OSAKAシティランニングフェスタ2017

ロードレースからは身を引いたけれど、恒例の駅伝だけは辞めるわけにはいかない。かつて勤めていた職場の同僚と始めた年1回の駅伝も、もう 25 回目くらいだろうか。
ナンバーカードを着けてロード(と言っても公園の中だけれど)を走るのは昨年の駅伝以来だ。
今年は初参加の「OSAKAシティランニングフェスタ2017」という大会で、鶴見緑地公園内の1周約 1.62km を 13 周回るハーフの部門に参加した。
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この1ヶ月ほど、久しぶりに淀川で週2回くらいの頻度でスピード練習をやってきた。スピード練習と言ってもせいぜいキロ4分半くらいで、スピードをつけるというよりは、このところ心拍数が上がるような走りをほとんどやっていないので、本番でいきなりペースを上げると心臓がびっくりすると思うので、不測の事態を避けるためというのが主たる目的。
5人で参加して、私は2周(1周を2回)だけだったけれど、2回とも淀川での練習ペースにも及ばない7分以上のタイムで終わった。
チームとしては1時間27分17秒で、参加 46 チーム中 10 位だった。
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終わってからは京橋に出て、久しぶりに楽しい時間を過ごせた。

とよなかシティリレーマラソン

29 歳でマラソン完走を目指して走り出してから 55 歳まではどのグループにも所属せずに一人で走ってきた。
いわゆる『走友』というものは誰もいなかったけれど、市民駅伝の大きな大会が始まるのを機会に職場の若手に声をかけて、年に一度だけ4人で駅伝に出るようになった。
最初は 1991 年(おそらく)。軽い気持ちで始めたのが、たまにメンバーが一部入れ替わることもあったけれど、ほとんどこの4人で 2014 年まで 25 年間続いた。
その間、参加する大会はいくつか変わったけれど、秋から年末あたりの恒例の行事になった。
昨年(2015 年)は私のヘルニアや他のメンバーの故障などもあって、エントリーはしたものの直前でドタキャンになって、ついに連続記録が途絶えてしまったが、今年はまた新たな一歩を踏み出すことになった。
昨日はその大会として服部緑地公園で行われた「とよなかシティリレーマラソン」を走ってきた。2014 年に続いて2回目。
この大会は1周 2km ちょっとの周回コースを 21 周(1周目は約 1.5km)してフルマラソンの距離を走るというもの。参加者はチームあたり4人から 15 名までで、一人で何周走ってもかまわない。我々は5人でエントリーした。参加チーム数十くらいのローカル大会だ。
朝から雨で気分は盛り上がらない。個人レースならやめようかと思うくらいだが、駅伝なのでそういうわけにもいかない。
競技場に着いたらすでに他のメンバーは到着していて、しかもスタンドに大きな雨よけシートを張ってくれていた。
普通のレースなら雨で濡れても終わって着替えればいいのだけれど、今回はみんなおおむね3回くらいは走るローテーションにしているので、まさか毎回着替えるというわけにはいかない。
どういうウエアで走ろうか迷ったけれど、上はメッシュのノースリーブの上に半袖Tシャツとアームウォーマー、そしてその上にライトジャケットを着ることにした。下は膝上までのハーフタイツ。そして帽子。
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一昨年は3時間を切るタイムで走れたけれど、このコンディションでは難しいかも知れない。
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12 時にスタートして、私は最初は4走目で1周。走り出せば雨はほとんど気にならない。ただし路面の水たまりがちょっとわずらわしい。
このところスピード練習をほとんどやらなくなったので、以前ほど追い込めない。まだ余裕があるのだけれど、そこでブレーキがかかってしまう感じ。
せめて8分台で、と思っていたところ、何とかギリギリの 8’59” でタスキを渡すことができた。
一人、今シーズン自己ベストを更新してサブスリーを達成した気力十分の仲間が2周走って、後はみんな1周でタスキを渡していく。
待っている間は身体が冷えないようにジャージと雨具を羽織る。幸い風は無いけれど、じっとしているとやはり寒い。
前回に比べるとやはりみんな今ひとつスピードに乗れないようで、前回の記録に比べるとおおむね1周あたり 10 秒から 20 秒くらい遅くなっている。
私の2回目はちょっと余裕がありすぎたようで、9’23” に落ちてしまった。
3回目は多少なりともタイムを取り返すべく頑張ったけれど、それでも 9’07” だった。
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結果的には3時間 01 分 37 秒で、サブスリーには届かなかった。
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私自身はもはやタイムへのこだわりはほとんど無いので、悔しいとかいうような気持ちはまったく無く、久しぶりにこういうスピードで最後まで走り切れたことに満足していた。
大会後は冷えた身体を中から温めるべく、江坂の居酒屋で打ち上げ。
久しぶりの楽しいお酒で、帰りの電車で危うく乗り過ごしそうになってしまった。

篠山マラソン

昨日は篠山マラソンだった。初フルがちょうど 30 年前の篠山で、30 周年記念ということでちょっとした思い入れを持って臨んだ。
しかし天気予報通り朝から雨。貸し切りバスの出る枚方市まで、自転車はやめて電車で向かった。
どしゃぶりという強い雨ではないが、気温が低いのでかなり厳しいレースになりそうだ。寒さ対策で、上はメッシュのノースリーブに半袖Tシャツ、その上に長袖Tシャツで、下はロングタイツにした。そしてゴアテックスの帽子をかぶる。手袋もメッシュのインナーの上にランニング用手袋と二重にした。
未公認だったので、スタート地点に並んでから 30 ほど待たされる。ただ、心配したほどは寒くなさそうだった。
今回の戦略も年末の加古川同様、余裕のあるペースできっちり完走を目指す。加古川では終始キロ5分15秒ペースだったので、このあたりを基準にして、身体が動けば若干速めにしようと考えていた。
10時50分にスタート。しばらくは渋滞してスムーズに走れなかったが、3km あたりからようやく自分のリズムで走れるようになった。おおむねキロ5分。加古川の時よりは少し頑張っている感じはあるが、これくらいならムリは無い。
雨はだんだん小降りになって、ほとんど止んでくれた。しかし天気予報では昼頃に強くなるらしい。
5km の通過は 25’38″。スタート直後の渋滞を考えるとまぁまぁのタイムだ。
しばらくは沿道の人の多いあたりを何度もカーブしながら進む。調子は悪くない感じで、時折キロ4分台まで上がっている。
ちょっと厚着しすぎたかもと思っていたら、再び雨が降り出してきた。10km を通過して、この 5km は 25’07″。気分が乗ってきた。
エイドでは少し歩きながらスポーツドリンクを補給する。そう言えば篠山のエイドは最後まで水とスポーツドリンクしか無かったのを思い出した。沿道でアメやチョコレートなどを配ってくれる人たちがたくさんいる。
道路の水たまりを避けたりしながら順調に進む。しかし少し身体が冷えてきた。
15km までの 5km は 25’18″。24 分台を期待したが、逆に少しペースダウンしていた。しかしこれくらいなら問題無い。
沿道のチョコレートをもらって口に入れる。かんだチョコレートが口の中で渇いた小さな粒のようになって、呼吸がしにくい。
時折のアップダウンをこなして、20km までの 5km は 25’20″。徐々に落ちきてはいるが、加古川のタイムは上回れるだろうと思っていた。
しかしハーフ地点の坂を越えたあたりから疲れを感じてきた。何よりも寒い。走っていてもどんどん体温が下がる感じ。
25km までの 5km は 25’44″。しかしまだ余裕はある。篠山のポイントはここから折り返しの 30km 過ぎまでの緩い登り坂。ここを余裕を残して走りきることが重要だ。これまではいつもこの登りで力を使い果たしていた。
ペースが落ちていることはわかっていたが、ここでムリをしてはいけない。30km までの 5km は 26’06” だったが、それでも加古川の平均ペースよりはまだ速かった。しかし急激に体力が消耗していることを感じてきた。
折り返して下りになってもまったくペースを上げることができない。と言うより、さらにペースダウンしてきて。いつものパターンに陥ってきた。
寒さで身体が硬直してきて、ほんのわずかな間に、走り続けることすら難しいと感じるようになってきた。
32km を通過して、あと1時間でゴールできるだろうかと不安になった。と同時に、もはやこれ以上走り続けるのは危険とすら感じるようになって、少し歩いて体調の回復を願った。しかし寒さのせいで、歩いても一段と身体が硬直するばかり。
ちょうどトイレが空いていたので入って一服してみたが、明らかに低体温症の状態に陥っていた。
トイレを出て少し進んでみたが、もう次のエイドまで行くのはムリだと感じて、ここでのリタイアを決めてトイレの場所に戻った。
トイレの場所はちょっとした倉庫のような建物があって、その前で簡易の救護場所になっている。すでに3人ほどがシートをかぶったりしてリタイアしている様子だった。
使い捨てカイロをもらったが、身体が冷え切っているのでまったく暖かくならない。少しうずくまっていたが、寒さはつのる一方で、しかも正式なリタイアポイントではないので、収容バスがいつ来るのかわからない。
覚悟を決めて 2km ほど先のリタイアポイントまで何とか行こうと思って腰を上げたが、50m ほど歩いてはヒザに手を置いて止まってしまう状態。おまけに少し風もあって一段と寒い。しかし前に向かうしか無い。
絶望的な気分になっていたら、道の反対側で折り返しへ向かう人が最終ランナーになったようで、その後ろに収容バスが見えた。これで助かったと安堵の気持ちがこみ上げてきた。
救われた思いでバスに乗り込んだが、バスの中は期待したほど暖かくない。これまでに途中棄権でバスに乗ったことは何度かあるが、たいていは用意されている毛布なども無い。運転手は暖房は強くしていると言っていた。気のよさそうな人だったので、おそらくその通りだったのだろう。バスは会場から少し離れた場所に着くそうなので、下りてから旅館に戻るまでが心配だ。
このままずっと最後尾をゆっくり走るのかと覚悟していたが、途中でコースを離れて会場に向かったようだ。それでもちょうど会場から最も離れた場所でリタイアしたので、何だかんだで戻るまで1時間くらいかかった。
下車してから旅館までは数百メートルだったが、やはり寒くて震えがきた。完走メダルを下げて帰ってくるランナーを見ているとなさけない気分に襲われたが、昨日はリタイアして正解だったと思う。あのままムリをしていたら最悪の結果を招いていたかも知れない。
旅館へ戻ってすぐに風呂に入ってあたたまって、ようやく心身とも平静を取り戻すことができた。
これまでフルは 50 回以上走っていると思うが、間違い無くこれまでで最も厳しい気象条件だった。唯一の救いは風があまり強くなかったこと。これで風が強かったら大会そのものが相当悲惨な状況になったと思う。
このところロードレースに対するモチベーションが急速に低下してきているが、これでその勢いに一段と拍車がかかったと思う。おそらく当分ロードレースにエントリーすることは無いと思う。
今のところエントリーしている大会は今月末の六甲キャノンボールと、7月のおんたけウルトラトレイル。UTMF は一応エントリーするだけはしておいたが、おそらく抽選になるだろうし、当選したとしても最終判断する時間はまだある。
トレイルもレースにはもうあまり積極的になれない。レースだと昨日のようなコンディションでもやらざるを得ないし、悪天候だったから印象に残ったということもまれにあるものの、はやり楽しいものではない。
レースの唯一のメリットは、レースでなければ出てこない何かが自分の中から出てくることがあること。こういうことはやはりレースでないと経験できない。実はそういうことが印象の強弱に大きな影響を与えているのだ。
しかし今の自分にとってどういうやり方が一番楽しいかと言えば、自分で地図を見てルート設定をして、天候を見ながら決行して結果を得ることだ。これなら関門など関係無いし、厳しめのコースを設定すればそれなりの満足感も得られる。
50 を過ぎてからフルをまともに走れなくなって山スキーなどに主戦場を移したが、次第に体力の低下を感じるようになった。おそらくロードレースをやらなくなったせいで追い込んだ走りをしなくなったのが体力低下の原因だろうと思って、55 歳から陸上クラブでまた追い込んだ練習をやるようになったが、結果的に言えば期待したようなものは得ることができなかった。
正直言って、これ以上レベルを落としてタイムにこだわる走りを続けたいとは思わない。
ただ、走ること自体は好きだし、ある程度追い込んで走ることの気持ち良さもあるので、クラブはクラブで続けて行きたいと思うが、しばらくはロードレースはたまの気分転換くらいにしようと思う。
このところの低山歩きのおかげで近場でも行きたいところがいくつかあるので、そろそろ暖かくなってきたのでその方面に足を延ばしてみたいと思っている。

枚方新春ハーフマラソン

今日は枚方新春ハーフマラソンだった。
年末の加古川で10年ぶりに納得のいく走りができたので、その流れで行きたいと思った。要するに、タイムやペースにはこだわらず、自分の体感を最重視してきっちりと走りきること。
気温が低かったので長袖シャツとハーフタイツにしたが、上はもう一枚重ね着した方が良かったと思うくらい寒いスタートだった。
スタート直後の混雑はあまり気にせずに、ムリの無いペースで入る。ペースは気にしないとは言ってもやはりチェックはしておきたい。何とかキロ4分台というところ。もうちょっといいペースを期待していたのだが・・・。
5km は 24 分台(24’30″)。まぁこんなところかという感じ。
一昨年の秋の大雨で被害が出た穂谷川の橋の改修工事の影響で、今年はずいぶんコースが変わった。いつもに較べて南へ長く走る。リバーサイドのように芝生を走らされると覚悟していたが、実際は河川敷公園内の舗装道路(とは言っても路面は悪い)だった。
次の 5km もほぼ 24 分(24’01″)。
まだ余裕はある。これまではいつもジリ貧だったが、今日はそんなことは無い。
時折冷たい横風に襲われるが、さほど気にはならない。
一旦会場に戻って、次の 5km は 23 分台になっていた(23’35″)。ペースアップを意識したわけではないが、自然なペースアップで気分は良くなる。
終盤はさらにペースアップしたいと思っていたが、実はこのあたりが限界だった。
18km あたりで脚筋疲労を感じて、19km あたりではかなりきつくなってきた。明らかにペースダウンしている。
あと 2km を踏ん張るのはムリと感じて少し抑えて、今日初めて給水ポイントでスポーツドリンクを補給した。
それでもこの 5km も 23 分台(23’31″)を保っていた。
後半はおおむね先行者を抜くペースで走ってきたが、ここに来て抜かれるようになってしまった。
ラストもスパートとはいかず、いささか期待はずれのゴールだった。1:41:22。せめて 1:30 分台と思っていたが、それは叶わなかった。
今の実力はこのくらいということがはっきりと認識できた。
もう半年ほどスピード練習をまったくやっていないので、その影響が大きいと思う。
次の大会は3月の篠山。これに向けてどういう準備をしてくか、悩ましいところだ。

加古川マラソン

2年ぶりに加古川マラソンを走ってきた。
絶好のコンディションで風もおだやかで、タイムは3時間43分44秒(ネットタイムは3時間43分02秒)ながら、内容的には 50 歳を越えてからではベストの走りができた。
とにかく体感を最重視して、エイドでは 5km ごとに立ち止まってしっかりと補給という戦略で望んだ。これは6月の武庫川月例マラソンでこういう走りをして、練習モードながらフルの距離を4時間ちょっとで走った時の再現を願ったから。
そうは言ってもやはりペースがどれくらいかは気になるし、気分良いペースがキロ6分ではいくら何でも淋しすぎる。
今年は陸協登録していないので一般でエントリーしたが、予想以上にスムーズにスタートできて、1キロも行かないうちに自分のリズムで走れるようになった。
で、ペースをチェックしてみるとキロ5分15秒くらい。期待通りで気分が良くなる。まだスタート直後なのに今日はうまく走れるのではないかという期待感が胸に湧いてきた。
心拍センサーを着けるのを忘れてしまったが、おそらく 140 台だろう。これなら最後まで行けるのではないかと感じられるペースだ。
最初の 5km は 26’40″。スタート直後のスローペースを考慮すればちょうどいいくらい。
時々ペースをチェックして、キロ 5’20” 台に落ちていたら少し気持ちを引き締める。ただしペースアップという対応にはならないように注意する。
約 10km で折り返して南下すると向かい風になった。ただ、走りに大きく影響するというほどではない。ペースをチェックするが、それまでとほとんど変わらない。
水門を渡って右岸を南下する。どこまで行っても代わり映えのしない風景に、気持ちが疲れてくる。これが加古川の欠点だろう。しかしこのコース設定では致し方ない。
10km がはっきりわからなかったので、15km でタイムチェック。この 10km が 52 分台だったので、当初のペースを維持している。
20km からはエイドで食べ物が出てくる。ここでは小さく切ったあんパンをスポーツドリンクで流し込む。
折り返しは 25km の手前あたり。一昨年はこのあたりではすでに気力も無くしてリタイアすら考えていたのだが、今日はまだまだ余裕がある。しかしこのあたりはちょうど対岸がスタートゴールの会場で、会場のアナウンスの声がはっきりと聞こえてくるし、アーチも見える。これは気分的にはちょっとこたえる。
30km のエイドではバナナを一切れ。そして 33km あたりでトイレに寄った。これですっきりして、気持ちもリフレッシュされた。
また水門を渡って左岸に戻る。また南下方向になるが、幸い向かい風は気になるほどではない。
35km を過ぎるとさすがに疲れを感じてきたが、ペースは落ちていない。ここまで来れば最後までいけるだろうという気持ちになってきた。
マラソンの終盤をこういう状態で走っているのは本当に久しぶりだ。最後にこういう走りをしたのは奇しくもちょうど 10 年前の加古川マラソン。49 歳の時で、結果的に最後のサブスリーになった大会だった。
2年前には苦痛だった荒れた路面も、今日はあまり気にならない。
ラスト 5km ではスイッチを入れ替えようと思っていたが、残念ながらスイッチが変わったのは気持ちだけで、ペースアップにはなっていなかった。
40km を通過したらギアチェンジと思ったが、これも身体が反応せず。
しかしラストは久しぶりに、肉体的な苦痛の中での至福感を味わうことができた。
ゴールのタイマーが3時間43分を表示しているのが目に入った時はちょっとがっかりしたが、そんな邪念はすぐに消えた。
ロードレースでこういう走りができたのは 10 年ぶりで、自分のマラソンというものをようやく取り戻したと感じた。
100% 満足のレースだった。

八幡市民マラソン

ロードレースらしいロードレースに参加するのは、先日の駅伝を除けば3月の長居公園周回コースのフル以来。ハーフの大会は今年1月の枚方新春ハーフ以来だった。
枚方新春ハーフは1時間35分台だったので、今日はキロ5分を切るくらいのペースで入って、できれば1時間40分くらいでまとめたいと思っていた。
家から会場までは自転車で。気温は低いが天気は快晴。風もほとんど無いので、走り出せば以外と暖かくなるかも知れない。
ウエアは上は薄い長袖ジップシャツ(鯖街道の参加賞)、下は最近新調したサポートタイプのハーフスパッツにした。
1時間40分以内というグループの後ろの方に入って、スタートはスムーズだった。
スタート直後はしばらく細くて曲がり角の多い住宅街のような場所を通るが、1km ほど行くと木津川の河川敷に出る。後は木津川マラソンと同じ河川敷を走って戻ってくる。
体感的には思惑通りという感じで走り出したが、時計を見ると予想外にスピードが遅い。おおむねキロ5分前後だ。しかしスタミナに不安があるので、これ以上のペースアップは危険だ。
10km の通過は49分台(正確には49分14秒)。これでは1時間45分以上かかってしまう。それはいくら何でも・・・と思ってはみても、今日の体調ではそうそうペースアップするわけにはいかない。
15km の通過は1時間13分台で、この 5km は何とか 23 分台。わずかだがペースアップしていた。
しかし 16km を過ぎたあたりから脚筋に疲れを感じてきて、このままのペースを維持するのは難しいと思った。ちょっと抑えないとラストでボロボロになりかねない。
恐ろしくて時計を見る気分になれない。明らかにキロ5分以上のペースに落ちている。
ちょっとした路面の盛り上がりでバランスを崩して、思っている以上に疲れていることを実感する。
中盤以降はたくさん抜いてきたが、ラストの 2km くらいは随分抜かれた。順位へのこだわりはまったく無いが、終盤にペースが落ちていることを実感させられるのはあまりうれしくない。
結局1時間43分36秒でゴール。何とか平均でキロ5分を切れたのがせめてもの幸いだった。
この歳でこれだけ練習のブランクがあると、これだけ力が落ちるということを再認識させられた。いい休養になったのではないかと思ったりもしていたが、とんでもない考え違いだった。
心拍数は終盤でも 160 を越えていたので、走りそのものはボロボロにはなっていない。にも関わらずキロ5分以上かかるようなペースまで落ちているので、これは自力が落ちたとしか言いようが無い。
2週間後には加古川を控えている。目標をサブ4くらいに設定した方が良いかも知れない。

とよなかシティリレーマラソン

今日はかつての職場の仲間達との恒例の駅伝で、とよなかシティリレーマラソンを走ってきた。
この仲間との駅伝はもう20年以上続けているが、この大会は初めて。服部緑地公園の中のほぼ 2km のコースを 21 周するフルという設定で、ここの陸上競技場は何度も走っているが、この大会は私自身も初めてだった。
左足の故障がすっきりしないので、はたしてまともに走れるのかどうか不安 90% というのが正直な気持ちだった。
誰がどれだけ周回するかは自由に決められるということで、今一番元気な仲間が飛び出して行った。
彼は想定内の走りだったが、二番目に走った仲間が予想外の快走をして、これは大変なことになったとあせった。
私はまずは4番目に3周の割り当て。三番目もきっちりと走ってきたので、もう行くしかない。故障云々と言ってはいられない状態だ。
アップの時は左足首に若干の痛みがあったが、タスキを受け取って走り出したときは痛みはまったく無かった。本当に大丈夫だろうかと不安一杯だったが、もう開き直った。
最初の割り当ては3周。1周目は8分台で予想以上に走れたが、徐々にペースダウンして、3周目は本当にきつかった。それでも何とか9分台でカバーしてタスキをつないだ。
みんなが頑張ってくれたおかげで予想外のサブスリーペースで、ほぼ中間地点を1時間半を切って通過した。
次は1周。何とか8分台でクリア。
ラストはアンカーで、2時間47分くらいでタスキを受け取ったので、これで3時間を超えたらゴールに戻ってこれないというプレッシャーの中、2時間55分台でゴールテープを切ることができた。
長引く故障の中、なぜ今日はこれほど走れたのか自分でもまったくわからない。
これで故障が癒えたのか、またまた大きなダメージになるのか、明日以降が心配ではある。

奥熊野いだ天ウルトラマラソン

初のウルトラ 100km は、不安感 100% でのスタートとなった。
今月の走行距離はわずか 196km。一番長い距離を走ったのも 15km で、これでウルトラの 100km にチャレンジしようというのは無茶でしかない。しかしせっかくエントリーしたので、とにかく行けるところまで行こうと思った。
『完走したい!!』と書いた護摩木を火に投げ入れて、朝の5時に那智の滝の滝壺をスタートする。まだ薄暗くてかなり寒い。天気予報から暑くなるのを予想して、ランパンとスカスカの薄いTシャツというウエア。他の人たちはほとんどが長袖シャツにロングタイツを着用している。手袋をしている人も少なくない。日が昇れば暑くなるだろう。
滝壺から石段をしばらく上がって、400m ほど車道を上がってから折り返してくる。先頭グループはさすがのスピード。これから数キロはずっと下り基調になる。
どうも gps のスピード表示が変だ。キロ6分台の後半になっている。いくら何でもそんなことは無いはずだ。まぁ、普通のロードレースではないので、あまり気にしないようにしよう。いずれにしても序盤の下りではスピードを上げないことが重要だ。
心配な左膝は今のところ何とも無いが、先月の長居のマラソンで発症した右股関節の違和感が少し出てきた。ペースが遅いのであまりひどくはならないのではないかと思うが、少し不安を感じる。
5km ほど下ってから今度は同じく 5km ほどの登りへ。エイドがあったが、さすがにパス。完走目的のために全エイド制覇を考えていたが、さすがにまだ補給する気分にはならない。
最初のうちは緩いのぼりだったが、次第に傾斜が急になってきた。歩いている人もチラホラ出てくる。
これも完走目的で、登りのきつい所は歩きで行こうかと思ったりもしていたのだが、いざこういう局面になるとどうしても走りで行きたい気持ちが強くなる。実はこういう登りが好きなのだ。決して速いわけではないし、場合によっては歩きに切り替えた方が筋肉の疲労という面からも良い場合もあるのだが、ロードレースでは何とか走りにこだわりたい。
最初の 10km は 67 分ほど。登りが長かったのでこんなものだろう。初めてのエイドで水分と梅干しを補給する。
下りの傾斜はさほどきつくない。左膝の不安もすっかり無くなり、右股関節の違和感も治まっている。気分転換に遠くの景色を眺めたりしながら、緩い傾斜を下って行った。
この 10km は 63 分くらい。下り基調なのにキロ6分以上かかっているが、序盤でムリは禁物だ。
27km のデポジットのある集会所に到着。ここでバッファリンと bcaa の錠剤を補給する。ようやくトイレですっきりして、気分も爽快になってきた。
ここからはしばらく緩い登りが続く。調子が上がってきてガンガン行きたい気分だが、まだ 30km 程度なのでここでムリをするわけにはいかない。多分、このレースで一番の快適な時間帯になるのだろうと思いながら走って行った。
徐々に傾斜がきつくなってきた。歩いているランナーの方が多い。歩きに切り替えた方が良さそうな部分もあったが、せっかくここまで走り続けてきたので、何とかふんばる。私はこういう部分が好きなのだ。
40km を 4 時間 40 分くらいで通過して、ちょうどフルの距離で峠の上に到着した。小さな女の子が冷えたタオルを差し出してくれた。顔と首筋を拭いて気分がすっきりした。
しばらく緩い下りが続いて、50km を通過する。いよいよ 10km が 70 分くらいになってきたが、まだ脚は残っている。完走できるのではないかという気持ちが実感を伴ってきた。まだこの先 50km あるというのに、もはや気持ちはゴールに向かっている。
また登り基調になる。しばらく行くと、折り返してくるランナーとすれ違うセクションに入った。下ってくるランナーはみんなご機嫌な様子で、ほとんどみんなが『頑張って!!』と声を掛けてくれる。
始めのうちは返事していたが、あまりにも次から次からかけ声が続くので、いい加減うんざりしてきた。そのうちにもう開き直って、無視することにした。
このあたりで gps の調子がおかしくなった。何かメッセージを表示して、どこを触ってもフリーズ状態だ。仕方ない。どうせタイムをチェックしたところでどうなるものでも無いし、帰りの 78km のデポジットでは gps の電池切れに備えて予備の時計を入れている。
65km のエイドポイントで往路に合流する。この直前でコースミスしたが、直後にいたランナーに呼び止められて助かった。突然トレイルになったのでおかしいとは思ったのだが。
このあとはずっと緩い下り基調。70km を過ぎてもまだ脚が残っている。我ながら不思議だ。昨年の六甲往復2回や八ガ岳スーパートレイル(97km の関門で引っかかったが)、ダイトレ全山などの貯金が残っていたとしか考えられない。
78km のデポジットではまたバッファリンと bcaa の錠剤、bcaa ドリンクと VAAM を補給する。
ひょっとしたら 11 時間台かもという期待が一瞬膨らんだが、80km が 8 時間 52 分だったので、これはあっさり諦める。昨年の鯖街道が 76km で 8 時間 38 分だったので、ほぼ同タイム。アップダウンを考えるとかなり遅いが、今日はまだあと 20km 残っている。おまけにこのあと長い登りが待ち構えている。
いよいよ最後の 7km の登りが始まった。ここまで戻ってこられることは往路ではイメージできなかったが、何とまだ若干の余裕がある。ペースは遅いが、走りのリズムで進めている。
5km ほど登ると傾斜が緩やかになる。部分的に緩い下りもあるのだが、何とここで右膝に痛みが!!。これはヤバイ。痛みの質からして最後の下りでは間違い無く苦しめられるだろう。
90km はほぼ 11 時間。おそらくあと1時間半くらいはかかるだろう。
下りにさしかかったら予想通り、右膝の痛みが出てきた。気を紛らせるために景色を眺めて関係無いことを考えたりしてみるが、それでごまかすことはできない。
歩きに切り替えた方が良いと思うのだが、せっかくここまでずっと走り続けてきたのに、ここで歩く訳にはいかない。痛みが強くなると立ち止まってヒザを伸ばしてまた走るということを何度も繰り返した。どんどん抜かれていくが、そんなことを気にしている場合ではない。
5km に及ぶつらい下りがようやく終わり、最後のエイドステーションに到着した。残りは 2.8km。ここからはフラットのようなので、ヒザの痛みが治まってくれることを祈った。
期待通りヒザの痛みは治まって、またしっかり走れるようになった。おそらくキロ7分か、それよりも遅いくらいのペースだと思うが、100km 近く走り続けてきてまだ走れているのが本当に不思議だった。
残り 1km を切ると随所にスタッフの方が迎えてくれて、声援をかけて下さる。ゴール直前で完走賞のお茶の葉と菊の一輪、そして猪をかたどった木彫りを首にかけていただいて、12 時間 40 分の長い旅が終了した。
もっと感激するのではないかと期待したが、思いのほか淡々とした気持ちだった。
本当にあたたかい大会だった。大会を開催して、そして支えていただいたスタッフの方々には本当に感謝したいと思う。
細かい心遣いが本当に素晴らしかった。エイドステーションのドリンクは随所でコップに氷が入れてあったし、バケツの水も本当に助かった。ヒザに不安を抱えていた私にとっては、補給よりもヒザや股関節を水で冷やすことの方が重要だった。
初めてのウルトラ 100km は、予想外の完走で終えることができた。
これまで『ロードの 100km はあまり興味が無い』と言ってきた。これはもちろん本音なのだが、心の底では『完走する自信が無い』という気持ちがあったことも事実だ。
そういう意味では、心の底のわだかまりがこれで一つすっきりさせることができたように思う。
しかしロードの 100km をまた走りたいかと聞かれると、それはまだ微妙だ。つらさという意味では予想外に楽だったというのが本音だが、本当に楽しかったかと言うと、これもまた微妙な気持ち。
7月にはおんたけウルトラトレイルの 100km を控えているので、今のところはそれを次の目標にしたいと思う。
ただ、5月にはまた鯖街道があるのだけれど。

大阪42.195kmマラソン

今日は篠山の日だが今年は止めて、長居の周回道路を15周するという大会に参加することにした。ずいぶん以前に2回ほど参加したことがあるが、久しぶりだ。新体蓮の主催で、こぢんまりした私好みの大会。とは言ってもフルの参加者は800人くらいになっていた。かつては300人くらいだったと思うのだが。
雨の予報だったが、朝には止んでいた。おかげで傘を持ってでるのを忘れた。気温もさほど低くない感じ。ちょうど木津川と同じようなコンディションだ。
今日のテーマは、フルをきっちり走りきれるペースを見つけること。キロ5分くらいで入って、余裕があれば30kmあたりからペースアップしたいと思う。
ウエアは木津川と同じく、ランパン、ランシャツにアームウォーマー。ただしチームのユニフォームは避けた。
以前は時計台の所からスタートして、そこがゴールになっていたのだが、ゴールが第2競技場のトラックになって、その分の距離調整のためにスタート地点が時計台から少し先へ行った場所になっている。
1周を14分で行くと3時間半くらいになるので、これが基準タイム。1周目はおおむね予定通りの13’53″。しかし予想外に余裕が無い。心拍数も木津川の時より10くらい低いのに、そんな余裕はまったく感じられない。これでは終盤ペースアップどころか、このペースをキープするのも難しいのではないかと感じざるを得ない。
おおむねこのペースを維持していたが、10kmあたりから股関節の違和感が出てきた。突然、力が入らなくなって足がガクガクする症状だ。木津川でも一時症状が出たが、ほどなく消えたので、今回もそのうちに消えてくれるだろうと思っていたが、以外としつこい。もしひどくなるようであれば走り続けることはできない。
早くも意欲が減退してくるが、ペースはあまり落ちていない。ただ、このペースを最後まで維持するのはもう絶対にムリだろうと思った。となると、木津川のタイムをはるかに下回るということになる。
そんなことを考え出したら一気にモチベーションが下がって、15kmあたりからは本気でリタイアを考え出した。こういう周回コースはどこで止めても簡単に会場に戻れるのが難点で、調子が悪くなるとリタイアの誘惑との戦いが厳しくなる。
20kmでは木津川よりも5分近くも遅いのに、余裕はまったくない。最近のダメレースでも30kmくらいまでは何とかペースを維持しているのだが、目一杯遅いペースで出たはずの今日は、すでにペースダウンが始まっている。
股関節の症状はちょっと小康状態という感じ。たまに出現するが、続くことはない。ここであの症状が続けば間違い無くリタイアだが、何とかギリギリで持ちこたえている。
ただ、心の中ではロードレースはもうこれを最後にしようという気持ちが固まってきた。クラブに入ってまともな練習を再開して3年少々。いくら練習してもまったく結果が出ない。さすがに気持ちも折れてきた。
そう決めると、最後のレースがリタイアで終わるのは何とか避けたいという気持ちが出てきた。もうタイムはどうでもいいので、ゴールだけはして最後にしたい。
時々足がガクっとしてよろけそうになるが、何とか踏ん張って走り続ける。ここで転倒などしたらおそらくそこで終わってしまうだろう。
いつも通り、最後の5kmはキロ6分まで落ちて、結局3:44:34でゴールした。ここ3年で最悪タイムだった。
こんなレースばかりではまったく楽しめないし、レース前の心境ももう期待感などほどんど湧いてこない。キャノンボールの前に感じるようなわくわく感など微塵も無い。
もはやこれが潮時だと思う。レースはいつでもあるので、また走りたくなったらその時に走ればいいだろう。
今日のところは自分に『お疲れさんでした』と言ってやりたいと思う。

木津川マラソン

昨日は木津川マラソンを走ってきた。今シーズン初めてのフルで、フルを走るのは昨年3月の篠山以来だった。
天気予報では午前中は雨模様とのことだったが、何となく止むのではないかと感じていた。
前回(一昨年)初めて参加した時は、駅から会場まで時間がかかるのがうっとうしくて、家から会場まで自転車で行ったのだが、途中にちょっとした峠が3カ所ほどあってとてもアップとは言えないくらい疲れたので、今回は自転車は長尾までにした。
長尾までの間は少し小雨が降っていたが、京田辺についた時にはすっかり止んでいた。
橋の下の濡れない場所に荷物を置いて、少しアップ。最近はフルではほとんどアップ無しでスタートするのだが、今日はチームのユニフォームのランパン、ランシャツで走ろうと思っているので、少し身体を温めておきたかった。
ランパン、ランシャツにアームウォーマーと手袋でスタート地点に並んでいたら、突然雨が!!。そばにいた人が『早くスタートしてくれ!!』とぼやいている。同感。
今日の戦略は心拍数を基本にして走ること。これまではフルでも心拍数が160くらいまで上がっていて、結局終盤大きく失速するというパターンを繰り返してきたので、ペースは気にせずに心拍数が150台の前半くらいで走ることを心がけることにした。そのまま最後までというのが目標だ。
結構前の方からスタートしたが、道が狭くて渋滞して、最初の1kmは6分近くかかってしまった。自分のリズムで走れるようになったのは3kmあたりで3時間半のペースランナー集団を抜いてからだった。
最初の5kmは24’14″。スタート直後の渋滞で1分くらいはロスしているので、まぁこんなところだろう。心拍数はおおむね目標値で推移している。
10kmあたりで折り返してから少し向かい風気味になったが、そんなに気になるほどではない。ペースはおおむねキロ4’40″前後というところ。体感的にもそんな感じだ。この5kmは23’31″。
道が狭くなると折り返しへ向かう集団と交錯してわずらわしいが、これは如何ともしがたい。雨上がりなので所々おおきな水たまりがあったりして、横の芝生を走らなければならない場所もたくさんある。
時々心拍数が160近くまで上がることがあるが、それを確認すると少しペースを落としてムリをしないようにした。たまにキロ4’30″くらいまで上がっている時もあるが、きつさを感じていなくても心拍数を落とすようにした。
15kmまでの5kmは23’30″。調子は上々だ。
20kmの手前で会場の場所に一旦戻ってくる。応援らしい応援があるのはここだけ。クラブのベテランの方がボランティアをされているのに出会う。
ペースダウンをした感じはまったく無かったのに、何故か20kmまでの5kmが24’08″。あれっと思った瞬間、前回のことを思い出した。前回は1kmごとにペースをチェックしていたのだが、15kmから20kmの間のどこかで、異様にペースの遅い所があって、その時もここの5kmのタイムが非常に悪かった。
その時は、その後ペースアップもしていないのに、20kmから25kmのタイムがずいぶん上がって、これは距離表示がおかしいに違いないと感じていた。それを思い出したので、ここでペースを乱さないようにした。
帰ってからGPSの距離を見てみたら、この5kmは5.17kmあった。GPSでも誤差はあるとは言え、河川敷のフラットな場所で5kmで170mの誤差というのはあり得ない。いくら未公認の大会とは言え、この誤差は大きすぎるだろう。
案の定、今回も25kmまでの5kmは23’14″で、普通なら意識してペースアップしないと上がらないくらいのタイムだ。体感的にはむしろペースダウンしかけている感じだったのに。
20kmを過ぎたあたりから、このところ違和感のある股関節右側の痛みが少し出てきた。せっかくこれまで思惑通りの走りができているのに、こんなことでペースダウンということだけは勘弁してほしい。
25kmを過ぎたあたりまではいい感じで、今日はこのまま最後までいけるのではないかと感じていたが、30km手前あたりからいつもの状態になってきた。そのせいか、股関節の痛みは消えていたのだが。
30km過ぎの折り返しを過ぎたあたりでクラブの快足ランナーが失速しているのを追い抜いて、一時はこの程度のペースダウンで最後まで行けるかと思ったが、35kmあたりではついにキロ6分近くまで落ちてしまった。
こうなるともう挽回は不可能なので、給水ポイントではバナナやパンを取って、少し歩きながらしっかり補給ということを繰り返した。昔なら一度止まるとリズムが崩れてペースが落ちてしまっていたが、今はむしろ少し歩いてもしっかり補給した方が、その後少しまともに走れるようになるので、トータルではタイム短縮になる。
3時間半のペースランナーにも抜かれて、もはやタイムを縮めたいという気持ちはまったく喪失している。
あと1kmくらいになるとゴールの橋がはっきり見えてくる。しかし今日はずいぶん遠くに見える。
橋をくぐる手前で声をかけてもらったクラブのベテランの方に何とか手を挙げて反応して、ようやくゴールにたどり着いた。30kmを過ぎてからは時計はほとんど見ていなかったので、どれくらいのタイムでゴールしたのかその時はわからなかったが、いずれにしても3時間半は越えているだろうと思った。
結果的には3:32:38。結局いつも通りのタイムという結果になった。心拍数も終盤は130台まで落ちて、最後までしっかり走るという目標はまたしてもお預けとなった。