スポーツナビに、川内優輝選手の手記が二日間、掲載されていた。淡々とした調子で語られているが、なかなか中身の濃い、諮詢に富んだ内容だと思う。
私自身はどちらかと言うと保守的な方なので、2年前の東京マラソンで川内選手が好記録で日本人トップになった時も、さほど大きな期待はしていなかった。
あの、ファイトむき出しのスタイルにはちょっと違和感を感じたし、あれでマラソンをずっと走り続けられるのだろうかという疑問も感じた。
しかしその後もポイントのレースではかなり安定した結果を出して、ロンドンオリンピックの代表こそはずれたものの、実業団のトップ選手とも互角、場合によっては互角以上の実力を示している。
そんなわけでマスコミに登場する機会も多くなり、インタビューなどでの発言などを聞いていると、徐々に『これはただ者では無い』と感じるようになってきた。
特に衝撃的だったのは今年の別府大分毎日マラソン。私自身、過去に何度かこの大会を走っており、今とはコースが若干異なるが、非常に思い入れの大きい大会だ。全般的にフラットなコースだが、ゴール手前の舞鶴橋のゆるやかなアップダウンなどは今もはっきりと覚えている。
どう見ても、最後には中本選手が勝つであろうと思われたレース展開で、あれだけのハイレベルのスパート合戦を勝ち抜いたのは川内選手の方だった。国内の大会で、日本人選手同士の終盤勝負で、あれだけハイレベルのものはかつて無かったと思う。
この手記で川内選手はいくつかポイントになるようなことを語っているが、一番重要な事は、川内選手自身が自分のこれまでの練習とその結果から、自分に合った練習方法を見いだして、それを自分で実行しているということであろう。
つまり、しっかりと考えて、頭を使って練習し、レースの望んでいるということである。
川内選手の練習方法を、形だけ実業団の選手が真似をしたら、おそらくタイムを落としていくだろうと思う。その実例が、福士加代子選手の初マラソンの大阪国際女子マラソンだ。
福士選手はその前にエチオピアへトレーニングに行って、ゲブレセラシエなどのトップ選手の練習に触れてきた。アフリカのトップ選手は、日本人選手のように長い距離を走る練習はあまりやらず、短めの距離でのスピード練習を多くやっているらしい。
そこで、福士選手はかつて日本の女子マラソンが強かった時代の有森裕子、高橋尚子、野口みずきといった選手のような月間1000kmを越えるような走り込みはやらずに、持ち前のスピードを活かした練習を主体としてマラソンに臨んだようだが、結果は無残なものだった。
つまりこの練習は福士選手自身が自分で考えて、自分で感じて取り組んだものではなく、エチオピアのトップ選手がやっているからということだけで取り入れたのではないだろうか。
その後は福士選手もそれなりと走り込みをやるようになっているようで、今年の世界選手権の代表には選ばれているが、タイム的に見れば彼女のトラックのスピードからはまったくもの足らない数字でしかない。何となく、彼女は2時間以上も集中して走りきるというところがメンタル的に向いていないのではないかと思うのだが。
川内選手のように、自分で考えて、自分でトレーニングをやっていける選手が出てきたのは非常によろこばしいことだと思う。やはりスポーツでも真のトップは自分でしっかりと考える能力がなければならない。
イチロー選手や、全盛期の清水宏保などもそうだった。
優れた指導者がいても、選手自身が考えて練習に取り組める能力が無ければ結果は得られない。有森裕子や高橋尚子、水泳の北島康介選手などもそうだと思う。
どうやって自分の能力を最大限に活かすか、それを考えることは楽しい。特に我々のようなアマチュアで、しかも加齢とともにパフォーマンスが落ちてきている者にとっては、それが唯一の楽しみと言っても良い。
そういった取り組みができる限りは、いくつになっても続けていけるのだろうと思う。100歳でもそういう工夫を惜しまなかった三浦敬三さんのように・・・。