ネコの呪いは・・・

今日、週イチの買いだめに車で生協へ行った帰り、右側から突然、ネコが飛び出してきた。
もはやブレーキをかけても到底間に合わないタイミングだったので、うまくすりぬけてくれることを祈ってそのまま直進したら、前輪と後輪の二度の衝撃を感じた。
バックミラーを見たら少しは動いていたけれど、ちょうどそのあと右折する場所だったので、すぐに視野から消えた。
新年早々、何たることか・・・。
ようやくヘルニア手術のキズも癒えてきて、新たな気持ちで新たな年をスタートできたと思っていたのに、まさかこんな事態に見舞われるとは。
人の子供でなくてよかった。
と言ったらネコに恨まれるかも・・・。

RIZIN

10 年くらい前は PRIDE(総合格闘技)の大ファンだった。
さいたまスーパーアリーナだけでも 10 回くらいは行ったと思う。
地上波テレビでも K-1 が人気があったし、大晦日は紅白のウラで格闘技中継が複数行われるというのが数年続いていた。
ところがある時期を境にして急速にブームが去ってしまった。
イベント主催団体の黒い噂などで一気にスポンサーが去ってしまったためだが、そのウラは日本での格闘技人気に対して本場アメリカの UFC が危機感を抱いたのではないかと思っている。
昨日(12/29)そして明日行われる RIZIN はまさに『PRIDE をもう一度!!』というノリの大会で、どうしてこの時期に突然こういうイベントを開催する運びになったのか、そのあたりの背景はまったくわからない。
PRIDE が熱かった時代を経験した人間からすると、かなり違和感を感じるイベントではある。
何を今さら、と言うのが正直なところだが、気になると言えば気にはなる。ただ、気になるのは勝敗ではなくて、明らかに力の衰えたベテランたちがどんな試合をするのだろうという、恐いモノ見たさのような感覚だ。
プロスポーツの世界で、力の衰えたかつてのトップ選手がいつまでも頑張っているのを見るのは楽しい。ただしそれはサッカーや野球、陸上などの競技の世界のことで、格闘技ではそうはいかない。
なんせこの世界では負けるということはリングに横たわるということ。シュートがはずれたり空振り三振したりするのとは随分印象が違う。
かつて輝いていた選手であればあるほど、そういう選手がリングに横たわっている姿は見たくないものだ。
個人的に、格闘技の選手で早く引退してほしい二大巨頭が長谷川穂積と桜庭和志。
彼らの全盛期にその試合を胸熱くして見ていた印象が強く残っているので、無様な姿は見せてほしくないのだ。
昨日の桜庭和志は予想を上回る無残さだった。10 年ほど前にヒカルド・アローナにボコボコにされた試合をさいたまスーパーアリーナで見た時のことを思い出した。
あの時と同様、今回もなかなかレフェリーがストップせず、結局セコンドのタオル投入で TKO という結果になった。
試合後に対戦相手だった青木真也選手が『もっと早く止めろ』というようなことをコメントしていたけれど、まったくその通りだと感じた。
桜庭選手のような特別なヒーローになると、試合で危ない状況になってもなかなかレフェリーが止めてくれない。おそらく早く止めるとファンからブーイングが出るだろうから、それを懸念しているのだと思う。
ヒカルド・アローナ戦は昨日よりももっと悲惨だった。頭部や顔面にヒザ蹴りを何発も入れられて、ドクターチェックで顔面が腫れ上がっているのに、それでもラウンド終了まで止められず、結局そこでタオルになった。
そう言えば連戦連勝を続けていた五味隆典がマーカス・アウレリオに敗れた時もそうで、肩固めを決められてもうほとんど失神状態なのに、なかなかレフェリーがストップしなかった。
五味隆典の時のように選手が全盛期の状態であればまだしも、昨日の桜庭選手のようにもはや往年の力はほとんど残っていないような状態であのような姿をさらさなければならないのは残酷だ。もちろん昨日の試合は本人も納得して受けたはずなので、誰の責任でも無いのだろうが。
青木真也選手が『後味が悪い』というようなコメントをしていたけれど、彼もあの状態で桜庭選手を殴り続けるのはつらかっただろうと思う。
かつて待望されながら実現していない青木・五味戦を青木選手がアピールしていたけれど、これももうタイミングが遅すぎる。桜庭選手ほどではないけれど、五味選手もかつての輝きはまったく無いし、おそらく本人のモチベーションももうあまり高くないのではいかと思う。
はっきり言ってこういうイベントはやってほしくないのだ。
往年の名選手の無残な姿は見たくないけれど、無料のテレビで放映されているとどうしても見てしまう。
さて明日、皇帝エメリヤーエンコ・ヒョードル選手がどのような戦いをするか、あまり見たくないけれどきっと見てしまうのだろう。

タカラヅカ

今日は宝塚へ行ってきた。
とは言ってももちろん六甲を走りに行ったわけではない。
何と、宝塚歌劇の観劇に行ってきたのだ。
正直言って、宝塚歌劇にはまったく興味は無い。
しかし1ヶ月ほど前、抽選に当たったということで今日のチケットが2枚送られてきた。
発送元は NTT 西日本で、自分では申し込んだ記憶は無いのだが、ネットを乗り換えた時にどこかで自動的にエントリーされていたのかも知れない。
興味は無いとは言っても1枚8千円以上もするチケットで、こんなことでもなければ見る機会も無いだろうと思うし、ちょうどヘルニア手術からも回復してきているので、出かけることにした。
少し時間の余裕を持って出かけたので、会場に入る前に自動販売機でお茶でも買おうと思ったところ、何と通常 130 円の商品が 150 円になっている。
いったいどういう思惑なのか、まったく理解できない。今時 100 円の販売機もめずらしくないというのに、こんな街中でどういうつもりなのだろう。
納得できないのでそばの駐車場で販売機を探したところ、ここも同じ価格設定になっている。
まだ時間があったので、会場から離れて住宅街などを廻って、別の大きな駐車場の販売機を見たところ、標準の価格設定だった。
せっかく楽しみにして来たのに、ちょっと水を差された気分だ。
会場は思っていたよりも大きかった。
席は前から 18 列目のほぼ真ん中で、タダ券とは思えないいい席だった。
もう一つ良かったのは、椅子が列ごとにちょうど半分ずつずれて配置されていて、おかげで前の人の頭がじゃまにならないようになっている。
これは素晴らしいアイディアだと思った。
これまでコンサート会場はたくさん行ったけれど、こういう椅子の配置は見たことが無い。ぜひ他の会場も見習ってほしいと思う。
これまでの経験では時間通りに開演することはまず無いのだが、今日は時間通りに始まった。1日2回講演で、まだ後の講演を控えているせいだろうか。
私は宝塚の俳優のことはまったく知らない。そういうせいもあるのだろうが、舞台に立っている役者がみんな同じ顔に見えて、おまけに役者が多いと誰がしゃべってるのかなかなかわからない。
このところ嫁がマイケルジャクソンの DVD をよく見ていて、それを横目で見ることが時々あるので、歌と踊りというとどうしてもそれのイメージがあって、ついつい比較してしまう。
世界最高レベルと較べるのは申し訳無いのかも知れないが、どうしてもアラばかりが目についてしまう。
終盤になるとお尻も痛くなってきて、1時間半少々で1部が終わった。
30 分の休憩があって、2部は歌と踊り。
『GOLDEN JAZZ』というテーマで、ジャズのスタンダードナンバーのメドレーだったが、音楽のアレンジはあまりジャズっぽくなかった。
小一時間だったが、最後の方は早く終わってほしいという気分だった。
ずいぶん以前にテレビで宝塚歌劇を少し見たことがあって、その時にわずかの時間でスイッチを切ってしまったことを覚えているのだが、生で見たら印象も違うかも知れないと思って出かけたものの、残念ながらやっぱりそうかという感想だった。
行かないよりは行って良かったと思っているけれど、もうこれで十分だと思った。

ジョグ再開

退院して 10 日近くがたったので、満を持して、という感じでジョグを再開した。
と言ってもほんの 1.5km くらいの超スロージョグ。
70 日ぶりくらいのジョグは足元が定まらないような不安定な走りだったが、久しぶりに自分の運動で身体が暖まる感触があって、やはり気持ちが良かった。
これほどの期間、まったく走らなかったというのは、30 年の走歴でも初めてのこと。
しかし今回はそれほどあせりや不安というようなものは無く、もし走れなくなったとしたら、それはそれでまた違う生き方があるのではないかと思っていた。
とは言ってもやはり走れることはうれしかった。
今日のジョグだけで楽天的になることはまだまだできないが、あせらずにゆっくりと前に進んで行きたいと思っている。

椎間板ヘルニア手術 その7

退院して家に帰ってきたのは午前 10 時過ぎだった。
今日はまだ時間がたっぷりある。
ぜひ今日中にやっておきたいのは、ある程度長い時間歩くこと。
入院中に院内を歩き回って、ヘルニアの症状が快癒していることは確認できていたけれど、そうは言ってもせいぜい 15 分間くらいが最長だった。
まずは 30 分くらい(2km 程度)歩いてみたかった。
そこで午後に、図書館からスーパーを廻るコースに出かけた。
不安感は少しはあったけれど、10 分ほど歩いて図書館までは大丈夫だった。
ここまで来ると不安感もほとんどなくなって、それから駅前のスーパーへ行って買い物を済ませて、家までの約 30 分間、無事歩き終えることができた。
まずは最初のハードルは越えた感じがした。
これから徐々にもっと長い距離の歩行、軽いハイキング、ジョグなど、少しずつレベルアップして行こうと思う。
あせって再発というのは最悪なので、身体の反応に注意して、できれば年内に登山教室の随行への復帰と、1時間以上のランニングくらいまで戻せればと思っている。
まだまだ予断は禁物だが、ひとまず現状では、思い切って早めの手術に踏み切って良かったと言えるだろう。

椎間板ヘルニア手術 その6

ようやく担当医がやってくる水曜日になった。
午前の外来診察が始まる前に回診に来てくれないかとかすかな望みを抱いていたが、やはりそれは無かった。
昼食が終わってしばらくしてから外来の様子を見に行った。やはりまだ少し診察が残っているようだった。
ひまつぶしに院内を少し歩き回って病室のフロアに戻ったところ、担当医が廊下を歩いているのに出くわした。回診までもっと時間がかかると思っていたのでちょっとあわてた。
後で回診に行くとのこと。
しばらくしたらようやく回診に来てくれた。
傷口の具合は良好とのこと。
退院についてたずねたところ、明日もう一度様子を見て、良ければその次の日くらいという返事だったので、『明日ではダメですか?』と打診してみた。
少し躊躇されたような感じがうかがえたが、『明日、具合が良ければ退院しても良い』という返事をもらえた。
昨日あたりから傷口のピリッとした痛みもほとんど消えていたので、ようやく退院できると思ってほっとした。
次の日は担当医は外来診察日ではなかったので、わりと早い時間に回診に来てくれた。
傷口の最終チェックをしてもらって、ようやく本当の退院許可が出た。8泊9日の入院だった。
支払いなどの手続きを済ませて、荷物をまとめて、お世話になった看護師さんに挨拶をして、それからリハビリルームへ行ってリハビリを担当していただいた方にも挨拶をして、荷物を持って外に出た。あやしげな空模様だが、まだ雨は降っていない。ちょうど入院した時と同じような天気だった。
さて、これから家まで無事に帰れるかどうか、若干の不安はある。
荷物はザックなので、腰の手術をした後にザックを背負って大丈夫かどうか。それに自転車も若干不安がある。
ヘルニアの症状が出ている時は自転車は大丈夫だったけれど、腰の手術の後の自転車は要注意らしい。前屈みの姿勢が良くないのと、何らかのひょうしに足を着いた時の衝撃が腰に悪影響を及ぼすことがあるらしい。
そうは言っても乗って帰るしかない。歩くにしてもザックは背負わなければならないし、それなら自転車で早く帰った方が負担が少なくてすむだろうと思った。
ゆっくりと走り始めたところ、ザックの下の方が傷口に少し当たるようで、あのピリッとした痛みを少し感じた。これは耐えるしかない。
と思っていたら、入院した時と同じように、小雨が降り出してきた。
家までは道のりは思いのほか長く感じた。

椎間板ヘルニア手術 その5

手術後3日目は日曜日。そして翌日は祝日なので医師の回診は無いが、リハビリはあるらしい。
容態はもう安定しているので時間を持て余してしまう。朝と夕方に体温と血圧のチェックがあるくらいで、あとは 30 分間のリハビリのみ。
ただ、痛み止めが点滴から飲み薬に変わってせいか、身体を動かした時に時々傷口にピリッとした痛みを感じる。例えてみると治りかけている傷口が、身体が動いたせいで引きはがされるような感じ。
しかしずっとベッドで寝ているわけにもいかないので、時々院内を歩き回ってみる。階段の上り下りもやったり、外へ出て建物をまわりをぐるっと廻ったりもしてみた。
調子は上々だ。
歩けるようになったせいか、手術後に感じていた左足スネの違和感もほとんどなくなった。
となると、いつ退院できるかが気になってくる。
入院時に渡されたヘルニア手術のスケジュール表によると、最速では手術後5日目で退院となっている。私の場合にあてはめると、次の火曜日ということになるのだが、おそらく退院は前日に担当医が判断することになると思うので、月曜日が祝日なのでこれはムリだろう。
できれば水曜日にでもと思うが、担当医は毎日勤務しているわけではなく、火曜日は来られない可能性が高いので、これも難しいかも知れない。水曜日は勤務される日なので、この日の回診での判断が最速ということになるだろう。
水曜日の回診で、その場で『もう退院していいよ』と言われるのが理想だが、それはちょっと難しいかも。
それにまだ時たま傷口の痛みが出るので、これが落ち着くまではムリに帰らない方がいいような気もする。
時間つぶしは本と iPod と携帯ラジオ。そして備え付けのテレビ。
最近はラジオを聞くことはめったに無い。車で遠出する時も iPod ばかりで、たまに天気予報を聞くためにラジオにするくらいだ。
高校を卒業して家を出てからは結婚するまでテレビの無い生活だったので、その頃はラジオをよく聞いてきた。
10 代の半ば頃はラジオの深夜放送が流行っていた時代だったので、学校での話題についていけるように眠い目をこすって遅くまでラジオを聞いていた。
その頃はロックやジャズのいい番組がわりとあったように思うが、今はどうなっているのだろう。『FM ファン』という雑誌を買って、お気に入りの音楽が流れる番組をチェックしていたのもなつかしい思い出だ。
手元に番組表が無いので適当にチャンネルを回してみるが、どうも今時の DJ の話しぶりには馴染めないものを感じる。それに流れる音楽もまずほとんど興味の無いものばかりだ。
唯一、少しおもしろさを感じたのは FM Cocolo という放送局。名前だけは聞いたことがあったけれど、実際に番組を聴くのは初めてだったが、ここの番組はわりと質がいいのではないかと感じた。
手術後5日目の火曜日には巡回の医師がやってきた。やはり担当医ではなかった。
傷口の具合は良好とのこと。『退院はいつ頃になりそうですか?』と尋ねてみたが、やはり担当医の判断とのことだった。

椎間板ヘルニア手術 その4

手術後2日目の朝を迎えた。
手術箇所はじーんとした鈍痛のような感じはあるけれど、痛みのような不快感は無い。仰向けに寝ていても特に問題は無い。
気分的にも少し余裕が出てきたので、しばらく風呂に入っていないことが気になってきた。さすがにまだ風呂には入れないと思うが、洗髪はできそうだ。
ちょうど洗髪のための設備があったので、持参してきたシャンプーとひげ剃りを持って出かけた。
久しぶりの洗髪は気持ちが良い。気分良くごしごしと洗っていたら、後ろから看護師さんの『ダメでしょ!!』という声が聞こえてきた。
一瞬、ここは勝手に使ってはいけないのかと思ったところ、腰の手術をした後しばらくは前屈みの姿勢になってはいけないとのこと。
そう言われればそのとおりだ。しかし洗髪はもうほとんど終わっているので、『もう遅い』と笑って返事しておいた。
少し心配になったので、ベッドに戻ったら横になっておいた。特に問題は無さそうだ。
そうこうするうちに巡回の医師がやってきた。担当医師とは別の方。
腰を見て状態を確認して、腰に入っていた管を抜いてくれた。痛みのようなものは何も無かった。
傷口の状態は良好とのこと。
点滴も昨夜で終わったので、これで身体に付いていた管類がようやくすべて無くなった。
今日のリハビリは1階のリハビリフロアで行うとのこと。エレベータで下りて、少し歩いて行く。
足をマッサージしてもらって、その後、軽い筋トレのような動きをやって、練習用の階段を上り下りする。
筋力チェックをしてもらったが、手術前にアンバランスだった動きもかなり改善しているようだ。
昨日に較べると余裕も出てきたので、夕方には自分で病棟のフロアをぐるっと廻ってみた。100m あるかないかというくらいの距離だったが、違和感なく歩けてうれしかった。
手術前はじっと立っているのがつらくて、ほんの数分で左足のスネに強い倦怠感が出てきたのだが、立って病棟の窓からしばらく外を眺めていても、まったく問題無かった。
昨日は手術の効果に対して少し不安を感じていたのだが、かなり希望を持てるようになってきた。

椎間板ヘルニア手術 その3

朝になって採血されて、その後、移動式レントゲン装置が部屋にやってきた。こういうのを見るのは初めて。
身体の下に板を置いて、上から撮影された。
身体を移動させるたびに看護師さんが二人がかりで持ち上げてくれるのだが、大変そうだ。ただ、私は男にしては体重はかなり軽い方だと思うので、80kg くらいある患者なら二人では持ち上げられないのではないかと思ってしまう。
朝食がやってきたが、まだベッドに横たわったまま。看護師さんがパンにジャムを塗ってくれた。
白い普通の食パンだったが、電子レンジで温められているようで、温かかった。
朝食が終わってしばらくしたら、医者がやってきた。血液検査もレントゲンも異常が無かったとのことで、ようやく拘束体勢から解放されることになった。
尿管カテーテルを抜かれる時は非常に痛いという話を聞いていたので、今か今かと戦々恐々の気分だったが、何やらごそごそとまさぐられているうちに抜かれていて、拍子抜けした。
背中の管はまだ残っているが、その上からコルセットを着ける。管につながっている袋を落とさないようにコルセットにはさんで、点滴の薬も首から提げられるような袋に入れられていた。
昼食はベッドに腰掛けて取ることができた。
昼過ぎにはさっそくリハビリ担当の方がやってこられた。
たかだか1日ベッドに横になっていただけだが、立ち上がって歩くのは若干の不安を感じる。気のせいか軽いめまいのようなものを感じる。
今日のところは部屋から出て、すぐそばの廊下で手すりを持って軽くつま先立ちをしたり、ほんの 20m ほど歩いたりするだけだったが、それでも無事にこなせたら少しほっとした。
ただその後に、左足のスネにあの違和感の残照のような感覚を感じて、やはり手術の効果はそれほどではなかったのではないかといささか落胆した。
夕方に医師が回診に来られた時に、スネの違和感が残っているという話をした。
医師の話によると、ヘルニアで神経が圧迫された状態がしばらく続いていると、神経が炎症を起こしたような状態になっていて、その炎症は圧迫を解除してもすぐには治まらないとのことだった。
それなら時間と共に快方に向かうはずなので、少し気持ちは楽になった。
尿管カテーテルを抜かれてからまだトイレに行っていなかったのだが、看護師さんが少し心配されて、あまり出ないとまた尿管カテーテルを入れなければならないという話をされたので、それはたまらんと思ってさっそくトイレへ行ってみた。
最初は痛かった。おかげで身体がこわばってほんの少ししか出なかった。しかし少しは出たので、これなら大丈夫かなと思った。そして3回くらい行ったら痛みは無くなった。

椎間板ヘルニア手術 その2

麻酔から覚めて起こされたときも、寝台に仰向けだった。
腰のあたりに手術直後の重苦しい鈍痛があるが、痛いというほどではない。
酸素マスクを着けて ICU に運ばれる。時計がちらっと目に入ったが、午後1時前くらいだっただろうか。
嫁が部屋に入ってきて、その後に執刀医師が来られたように思う。
摘出したヘルニアが小さなガラス瓶に入ったものを見せていただいた。
赤みがかったもろもろしたようなものが透明の液体に浸っていた。想像していたよりも量が多かった。
ヘルニアそのものはあまりひどくないということで、手術前の医師の話でも、これくらいのヘルニアであれば摘出しても効果がどれくらいあるか・・・というような言葉を洩らされていたので、指先ひとつまみ程度かと思っていたのだが、ざっと小さじ一杯分くらいはあったように思えた。
そして、これほど摘出されたのであればそれなりの効果が期待できるのではないかという考えが浮かんで、少し期待感が大きくなった。
今回の手術でいちばん大変なのは、実はこれから明朝までの約半日間である。この間は自力で寝返りをうつことができない。姿勢を変えるたびに看護師の助けを得なければならないのだ。
その理由は、腰椎の手術をした直後なので、そのあたりに力が入ってはいけないということと、術部からの出血を出すための細い管が切開したところから出ていて、この管が押されてつまったりするとまずいので、体位を変えるたびに確認してもらわなくてはならない。
翌朝に血液検査とレントゲンを撮って、問題がなければそこでコルセットを着用して、拘束体勢から解放される。ただし腰からの管はまだ出たままなのだが。
ICU にいるうちはまだ良かった。手術直後ということもあって看護師が頻繁に様子を見に来てくれるので、そのたびに気軽に体位変更をしてもらうことができた。
ICU に入っていたのは3時間くらいだろうか。いよいよ部屋に戻ることになった。
これから翌朝までは、体位変更をしたければそのたびにナースコールで来てもらわなければならない。もちろん呼べばすぐに来てくれるのだが、いくらそれが看護師の仕事とは言っても私の専属ではないし、看護師の仕事の忙しさは間近に見ていてよくわかっているので、こちらも遠慮してしまう。
単に寝返りがうてないだけではなく、足もあまり動かせないので、体勢を変えてもらってもすぐに凝ってくる。
今日は夕食は抜きだろうと思っていたら、食べたければ用意してくれるとのこと。お腹がすいていたというわけではないが、それならということで用意してもらうことにした。
しかしベッドに完全に横たわった姿勢で食事を取るのは大変だった。食器をのせたお盆をおく台をベッドのすぐ横に置いて、見やすい高さに調整してもらって、フォークで食べた。
さすがにこの体勢ではきれいに平らげるというわけにはいかなかったが、8割くらいは食べられた。他に何か集中できることがあった方が、身体のコリが気分的にまぎらわされて良かった。
体位変更は、身体の下に敷いたバスタオルの両端を二人の看護師さんが持ち上げて身体全体を横に移動させて、それから腰のあたりを持って身体を半回転させるようにしていただく。つまり必ず二人必要なのだ。
たまたま昨日のニュースで、どこやらの病院で、夜勤の看護師がみんな同時に仮眠を取っていて、患者の異変に気付かず死亡に至ったということが伝えられていたが、ちょっと信じられない気持ちだった。
私はこれまで親の病気での看護や、自分自身の入院などで、病院で夜を過ごしたことは何度もあるが、看護師の献身的な仕事ぶりはいつも敬意を表するくらいで、そんなひどいのは見たことが無い。単に運が良かっただけなのだろうか。
とは言え、看護師さんも人間なので、ちょっとしたミスをされることはある。
夜中に体位変更で横向きにしてもらった。横向きになると、背中の部分に大きなやや堅めのマットをあてがわれて、それにもたれるようにする。これは全身くらいの長さがある。
看護師さんが戻られてからふと気付いたら、ナースコール用のボタンが身体の後ろ側に置いたままになっているようなのだ。後ろを見ることなんて到底不可能だし、腕を回そうにもマットがじゃまになってまったく届かない。
様子を見にきてくれるまで何とか耐えようと思ったが、いよいよ我慢の限界に近づいてきた。どうやったら身体をずらすことができるか、必死で考えた。
結局、腰をわずかに浮かせて加重を軽くして、その部分のタオルを動かすと同時に腰もずらせて、それを何度か繰り返して身体を上の方向にずらせて、肩のあたりが背中のマットの端から少し出るくらいの位置まで動いて、ようやくナースコールのボタンを押すことができた。ほっとした。
やってきた看護師さんは、私が大きくずれた場所にいるのを見て、ちょっと驚かれたようだった。
その後も何度か体位変更をしていただいて、ようやく朝になってきた。おそらく 10 回以上は体位変更していただいたと思う。