スポーツの世界では『ゾーンに入る』という言葉がよく使われる。ゾーンに入っている状態というのは競技の特性(チームスポーツか個人スポーツか、相まみえる競技か記録を争う競技か、など)や個人のメンタリティによって様々だとは思うが、基本的には自分のプレーやパフォーマンスに対する集中力が高まって、周囲にまどわされることなく没頭できている状態のことだろう。
こういう状態というのはスポーツに限らず、音楽や絵画、演劇などの芸術活動、さらに職人工芸的な作業においても生じると思う。ビジネスの世界でも緊張感あふれるような状況では、ゾーンに入ったような状態もあり得るだろう。
私もマラソンでは何度かそういう経験をしたことがある。
フルマラソンがきっちりと走れていた頃は、後半もあまりペースが落ちないのが自分のスタイルだった。それでもだいたいは30kmあたりから少しペースが落ちてくる。ここでのペースダウンを最小限度に抑えられると、35kmからまた盛り返してくる。
ラスト5kmを過ぎるとラストスパートモードに入って、さらに40kmを越えると全力を出し切ろうと踏ん張る。
肉体的には一番きつい状態だが、精神的には非常に充実していて、まるで頭の上の方にもう一人の自分がいて、そいつが走っている自分に対して『最後まで頑張れ!!』と励ましているような気持ちになるのだ。
こういう状態は42.195kmのフルマラソンでしか経験したことが無い。ハーフや30kmではここまで力を出し切るという感じにはならないし、逆に距離がもっと長いと力をセーブしてしまう。かと言って余力を残してゴールしているわけではないのだが。
私がフルマラソンにこだわってきた理由は、これが一番大きいと思う。この感覚をまた味わいたくて、何度もフルマラソンにチャレンジしているのだ。この感覚が味わえれば結果のタイムは大した問題ではない。
しかし残念ながら49歳の時の加古川マラソンを最後に、この感覚には出会えていない。50歳を過ぎてからのフルマラソンでは最後まできっちりと走り切れたことが無いし、トレイルのレースはロードとは感覚が随分違う。
これまでの経験で言うと、こういう感覚はリズムに乗って一定ペースで走れている状態でないと発現しないように思える。だからマラソンでも福知山のような、ラストで急な上り坂になるようなコースではたとえうまく走れていたとしても、おそらくこの感覚は得られないだろう。
また、トレイルで周回コースの場合は初めてだとコースがわからないので、なかなかラストに思い切ってスパートするということができない。ロードレースと違って距離も結構いい加減だし、アップダウンの具合もやはり実際に走ってみないとどんなものなのかはわからない。
トレイルでは、シングルトラックで緩いアップダウンが続くようなところを走っていると(こんな場所はあまり無いのだが)、非常に気持ち良くなることがある。ただこれは、ゾーンに入るというよりはランニングハイに近い感覚のように思う。
クラブに入ってからは、どちらかと言うとレースよりも練習会の時の方が充実感を感じて終われることが多いように思う。
いずれにしてもこのような快感はやはり、自分の限界に近いところまで追い込まないと感じられないはずで、いつまでそんな走りができるのかはわからない。もう最終章に近づいてきていることは間違い無いと思うが。
何とかもう一度マラソンでゾーンに入ってみたい。