『Sydney !』

村上春樹シリーズ第二弾は『Sydney !』。タイトルからもわかる通り、2000年のシドニー・オリンピックの観戦記だ。
なぜかプロローグが有森裕子のアトランタでの走りから始まっている。有森はシドニー・オリンピックには出場していない。代表選考会の大阪国際女子マラソンに出場はしたが、序盤で早々とレースから脱落していた。すでに33歳で、彼女の活躍はほとんど誰も期待していなかっただろう(おそらく本音では本人も)。
これに続いて犬伏孝行の合宿風景が語られる。犬伏はマラソンの代表としてシドニーを走ったが、38kmあたりでリタイアしてゴールすらできなかった。私を含めて多くのマラソンファンが期待感を持っていたので、勝負になる前に脱落してしまったのにはかなりがっかりさせられた。
村上春樹氏自身はマラソン以外はオリンピックに対してさほど興味が無いようである。はっきりと公言もされている。しかし出版社からの依頼ということで、せっかくの機会なので行ってみようということになったらしい。
『走ることについて語るときに僕の語ること』を読んだ直後だったので、この時ほどの新鮮さは感じなかったが、相変わらずの読ませる文章に引き込まれて行った(実際に書かれた年代では『Sydney !』の方が数年早いが)。
氏の基本姿勢としては『オリンピックがいかに退屈でつまらないか(マラソンを除いて)』というスタンスで文章が綴られている。特に開会式や閉会式はその最たるもので、開会式では氏はその退屈さに耐えかねて、入場行進の序盤で退場している。氏の感性から推測すると『そりゃそうだろうな』と納得してしまう。私だっておそらく同じように感じるだろう。
サッカーや野球、テニスなどはオリンピックには不要という意見も、まったく同意する(すでに野球は廃止が決まっているが)。
そしてエピローグでまた有森裕子と犬伏孝行が登場する。
有森裕子はオリンピック後の10月に行われたニューヨークシティマラソンに出場したらしい。本人の期待とは裏腹に、極めて不満な結果に終わったようだ。
この頃はすでにリクルートを退社して小出監督から離れており、そのあたりの影響もあったのかも知れない。いずれにしてもシドニー・オリンピックとは何の関係も無い出来事のようにしか思えない。
犬伏孝行は帰国後の記者会見などの様子。監督の総括のような話も述べられていたが、私はプロローグを読んだときに犬伏がこういう結果に終わった理由がわかったような気がした(『オマエなんかにわかるもんか!』と言われそうだが)。
犬伏は『とにかくオリンピックに行きたかった。種目は何でも良かった』と言っていたそうだ。つまり代表に選ばれた時点で彼の夢は実現してしまっていたわけである。もちろんメダルを目指すという気持ちもあったには違いないが、心の奥底にはほのかな満足感が漂ってしまっていたに違いない。このあたりは金メダルを取った高橋尚子とはまったくの正反対である。
こういう選手の失敗分析は、何を語られてもただの言い訳にしか聞こえない。
失敗した二人をプロローグとエピローグに持ってきたのは意図的なものであると氏は述べている。これがなければこの本の印象も随分違ったものになったに違いないと書かれているが、私の印象としてはこれらは不要である。むしろこれが無ければもっと好印象で読了できたのではないかと思うくらいだ。
普通のオリンピック観戦記には無いような視点での文章は非常に楽しかったが、プロローグとエピローグには違和感を感じた。それが私の印象である。もう一度読み返したいとは思わない。
さらに一緒に借りてきた『意味がなければスイングはない』を開いてみた。このタイトルは言うまでもなく、デューク・エリントンの名曲『スイングがなければ意味はない(It Don’t Mean a Thing (If it Ain’t Got That Swing))』のパロディ。タイトルからジャズ関連のエッセイかと思ったが、実際にはかなり広い範囲の音楽が選ばれており、ちょっとついて行けない感じ。ジャズ関連の章をいくつか読んだだけで、やめにした。
文章がちょっとくどい。氏の博識はよくわかるが、こっちはそんなレベルじゃないよという感じ。
こういうタイプの文章、どこかで出会ったことがあるような気がするなぁと思った。よく考えてみるとそれは、菊池成孔だった(と思う。図書館で借りたので手元に残っていない)。菊池成孔もかなりの博識だが、どうも好きになれない。音楽も(さほど多く聴いたわけではないが)、ハートよりも頭でやっているように感じられて、うまいとは思うがそれ以上でもそれ以下でもないという感じ。坂本龍一と同様に。
そんなこんなでここ1週間ほどは村上春樹マイブームと言った感じだったが、それもこれで終了と言ったところだ。幸か不幸か小説を読みたいという気持ちにはならなかった。

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