土佐町に入ると歩きにした。
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午後4時 10 分、ゴールの壷阪山駅に到着した。
ぱっと時刻表を見たら次の電車は 30 分後くらいだったので、近くにあったタクシー会社の駐車場の陰でこっそり着替えた。
時計を見て、まだ少し時間があることを確認して、ビールの販売機でも探そうと思ったところ、阿部野橋行きの急行列車が入ってきた。
近鉄の時刻表は特急、急行、各停がそれぞれ分かれていて、たまたま特急の欄だけを見たのだった。
ホームが改札の反対側なので間に合うかどうかと迷ったけれど、身体はすでに反応して走り出していた。
幸か不幸か間に合ってしまって、またもや今日も極上ビールは見送りとなってしまった。
最後の明日香村は割愛となってしまったけれど、本当に行きたかった場所は音羽山の最後の登りを除いてすべて行けたので、十分満足の一日だった。
7時間 30 分、約 26km でした。今日は走ったパートもわりとあったので、トレランということにしておこうと思う。

愛宕山、朝日峯、峰山

昨日(7/23)は陸上クラブ最大のイベントの Mid Summer Games だったけれど、トラックでのスピードレースはあまり好きではないので、近年は参加していない。
しかし連日の酷暑で近場を走る気にはならないし、応援だけというのもおもしろくないので、以前からちょっと気になっていた山へ出かけることにした。
このあたりの低山では山でも涼しくはないだろうけれど、下界よりはちょっとはマシだろう。

JR の保津峡駅を出発したのは8時 45 分。今日のコースは距離はそれほどではないので、朝は遅めだった。
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幸い、天候は曇りで、暑さはそれほど厳しくない。けれども首にネッククーラー、さらにうなじのあたりを冷やすアタッチメントを付けた帽子をかぶった。
橋を渡ってすぐに取り付く山道に入ろうと思ったのだけれど、登山口がよくわからなくて少しウロウロして、ようやく道標の無い道を発見した。
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いきなりの急登だったけれど、10 分ほどでなだらかな稜線歩きになった。
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そばの木にリスがいたけれど、写真にはうまく写らず。
出発して 45 分ほどで荒神峠(こうしんとうげ、庚申峠)。
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落合から水尾の方向もかすかな踏み跡が残っているけれど、まともに歩けるのだろうか。昔はここに茶屋があったそうだ。
登りがまた少し急になって、年配のご夫婦と思われるパーティが休憩されていた。奥さんからスイカを一切れいただいた。まだ半分凍っていて、食べきるのに時間がかかった。ごちそうさまでした。
峠から 25 分ほどで表参道に合流した。
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表参道に入ったら登山者がたくさんいるのではないかと思っていたけれど、それほどでもなかった。朝の保津峡駅でも降りたのは私一人で、日曜日だというのにずいぶん登山者が少ない。暑さのせいだろうか。
ここからほんの数分で水尾の分かれ。
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参道には電球がぶら下がっている。31 日夜に千日詣が行われるらしい。
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あたりはガスっていて、わりと涼しくて助かる。
黒門。小雨がぱらついてきた。
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出発して1時間半ちょっとで愛宕神社の下に到着した。雨は止んでいる。
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今日は神社には上がらずに先を急ぐ。
市内は曇ってまったく見えず。
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松尾峠方面への分岐。ここから先は初めて歩く道だ。
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最初のうちははっきりした道だったけれど、gps のルートに従って進んでいたら、急に踏み跡が消えてしまった。
何度も言ったり来たりしたけれどどうにもルートがわからず、一旦はっきりした場所まで戻ることにした。
そうしたら前から数人のパーティがやってきた。ちょうどそこに、来た時に気付かなかった分岐があった。このパーティも道をしっかり知って歩いているわけではなさそうで、少し思案している。
このパーティの後ろになってしまうのはわずらわしいので、分岐の道標をはっきりとは確認せずに、そそくさとこの分岐に入った。
gps のルートとは若干離れていたけれど、実はこれが正しい道だった。ほどなく gps のルートに合流した。
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こういう所は走る。
途中でウロウロしたおかげで神社下から1時間かかってようやく首無地蔵に到着した。
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ここからはしばらく荒れた林道を行く。
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まるでおんたけウルトラトレイルの林道と同じ。デジャブのような感覚で走る。
首無地蔵から 25 分ほどで松尾峠に到着した。
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ここから 10 分で朝日峯(688.3m)に到着。
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比叡山がうっすらと見えていたけれど、写真には写らなかった。
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また林道に戻って、登り以外は走る。
この林道、どこまで続くのだろうと思っていたら、朝日峯を下りてから 15 分ほど走ったら山道になった。
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山道に入って 15 分ほどで峰山への分岐の道標があった。
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今回の目標だった峰山(537.6m)をピストン。展望も何も無かった。
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もうあとは栂尾まで淡々と下るだけ。
植林を気楽に下る。
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しかしこのあたりから次第に道が荒れてきた。倒木のオンパレードだ。
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倒木地帯が終わると沢筋になって、ここも踏み跡が不明瞭。
ようやく高山寺のエリアに下りてきたけれど、道標などまったく無く、初めてだったらこの登り口はまずわからないだろう。
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境内を通って、R162 に出る。
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ここからはしばらく一周トレイルコースを南下する。
高雄の料亭。床でも 5000 円くらいから楽しめるようだが、それほど快適そうには見えない。まぁ、市内の鴨川べりよりはマシだろうけれど。
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清滝川。
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愛宕山表参道の登山口。
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走れる所は走って、2時 38 分に保津峡駅に戻ってきた。
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終日曇りだったので助かった。
行程 25.6km、6時間弱でした。

葛城古道から金剛山

金剛山はダイトレでは何度も通ったけれど、実はダイトレのルートは金剛山の山頂を通っていない。
大和葛城山もダイトレのルートは山頂を通っていないけれど、こちらは随行で何度か山頂を踏んだので、金剛山も山頂を踏んでおきたいと思っていた。
問題はどういうコース設定にするかということで、バスは極力避けたい。そして人の多いダイトレのコースも最小限度に留めたい。
ということで調べた結果、近鉄御所駅をスタートゴールにして、葛城古道を通って東側から金剛山に登って下りるというコースを設定した。
大和王権初期の頃(?)に勢力のあった葛城氏がいた地域で、奈良らしい史跡もたくさんある。

行ったのは 7/2 の日曜日。朝はそれほど早くなくて、近鉄御所駅をスタートしたのは8時 45 分くらいだった。
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今日は暑くなることが予想されて、下道の部分が結構多いので、半袖Tシャツに短パンというスタイルにした。
そして帽子をかぶって、濡らしたネッククーラーを首に着けて、暑さ対策をほどこした。
随行で大和葛城山へ行った時に何度か歩いた車道を西に向かう。
まずは鴨山口神社。
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一昔前ならこういう所は迷わず素通りしていたけれど、最近は頻繁に立ち寄るようになった。体力低下のせいもあると思うけれど。
葛城古道の分岐がわかるだろうかとちょっと不安があったけれど、しっかりした道標が立っていた。
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奈良らしいのどかな田園風景の中をスロージョグで進む。しかしすでにかなり気温が高い。
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畑のあぜ道のような所を通って、奈良時代の僧の行基が開いたと言われる九品寺(くほんじ)。
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また土道を行って、綏靖天皇の皇居だった葛城高丘宮の遺跡。ただし史実かどうかは疑問・・・。
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そしてお次は葛城一言主神社(かつらぎひとことぬしじんじゃ)。
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そばには乳銀杏。すでに幹に大きな空洞ができていて、倒れる危険性があるとか。
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このあと交通量の多い車道を少し南下して、ようやく金剛山への山道に入る。
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道標はまったく無し。
登山地図でも破線になっているルートだけれど、次第にヤブが濃くなってきて、半袖Tシャツと短パンなので泣きたい気分。
そしてついに踏み跡消失。
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GPS を頼りにヤブ斜面を這い上がって、ようやく踏み跡に合流した。
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このあとは踏み跡はしっかりしていて、11 時 15 分にダイトレのコースに合流した。
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まだ山頂までは少し距離があるし、ここから先は人が多くなると思われるので、ここでおにぎり休憩にした。
山頂近くに雄略天皇御狩の跡。
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11 時 50 分にようやく金剛山山頂(1125m)の葛城神社に到着した。ただし真の山頂には入れない。
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せっかくなので山頂エリアを廻ってみる。
転法輪寺。
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葛城家歴代御廟所。
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さて、後は下山なのだが、元に戻るのは気が向かないので、ロープウェイ駅の矢印に向かって下って行った。
そのうちにダイトレのコースに合流するだろうと思っていたのだけれど、いつまでたってもその気配が無い。
不安になって GPS で確認したところ、本来のコースから随分離れてしまっていた。しかししばらく下り基調で来たので、戻るには踏ん切りがつかない。
と逡巡していたら、本来の方向に向かう踏み跡が斜面を上がっているのを見つけた。
どこに出るのかわからないけれど、しばらく這い上がると「大阪府最高地点」と書かれた標柱が現れた。
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金剛山は大阪府の最高峰と思っていたけれど、実は金剛山は奈良県の山だった。大阪府の最高峰が大和葛城山(958.8m)というのもちょっと違和感があるけれど(ただし奈良県との県境)。
山頂エリアのハイキング道路をぐるっと廻ってダイトレのコースに合流して、来た道を少し戻ってようやく下山路に入った。
ダイトレ名物の急階段。
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この道も登山地図では破線になっていたので、またヤブこぎだったらイヤだなと思っていたけれど、なぜ破線なのかわからないくらいしっかりした道だった。最新版なら実線になっているかも。
30 分少々で高天(たかま)の畑に下りてきた。
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一度違う方向に行ってしまったけれど、すぐに気が付いて、高天彦神社(たかまひこじんじゃ)へ。
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休憩所でどらやき休憩にしようと思ったら、飲食禁止の張り紙。
致し方なく、また葛城古道をしばらく走って高天原の休憩所でどらやき休憩。
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このあたりは例の天孫降臨の舞台ということになっているらしいが、あまり派手な看板などが立っていないのが奈良らしくていい。個人的には天孫降臨の舞台は九州だと思うけど・・・。
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葛城古道を辿って、極楽寺(ごくらくじ)。
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車道からの奈良盆地。真ん中に畝傍山。その向こうが三輪山、龍王山。
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しばらく進んで長柄神社(ながらじんじゃ)。
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それにしても暑い!!。たまらず自販機でカルピスソーダ。
こんな所に一言主神社の鳥居が。表参道なのだろう。
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最後は孝昭天皇陵。
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欠史八代の一人だけれど、すぐ横に孝昭神社。
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3時過ぎに近鉄御所駅に戻った。約 27km だった。暑かった。
実は今日は大阪城公園で恒例の七夕駅伝があって、クラブからは数チームがエントリーしている。
過去に2回ほど参加したけれど、短い距離(約 3km)をトップスピードで駆けるというのはもともとあまり得意ではないし、好きでもないので、近年は参加していない。
しかし帰り道に寄り道するにはいい時間なので、大阪城公園駅で降りて寄ってみることにした。
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女子限定の1区と、2区への繋ぎだけを見て、帰ってきた。
みんなはこのあと打ち上げになだれ込んだと思うけれど、私は翌日随行の仕事があるので早々に帰宅することにした。

ほしだ園地、交野山マラニック

日曜日(5/28)は好天のもと、陸上クラブ恒例のマラニック大会だった。
今回は3種類のコースが用意されて、私は一番人気の中級コースに入った。

スタートは京阪交野線の河内森駅。ゴールはみんな同じでスパバレイ枚方南なのだけれど、バスで帰るのは面倒なので、いつも朝に自転車でスパバレイまで行って、ここに自転車を置いて集合地点の河内森駅までジョグで行く。
少し早めにスパバレイに着いたら、一緒に行こうと集まっている人達が数人いて、私もその後ろから付いて行くことにした。
しばらく第二京阪の側道を行くのだけれど、どうもみんなこのままこの道を行きそうだったので、私は JR を渡る少し手前で南の方へ行く道に入った。他にも集団から分かれる人が二人いた。
スパバレイから 30 分ほどで河内森駅に到着。すでに何人か集まっている。
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今回は参加者が多く、25 人くらいはいたように思う。中級コースは 16 名だった。
最初は上級、中級とも同じ道を辿って、途中で分かれて、我々は最短距離でほしだ園地に向かう。
クライミングウォールではコンペをやっていた。
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20 年くらい前に何度か来たけれど、壁の形状が昔と変わっているような気がする。昔は半分くらいまでは単調な垂壁だったように思う。昨年も来たのだけれど。
きつい坂を何とか最後までジョグで上がりきって、星のブランコに到着。
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星のブランコを渡って峠に上がって、展望台に寄り道。
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R168 まで一気に下って、苦しくてしかもおもしろみの無いきさいちカントリークラブの取り付け道路を上がる。
先導者は最頂部でも止まらずそのままくろんど園地へ。
くろんど園地のトイレでちょっと休憩。このあたりでは別ルートを走ってきた上級コースのグループと相前後した。
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ここからいつもは単調な林道登りなのだけれど、今日は山道を行く。私は初めてで、なかなか楽しい道だった。
交野カントリークラブに入る所でまたちょっと寄り道して、交野山(341m)に到着。
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箕面から高槻の山々。
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さらに国見山(284m)へも寄り道。
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9時に出発して、12 時 10 分にスパバレイにゴールした。
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暑さのせいもあって、結構疲れた。念のためにと思って飴玉を二つ持ってきておいて良かった。ガス欠一歩手前だった。
1年ぶりにスパバレイの温泉につかって、ビールと食事。
その後はこれも恒例で、近くの店で酒を買って、公園の芝生で二次会となった。
私は自転車で帰るので自分ではカップ酒一つだけにしておいたのだけれど、いつの間にやら追加分が出てきて、帰りの自転車はかなりヤバかった。
数年前に自転車酔っぱらい運転で自爆して、鎖骨骨折、入院手術になった時の再現になるのではないかとハラハラしながらの帰宅でした。

八瀬からケーブル比叡へ

水曜日は京都一周トレイル講座の随行なのだけれど、集合がケーブル比叡駅になっている。先月がここで終了したからで、普通なら八瀬からケーブルで上がってくる。
しかしせっかくの山をケーブルで上がるのはもったいないし、この講座は行動時間も短くて余裕があるので、八瀬から歩いて登りたいと思った。
前回は八瀬まで歩いて下りたのだけれど、その道はちょっと遠回りで、地形図だともっと近い道があるはずなので(前回、下山で見つけられなかった道)、その道を確認したいと思って出かけた。

今日の行動は3時間くらいで終わる予定なので、ゆっくり出かけて叡電の八瀬駅に 10 時少し前に到着した。
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精華学園のグラウンド横を通って山道に入る。
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前回下った時は結構登りがきつそうと思ったけれど、それほどでもない。
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このあたりにお地蔵さんは前回は見なかったように思うのだけれど、どうもこのあたり、道が二股に分かれているようだ。
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10 時 42 分に峠に到着。30 分くらいで来られると思っていたのだけれど・・・。
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ここからケーブル比叡に向かう道に入る。
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何か構造物の跡?
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以外と傾斜がきつい。
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突然、展望が開けて京都市内方面。
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石段が出てきたと思ったら、ゲレンデ跡に飛び出した。ちょうど 11 時。八瀬から1時間だった。
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前回、下り口がよくわからなくて、実はここのすぐ横も歩いていたのだけれど、この道にはまったく気が付かなかった。急に石段で下っているので上からだと道が見えない。
このあとはしっかりした道を 10 分足らずでケーブル比叡駅へ到着。
ケーブル比叡駅そばの展望台からの眺めは黄砂のせいかぼんやり。
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せっかくなのでこれまで歩いたことの無いトレイルコースの旧道を下る。それに今日は本道は人が多いだろう。
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ちょうど千種忠顕卿戦死之地への分岐の所で合流したけれど、この後も通ったことの無い道を下る。
本道の西側で、浄刹結界跡の少し上の展望エリアの所で本道に合流した。
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ここからは一周トレイルコースを下る。やはり登ってくる人は多い。
例の鳥居の場所へ。
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今日はあまり走るつもりはなかったのだけれど、こういう道になると自然と走りたくなる。
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明らかに比叡山トレイルの試走と思われるグループが分岐の所で休憩していた。
瓜生山の手前はずいぶん道が荒れていた。
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何度も来た瓜生山山頂(301m)。
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バプテスト病院。昔、キリマンジャロへ行く前に、コレラの予防接種のためにここに来たのを覚えている。
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あとは車道で出町柳まで。まずは志賀越道。
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無事、1時前に出町柳の到着して、Tシャツを着替えて改札に向かったのだけれど、想定外のことに出会って、結局また鴨川を三条まで走ることになってしまった。
10 枚分の値段で 14 枚購入できる休日用の回数券を買おうとしたところ、私にとって一番便利な 350 円区間の券が出町柳駅では買うことができなかった。出町柳駅からは 350 円という区間が無いようだ。
3時間で約 15km。それなりに楽しかった。

有馬三山から五助山

六甲は全山縦走路はおそらく 20 回くらいは行っていると思うけれど、全山縦走路以外は、随行で何度か歩いた以外は個人的にはほとんど行ったことが無い。
先月のキャノンボールが片道で終わった後、全山縦走路以外も歩いてみたいと思った。
そこで思いついたのが、有馬三山。まだ行ったことが無い。
ハイカーにはポピュラーな山のようだけれど、はたしてどんな山容なのか、ここから南側に下山して、六甲を縦断しようと企てた。

このコースは距離は短いということはわかっていたので、朝は乗り換えの面倒の無い梅田から有馬へのバスにした。
梅田を定刻の8時 10 分に出発した時は乗客は私を含めて3人くらい。新大阪で数人が乗ってきたが、それでもガラ空き。
少し走って、その理由がわかった。そして、これは大失敗だったことに気が付いた。
以前に有馬に車で行った時(複数回)、高速が渋滞していて下道で行ったことを思い出した。
「しまった!!」と思ったけれど時すでに遅し。
中国道に入る前からずっと渋滞で、渋滞が解消したのはインターチェンジを下りるちょっと手前だった。
定刻1時間のところを2時間 20 分かかって、10 時半にようやく有馬に到着した。
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有馬三山への登山口はすぐに見つかった。バスターミナルのすぐそばで、妙見寺への石段が見えた。
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石段の参道のそばには西国三十三ヶ寺の石仏がずらりと並んでいる。
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なかなかの登りで、本堂下まで来ると有馬の街並みが足元に眺められる。
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本堂の裏から登山道に入る。
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すぐに落葉山(533m)。
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前に見えるのは湯槽谷山(ゆぶねだにやま)。
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ミツバツツジ(たぶん?)。
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このあたりからちょっとした岩場が出てきて、なかなかの道の様相を呈してきた。
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お次は灰形山(619m)。
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六甲アルプスほどではないけれど、岩の急登などがあって、体力的にも結構厳しいコースだ。
前方はドライブウェイの走る主稜線。
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歩き出して1時間少々で湯槽谷山(801m)に到着した。
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これで有馬三山は終了して、極楽茶屋を目指す。
主稜線の南側と違って登山者は少ない。これまでに出会ったのは数人程度。
静かな極上トレイルが気持ちいい。
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12 時 20 分に極楽茶屋跡に到着した。
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ここから少し全山縦走路を西へ行く。
このあたり、以前は木が茂っていてあまり展望が無かったのだけれど、先月のキャノンボールの時に木が伐採されているのを知った。
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展望が得られるのはいいけれど、全山縦走路は展望箇所は随所にあるので、もし虫の被害などで無いのであれば樹林帯は残しておいてほしいと思う。
さて、後半のハイライトは五助山へのルート。
これまでこの標識は何度も目にして、一度行ってみたいと思っていた。
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いきなり笹藪に突入する。
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踏み跡が次第に不明瞭になってきて、これでいいのだろうかと思っていたら、少し離れた稜線を登って行く人影が見えた。
やはりルートを外していた。
さすがの荒れた道で、それも下りなのでなかなか面倒だ。
下りに入って 40 分ほどで五助山(636.6m)に到着。ほとんど登った感覚が無い。
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gps に入れてきたルートからはかなりはずれて、住吉川の河原に下り立った。
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道は無く、何とか飛び石伝いに片足を少し濡らしたくらいで左岸に渡って、しっかりした道に合流した。
このあたりから天気予報通り、小雨が降ってきた。
ここからは昨年、随行で西お多福山へ行った時に下山に使ったルートを下ることにする。
時間があればロックガーデンの方へ行ってみようかと思ったりもしていたけれど、雨が降ってきたのでそれは却下した。
記憶が曖昧な打越峠。
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この後の道もイメージと少し違っていたけれど、実はその時とまったく同じルートを歩いていて、はっきりした記憶の残る登山口に下り立った。
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空は明るくなってきたけれど、小雨が降り続いている。
急な車道を下って、JR の摂津本山駅に向かった。
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距離にして 11km 少々。4時間ちょっとの行程だったけれど、そのわりには充実感のあるコースだった。
今となってはレースよりもこういうスタイルの方がずっと楽しくて充実感があるということを再認識した。

比叡山トレイル試走

来月、比叡山でトレイルレースが開催される。
距離は 50km だけれど(今回は 50 マイルが新設された)、コースのタフさは有名で、3年前の第1回大会は当日の暑さもあって完走率はかなり低かった。
クラブでこの大会に参加する人が何人かいて、初参加の方からコースの試走に付き合ってほしいと頼まれた。
私自身が知らない部分も少なくないけれど、まったく初めての人がコース図だけで正確に走るのはかなり難しいと思われるので、お付き合いすることにした。
私自身、多少興味もあった。
正式なコースは延暦寺をスタートゴールにして、8の字状になっている。
忠実に延暦寺からスタートしようとすると時間が遅くなるので、始発電車で出て、修学院から雲母坂を上がってコースの序盤に合流して、行けるところまでという予定で出発した。

朝の気温はやや低めで快晴という絶好のトレラン日和。修学院駅を6時半頃にスタートした。
先日の随行では2時間かかった水飲対陣まで 35 分で来て、コースに合流した。
ここから一周トレイルコースを南下する。鳥居から先は下り基調の走れる道。快晴ということもあって至極快適。
20 分ほどで一周トレイルコースから分かれて白川へ下りる。そして比叡アルプスへ。
スタートして2時間弱で一本杉に到着した。なかなかいいペースだ。とは言ってもまだ 8km 少々。
展望エリアでちょっと休憩。
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ここから東海自然歩道で延暦寺エリアに向かう。
昨年通った時に少し荒れていると感じた記憶があるのだけれど、さらに激しく崩れて道が付け代えられているような箇所が何カ所かあった。
寺院のあるエリアから一旦滋賀県側へ下る。ここは私自身初めての道だけれど、はっきりしていて不安は無い。
一旦、坂本の車道まで下りて、日吉東照宮からまた登る。
すぐそばに比叡山高校のグラウンドがあって、野球部の生徒が練習をやっていた。
坂道の車道でダッシュしている生徒が何人かいて、我々が通ると大きな声で「こんにちは!!」と挨拶してきた。その後、マネージャーらしき女子生徒からも挨拶をもらった。
随行で滋賀県の山を下りてちょうど下校時に生徒の集団に出会った時、これまでも生徒達から「こんにちは!!」と挨拶されたことが何度かある。あの年頃の子供達が自分からそういうことをやっているとは考えにくいので、滋賀県の学校ではそういう教育をしているのだろうか。
そんな県でいじめでの自殺が発生するというのもちょっと意外な感じではあるけれど。
坂本が標高約 150m で、ケーブル延暦寺駅 650m まで1時間 10 ほど登り続けた。なかなかきびしい登りだった。途中、レースの試走と思われるグループが何人か抜いて行った。
駅の展望台もなかなかの景観だった。
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蓬莱山の上の方には少し雪が残っている。
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延暦寺のエリアを抜けるのにちょっと手間取ったけれど(入山料を取っている所で「参拝ではない」と声をかけるとタダで通過できる)、東海自然歩道を通ってドライブウエイを渡る橋の所まで来た。
しばらく一周トレイルのコースを北上して、青龍寺に向かって下る。ここも初めての道。
このあたりから試走と思われる高速グループがたくさん追い抜いて行った。走れる道ではあるけれど、転倒すると大ケガ間違い無しなので、つられないように慎重に下る。
車道を走る車の音が聞こえるあたりまで下って、そこからまた登り返し。
ここから横高山麓への登り返しは厳しかった。標高差で 400m ちょっと、時間にして 40 分ほどだったけれど、そこそこの傾斜の登りがずっと続いて、おまけにこれまでの疲労が出てきて、エネルギーが切れてくるのを感じながらの登りだった。
また一周トレイルコースに合流した所で小休止。
今、12 時半ちょっと前。当初想定してたのは大尾山午後2時で、この先をどこまで行くかという感じだった。時間的には大尾山にはもう少し早く到着できそうだけれど、体力的にはかなり厳しくなりそうな気がする。さらに進むと滋賀県側に下るので、京都側に戻るためには必ず登り返さなければならない。
そんなことを考えながら横高山(765m)に這い上がる。今日初めてのまともな山頂。
そして水井山(793m)。
仰木峠を越えて、大尾山へ向けての登りに入る。
小野山(670m)を越えて少し林道を行って、また山道に入って大尾山(681m)には午後1時 46 分に到着した。
私としてはここから大原に下りたい気分だったけれど、同行の二人が先へ行きたいと言えば行かざるを得ない。
しかし幸いなことに二人も結構疲れていて、試走としてはこれくらいで十分という気分だったようで、ここから大原へ向けて下ることにした。
この道は昨年、下っているけれど、結構いやらしかった記憶がある。
ここも昨年よりもさらに荒れていて、下部の渓流沿いはかなりいやらしかった。
大尾山から結局1時間くらいかかって、大原のバス停に到着した。
そのままの格好で混雑したバスで出町柳に戻って、百万遍の銭湯に直行。
そしてそばの王将で打ち上げとなって、まだ明るいうちに帰ってくることができた。
トータル約 32km。行動時間は8時間20 分ほどだった。
このレースのコースの厳しさは噂には聞いていたけれど、実際に走ってみて(歩いてみて?)その厳しさをはっきりと認識した。
正直に言えば、今の私の感覚としては「ばかばかしいコース」という気持ち。
私が自分でルート設定する時は、そのルートが論理的であるか、美しいか、ということを重視する。
六甲全山や京都一周トレイル、ダイトレ、生駒全山などはおおむねそれに見合っている。高島トレイルなどもそう感じる。
もちろん、様々な事情で部分的に特定地域を避けたコース設定をしなければならないような場合もあるけれど(私有地やお寺、神社の山域など)。
UTMF もよく考えられていると思うし、2回の開催で終わってしまった八ガ岳スーパートレイルも論理的なコース設定だったと思う。
そういう観点で言えば、この比叡山のコースはまったく美しくない。
距離をかせぐための無理矢理なアップダウンがたくさんあって、そこに必然性や論理性を感じることができない。
体力、脚力のある人にとっては走り甲斐のあるコースかも知れないけれど、あの鏑木さんがどうしてこんなコース設定にしたのかよくわからないというのが正直な気持ちだ。