藤原岳藤原小屋まで

昨日は雨の中、登山教室の随行で鈴鹿山系の藤原岳を目指したが、時間切れで藤原小屋までで終わってしまった。

朝から終日の本降りを覚悟していたが、朝出かける時は雨は止んでいた。しかし京都駅で集合する頃には雨が降り出し、登山口へ着くまでほぼずっと雨だった。
登りは聖宝寺から。雨は小降り程度だが、雨具を着て歩き出す。気温は高めで、なかなかの急登なので、かなり汗が出る。上着のジッパーを開けて通気をはかるが、それでもかなりの汗。
このルートは頂上までの標高差が約 1000m あって、登山教室のコースとしてはなかなかのアルバイトだ。
4月から新しいコースになって、新顔の方も何名かおられる。そのうちの一人の女性が、徐々に遅れてきた。しばしば座り込んで休憩しないと進めない状態になったので、私がその人に付いて、他の人たちは先行してもらう。
急登を何度も休憩しながら登り切ると、徐々に調子を取り戻して来られたようで、遅いながらもあまり休まずに歩き続けられるようになってきた。
稜線に上がった所には小屋があって、そこで昼食にする予定。上部に来ると所々雪が残っている。3時間半ほどかかってようやく小屋に到着した。
おそらく先行メンバーは食事を終えて山頂に向かっているだろうと思っていたら、何とまだ小屋で食事中だった。
どうも先行メンバーも上部になるとかなりペースが落ちたようで、我々もさほど大きくは遅れなかったようだ。
もうすでに午後1時で、天気も悪いので、今日はここまでにして下山することにする。山頂には到達できなかったが、1000m は越えることができた。
下山は表登山道を西藤原駅の方向へ向かう。それでなくてもこのあたりはいつも足元が悪いそうだが、昨日は雨なので一段とひどく、足を滑らせて雨具を泥だらけにしている方も少なくなかった。
午後4時頃に登山口の休憩所に到着して、そこの水道で靴や雨具のドロを洗って、お迎えのバスで京都に帰ってきた。
一日中ほぼ雨だったが、本降りのような状態の時間帯はあまり長くなかったので、覚悟したよりはマシだった。おまけに昼食が小屋で摂れたので、雨の中で立っての食事という最悪状態は避けられて、たまにはこういうコンディションを経験するのも悪くはないだろうという感じで終わった。
天気も悪く、遅れた方のサポートなどがあって、写真はほとんど撮る余裕が無かった。

音の花温泉マラニック

昨日はクラブの有志恒例の音の花温泉マラニックだった。
昨年はヒザの故障で不参加だったので2年ぶり。このところ連日の雨だが、昨日だけは絶好の好天だった。
UTMF 出場が決まってから、個人練習も少し気合いが入っている。ただしスピード練習のようなものではなく、普段の軽いジョグの時に若干スピードを上げること。特に下り坂では意識してスピードを上げることだ。
昨日は河内森駅の集合だったが、いつも通り家からジョグで行く。朝7時過ぎに選挙を済ませて、11km あまりをおおむねキロ6分くらいのペースで河内森駅へ行った。
このマラニックはクラブ全体の行事ではなく、一部有志だけで行っており、そのために参加メンバーのレベルはなかなか高い。
マラニックと言うものの、先頭の方は結構なスピードのトレランという感じで登り坂も走って行く。
せっかくなので私は練習モードで行くことにした。
まずはほしだ園地に入って、星のブランコを渡り、飯盛霊園へ向かう。一人なら歩くような登りもジョグのリズムで行く。
堂尾池への登りもジョグで上がりきる。
室池を越えて、阪奈道路のコンビニで大休止。ここまででおおむね 20km くらい。家からスタートした私にとっては半分くらいだ。
持参したドーナツをほうばるが、これまで結構頑張ってきているので、これだけで最後まで行けるかどうか若干不安を感じた。しかしこれからは鳴川峠からの下りを除いてはほとんどが舗装道路でアップダウンもきつくないので、何とかなるだろうと思った。
少しトレイルを行って、舗装された生駒のハイキング道路へ入る。一人の時はトレイルの方へ行くのだが、昨日はみんなに合わせて舗装道路を行く。こちらの方が距離は長いが、今日は練習モードだ。
ずっと先頭グループで行く。いつものショートカットもせずに、一気に登り切る。一人では絶対にできないようなペースで走り続ける。まるで生駒チャレンジの大会に参加しているような気分だ。ただし下りはみんなそれほど飛ばさない。
暗峠を越えて、府民の森の休憩所で小休止。ちょっとガス欠ぎみになってきた。
この後、展望エリアへの登りに入るが、このあたりから明らかな疲労感を感じてきた。疲労と言うよりはエネルギー切れだ。空腹感が襲ってきて、力が入らなくなってきた。
口に入れられるものは小さなクエン酸タブレット一つと残りわずかのスポーツドリンクのみ。後は下りだけなので、頂上エリアでこれらを口に入れる。
鳴川峠への下りになるといよいよあやうくなってきた。明らかなエネルギー切れの症状で、頭が少しぼうっとして目の前が白んで見える。連日の雨で道がぬかるんで滑りやすいので、余計に負担がかかる。
鳴川峠からの下りはさらに道がどろどろのずるずるで、ここはいつもこうなのだ。
距離的には千光寺まではもうわずかだが、千光寺から音の花温泉までのロードが残っている。このロードが走れなくなると大幅に遅れてしまうので、何とかそれだけは避けようと、山道はもう早歩きくらいにしようと思った。
途中で湧き水が取れる所があったので、これ幸いと水で空腹感をまぎらわせる。
前回はトップスピードで駆け抜けたフラットな部分もスロージョグという感じで、ようやく千光寺に到着した。
ここはそこそこの観光地なので、きっと自動販売機くらいはあるだろうと探してみたら、案の定小さな自動販売機が見つかった。
なるべくカロリーの高そうなものということで、アズキ入りおしるこというのを飲んで少し回復した。これだけではまだ先が不安なので、甘そうなミルクティーも買って、これを手に持って飲みながらみんなを追いかけた。
ここが走れなかったらどうしようと思っていたが、何とかそれだけは避けられた。
少し遅れていた二人に追いついて、ようやく這々の体で1時半頃に音の花温泉に到着した。
一人だったり、キャノンボールランのような時には絶対にやらないようなスピードで行ったので、この結果は当然と言えば当然かも知れない。ただ、このところは『ちょっとやばいな』と感じると、その後急速にパフォーマンスが落ちてしまう。
元々あまりエネルギーを蓄積できない体質のように感じているが、それがさらに進んでいるような気がする。
UTMF などでもいい結果を出している人はたいていエネルギー補給をしっかりやっていて、時計はそのために持っているというような人さえいるくらいだ。
昔はフルマラソンは水とスポーツドリンクだけで走っていたし、六甲全山も大福一つくらいで走っていたので、その頃のイメージがどうしても拭いきれなくて、ついついあまり補給せずに行ってしまうことがあるのだが、もはやそういうやり方ではダメということをはっきりと認識させられたマラニックだった。
今朝になっても筋肉痛のようなものはほとんど無いので、やはりエネルギー切れだったと思う。
まだまだ準備時間がたっぷるある時期だったので、こういう経験ができて良かったと思う。

UTMF 完走プロジェクト

六甲で痛めた右膝の痛みがまだ残っている。ここでムリをすると尾を引きそうなので、きっちりと治してから練習に戻りたいと思う。幸い、今日は雨だ。
UTMF は入金も済ませて、出場できることが確定した。抽選前の弱気な気持ちはまったく無くなり、今は意欲全開という感じ。こういう気持ちになるのはおそらく 30 歳台半ばに別大を目標レースにしていた頃以来だと思う。
その頃の別大は今よりもはるかに出場資格が厳しく(私が出場した時は2時間45分以内)、私は制限ギリギリのタイムだった。本番はゴール制限は3時間なのでその当時なら問題なかったが、30km の関門が非常に厳しくて、2回目に出場したときは1時間52分だった(本番では1時間52分30秒くらいでかろうじて通過した)。
レース前の秋の走り込みの時期には月間 650km くらい走っていた。常に別大でのゴールを頭にイメージしながら。
強いモチベーションというのはピンかキリかという所で現れるように思う。つまり優勝を狙えるような位置にいるか、完走できるかどうかギリギリという位置にいるかということだ。
私は当然、キリの位置。しかしだから意欲が湧いてくるのだ。もし完走はできると思えるくらいの力があれば、もっと軽い気持ちで臨んでしまうと思う。
と言うことで、これからの半年足らずはしっかり準備して本番に臨みたいと思う。
具体的な練習方法としては、行動10時間程度の練習はこれ以上いくらやっても本番には効果が無いと思うので、最低でも20時間、できれば24時間以上の練習を何度かやろうと思っている。
ただしこの練習は長時間行動が目的なので、ルートファインディングを伴うような未知のルートはできるだけ避けて、走ることに集中できるコースにしたい。しかしマンネリを避けるために、多少はアレンジして新鮮味を出したい。
今のところ想定していのは、
・京都一周トレイルを伏見稲荷スタートでぐるっと廻って上桂まで。そしてそこから桂川、淀川を経由して自宅まで。終盤は平坦なロード。おおむね 100km くらい。
・鯖街道を小浜スタートして出町柳を越えて鴨川、桂川、淀川で自宅まで。終盤は平坦なロード。これも 100km くらい。
・槇尾山をスタートしてダイトレ、そして信貴山につないで生駒を北上して自宅まで。これは 100km を少し越えそう。
・宝塚スタートゴールで一人キャノンボール。これは 90km くらい。
・比良山系を、和迩をスタートして金糞峠から武奈、釣瓶、蛇谷、そして東側へ下りて岳山から釈迦、そして金糞で往路と合流して和迩まで。これも距離的には 100km くらいだと思うが、この中では一番厳しいコースだと思う。
UTMF は平均すれば1時間に 4km のペースで続けられれば完走できるので、上記のコースを平均で1時間 5km くらいのペースで行けるようにしたい。もしこのペースで行くとすべておおむね 20 時間くらいということになるが、100km 超のコースはまた改めて考えてみたい。

運命の日

今日は昨秋から半年間待ち焦がれた運命の日だった。
これまで3回のウルトラトレイル・マウントフジ(UTMF)は春の開催で、前年秋にエントリーと選考が行われてきた。
私もトレイルランナーの端くれと思っているので、UTMF は一度は参加してみたいと思って、昨年はその参加資格を得ることを第一目標に大会に参加していた(本当はそういう動機での大会参加は好ましいことではないのだが・・・)。
何とか期限ぎりぎりの9月で必要ポイントをクリアしたのだが、10 月になると何と 2015 年の UTMF は9月の開催で、エントリーは3月になると発表された。
それ以来ずっと、頭の隅にはこのことがどんよりと淀んでいて、何をやるにもすっきりできない精神状態が続いていた。しかも昨秋から故障が続いて、モチベーションは下がる一方だった。
3月のエントリーになって、一年前のような前向きな気持ちはすっかり影を潜めてしまっていたが、せっかく資格をクリアしたのにここでエントリーしなければ将来きっと後悔すると思って、エントリーだけはしておくことにした。
そしてようやくやってきたのが今日の抽選発表。
キャノンボールランのリタイアの精神的ダメージは大きく、本心で抽選にはずれてほしいと願っていた。
結果発表のメールが送られてきたのは今朝の 10 時過ぎ。
恐る恐るランナーズのページを開いてみたら、何と『当選』という文字!!!!!!!!!
一瞬、とまどいの気持ちが頭を過ぎったが、次の瞬間には参加を決心していた。そしてすぐに、大会に向けた準備のスケジュールを考え始めた。
発表から半日近くが経過した今、もはや迷いはまったく無い。
こういう気持ちで大会に臨むことは 40 歳を過ぎてからは無かったので、おそらくこれが人生最後になるだろう。
これからのほぼ半年、どんな結果になっても悔いがないと思えるような準備をやって行きたいと思う。

六甲縦走キャノンボールラン

一昨年のこの時期に初めて参加してから4回目のこの大会。これまで須磨スタートゴールを1回、宝塚スタートゴールを2回完走してきたので、今回2回目の須磨スタートゴールを完走して卒業ということにしようと考えていた。
スタートは須磨浦公園を午後9時。少し寒かったが、いきなり石段の登りが続くので、ノースリーブのメッシュシャツと長袖ジップシャツ、ロングタイツという定番スタイルで走り始めた。2回目を除いては荷物はすべて担いでいるが、念のために今回もそうした。
割と前の方からスタートして、階段もそれほどの渋滞にはならずに旗振茶屋まで上がる。体調はいい感じ。
栂尾山のピークカットはうまくいったが、横尾山のトラバースは見落としてしまった。須磨スタートのコースは目をつぶっていても大丈夫と思っていたので、ちょっと残念。
1時間足らずで須磨アルプスにさしかかる。ここは何度通っても緊張するが、夜だと下が見えないので楽に通過できる。
東山を越えたあたりで集団の先頭に出されてしまう。しかし特に不安も無く進んでいたのだが、ジャンクションピークを越えるところで『これで良かったかな?』と少し不安が頭を過ぎった。
少し行くと鉄塔があった。こんなところの鉄塔は記憶に無い。しかし道はしっかりしているのでそのまま進んでいたら、板宿への道標が現れた。やはりコースミスしていた。後ろには 10 人あまりが続いている。
ところが後ろにいた一人が、このままでも本来のコースに合流できると言って、みんなそのまま行こうとした。しかし私は方向がおかしいと思って、一人で元に戻ることにした。ここで戻ればロスタイムは数分くらいで済むはずだ。はやりジャンクションピークでは左に曲がらなければならなかったのだ。あのまま進んだ人たちはあの後どうしたのだろうか。
横尾の住宅街に向かって下っていく。道が広くてなだらかな、広い間隔で木の段のある場所になってきて、左側に住宅街が見えてきた。ここで安心して気が緩んだのか、足を何かにひっかけて前に転倒してしまった。
両手をついたが、勢いで側頭部と右膝を少し打った。両方とも擦り傷は負っていると思うが、それほど影響は無いだろうと感じた。右膝は本当なら少し止まって休んだ方がいいくらいだったが、走れないほどではないので、走っているうちに痛みも収まるだろうと思って、すぐに立ち上がって住宅街を走り続けた。
序盤からコースミスや転倒など、やはり気が緩んでいるのだろうと思った。いくら慣れたコースとは言え、トレイルは一瞬のミスが大ケガにつながる場合がある。ヒザの痛みは自然と収まった。
妙法寺の交差点を渡って少し行くと、ショートカットできる箇所がある。気を引き締めて十分に注意していたつもりなのだが、うっかりと見過ごしてしまった。見慣れない光景になったので気が付いて振り返ったら、50m ほど行き過ぎていた。あわてて戻る。
高取山の登りに入ると前の集団に追いついてきた。こういう登り勾配の箇所では私はそこそこのペースで行けているようだ。
高取山の下りに入るといつの間にやら集団の先頭の位置になっていた。しかし下りでまた道が不安になる。参道を下って途中で左側の公園のようなスペースに分かれるのだが、ずっと手前でそこと間違えそうになった。
う〜ん、どうもよくない。おまけにこのあたりから一旦痛みの収まった右膝がまた痛み出した。ちょっと不安な痛みだ。
丸山の住宅街に入る。ここからはしばらく登り基調になるので、ヒザの痛みもさほど気にならなくなった。
鵯越を越えて、水道局のところで今日初めてのエイド。ビールが盛況だが私はそこまでの余裕は無いので、小さなおにぎりと具入りスープをいただく。
この後も右に入る道があって一瞬不安を感じたが、無事菊水山の登りに入った。
スタートして3時間少々で菊水山を通過した。コースミスのロスタイムを考えると悪くないタイムだ。夜景が素晴らしい。
山頂はカットしてそのまま下りに入る。走りやすい尾根道への分かれはしっかりと確認できて、ちょっと気分良くなる。ヒザが少し不安だが、もうすぐ登りになるので何とかなるだろう。
天王吊り橋を渡って鍋蓋山の登りに入る。ここの登りはいつも気分的にこたえるのだが、それほど長く続くわけではないので、息が上がらない程度のペースで一気に登り切る。
それにしても今日はよくシューズをひっかける。転倒したのは一度だけだが、登りですら何度か引っかけている。気の緩みが一番だろうが、筋力の低下というのもありそうだ。また転倒して同じヒザを打ったりしたらそこで終わってしまいそうだ。
鍋蓋山の下りに入ると、右膝の痛みが一段と大きくなってきた。着地の時の足の動きを少し調整しなければならないくらいで、普段通りのスムーズな動きでは痛みが大きくてたまらない。
大龍寺で今日二つ目のエイド。豚汁をいただく。ここまでほぼ4時間。
市ヶ原では沢を渡ってからの上がり口がはっきりわからず、またもやムダに行き過ぎてしまった。こんな所でミスをするのは初めてだ。
トイレに寄って、いよいよ往路最大の登りに入る。おおむね1時間程度だが、以外に細かいアップダウンがあって、走ったり歩いたりの繰り返しになる。
登りが急になってきて、大きな岩の間を手を使って登ったりするようになると、かなり上部にさしかかってきている。なぜか gps の高度が 308m のまま変わらないので、どのくらいまで上がっているのかわからないのだが、前方が見える場所で確認したら摩耶山の鉄塔の明かりが思ったより先に見えた。
念のためにとジェルを補給したが、そこからは数分程度で山頂エリアに出た。スタートして 5 時間 10 分くらいだった。
掬星台では麺類とカレーの二つのエイドがある。食事のできるエイドはできれば離れた箇所にバランス良く配置してほしいのだが、参加費 3500 円の草レースなので、エイドがあるだけでも感謝しなければならない。
さすがにここまで上がってくると寒いので、あたたかい麺類が食べたかったのだが、どうも準備に時間がかかりそうな雰囲気だったので、カフェテラスのカレーの方へ行った。カレーはセルフサービスで、ご飯もルーも自分でよそうようになっていたので、すんなりと補給できた。おいしいカレーだったが、香辛料もしっかりと効いていて、後から身体が冷えそうな感じ。
ここまで来ると大きなヤマを越えたと感じるのだが、今日はいかんせんヒザ痛を抱えている。それでなくてもロードでペースが上がらないのに、一段とスローペースになってしまう。序盤は今日の往路は8時間少々くらいでいけるかもと思っていたが、9時間くらいになりそうだ。それよりもヒザの調子を考えるとむしろペースを落として復路に備えた方が良さそうな気もする。
みよし観音手前のエイドであたたかいスープをいただいて、一軒茶屋のエイドではソーセージを一つつまむ。このエイドではバラ肉の焼き肉もあったが、どちらかと言うとこういう大会のエイドでは炭水化物系の方がありがたいのだが。そう言えば大龍寺のエイドではフライドチキンがあった。
ここでスタートしてから7時間少々。おそらく往路は9時間くらいだ。
ここが今日の最高地点なので、これからずっと下り基調になる。しかし東六甲縦走路はなだらかなアップダウンが長く続いて、いつもならなかなか標高が下がらずにイライラさせられるのだが、今日のヒザの具合ではむしろありがたい。ずっと下りが続くと壊れてしまいそうだ。
5時を過ぎるとうっすらと空が白んできて、塩尾寺に近づく頃にはほぼ夜が明けていた。
休憩時に飲む味噌汁用の水を、塩尾寺で調達しようと考えていたのだが、門が閉まっている。横の方に隙間があったので、こっそりと境内に入ってみたが、手洗水のようなものが見あたらない。以前に一度境内に入ったことがあって、そんなものがあったように記憶していたのだが、記憶違いだったようだ。
がっかりして車道を下ると、ヒザの痛みが一段とこたえる。今回は往路のみで終わりにしようかという気持ちが大きくなってきた。篠山に続いての連続リタイアは極力避けたいところだが・・・。
レースではなくて個人的な行動でも途中でケガをしてしまう可能性はある。むしろそういう場合の方が自己責任で下りてこなければならないので、それに備えて六甲のようなほぼどこでもリタイアできるようなコースでケガを負いながら行動を続けるというのも大切なトレーニングかも知れない。
取りあえずは往路ゴールの塩尾寺下の広場で休んで様子を見ることにした。往路は 8 時間 55 分だった。
持参したおにぎりを食べて、アルミのレスキューシートに入って横になる。復路スタートは8時だが、7時頃から雨が降り出してきた。モチベーションが一気に下がった。体力的にはまだ余裕はあるが、精神的に前向きになれない。
おそらく復路はもう走ることはできないので、上部のドライブウェイでも歩くしかないだろう。それも雨の中、足を引きずって。そこまでやって自分を納得させるか、その後のダメージを避けて早く次の目標に向かうかという葛藤で、結局今日は往路で終えることにした。
ここから宝塚駅までは急な道をしばらく下って行かなければならないが、ヒザの調子は休んで良くなるどころか一段と痛みが増していた。まともに前に足を出して着地できない状態で、やはり止めて良かったと思った。駅の階段の下りもつらかった。
ヒザ痛のことは横に置くとしても、もう大会に参加するのは終わりにしようという気持ちが非常に大きくなった。このところずっとそういう気持ちがくすぶっていたが、いよいよ決心がついたという感じがする。
今のところエントリーしているのは7月のおんたけウルトラトレイル 100k のみで、9月の UTMF は抽選待ちだ。UTMF は当初から当たってほしいような当たってほしくないような微妙な気分だったが、今となっては当たってほしくないという方に大きく傾いた。そうすれば気持ちもすっきりする。
もし当たったらどうするか? この後の二日間、じっくりと考えておきたいと思う。

いよいよ六甲縦走キャノンボールラン

いよいよ今晩から恒例の六甲縦走キャノンボールラン。
これまで参加した3回はいずれも好天で、悪天率の極めて高い大会で奇跡的な幸運だったが、今回はついに日曜日に雨になりそうだ。ただ、気温はさほど低くならなさそうなので、雨対策はウルトラライトのジャケット、パンツにする。
今回は折り返しが塩尾寺下の広場になるので、コンビニはおろか自動販売機も無い。さすがに下のローソンまで行くほどの余裕は無いので、昨年買ってまだ山では使ったことが無いアルコールストーブを持って行くことにする。
燃料のアルコールを含めても総重量 100g 程度で、チタンカップでお湯を沸かして味噌汁やコーヒーを飲もうと思っている。なので、何とか復路のスタートまでは天気が持ってほしい。
楽しむことが第一とは言っても、やはり一つくらいは目標を設定しておきたい。と言うことで、これまでまだ達成したことが無い、復路 10 時間切りというのを目標にしようと思う。
少しくらいは昼寝をしておきたいのだが、こういう時に限って眠れないというのもいつものこと。
ぼんやりしていると、須磨浦公園の駅前の風景が目に浮かんでくる。

山田池練習会

今日はほぼ1ヶ月ぶりくらいで練習会に参加した。
しかし年1回の総会があったので、練習そのものは普段よりは短めで、ベテランの方たちのジョググループに入れてもらって、おしゃべりをしながらのファンランとなった。
昨年、一昨年は総会の日がキャノンボールと重なったので、3年ぶりの出席だった。私にとっては5回目の総会(出席は3回目)だったが、年度の途中で加入した初回を除いてはこれまで3回連続で練習会参加数上位10人に入っていたのが、今回はついにランク外となってしまった。
この1年ほどは久しぶりに故障に悩まされた。ちょうど1年前も実はキャノンボールはヒザの故障で DNS だった。この故障は結構長引き、秋にも2ヶ月ほどほとんどまともに走れない時期があった。
昨年末あたりからようやくそういう状態は脱して、このところは足のどこかに違和感を感じることはあっても、走れないほどの状態には陥らずにすんでいる。
故障で走れない時は、これで疲れが取れてリフレッシュできるかも知れないと前向きに考えたりもしたが、実際に故障が癒えて走り出すと、リフレッシュどころかまさかと思うほど走力が落ちてしまっていて、愕然とした。
49歳から50歳にかけての1年の間に一気に走力が落ちたが、ほぼ10年後に同じような時期が再びやってきたという感じだ。
今度のキャノンボールは次の週末。これまでの11回のうちの8回が雨や吹雪という悪天大会なのだが、私の参加した3回はちょうど悪天にならなかった大会という相性の良さで、今回も今のところは悪天ではなさそうな感じ。
実は1回だけ参加したハセツネが雨で、八ガ岳スーパートレイルも一時豪雨、昨年の志賀高原エクストリームトライアングルも序盤雨で、ロングトレイルの天候相性はあまり良くない。
六甲と言えどもこの時期に上部で風雨にさらされると篠山の再現になりかねないので、いくら防寒具を持って行くとは言っても悪天は勘弁してほしい。

高取山

今日は登山教室で高取山へ行ってきた。個人的には『高取山』と聞くとどうしても六甲の方を思い出してしまうのだが、今日は奈良県の方。
天候が不安だったが、幸いたまの小雨程度で終えることができた。

壷阪山駅からバスに乗って、壺阪寺から歩き始める。
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壺阪寺はわざとらしい大きな仏像などがたくさんあって、観光客目当てのビジネス寺という感じ。中には入らずに通り過ぎる。
登山道を少し上ると五百羅漢。これは年月を感じさせるものだ。
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時折展望が開ける場所からは二上山、葛城山のダイトレが一望できる。
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八幡神社へ寄り道。
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歩き出して1時間ほどで高取城趾のエリアに入る。
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さすがに日本三大山城と言われるだけあって、立派な城壁がたくさん残っている。
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本丸のあった場所が高取山の山頂(584m)。
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山頂エリアからは高見山などの台高山脈が望める。
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ここで昼食を取って、下山は大手道へ。途中の展望台からは奈良盆地が一望できる。畝傍山、耳成山、天香具山が足元に。
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途中には猿石。
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土佐の街では雛めぐりが開催されていた。
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街道には土産物屋がたくさん出ているが、商売臭がぷんぷんしてどうにも馴染めない。
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土佐街道に入ったところで解散したが、私は非常にゆっくり歩いたにもかかわらず最速で駅に着いてしまった。
前日までの予報のわりには天気がひどく崩れずにもってくれたのが幸いだった。

マラソン代表選考

久しぶりにマラソンの代表選考が話題になっている。世界陸上の女子マラソンだ。
マラソンの代表選考が話題になるのはおそらく1968年のメキシコオリンピックでの君原選手と采谷選手の選考以来、ソウルの瀬古選手と工藤選手、バルセロナの有森選手と松野選手、アテネの高橋選手落選などの伝統行事だが、ここしばらくは世間の話題になるほどのことは無かった。この原因は選考過程が明確になったという訳ではなく、誰が出てもメダルには届かないという後ろ向きの理由が最も大きいと思われるのだが。
『誰が出てもメダルには届かない』という点は今回もあまり変わらないと思うが、今回大きく話題になったのは増田明美さんが陸連にかみついたのがメディアで大きく取り上げられたからだろう。大阪で終盤失速して3位になった重友選手が、横浜で優勝した田中選手を差し置いて代表に選ばれたという点に大きな疑問を感じられた模様。
私がマラソンを始めた頃は増田さんが現役だったので、ピークは過ぎていたとは言え大阪国際でのカトリン・ドーレとの争いなどは記憶に残っている。
今はスポーツコメンテーターとして大人気だそうだが、私個人としては解説で聞きたくない人のナンバーワンである。
とにかく増田さんの解説は舞台裏のプライベートな話題がメインで、選手の能力よりも人間性を褒め称えるような話ばかりで、彼女が解説していると反射的に音声を消してしまうくらい毛嫌いしている。
しかし増田さんの競技を見る目の確かさは高く評価している。
オリンピックや世界陸上などで、女子の中距離種目などで日本選手が出場しないレースの解説を何度か聞いたことがあるが、純粋に競技の技術だけに着目した解説は、男性解説者ナンバーワンと思っている宗茂さんに匹敵する質の高さだと思った。どうして国内の女子の大会でそういう解説をしてくれないのか、残念で仕方無い。
そこで今回の選考だが、私は横浜、大阪、名古屋のいずれも家にいなかったので、実際のレース模様はまったく見ていない。したがってその後のメディアでの解説からしか判断できないのだが、そういう文面からの印象で言えば、陸連の判断はそんなにおかしいものではないと感じている。
はっきり言って田中選手の優勝はタナボタと考えざるを得ない。しかもあのタイムだ。それに対して重友選手は積極的に攻めていた。
今の日本選手に大きく欠けているのはレースにおける積極性だと思う。男子で川内選手に人気があるのは、あの積極的な走りが大きな要因だろう。無難な走りでそこそこでまとめようとする選手が多い中、リスクを取ってチャレンジしていく姿勢が大きな支持を得ているのだと思う。
陸連が積極性を強調したのは間違っていないと思う(ただし選考条件にそういう文面は無かったようだが)。
ただ、個人的には天満屋の選手には期待していない。天満屋の選手がいい結果を出すのは選考レースだけで、本番で力を発揮した選手はいないから(強いて言えばシドニーの山口選手とアテネの坂本選手が7位入賞くらい?)。
なので、重友選手には私を黙らせるような結果を残してほしいと願っている。

新聞購読を止めて

新聞購読を止めて 10 日が経った。
いざ止めるとどういう気分になるだろうと自分で自分のことが興味深かったが、最初の2、3日はちょっと物足りなく感じたものの、新規導入したタブレット端末のおかげでもう慣れてしまった。少なくとも情報収集という点に関してはまったく何の問題も無い。
天声人語もネットで読めるし、ポータルサイトを利用すれば他のメディアの情報も効率よく得ることができる。
長文のコラムやインタビュー記事などが無料では読めないのがちょっと残念なところだが、そのためだけにまた月 4,000 円も払おうとは思わない。これでは新聞購読者数が減少しているのもむべなるかなというところだ。
売り上げが減少しているために広告単価が下がって、それを補うためにたくさんの面積を広告が占める。そうすると私のような人間が新聞を止めてしまうという循環になっているのかも知れない。
昨秋にあった地平線会議のイベントで久しぶりに再会した人は、東京の大学で週に何コマかの講座を持っているのだが、最近の大学生で新聞を読んでいるのは2割くらいしかいないとのことだった。
広告の主戦場がネットに移っているのは時代の流れとして必然なのだろうと思う。
私自身、テレビ(NHK のニュース以外はほとんど見ないが)や新聞の広告がきっかけで何かを購入したということは記憶に無いが、ネットの広告が目に入って、それがきっかけで何かを購入したということは何度かある。
google や amazon などにいつの間にか個人情報が蓄積されているのはあまり気持ちの良いことではないが、便利さとの兼ね合いを天秤にかけると、これをシャットアウトしてしまうのはちょっともったいないという気持ちもある。
最近ではシューズやウエアなどもほとんどネットで買っているが、サイズがまったく合わなかったということは一度も無い。
シューズなどは、ほしいけれど定価や1割引きくらいでは買う気にならないようなものが、まれに在庫処分のような価格で出ることがある。こういうのがネットでは個人向けにカスタマイズされた広告に表示されるのだ。
毎日大量に入る新聞の折り込み広告などは本当に資源の無駄遣いだと思う。ウチではたまに野菜を包むのに使うくらいで、ほとんどはまったく見ることも無く古新聞入れ行きになっていた。
新聞の無い生活というのは生まれて初めての経験だが、いざやってみるとほとんど困ることは無いということがわかった。
とは言ってもネットはガセネタが多いので、そのあたりを適切に峻別する眼力は必要だとは思うが。