吉野三山再訪

先日の吉野三山は今一つすっきりしなかったので、早めに再訪しようと思っていた。記憶が鮮明なうちの方がいい。

しかし同じコースでは同じような結果になってしまう可能性が高いので、先日のコースの逆回りにすることにした。そうすれば栃原岳から銀峯山に向かう所もよりはっきりするだろう。

3/20 は天気も良さそうだったので、さっそく実行に移すことにした。

出発点は長谷の丹生川上神社下社にした。広橋峠より標高は 100m ほど低いけれど、ここからなら早めに山道に入れる。

この鳥居の右側にある駐車場に車を置いて、6時55分に出発した。

栃ヶ山への道は前半は前回と違うルートにした。ガイドブックに紹介されていたルートで、先日下りてきた車道をそのまま辿っていく。八幡神社。

車道から見た櫃ヶ岳。

先日下った道は道標が整備されていたけれど、今日の道はそういうものはまったく無い。2箇所ほどネットがあったけれど、いずれもハイキング道によくあるような開け閉めしやすい作りではないので通過に時間がかかる。

玉泉寺というお寺があるそうだけれど、よくわからないうちに通り過ぎてしまっていた。

この道もあまり歩かれていない感じ。登山道になって15分くらいで先日下った尾根道に合流した。この近くに神社があるらしいけれど、それもどこかわからなかった。

先日下った直登ルートで8時8分に栃ヶ山(809.2m)に到着した。本日の最高峰。

このあたりはまだ記憶が鮮明なので気分的に余裕がある。しばらく進むと林道のような道になって、櫃ヶ岳への登山道に入って、8時45分に櫃ヶ岳八幡神社に到着した。祭神は誉田別命。

先日行きそこねた山頂はこの左側すぐだった。なぜこれを見落としたのか不思議なくらい。

神社から1分で山頂(781m)に到着した。

南側の展望がすぐれていたので、腰を下ろして甘納豆休憩にした。左の突起が大普賢岳。行者還岳は松の葉に隠れている。右は八経ヶ岳。

少し林道を下ってから松茸山の山道に入る。先日間違えた箇所がわかった。左のテープ沿いに行かなければならないところを右に行っていた。しかし道の状態としては右が本道に見える。

車道に出て、十日市に向かって下る。左に銀峯山。右奥に栃原岳。

サンシュユ(?)とサクラ。

十日市へ下りてきた。ちょうど移動販売車が来ていた。丹生川を渡る。

そして銀峯山への上りに入る。しばらく車道を行く。先日はこの右側の斜面を下ってきた。

ほぼずっとコンクリートの敷かれた登山道で、波宝(はほう)神社の鳥居に出た。

10時27分、波宝神社の本殿に到着した。左右二殿あって、祭神は住吉大神と神功皇后。

念のためにと本殿の裏に回ってみたら、ありました。標高 614m。

先日と同じベンチで同じようにおにぎり休憩にした。

しばらく林道のような道を進む。真ん中に金剛山。右が大和葛城山。

先日ウロウロさせられた六叉路。放飼の犬が吠えてきた。

しばらく進むといよいよ未知の道になる。はたしてどこに出るのだろうか。と思いながら地図のルートに沿って進んでいたら、急に道が不明になってきて、ついに消えてしまった。ひどいヤブ。

gps では車道はもうすぐそこ。しかしヤブが濃いし、おまけにイバラなどがたくさんあって、とてもこのまま突っ込む気にはなれない。

先日、このあたりの車道は注意しながら歩いていたので、結構な高さの側壁がずっと続いていたことを記憶している。このまま進んでも車道に下りられない可能性が高い。

畑のネットがすぐ近くにあるので、何とか超えられないかと試してみたけれど、網の柔らかいネットというのは意外と超えにくい。支柱も柔らかいので体重を支えてくれないので、上に上がることができないのだ。

仕方なく戻ったらちょうど畑仕事をされている方がおられたので、車道に降りる道を教えていただいて、その方向に下った。峠よりはずいぶん西の方に下りてしまったけれど、致し方ない。やはり登山地図の道はもともと存在しないと考えざるを得ない。いったいどういう情報を元にこういう道が記載されているのだろうか。

車道を峠まで戻って、栃原岳方面の道に入った。この先は私道なので関係者以外は入るなというような表記があったが、ここも登山地図には道が記載されている。

広大な畑の畦道を行く。栃原岳はもう指呼の距離だが、すんなり行けるだろうか。

やはりネットに阻まれた。しかしここのネットは太い針金のフェンスなので、支柱がしっかりしている箇所を見つけて、そこから強引に乗り越えた。そうしたら微かな踏み跡に出会った。

ここは確かに昔は道があったようだ。ただしこのまますんなり下まで下れるのかどうかはわからない。フェンスに阻まれそうな気がする。

踏み跡を辿ったら、先日ウロウロした道の横の急斜面を這い上がっていた。地図では確かにこのあたりに記載されているけれど、まさかこんな所から下っているとは思いもよらなかった。

12時2分、無事波比売神社の本殿に到着した。祭神はミズハノメ神と誉田別命。

本殿の裏に回ってみたけれど、ここでは山頂の標識を見つけることはできなかった。

何とか栃原岳(531m)まで辿り着けたので、これで今日は終わったも同然という気分になった。展望台から高野山方面を眺めながら少し休憩して、広橋峠へのハイキング道に向かった。

北の方の展望は素晴らしかった。高見山がくっきり。

そして梨子堂(なしんど)。

足下にはフキノトウ。

先日、広橋梅林をうろうろしてようやくハイキング道に出会った箇所。

先日30分ほどかかった駐車場からの道は実はほんの5分足らずだった。さすがにもう梅はおしまいなのだろう、止まっていた車は1台だけだった。

車道を30分足らずの下りで長谷に戻ってきた。

神社には午後1時45分に戻ってきた。実は駐車場の横は神馬がいる場所だったようで、白馬が私の車に興味を示しているようだった。もちろん朝にはいなかった。

丹生川上神社下社にもお参り。祭神は闇龗神 (くらおかみのかみ)。

早く戻ってこられたので、一度立ち寄ってみたいと思っていた下市温泉のごんたの湯に行ってみた。

カルキの匂いがしてあまり温泉ぽくなかったけれど、露天も水風呂もあって、コインロッカーも実質無料で入浴料500円だったので、時間があればまた来てもいいかなという感じ。

「ごんた」というのはおそらく義経千本桜の「いがみの権太」のこと。下市にお墓がある(架空の人物なのに・・・)。

おおむね思い通りのルートで行けて満足した。国土地理院の地形図の道はすでに無くなっているものが残っているのというのはこれまでも何度も経験してきたけれど、毎年改定されている登山地図でもこんないい加減な情報が記載されている(2020年度版でも記載されている)というのはちょっと驚きでもあった。

逆に広橋峠から樺ノ木峠までのハイキング道は記載されておらず(分県登山ガイドには記載されている)、最新の正確な情報はやはりネットから得るしかないのだろう。

今回は再訪ということもあって6時間50分、約30kmでした。

吉野三山

コロナウィルスの影響で登山講座が今月前半は中止になり、おまけに今月前半は東京マラソンや琵琶湖毎日マラソンなど見逃せない大会が続いたせいもあって、陸上クラブの練習会には参加していたものの、山はすっかりご無沙汰になってしまっていた。

昨日の日曜日(3/15)は当初は登山講座。そして練習会も予定されていたけれど、土曜日が雨だったので、久しぶりに山へ行くことにした。天気予報では南の方はまぁまぁというところだったので、吉野の低山に向かうことにした。

○○三山というのは随所にあるけれど、吉野三山のことを知ったのはわりと最近のことだった。

西吉野は前登志夫氏の「吉野紀行」で多少は興味を持っていて、このあたりの山々もいずれはと思っていたけれど、これらが吉野三山と呼ばれていることは山のガイドブックを読むまでは知らなかった。

栃原岳(とちはらだけ。531m)、銀峯山(ぎんぷせん。614m。白銀山ーしろがねやまーとも言う)、櫃ヶ岳(ひつがだけ。781m)の三山で、山頂へ行くだけなら栃原岳と銀峯山は車で行ける。櫃ヶ岳もかなり上部まで林道が延びている。

ガイドブックの案内と登山地図から判断して、広橋峠に車を置いて周回すれば 30km 弱くらいで行けそうだった。

6時半過ぎに広橋梅林の駐車場に車を止めた。準備を整えて出発したが、サングラスをかけるのを忘れてあわてて取りに戻って、再出発は6時50分になった。とりあえず梅林に入る。

梅林の散策路からハイキング道に入るのだろうと思っていたが、どうも余計な大回りをしている感じ。

もう梅の季節を過ぎているのか、まだ朝が早いせいか、梅の花はぼちぼちという程度。

高峯稲荷神社。このあたりは広橋城跡。南朝に尽力した広橋氏の居城だった。この神社は広橋氏とは無関係。

それにしてもハイキング道がわからない。うろうろして変な斜面に入り込んだりして、gps を頼りにようやく看板に出会うことができた。何だかんだで出発してから 30 分くらい歩き回った。

実は駐車場の少し下にこのハイキング道の入り口があることに帰りに気がついた。

ハイキング道は道標がしっかりしている。ただしそれほど多くの人が歩いているわけではなさそう。

正面に金剛山。右が大和葛城山。

梨子堂(なしんど)の集落。このあたりはずっと車道。

このあとしばらく車道脇のハイキング道を辿って、樺ノ木峠に出た。

この車道を少し北に行って、波比賣(はひめ)神社の参道に入る。

山頂手前には NHK の巨大な電波塔。

展望台から高野山方面を望む。弘法大師の道も見えているはず。

8時28分、波比賣神社に到着した。ここが栃原岳の山頂。

さて、これから南へ向かうのだけれど、登山地図と地形図、そして gps を駆使してもそれらしい道を見つけることができない。強引に突っ込めるようなヤブでもないので、諦めて来た道を戻って、車道経由で当初のルートに合流することにした。

何とか当初予定の道のあたりに来たけれど、ここでもこれから進む道を見つけることができない。ここはちょうど峠で、左からの道は栃原岳方面からのもの。

峠に上がってくる時も注意して見ていたけれど、南に向かう道は見つからなかった。ちょうどここの反対側に畑に上がる畦道があったので、それを上がってみることにした。

しかしここもほどなく進めなくなり、畑のフェンスに沿ってヤブを無理やり這い上がったところ、おそらく畑のためであろう道に出会った。たぶんこれが当初の予定のルートだと思うけれど、どこから始まっているのだろうか?

道標も何もなく、畑のための分岐が随所にある。適当に進んでいたら畑仕事をしている方がおられて、本来の道を教えて下さった。銀峯山まで道は続いているらしい。

織田信長に命じられてこのあたりを攻めた筒井順慶軍と戦ってこのあたりで討死したという堀小五郎の碑。

しばらく林道を進んでいたが、登山地図ではあるところから西に向かっている。面倒なフェンスを開け閉めしたり、別の場所ではフェンスが切れた場所から急斜面を強引に下ったりしたけれど、いずれもその先の進む方向が変なので戻ってきた。

これまでの何度もの道迷いにうんざりして、今日はもう栃原岳だけで終わりにしようと思った。地図では今いる林道をそのまま進むと来た車道の途中に出るはずなので、樺ノ木峠から来た道を戻ろうと思った。それにしても先ほど出会った方のお話はどの道のことだったのだろうか。

そういう気分で林道を進んでいたが、東に折れるはずの道がそのままずっと南に進んでいる。これはひょっとしたらこのまま南に向かうのではないか。だんだんと予定のルートに近づいてきている。

帰ってから地形図をよく見てみたらこの道は地形図には書かれていて、登山地図の道と分岐して先でまた合流している。どう見てもこの道の方が本道に思えるけれど、登山地図では別の方がルートになっている。地形図の道はあまり信用しないようにしているけれど、登山地図の道もあまり信用し過ぎない方が良さそうだ。

これなら銀峯山に行けそうと思っていたら、お地蔵さんのある分かれ道に出た。

ここは何と、来た道を含めて六叉路になっている。最初に向かった道は民家で突き当たり。次に入った道は畑の中で、たまたま作業をされている方がおられた。その方に尋ねたところ、正しい道まで案内して下さって、フェンスの開け閉めまでいただいた。

山道を少し進むと祠があった。

ここもいくつか道が交錯していて、来た方向と真っ直ぐに進むようにと先ほどの方からのアドバイスをいただいていたので、その方向に進んだ。

先ほどの分岐から30分ほどで、銀峯山の波宝(はほう)神社の入り口に着いた。

急な参道の車道を5分ほどで11時5分、波宝神社の境内に到着した。

雪がちらついてきた。風も出てきて寒いけれど、風の当たらないベンチに腰掛けておにぎり休憩にした。熱いお茶がおいしい。

先ほどの鳥居まで戻って、このすぐそばから十日市に向かって下る。しかし集落に出たあたりからまた道があやしくなって、無駄な回り道をしたりしてしまった。おまけにみぞれが降ってきて、仕方なくジャケットを羽織って帽子をかぶった。

足下に十日市の集落が見える。かなりの急な下りになりそう。

大回りの車道をショートカットしようと畑の斜面に入ったところ、またもや道が無くなってヤブをかき分けることに。急斜面をずり落ちるように林道に降り立った。

下に降りてからも自分の進む方向がわからなくなってウロウロしたりしたが、何とか丹生川にかかる橋までたどり着くことができた。みぞれは止んで暑くなってきたのでジャケットを脱いだ。

左岸の車道を登っていく。十日市の標高が約 250m。櫃ヶ岳が 781m なので、標高差で 500m 少々登らなければならない。この車道に入って 25 分ほどで川岸十日市の分岐(標高約 450m)まできた。

林道からは展望の開けた場所が所々ある。右に百貝山

真ん中遠くに栃原岳。ずいぶん遠くに見える。

左には銀峯山。

しばらく進むと林道から分かれて登山道になった。このあたりは松茸山らしい。

そのうちに道がトラバース気味になって稜線から離れてきた。これはおかしいと思って横の斜面を強引に這い上がって、無事に本来の道に戻った。

櫃ヶ岳にだいぶ近づいてきたあたりで林道に合流した。

そして林道から分かれて午後1時22分、山頂(と思っていた)の神社に到着した。

ここの神社はこれまでの二つと違って、もう管理されていないのではないかという感じ。ここの拝殿でぼた餅休憩にした。

これで吉野三山完了と思っていたのだが、帰ってからガイドブックを読み返してみたら、何と櫃ヶ岳の山頂はこの神社の裏をまだ少し登らなければならなかったのだ。

これまでの二山がいずれも山頂が神社だったのでここも同じと思い込んでしまっていた。里山の低山では山頂を間違えることは時々ある。山頂がそれほど顕著でなかったり、木が繁っていて眺望がなかったりするとはっきりわからない事がある。

そんなことはつゆ知らずに最後の栃ヶ山に向かっていた。栃ヶ山はオマケのようなものなのだけれど、実は今日のルートの中では最高峰。

遠方に雪山が見える。大天井ヶ岳?

午後2時2分、栃ヶ山(809.2m)に到着した。

あとは下るだけ。櫃ヶ岳以降は道標がしっかりしていたので、わりと安心して歩くことができた。

午後2時50分、長谷の集落まで下りてきた。

山はこれで終わったけれど、これから車道を広橋まで戻らなければならない。標高差にして 100m 少々ある。

何とか走れる程度の上りなので、スロージョグで進む。何度も車で通った登石トンネルの手前で旧道に入る。

長谷から 50 分足らずのジョグで広橋峠まで戻ってきた。

午後3時 36 分、駐車場まで戻ってきた。

道が不明で何度もウロウロしたりしたせいもあって、8時間40分、約 35km の行程になった。

結果的にはほぼ当初の予定のルートを行くことができたけれど、今一つすっきり感が無いというのが正直なところだった。さらに帰ってから櫃ヶ岳の件が判明して、やり残した感が強い。

櫃ヶ岳の件だけならもういいという感じだけれど、ルート全体としてはもう一度すっきりとトレースしてみたいと感じている。

海住山寺、神童寺、椿井大塚山古墳

神童子(じんどうじ)から海住山寺(かいじゅうせんじ)への山道は数年前に京和トライアスロンクラブのマラニック大会で走ったが、その頃はまだタイムへのこだわりもあったので、見所は立ち止まることもなく素通りしていた。

(注)神童寺というお寺のある集落が木津川市山城町神童子。読みはいずれも「じんどうじ」。

私はちょっと変わった山名や地名に惹かれる人間なので、「神童子」や「海住山寺」は改めてゆっくり訪ねてみたいという気持ちはずいぶん前から持っていた。

しかしながらこのあたりはわざわざ一日を使って満足できるようなコース設定がなかなかできなかったので、これまで先送りしてきた。

2/9 の日曜日、朝イチで生協にまとめ買いに行って、それから出かけてみようと思った。ついでにここも一度訪ねてみたかった椿井大塚山古墳にも立ち寄って。

京阪、近鉄、JRを乗り継いで加茂駅まで行って、12時18分に駅を出発した。結構気温が低かったが、汗をかかないようにアウターは脱いだ。

恭仁大橋で木津川を渡る。

正面には辿る予定の稜線。

車道を歩いて登って、出発してから45分ほどで海住山寺に到着。境内に入って100円を払う。本堂は改修中。

海住山寺は奈良時代に良弁僧正によって藤尾山観音寺として建立され、その後の焼失を経て、13世紀に解脱上人貞慶によって補陀洛山海住山寺として旧寺を中興されたとのこと。

五重塔は国宝。

参道からそれて山道に入る。以前のマラニックの大会の時は神童子からの道はかなり不明瞭で、何度か集団ロストしたりしていたので、はたして今どういう状態になっているのかいささか不安だったけれど、出だしははっきりしていた。結構手入れされている感じ。

道標も随所に設置されていて、ハイキングコースとして整備されている感じ。

快適な自然林を気持ち良く進む。

しばらく進んだら「鳶ヶ城(とびがじょう)跡」という道標があったので寄り道してみた。

加茂町の街並みの向こうは奈良の山々。ここで腰を下ろしておにぎり休憩にした。

さらに進むと竹林になった。集落が近い。

神童子の集落に下りたって、まずは天神社(てんじんじゃ)に向かう。

十三重石塔は重要文化財。

そして神童寺へ。聖徳太子の創建で、役行者が修行したと伝えられている。本堂を始め、仏像の多くが重要文化財に指定されているが、中には入らず。仏像の値打ちはよくわからない。吉野山とのつながりが深い。

神童子の集落。

しばらく車道を走って、最後の目的地の椿井(つばい)大塚山古墳。古墳時代前期(三世紀後半)の古墳の中でも最古と位置づけられている。

奈良線の法面拡幅工事の際に石室が発見された古墳で、前方後円墳の真ん中を線路が横切っている。

後円部の墳丘。

墳丘からの生駒の眺め。

前方部には何と住宅が建っている。

この後は車道を走って奈良線の棚倉駅へ向かう。

午後3時18分、棚倉駅にゴールした。

ふと思いついて出かけたコースで、実動わずか3時間ではあったけれど、なかなか充実していて楽しかった。

先月の星田三山に続いて、半日程度でも楽しめる場所は探せばあるということを再認識した。

京北トレイル

先日、登山講座の講師をされている方から最近出版された本をいただいた。

京都一周トレイルのガイドブックはもう10年以上前に出版されたものを所有しているけれど、その後、深草ルートや京北ルートが追加された。この本はそれらも解説されている。

深草ルートはすでに講座で何度も歩いているのでいいとして、京北ルートがどんな道なのか一度歩いてみたいと思っていた。

ちょうどガイドブックをいただいたので、それを参考にしてコース設定をしてみた。

支線ルートや分岐ルートもあるけれど、それらにこだわらずにメインの部分を周回すると概ね 37km くらい。距離はそこそこあるものの車道部分が多く、アップダウンもそれほどではないので、伏見稲荷から鞍馬までよりはずっと楽だろうと思った。

とは言ってもこのところ体力低下が著しいので、多少の不安はある。

バス便はあるけれど、始発で出てもスタートが8時を過ぎるし、1時間に1本しか無いので、車で行くことにした。

ルートの起点は南端の細野なので、できれば細野から出発したいけれど、適当な駐車場所のメドが立たなかったので、北端の常照皇寺(じょうしょうこうじ)の駐車場に置いて周回することにした。

昨日(1/26)、まだ暗い中を走って6時45分くらいに常照皇寺に到着した。まだ少し薄暗かった。(これは帰りに撮ったもの)

準備を整えて6時55分に出発した。まずは車道を井戸峠に向かう。

少し行くと車道から分かれてトレイルに入る。あまり歩かれていない感じ。

出発してから25分くらいで井戸峠(標高430mくらい)に到着した。

このあとすぐにまたトレイルに入って、しばらくして車道に合流。その後はずっと車道を走って、熊野神社。今日は先が長いので参拝はせず。

R162を渡って、上中の集落を走る。

上中城跡。平安時代の城跡らしい。

しばらく弓削川沿いを走って、矢谷上橋でルートが川沿いと周回に分岐する。私は橋を渡って周回ルートへ行く。

途中から未舗装路になって、合併記念の森へ入る。「合併記念の森」は平成17年に京都市と旧京北町が合併した時に京都市が引き継いだ土地。

散策マップの看板などが設置されていたけれど、トレイルコースを行く限りではそれほどきっちりと整備されているようには見えなかった。

合併記念の森を出たら弓削川コースと合流して、熊田川沿いをゆっくり走る。

この後少し車道を行って、黒尾山に向かっての山道に入る。今日、初めての山道らしい山道。しかしやはり歩いている人は少ない感じ。ここで大福休憩にした。

今日の周回コースでは黒尾山の山頂は通っていないけれど、山頂らしい山頂はここくらいしか無いので山頂に向かう。なかなかの急登。

9時半、黒尾山の山頂(509.3m)に到着した。三等三角点がある。

山頂からはほんの少し展望がある。愛宕山方面らしいけれどよくわからず。

下山路の下谷林道も荒れている。

車道に出て、しばらく桂川沿いを走る。

枝垂桜の吊り橋を渡って、高瀬の道に向かう。起点の細野がようやく近づいてきた感じがする。

また山道になるが、ここもあまり歩かれていない感じ。ヤブが繁ってちょっとわかりにくい。

しばらく登ると林道に出て、今日初めて展望らしい展望が得られる場所があった。足元は周山。山々はまったくわからず。

この少し先でヘアピンカーブで細野に向かう。最初はどこが道なのかよくわからなかった。

下山路は一部迂回路になっていて、降り立った林道も荒れていた。黒尾山と高瀬の道の連チャンは予想以上にしんどかった。

少し車道を走って、11時1分、出発してから4時間少々で南端の細野に到着した。多分半分は過ぎていると思う。春日神社の境内でおにぎり休憩にした。

さて、後半戦はまずは滝又の滝に向かう。

少し進むと「滝又の石佛」という石門があって、その先には真新しい石仏がたくさん並んでいる。

何度か沢を渡って、滝又の滝に到着した。

右岸の巻道で上に上がるが、階段はあるもののなかなかの急登。あまり下りたくない。

その後、林道で余野に出て、少し北に向かう。ここは2年前に反対向きに走ったのを覚えている。

そして伏見坂への道に入る。

峠の手前の標識がよくわからなくて少し間違った。直進すべきところを右カーブの林道を進んでしまった。

伏見坂は初めてと思っていたが、帰ってからgpsのトラックを見ていたら、実は先ほどの2年前に余野を走った時に、反対側から峠を越えていたことに気がついた。

大森に下りて、西ノ川右岸の車道を茶呑峠に向かう。しばらく進んだら車止め。

次第に傾斜が急になってきて、さらに道がトレイルになってきた。そして前方に一人のハイカー。今日出会った最初で最後のハイカーだった。

さらに上りが急になって、12時49分に茶呑峠に到着した。

ここも2年ぶり。峠の地蔵菩薩。モロに逆光。

古い標石の「右山国ゆげ」に進む。

この後しばらく標高がほとんど変わらない状態で山肌をトラバースしていく。今日のコースで初めて、歩いていて気持ちのいい道が出てきた。

15分ほど進んで鳴野堂(なるのどう)の二石仏。江戸中期のもの。その頃は大森からのこの道は小浜街道として賑わっていた。ここの前で腰を下ろして大福休憩にした。

ここから一気に下って、上桂川そばの車道を進む。

今朝、車で走った車道をしばらく進んで、そのまま川沿いに光厳古道に入る。北朝初代天皇の光厳法皇が通われた道だそうだが、川べりギリギリの踏み跡も不明瞭な部分もあって、歩きにくかった。

川べりから少し離れて東に向かうと「光厳法皇安らぎの腰掛石」。

車道に出て常照皇寺の参道を上がって、午後2時半、駐車場に戻ってきた。

もう来ることは無いかも知れないので常照皇寺の参道を上がってみたが、あまりにも誰もいなくて、受付の人に出会ってから引き返すのはきまりが悪いと思って、中には入らずに戻ってきた。

正直言って、あまり楽しい道ではなかった。車道部分が多いし、トレイル部分もあまり歩かれていない。途中にいくつか集落はあるけれど、コンビニのような店は全く無く、せいぜい自動販売機が何箇所かあるだけ。

私は周回したので元に戻ってこられたけれど、途中で区切るとすると交通の便が非常に悪い。

一度行っておけばもう十分という感じでした。

星田三山

「星田三山(北山師岳、星田山、日高山)」というのがあるというのを知ったのはわりと最近のこと。さらに「星田60名山」というものもあるらしい。

日曜日(1/19)は講座の仕事があるので、前日の土曜日(1/18)の午後に軽い気持ちで出かけた。

自転車で出かけて星田駅そばの駐輪場に置いて、午後1時50分に星田駅を出発した。

しばらく車道を星田妙見宮に向かう。

その後ほしだ園地に向かうが、途中で山路に入る。ここは標識も何も無くてわかりにくかった。

急登をぐいっと上がって、数分で石橋山(179.8m)。

右下にはグラウンドがあって、野球少年の金属バットの音が響いている。

ほんのちょっとした里山程度と思っていたけれど、以外とアップダウンは急だ。木の根をつかまなければならないような場所もある。

風化した花崗岩の滑りやすい道が続いて、宗円山(207.3m)。

送電線の鉄塔に向かって上がる。

上がってすぐに弁財天山(258.8m)。

相変わらず急なアップダウンが続く。左側はゴルフ場。

階段をぐいっと上がって、北山師岳(269.5m)。星田三山の一つ。

ここからは北側の展望が得られる。真ん中はポンポン山。

お次は地獄谷山(241.5m)。

午後3時ちょっと前、星田山(278.0m)に到着した。

ここから先の道がよくわからず、たまたま着いた星海山(264.6m)。

道は結構荒れているが、それなりに整備はされている。

ぼって谷に下りて、さらに登り返して今日最後のピークの日高山(260.7m)。

少し引き返して、荒れたぼって谷を下る。

道はあるような無いような・・・。

道が穏やかになってきた。道端にツツジ。

星田新池。

ほどなく住宅街に出た。

この後は車道をジョグで、午後4時11分に駐輪場へ戻ってきた。

思いのほか楽しい道だった。間にもたくさんの道があるので、また日を改めて歩いてみたいと思う。

霊仙山

鈴鹿の霊仙山は3年半ほど前に登ったことがある。しかしこの時は講座が終わってから出発したので、駆け足で時間との競争になってしまって、おまけに山頂エリアが風が強くて寒くて、とんぼ返りになってしまった。

最大の心残りは最高標高地点に立ち寄ることができなかったこと。

そんなこともあって、いつか再訪したいと思っていた。

日曜日(10/27)、午前8時前に柏原駅に到着して、準備を整えて8時5分に出発した。

天候は曇り。伊吹山は見えない。しかし天気予報では午後からは晴れるとのことで、歩くにはこれくらいの天候の方が楽だ。

しばらく車道の緩い登りで、数分で登山口の道標に出会った。

このあともしばらく林道で、その後ようやく登山道になって、歩き始めて40分くらいで一合目の標識まで来た。標高400mくらい。

沢沿いが荒れているのが懸念されたが、それほどはひどくなくて、尾根筋の取り付きになる二合目までは一合目から13分くらいだった。

このあと10分くらい、標高差で100mくらい上がった所でまた二合目の標識が出てきた。このあとも同じ合目の標識が二カ所に設置されているということが何度かあった。どこの山でもそうだけれど、何合目という標識はどういう基準で設置されているのかまったくわからない。

気持ちのいい道を進む。このルートは霊仙山への最長ルートだけれど、歩きやすいので距離が苦にならない。それに電車の駅から出発できるというのが非常に便利でいい。

とは言っても上の方になると滑りやすくてロープの張られたのガリーも出てくる。

出発して2時間20分ほどで樹林帯を抜けて山頂エリアまで来た。ここには避難小屋がある。

前方に経塚山が霞んで見える。

経塚山を越えて、一旦コルに下ってから最後の登り。石灰岩のカレンフェルト。

10時45分、出発して2時間40分でようやく霊仙山の山頂(1083.5m)に到着した。遠方の展望はほとんど無し。

さすがに霊仙山は登山者が多い。写真を撮ったら早々に最高標高地点を目指す。これからが今日の本番。

霊仙山から10分ほどで最高標高地点(1094m)に到着した。

御池岳などの南の方は雲がかかっていて、どこがどこだかはっきりわからない。

ここも人が多くて、おまけに風が強くて寒かったので、すぐに西南尾根の下山路に向かった。

それにしてもカレンフェルトで歩きにくい。まるで北八ツのよう。

こういう場所はトレランシューズは不利だ。きっちりした場所に足を置かないと不安定だし、そばの岩角に踝をぶつけたりする。

早く標高を下げてこういう場所から逃れたいのだけれど、あいにくの地形でなかなか標高が下がらない。

風のあたらない場所で腰を下ろしておにぎり休憩を取って、さらに先に進む。

近江展望台から鈴鹿山脈方向。

反対方向はかすかに琵琶湖が見えていたが、写真ではわからない。

このあと一気に下って、ようやく樹林帯に入った。やれやれ。

ガンガン下る。車道に出る手前に宗金寺。本当にお寺?

最高標高地点から1時間40分ほどで車道に下り立った。距離のわりには時間がかかった。

しばらく車道を行って、山道に入って汗フキ峠に向かう。

もうあとは大したことはないだろうと思っていたが、沢筋に入ると橋が崩落していた。実際は問題無く渡れたけれど。

さらに進むと右岸の道が崩壊していて先に進めない。実はこの手前で前からやってきた数人のパーティとすれ違ったので、彼らはここを下ってきたはずだ。

どうしたものかと迷っていたら、霊仙からの下りで追い抜いた人がちょうどやってきた。この方はここをよくご存じのようで、一旦沢を渡ってからまた渡り返すとのこと。何年か前の台風で元の道が崩れてしまって、その後修復されていないらしい。

普段は飛び石伝いに渡れるらしいが、今日は最近の雨で増水している。

結構な水かさで流れも早いので、浅そうな場所を探してバシャバシャと渡った。先ほどの方はすでに先に進まれている。

さらにまた渡り返すとロープの垂れている急な斜面になった。ここでまた先ほどの方に先行する。

ロープの終点まで進むとかなりいやらしい斜面になった。おそるおそる進む。が、先ほどの方が後ろから声をかけてこられて、ここは左の斜面に上がるとのこと。見返すとそういう踏み跡が見えた。

またもおそるおそる元に戻って、また滑りやすい急斜面を這い上がった。ようやく汗フキ峠に到着。

ここから霊仙への道は霊仙山への最短ルート。

ジグザグを下ると「かなや」という山小屋。営業しているようには見えない。

ほどなく林道に出るとまもなく駐車場があった。車がたくさん停まっている。先ほどの方もここに車を停めておられて、ここで別れた。あそこでこの方に出会わなかったら本当に途方に暮れたと思う。

しばらく緩い下りの車道をジョグで進む。先ほどの方が後ろから車で来られて、「乗って行きますか?」と声を掛けていただいたけれど、ここまで来て車に乗るわけにはいかない。丁重にお断りした。

30分ほどのジョグで醒ヶ井養鱒場まで来て、ここから本日最後の目標の松尾寺跡に向かう。登り口の分岐の所に霊山寺。

霊仙三蔵は最澄、空海と一緒に唐へ渡った人で、日本の僧で唯一「三蔵」の称号を贈られている。

ここの前のベンチで大福休憩にして、最後の登りに備えた。

朽ちた急な林道を登る。午後からは晴れるという予報だったのに、晴れるどころか雨が降ってきた。すぐに止むのではと思ったが、以外としっかりと降ってきたので、このままで濡れるとまずいので、仕方無く雨具のジャケットとザックカバーを着用した。

松尾寺は役行者が開いた。松尾寺の七不思議というのがあるそうで、これはそのうちの一つで「役行者の斧割水」。山の上に開く松尾寺での水を得るために、役行者が弟子に斧で自然石を割らせたところ、その割れ間から水がこんこんと湧き出たと言う話。

これ、ひょっとしてポンプで水をくみ上げているのでは?

苔むした石段を上がって、松尾寺跡。

重要文化財の石造九重塔。13世紀のもの。

山頂へはこの横からさらに登る。真新しい鎖がつけられているけれど、一体何人の人がここを訪れるのだろうか。

七不思議の一つの「影向(こうよう)石」の案内板があったのでそちらに向かってみたけれど、何も見つからないうちに道が消えてしまった。

さらに登って、ようやく松尾寺山(503.7m)に到着した。結構な登りでした。案の定、雨はほんの数分程度で上がったので、ジャケットを脱いだ。

さらに七不思議の一つの「夫婦杉」。弘法大師がここを訪れた時に、昼食に用いたお箸を突き刺したところ、芽が出て現在の杉に成長したというお話。

このあと、地形図にあった道で下りようと思ったが、そういう道は見あたらない。適当に進んでみたがどうも方向が変で、正しい方向は斜面がいやらしそうだったので、あきらめて元に戻った。

松尾寺跡への登り口まで戻って東に向かう。丁石が出てきた。

一丁は約109m。訳のわからない合目の印と違ってこれはわりと正確に設置されている。松尾寺跡から20分くらいで一丁目まで下りてきた。

松尾寺山の上には朽ちたベンチがあった。醒ヶ井からの林道脇には朽ちたゲストハウスの跡もあって、このあたりはハイキングコースとして賑わった時期もあったようだが、もはや訪れる人は非常に少ないように思える。

しかし案内板はわりときれいに整備されていて、特に上部の鎖は極めて新しかった。

当初想定していたよりは以外とまともな山道の上り下りだったので、子供連れのハイキングにはちょっと厳しいかもという感じはする。

その後、車道を走って、午後4時過ぎに醒ヶ井駅にゴールした。

駅のそばには霊仙三蔵の像が立っていた。

西南尾根を下りて車道に出た時は、これで今日はほとんど終わったようなものと思ったが、実はその後もなかなか手応えがあった。

車道の走りもそこそこあって、トータル約28kmでした。

蒜山三山

先の三連休を楽しみにしていた方はたくさんおられただろうと思う。私は土曜日に随行の仕事が入っていたけれど、残りの二日で遠出しようと考えていた。

ところがまたもや台風。土曜日の講座は中止になった。日曜日は天気が回復する予報だったが、台風通過の最中に翌日の準備をする気分にはなれず、それに山はまた強風や大雨で荒れている可能性がある。

最後の月曜日はと言うと、関西から東はどこも降水確率が高く、とても山へ行けそうな雰囲気ではない。

しかしせっかくの三連休。どこへも行かずに終える訳にはいかない。

行くとするなら西に向かうしかない。

天気予報によると大山あたりは降水確率はそれほど高くない。しかし昼頃に雨雲が発生しそう。

以前にこのあたりを通りかかった時、蒜山の山脈が美しかったのを記憶している。端麗な三山だった。

大山は随分以前に登っている。その時の印象で言えば、バリエーションルートにでも行かない限りはまた行きたいと思えるほどの山ではなかった。もはやそんなルートには行かない。

ちょっと遠いけれど、蒜山なら早朝発で日帰りできるだろうと思った。三山を縦走してぐるっと一周すればちょうどいいくらいの行程だ。

朝4時半に家を出て、途中でカップ麺とおにぎりの朝食。そしてコーヒー。想定外の道間違いがあって、起点の塩釜ロッジに着いた時はもう8時を過ぎていた。

準備を整えて出発したのは8時半だった。三山は雲に隠れて見えない。

まずは南側の自転車道路を走って、下蒜山の登山口に向かう。

1時間足らずのジョグで登山口に入る。そばの駐車場はすでに満杯で、路上駐車も何台かある。足元はぐちゃぐちゃ。

駐車場がいっぱいだったので氷ノ山の再来を恐れながら進む。ほどなく傾斜が急になってきて、木の階段が現れた。

さらに急になって、鎖の斜面が続く。最近の雨のせいで滑りやすい。

登山者にはそこそこは出会うけれど、氷ノ山ほどは多くない。それにこの道の状況なら小学生の団体に出会うようなことは無いだろう。

急登を上がり切ったら気持ちのいい笹の稜線になった。比良の稜線のよう。ただし展望は無し。

10時20分、登山口から1時間足らずで下蒜山の山頂(1100.4m)に到着した。

展望も無いので写真を撮ったら早々に先に進む。

幻想的でいい雰囲気。ブナ林?

たまにガスが切れて下界が見える時がある。

ヤマラッキョウ。

リンドウ。

最低鞍部のフングリタワ。

また鎖斜面の登り返しがあって、11時23分、下蒜山からほぼ1時間で中蒜山(1123.4m)に到着した。

そろそろ補給したいタイミングではあったけれど、山頂は人だらけなので先に進む。少し下ったところにちょうどいい具合のスペースがあったので、そこで今日初めて腰を下ろしておにぎり休憩にした。天気予報通り、小雨がぱらついてきた。

幸い、雨は本降りになることはなく、最後のピークの上蒜山を目指す。フラットな場所は走った。ほんのちょっとだったけれど。

登りにさしかかるとまたもや鎖斜面。蒜山はどの山も結構厳しい。氷ノ山のような混雑ではなかったのはそういう山容のせいもあるのだろう。

12時5分、上蒜山(1202m)に到着した。

地形図によると少し北西にあるピークが上蒜山となったいたので、そこまでピストンするつもりだったけれど、標高はここの方が高く、標識にも「上蒜山」と書かれていたので、ここから下山することにする。

展望場所から蒜山高原を見下ろす。

シラヤマギク(ゴマナ?)。

12時51分、無事上蒜山登山口に下りてきた。

しばらく未舗装路を下る。何かを放牧しているのだと思うが(フンの臭いがぷんぷん)、今は何もいない。正面は蒜山の南側の山々。

舗装路に出たら走る。ほどなく自転車道路に合流した。

今日はウォーキングのイベントが行われているようで、ちょうどこの自転車道路がコースになっている。みんな反対向きに歩いているので、不審な目で見られる。

1時40分、塩釜ロッジに戻ってきた。

思っていたより早く戻って来られたので、温泉に寄って帰ることにする。

休暇村蒜山高原のラドン温泉へ。いいお湯でした。

蒜山三山は期待以上の山々だった。下から全容を望むことはできなかったけれど、以前に見た時の記憶ではいずれも顕著なピークを形成していて、実際に歩いてもその通りの地形だった。

結果的に今日のコース取りはベストだったと思う。急な鎖斜面がたくさんあるが、今日の方向だとそのほとんどが登りになる。今日のような雨上がりの滑りやすい状態では反対向きはかなり歩きにくかっただろうと思う。

温泉でさっぱりして気分良く帰路についたのだが、帰りは工事渋滞に巻き込まれて家まで4時間かかってしまった。

遠かったけれど、なかなかいい山でした。ただし再訪は無いと思うけれど。

吉野探訪

この終末は天候もそこそこで、絶好の遠出のチャンスだったのだけれど、残念ながら月曜日に講座があるのであまりムリはできない。

で、土曜日(10/5)に吉野へ行ってみることにした。

吉野はこれまでも何度も訪れているけれどいつも奥駆道ばかりで、横道はあまり歩いたことが無い。

前登志夫氏の「吉野紀行」によると、このあたりは周辺の集落などもいろいろと見所がありそうで(と言ってももう50年以上も前の書物なのだけれど・・・)、一度歩き回ってみたいと思っていた。

そこで、まずはこれまで何度も近くまで来ていながら訪れる機会が無かった桜木神社に立ち寄って、それから吉野の山へ上がって、西側に一度下りてからまた戻ってくるという周回ルートを設定した。

5時3分の始発に乗るべく5時前に家を出て、早朝のせいで天王寺からはずっと各停で、家から3時間かかってようやく吉野神宮駅に到着した。

8時5分に出発。しばらく吉野川の左岸を走る。この道は2年前にも走った。

40分少々で宮滝の手前へ。夢のわだ。

ここからは今日が初めての道。出発して1時間足らずで桜木神社に到着した。天武天皇が祀られている。

万葉集でも読まれている像(きさ)の小川。

このあと10分ほどで車道が終わって、ようやく近畿自然歩道の山道になった。

このあたり、そばが広い駐車スペースになっている。ちょうど左の斜面に上がる階段があって、そのままの道は駐車スペースに行く道なのかと思って、その階段を上がった。

なかなかの急な階段で、階段が終わってからの山道はさらに険しい急斜面だった。

本当にこれが近畿自然歩道なのだろうかと訝ったが、一応踏み跡はある。

次第に手を使わないと登れないほどの斜面になってきた。これは変と思って gps で確認したところ、本当は沢筋を行かなければならないのが尾根に入り込んでしまっているということがわかった。

下りも苦労するような斜面だったけれど、下るしかない。何とか元に戻って、本来の道を進んだ。20分少々のタイムロスだった。

学生の10人くらいのグループと3つほど出会った。何かの学校行事のようだ。それ以外にも何人かのハイカーと出会って、無事吉野の車道に出た。

ちょうど花矢倉の少し下のあたりで、普段は登山道を歩いて車道をショートカットしている場所なので、こういう道が合流してきているということは知らなかった。

今日は余裕があるので展望台へ寄っておく。正面に金剛山(左)と大和葛城山(右)。おそらく先ほどの学生グループの関係者だろう、おにぎりや軽食、飲み物などを並べて待っている人たちがいた。

しばらく慣れた道で、吉野水分(みくまり)神社。もう何度も入っているので中には入らず。

時間があるので高城山(たかぎやま)にも寄っておく。左の一番奥の霞んでいるのが二上山。その手前のなだらかな尾根が高取山で、その右が先週行った芋ヶ峠

反対方向の南には大天井ヶ岳。

お次は金峯(きんぷ)神社。吉野山の総地主の神。世界遺産。

隠れ堂にも寄っておく。大峯修行堂の一つだが、義経がここに隠れたという謂われもある。

お次の目的地は西行庵だが、一旦上がって宝塔院跡から下ることにする。ここから先は初めての道。

そして西行庵。今の感覚ならよくこんな場所にと思うけれど、その当時は近くに寺院がたくさんあったはず。すぐそばには湧き水が流れていて、それは今も流れている。

鳳閣寺への道に戻ってしばらく快適な道を進むが、百貝岳(ひゃくかいだけ)へ向かうべく、不明瞭な尾根に入る。

ここが百貝岳かと思っていたら、鎌倉岳という表記。

百貝岳はまだ先でした。

12時13分、百貝岳(863m)に到着した。ここで今日初めて腰を下ろしておにぎり休憩。

道標に従って「石の廊塔・鳳閣寺」を目指すが、どんどん南の方に下って行く。鳳閣寺はもっと西のはずで、どんどん離れていく。石の廊塔というのは地図に載っていないのでどこにあるのかわからない。

しかし道はしっかりしているし、さほど古くない道標もあるので、そのまま下ることにする。もはや戻る気にはならない。

10分少々で石の廊塔に出た。理源大師聖宝の墓所と伝えられている。理源大師は醍醐寺の開祖。

この後、道はヘアピンカーブで北に向かった。10分足らずで無事、鳳閣寺に到着した。

車道を少し下ると鳥住春日神社。

この神社の前の細い道を下って、地蔵峠へは向かわずに県道を目指す。無事、県道に合流できた。

そして今日最大の不安要素はこのあと。県道をしばらく北上してから沢沿いに岩倉に向かう。分岐には真新しい車の轍があって一安心。このあたりは松茸山らしい。

しかし林道を進んで行くといつの間にやら変な方向に向かっていた。このまま東に向かいたいのに、南寄りの沢に入り込んでいる。

このまま進んで車道に出ればいいけれど、往々にしてこういう林道は突然終わってしまうことが多い。

県道まで戻ってさらに北へ行ってしっかりした車道で上に戻るしかないかと思って戻ったところ、ロープが張られた分岐に気がついた。実は来た時もこのロープには気がついていたけれど、その先がヤブだったので無視した。

思い切ってそこに入ってみたところ、かすかな踏み跡が残っていた。どうもこれが行きたい道のようだ。さらに進んだところ、またもや先週と同様に踏み跡は消えて、沢筋に入り込んでしまった。

ここまで来たらもう戻るわけにはいかない。「またかよ〜」とぼやきながら倒木を支えにして登ったら、民家の庭先に飛び出した。そしてほどなく車道に合流した。やれやれ。

下り基調の車道を走って、竹林院のそばに出た。何度も歩いている車道を少し行って、いつも上に上がる分岐を下に行って如意輪寺に向かう。

道標に導かれて午後2時47分に如意輪寺に到着。

そして後醍醐天皇陵へ。かつて後醍醐天皇足跡マラニックという大会に何度か参加したので、たったそれだけの理由で後醍醐天皇には近親感がある。

役行者の像もあります。

これで今日の目的地は予定通りすべて訪れることができた。少し戻って吉野駅に向かう。

吉野駅まではもうさほど時間はかからないと思うけれど、ここで一息入れたい気分になって、道ばたでどら焼き休憩にした。

スマホで電車の時間を確認したところ、次の電車まではあと30分。時間的には十分間に合うはずだけれど、乗る前にはやはり着替えたい。その時間を考えるとあまり余裕が無い。30分に1本なので何とか間に合わせたい。

ちょっと気合いを入れて走って、午後3時20分、次の電車まで17分を残して吉野駅にゴールした。

きれいな公衆トイレで着替えて、近くの売店で缶ビールを買って、電車に飛び乗った。

車道が多かったせいもあって、全行程約 31km でした。

冬野、竜在峠、芋ヶ峠

この週末はぜひ遠出したいと思っていたが、生憎の雨予報。予報では土曜日の夕方あたりから雨とのことで、ちょうど夕方から出かける予定もあったので、半日コースを探してみた。

ひょっとしたら雨が降るかも知れないので、あまり山深い場所ではないコースということで、かねてより再訪したいと思っていた奥明日香の冬野(とうの)に向かうことにした。

今回は車で行くことにした。確か石舞台古墳のそばに無料の駐車場があったはず。早朝なら空いているのではないかと期待して、朝5時過ぎに出発した。

1時間20分くらいで明日香村に到着。やはり空いていました。

準備を整えて、6時37分に出発した。

まずは多武峰に向かう。この道は2年半ほど前に歩いた。

30分ほど車道を進んで、ようやく山道へ。

途中、車道を3回ほど横切って、1時間ほどで談山神社の西端に着いた。談山神社は昔は多武峯妙楽寺(とうのみねみょうらくじ)というお寺で、明治の廃仏毀釈で神社になるまでは女人禁制だった。

車道を渡る橋の上から、左が金剛山、右が大和葛城山。

冬野までの道は前回はフラットな道と感じていたけれど、今回は結構登りがあると感じた。

冬野の集落は誰もいなかった。しかし畑は手入れされている。

集落のはずれに電気柵。こんなもの前回は無かった。ゴム底の靴を履いているので感電することは無いはずだけれど、電線の間を慎重にくぐる。

しっかりした道を竜在(りゅうざい)峠に向かって進む。このあたり、わりと頻繁に道標が出てくるけれど、距離表示はかなりいい加減。

竜在峠まで1.2kmと表示されているけれど、実際は500m程度。

竜在峠の手前、以前は崩れていた箇所も改修されていた。

8時25分、竜在峠に到着した。

ここから右へ進むと芋ヶ峠へ出る。ここは2年前に歩いた

今回はもう一つ目的があって、竜在峠の南にある滝畑という集落を訪れてみたいと思っていた。地形図には道が記載されているけれど、本当に道が残っているのかどうかわからない。

しかし時間はあるので、当初の予定通り、竜在峠から左に下る道に入った。やはりこれまでの道とはうって変わって、荒れていた。

しかし道としてははっきり残っていたので、30分ほどで滝畑に着いた。ここも人の気配はまったく無いけれど、畑は手入れされていた。

さて、問題はこの先。芋ヶ峠までの道が残っているだろうか。

舗装道路を進んでいたら行き止まりになってしまった。やはり道は消えているのかと思ったが、かすかに踏み跡のように感じる部分があったので、そこに入ってみた。

次第に踏み跡がしっかりしてきて一安心したのもつかの間で、また不明瞭になってきて、いよいよ完全に消えてしまった。

しかしこの方向に進めば稜線の道には出会えるはずなので、強引に進むことにした。まずいことに、左手に持っていた地図をいつの間にか落としていた。

沢筋の上を眺めて、何とか行けそうとふんで進む。

しかし上がるにつれて傾斜が急になって、しかも斜面が土なのでしっかりした足の置き場が無い。

おまけに木の間が空いているので手で掴むものも適当なものがあまり無い。

滑って死ぬような斜面ではないけれど、かなりずり落ちてしまいそう。

次第に厳しくなる一方だが、もはやこの斜面を下ることは不可能なので、何が何でも上がるしかない。今日はこんなアドベンチャーをやるつもりは無かったのだけれどとぼやいてみてももはや手遅れ。

そうしたら斜面をトラバースするかすかな踏み跡に出会った。安心して足を置けるほどの踏み跡では無いので、慎重に進まなければならないけれど、このまま上に向かうよりはマシかもと思って、それを辿ってみた。

ほどなく稜線に出ると踏み跡は下っていた。そのまま少し進んだが、gps で見ると進む方向がまずい。これだと元に戻ってしまう。

踵を返して、この稜線を上部に向かった。踏み跡は無いけれど、何とか歩ける。

しばらく登ると突然、竜在峠からの道に飛び出した。ちょうど668mの三角点のある所。このピークを巻く道を行こうと思っていたのだけれど、結果的にピークに突き上げることになってしまった。

やれやれと胸をなで下ろした。

ここからはしばらく、ロープの張ってある急な下りになる。ここははっきり覚えている。

滑りやすい道だけれど、正規の道に出た安堵感でルンルン気分で下った。

芋ヶ峠に出ると人に出会うかも知れないので、峠の少し手前で、今日初めて腰を下ろしておにぎり休憩にした。

そして、10時15分、芋ヶ峠に下り立った。

少し下に「芋峠神社跡」という標識があったので、そちらに向かってみたけれど、倒木だらけでどこが神社跡なのかわからなかった。

車道に出会った所に役行者像。トタンの屋根がわびしい。

小峠。昔はここから高取山が見られたらしい。今は木で視界が遮られている。

10時50分、栢森(かやのもり)の車道に出た。

栢森の集落。

このあとはずっと下り基調の車道なので走る。

飛鳥川上坐宇須多岐比賣命(あすかかわかみにいますうすたきひめのみこと)神社。

ここは前は何度も通っているけれど、いつも序盤なので上に上がったことが無かった。今日は時間があるので200段と言われる石段を上がってみる。

拝殿は閉まっていて、ちょっと残念。

稲淵(いなぶち)の棚田。ちょうどヒガンバナのシーズンで、観光客がいっぱい。

ちょっと横道にそれて、久しぶりにマラ石。相変わらず立派です。

石舞台古墳。

11時40分、駐車場に戻ってきた。

山の中では誰にも会わず、予定外のアドベンチャーもあって、終わってみれば充実した一日(半日?)でした。

三石山、岩湧山、一徳防山

そろそろ秋を感じたいので、岩湧山へ行こうと思った。

岩湧山だけではもったいないが、さてどういうルートにするか?

電車の駅をスタート・ゴールにしたい。岩湧山ならスタートは南海の紀見峠駅しか無い。問題はゴール地点をどこにするかということ。まさかピストンというわけにはいかない。

ルートとしてはダイトレを行って槇尾山というのが一般的だけれど、ここへ行くとバスに乗らなければならない。それに人が多そう。

和歌山線の駅は岩湧山からはかなり遠いので、残されたルートは北へ向かうしかない。

岩湧山の北にある一徳防山(いっとくぼうさん)は講座で行ったことがある。この時は逆コースで岩湧山まで足を延ばした。

講座の時はマイクロバスでの大名登山だったけれど、今日は平民登山。しかし北に下って車道を三日市町駅までなら走れそうだ。

ただ、これだけではちょっともの足らない感じ。なので、前菜で三石山(みついしやま)を味わうことにした。こんな機会でもなければ行くことが無さそう。

我ながらいいルート設定ができたとほくそえんで、難波から南海電車に乗り込んだ。途中、車内放送で、人身事故が発生してダイヤが乱れるとのこと。どこに転進するか考えていたら、事故が発生した駅はすでに通過した駅で、取りあえず紀見峠駅までは行けそうで一安心した。

9/16、午前8時17分に紀見峠駅を出発した。

今日は左に折れて三石山へ向かう。

しばらく車道を進むとショートカットできそうな山道が。

このあとも何度かショートカットして三石山を目指す。しかし歩く人が少ないようで、蜘蛛の巣だらけ。木の枝をぐるぐる回しながら歩いても、それでも蜘蛛の巣がしばしば顔に貼り付いてくる。

おそらくこれが三石山へ登る最後の山道。

なかなかの急登が続く。

9時28分、出発して1時間11分で三石山山頂(738.4m)に到着した。展望はまったく無し。

道標に従って岩湧山の方向に進む。しばらく下ったら荒れた林道に出た。

ツリフネソウ。

路面が荒れていてあまり走れない。

しばらくしたら舗装路に出た。走れる所は走っていたが、いつの間にかロスト!!

このまま進んでも岩湧山のそばの車道に繋がっていそうだけれど、おそらく遠回りになると思うので、戻って登山路を探した。さっきは死角になっていた。

登山路入り口の看板は「車両通行止」。荒れた登山路にバイクの轍があった。絶対に遭いたくない。石を投げてやりたくなる。

幸い、バイクに出会うことは無く、三石山から1時間少々でダイトレの稜線に出た。

しばし登ると快適なトレイルになる。これは走るしかないでしょう。

ただ、やはりここまで来るとハイカーがたくさんいる。

ついに出てきました。ダイトレ名物、木の階段。

岩湧寺への分岐。ここを下る予定。

岩湧山への最後の登り。

シラヤマギク(?)。

クルマユリ(コオニユリ?)。

11時7分、岩湧山(897.1m)に到着した。

展望場所から和泉葛城山(たぶん)。

ススキはまだこの程度でした。

山頂エリアは人が多いので岩湧寺への分岐に戻って、ここで今日初めて腰を下ろしておにぎり休憩にした。

そして20分ほどで岩湧寺の車道に下りてきた。

講座で来た時にどういう道を辿ったのかよく思い出せず、岩湧寺の方へ少し下ってみた。

シュウカイドウが満開。

やはり車道を上に上がるようで、ようやく一徳防山の道標に出会った。

岩湧山エリアを離れるとまた静かな山歩きが楽しめる。ただしまたもや蜘蛛の巣地獄。

編笠山(635m)。

もう少し涼しくて、蜘蛛の巣が無ければ最高なのだけれど。

下山は一徳防山手前の分岐を下る予定。

12時55分、一徳防山(541m)に到着した。そう言えばかすかな記憶がある。ぼたもち休憩。

分岐に戻る時、岩湧山の素晴らしい眺望に気付いた。

下山は尾根道で、途中から沢に下る道へ行こうと思っていたのだけれど、案の定、沢筋は荒れていて、分岐からわずかであっさり諦めて戻った。

尾根を下ると最後はゴルフ練習場のそばに出る。近づいてきたらそこらじゅうにゴルフボール。

つまりここまで飛んでくるということで、万全の注意を払いながら下った。

一徳防山から1時間足らずでゴルフ練習場まで下りてきた。あとは車道を三日市町駅まで走るだけ。

午後2時22分、三日市町駅にゴールした。

ちょうど駅のすぐ前にスーパーがあったので、ここのトイレで着替えて、ビールを買って一人打ち上げをやった。

ちょうどバルコニーから正面に岩湧山、右に一徳防山。

楽しい一日でした。